caguirofie

哲学いろいろ

キリスト史観

#122

もくじ→2005-05-13 - caguirofie 第三部 キリスト史観 第四章 神の似像の以後 第五節a 神の国 私を知りたまう者よ 御身(おんみ)を知らしめたまえ。私が御身に知られているように 御身を私に知らしめたまえ。わが魂の力よ 魂のうちにはいれ。この魂を御身に…

#121

もくじ→2005-05-13 - caguirofie 第三部 キリスト史観 第四章 神の似像の以後 第四節b ふたたび アマテラス語の止揚 この唯物史観は わたしたちは 創られずして創る本性である神にわたしたちが固着することによって成就すると言うのである。唯物史観を 理論…

#120

もくじ→2005-05-13 - caguirofie 第三部 キリスト史観 第四章 神の似像の以後 第四節a ふたたび アマテラス語の止揚 だから 今後 私たちは――とアウグスティヌスは語り継ぐ―― 神なる三位一体を永遠にして非物体的・不可変的なものそのものにおいて問い求めよ…

#119

もくじ→2005-05-13 - caguirofie 第三部 キリスト史観 第四章 神の似像の以後 第三節b 三位一体 愛は 身体を基体とする精神〔の秘所〕において 人間存在の核とも言うべき記憶の中にあまづ起こる。記憶の中の愛は 或る形相もしくは視像となっているだろう。人…

#118

もくじ→2005-05-13 - caguirofie 第三部 キリスト史観 第四章 神の似像の以後 第三節a 三位一体 人が人を あるいは或る美を 愛するならそこには すでに見たように 愛する者と愛されるものとそしてこれら二つを結ぶ愛そのものという三者が 存在します。それは…

#117

もくじ→2005-05-13 - caguirofie 第三部 キリスト史観 第四章 神の似像の以後 第二節 いわば《神の似像》以後の試練と問い求め ゆえに 《神の似像》とは このように語ってわれわれの内に生きている史観 あるいはこの史観としてわれわれが生きていること自体…

#116

もくじ→2005-05-13 - caguirofie 第三部 キリスト史観 第四章 神の似像の以後 第一節 スサノヲイスムは アマテラス性を排除するものか 同じく第四章以下を綴ってこれらを第三部としますが すべて随筆とします。前章までで その全体として いわば主張といった…

#115

もくじ→2005-05-13 - caguirofie 第三部 キリスト史観 第三章 日本人にとってのキリスト史観 第七節b わたしの墜落 この観想を ただしいと見る人も これを 言葉として掲げ 前向きに善処するというよりも むしろ後向きに 自己の経験的な行為事実を振り返るこ…

#114

もくじ→2005-05-13 - caguirofie 第三部 キリスト史観 第三章 日本人にとってのキリスト史観 第七節a わたしの墜落 ですから ともあれ 律法・アマテラス語・人間の理論と実践が あの観想と行為に先行するというわけではありません。また それらは 人間の有で…

#113

もくじ→2005-05-13 - caguirofie050513 第三部 キリスト史観 第三章 日本人にとってのキリスト史観 第六節 主観という自己の書物 こんなことを書くのは あなたたちに恥をかかせるつもりではなく 愛する自分の子供として諭すためなのです。キリストにみ…

#112

もくじ→2005-05-13 - caguirofie050513 第三部 キリスト史観 第三章 日本人にとってのキリスト史観 第五節 神の似像とは何か 夜(あるいは 夕べ)の国が 空中のしんきろう閣 すなわちこの地上の国です。しかもその中に 朝の国 神の国が現在します。た…

#111

もくじ→2005-05-13 - caguirofie050513 第三部 キリスト史観 第三章 日本人にとってのキリスト史観 第四節 キリストとバプテスマ しかし 《神は死んだ》にしろ《神は生きている》にしろ――それらは いづれの表現によっても 《神》じたいについて変化は…

#110

もくじ→2005-05-13 - caguirofie050513 第三部 キリスト史観 第三章 日本人にとってのキリスト史観 第三節b 神の国と地上の国 しかしこのことは 我田引水と見られようとも 偽の使徒と見えようとも わたしたちは あの十字架上のわたしたちの魂の死から…

#109

もくじ→2005-05-13 - caguirofie050513 第三部 キリスト史観 第三章 日本人にとってのキリスト史観 第三節a 神の国と地上の国 前節の終わりで こころの回転に重心をおいて 日本教と呼ばれる天秤体制の変革を 捉えようとしました。 これらは 労多い仕事…

#108

もくじ→2005-05-13 - caguirofie050513 第三部 キリスト史観 第三章 日本人にとってのキリスト史観 第二節 共同主観としてのシントイスム わがくにのシントイスムには 〔必ずしも明文化されない密教的な〕共同主観(至聖所・やしろの奥なる神の宿ると…

#107

もくじ→2005-05-13 - caguirofie050513 第三部 キリスト史観 第三章 日本人にとってのキリスト史観 第一節 キリスト者の生 キャピタリスムないしデモクラシなるそれぞれ一定の共同主観が 必ずしも内なる史観の全体でないとしたら 日本人にとって〔も〕…

#106

もくじ→2005-05-13 - caguirofie050513 第三部 キリスト史観 第二章 観想としてのキリスト史観 第七節 唯物史観は キリスト史観の証言である この章ではわれわれは 必ずしも新しいことを述べることをしなかった。前章の補足に終始したかとも思われる。…

#105

もくじ→2005-05-13 - caguirofie050513 第三部 キリスト史観 第二章 観想としてのキリスト史観 第六節 キリストの派遣とは何か 神の国の歴史は だから人間の歴史は すべてこのキリストの派遣とはいったいどういうこ歴史であったかを問い求めることにあ…

#104

もくじ→2005-05-13 - caguirofie050513 第三部 キリスト史観 第二章 観想としてのキリスト史観 第五節b 愛(インタスサノヲイスム)とはどういうことか 何が 問題か。 等価交換より以前の それを成り立たせる社会的な制度が 問題であろう。そしてこれ…

#103

もくじ→2005-05-13 - caguirofie050513 第三部 キリスト史観 第二章 観想としてのキリスト史観 第五節a 愛(インタスサノヲイスム)とはどういうことか 観想としてのキリスト史観は 現代におけるキリスト史観として 第三のアダムの時代を見ようとする…

#102

もくじ→2005-05-13 - caguirofie050513 第三部 キリスト史観 第二章 観想としてのキリスト史観 第四節 観想と行為との理性的な結婚 ただし これが 観想としてのキリスト史観であることは 誰もが請け合います。それは このことが 行為とつながっていな…

#101

もくじ→2005-05-13 - caguirofie050513 第三部 キリスト史観 第二章 観想としてのキリスト史観 第三節 第三のアダムの時代 だから 第三のアダムの時代とは みながキリストに似る者となるようにして 人間が種として変わることと拝せられます。蝶は蛹の…

#100

もくじ→2005-05-13 - caguirofie050513 第三部 キリスト史観 第二章 観想としてのキリスト史観 第二節 これからどうなるのかは わからない けれども 第一のアダムの時代と第二のアダムの時代が そしてそれらそれぞれとまた第三のアダムの時代とが 互い…

#99

もくじ→2005-05-13 - caguirofie050513 第三部 キリスト史観 第二章 観想としてのキリスト史観 第一節 宣教・護教の時代は終えられたということ 人間キリスト・イエスは 第二のアダムとして 新しい時代・第三のアダムらの世紀を用意された。ここでわた…

#98

もくじ→2005-05-13 - caguirofie050513 第三部 キリスト史観 第一章 人間という種が変わる 第六節 《アマテラス語の時代》は終えられるということ 人間という種が変わるとは アマテラス語の時代が終えられるということと察せられる。 共同観念(しんき…

#97

もくじ→2005-05-13 - caguirofie050513 第三部 キリスト史観 第一章 人間という種が変わる 第五節 間奏――《自己を知ること》と自己を思うこととは別である―― わたしたちはここで キリスト史観を キリスト教という宗教として論じているのではない。これ…

#96

もくじ→2005-05-13 - caguirofie050513 第三部 キリスト史観 第一章 人間という種が変わる 第四節 日本人にとって 律法とは何か(2) ムライスムなる律法またその違反が 罪の自覚をではなく むしろ恥ぢを知ることをももたらすと言われる場合――これは …

#95

もくじ→2005-05-13 - caguirofie050513 第三部 キリスト史観 第一章 人間という種が変わる 第三節b 日本人にとって 律法とは何か しかし 律法に生きる人は 律法によって死ぬのです。死んだ人が あたかも第二の死(つまり その死が死ななくなる)へと …

#94

もくじ→2005-05-13 - caguirofie050513 第三部 キリスト史観 第一章 人間という種が変わる 第三節a 日本人にとって 律法とは何か 《律法は 罪の自覚しかもたらさないのです》というときの《律法》について もう一度 考えてみたいと思います。その意味…

#93

もくじ→2005-05-13 - caguirofie050513 第三部 キリスト史観 第一章 人間という種が変わる 第二節 ふたたび キリスト史観は 倫理規範ではないということ 新しい時代としての蝶は もはや蛹の時代を思わなくなるであろうとは いろんな視点から観想されう…