カレワラは五拍子!
Vaka vanha Väinämöinen : Verses 221 to 232 of song forty
http://en.wikipedia.org/wiki/Kalevala
§1 Collection and compilation
§1.2.4.3 Poetry example○ Vaka vanha Väinämöinen
(Excerpt of song 40 from The Kalevala. The excerpt begins at verse 221 and ends at verse 264.
The song describes the creation of the first kantele and of the attempts by old and young to play it.)Verses 221 to 232 of song forty.
Vaka vanha Väinämöinen Väinämöinen, old and steadfast,
itse tuon sanoiksi virkki: Answered in the words which follow:
"Näistäpä toki tulisi "Yet a harp might be constructed
kalanluinen kanteloinen, Even of the bones of fishes,
kun oisi osoajata, If there were a skilful workman,
soiton luisen laatijata." Who could from the bones construct it."
Kun ei toista tullutkana, As no craftsman there was present,
ei ollut osoajata, And there was no skilful workman
soiton luisen laatijata, Who could make a harp of fishbones,
vaka vanha Väinämöinen Väinämöinen, old and steadfast,
itse loihe laatijaksi, Then began the harp to fashion,
tekijäksi teentelihe. And himself the work accomplished.
○ Kalevala — Vaka vanha Väinämöinen(Neljäskymmenes runo)
(歌詞) http://drlrcs.com/i/5rku3cYiqu54/Kalevala/Vaka%20vanha%20V%C3%A4in%C3%A4m%C3%B6inen%28Nelj%C3%A4skymmenes%20runo%29
☆ このヰキぺには 歌がついています。歌っています。(上のようつべと同じ歌です)。たぶん 一行が五拍子のようです。短い拍が 10拍(末尾は 休止一拍)のようにも聞こえました。
Vaka |vanha |Väinä-|-möi-|-nen
itse | tuon sa-|-noiksi | virk-|-ki:
"Näistä-|-pä to-|-ki tu-|-li-|-si
kalan-|-luinen | kante-|-loi-|-nen
kun oi-|-si o-|-soa-|-ja-|-ta
soiton | luisen | laati-|-ja-|-ta
Kun ei | toista | tullut-|-ka-|-na
ei ol-|-lut o-|-soa-|-ja-|-ta
・・・・
○ 民族楽器 38弦 kantele によるメロディーのみ。
○ Auringon Hauta - Vaka Vanha Väinämöinen
11
五七調と四拍子:歌垣
○ 怒(ヌー)族掛け合い歌「怒江情歌」中国・雲南省 NU people 's song
○ (説明) ヌー江の最上流部の丙中洛の入口の土産物店の女性が織物の実演販売をしていた。ヌー族に伝承されている男女の掛け合い歌「怒江情歌」だ。日本の万葉集にある歌垣との関連も指摘されている。弓奏楽器合いの手をいれているのは、たまたま通りかかったタクシーの運転手が即興で参加した。少数民族の歌の豊かさを実感する。2007年。
nyan_nyanko 2015/03/13 18:55
こんばんは
誠に申し訳ございません。
今回は、ご教示いただきたく、投稿させていただきました。
”記紀歌謡”で検索したのですが、以下の記載が見られました。このことは、goo辞書におきましても”歌体は片歌(かたうた)から長歌までさまざまだが、定型・五七調はまだ成立していない” とございました。
『古事記』と『日本書紀』とに収められている歌謡。重複するものを除くと、約百九十首がある。上代人の日常に根ざした素朴な感情が、明るく率直に歌われている。歌体が定まっていないのは、和歌の発生以前の姿をとどめているもので、総じて民謡風のものである。
引用:Weblio 古語辞書 から
http://kobun.weblio.jp/content/%e8%a8%98%e7%b4%80%e6%ad%8c%e8%ac%a1
そこでなのですが、これらの内容は通説としてございますでしょうか?また、日本書紀、古事記、そして万葉集の時代区分等はほとんど同じ頃と思っておりましたが、実際は異なるものなのでしょうか?
誠に恐縮でございますが、ご教示賜わりたく
bragelone
1. 記紀歌謡の時代区分につきまして 詳しくしらべたことはありませんでした。
2. 一般に 万葉集は 歌人が分かっている場合――そして詠み人知らずであっても 万葉集の撰修の時代にうたわれたものを取り上げていると分かっていると思います―― だいたい撰修の時代かそのいくらか以前の時代のものだというかたちだと思います。
3. ということは 古い時代の歌と言えば たしかに記紀歌謡がそうである。ということになっています。
4. たとえば 意味が取りがたかったり 言葉じたいがふるいと思われるものであったりするからです。
5. あるいは とにかく撰修の時代において これはふるいという感覚があるということだと思われます。この歌は 何々風だとかの解説がついていたりするからです。
6. それと 一般的に言って 物語の中で たとえばスサノヲが歌った歌だと説明されていても それは ちょうどふさわしい歌があるのでそこに持って来たというように捉えられています。(そういう解説を学者はしています)。
7. 久米歌が 具体的にわれわれの問い求めにおいても出て来ました。これなども 意味を取りづらいものと見られます。
8. ▽(ヰキぺ:旋頭歌) 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%8B%E9%A0%AD%E6%AD%8C
§ 1 旋頭歌の例
『古事記』では伊須氣余理比賣(いすけよりひめ)と大久米命(おほくめのみこと)との問答として次の歌が収録されている。〔*bragelone:これは 求愛の掛け合いですね。大久米は ヒメを見初めた神武カムヤマトイハレヒコの代理として話をしている。〕
〔ヒメ:〕胡鷰子鶺鴒 千鳥ま鵐 など黥ける利目 (一八)
あめつつ ちどりましとと などさけるとめ〔大久米:〕媛女に 直に遇はむと 我が黥ける利目 (一九)
おとめに ただにあはむと わがさけるとめ
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
☆ 《黥ける利目》は 目の周りを縁取ってあざやかにしたもの。入れ墨とも言われます。
ところが 入れ墨は 魏志倭人伝には倭人がしていたと言いますが 記紀万葉の撰修のときには めづらしかったので 時代の違いが見られるようです。
▽ (ヰキぺ:入れ墨)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A5%E3%82%8C%E5%A2%A8#.E4.B8.8A.E5.8F.A4.E3.81.BE.E3.81.A7
9. もっともこの歌が出て来るのは 神武カムヤマトイハレヒコのくだりであり 原文からは紀元前660年ごろですが実質的には 三世紀ごろと見られています。つまり 入れ墨をしていてもおかしくないとは考えられます。魏志倭人伝の伝える卑弥呼の邪馬台国が三世紀です。
10. ふるい歌が引かれていると分かります。
natural 2015/03/13 20:06
お久しぶりです、ぶらじゅろ〜ぬさん、にゃん×2さん。
この歌は、日本の漁師や船頭さんの歌、
あるいは盆ダンスの曲にも似てますね。
布を織りながら歌ってるのね。
その作業の動作にぴったり!のような。
あしたも朝から仕事なのでもう寝ますおやすみ。
bragelone
お早い就寝ですね。
盆踊りですか。
何だか歌っていないかのように平然と歌っていますね。
ということは 曲としてだけではなく 生活の場ですでに 節がついている場合がある。何だか奥深いですね。
おやすみなさい。
nyan_nyanko 2015/03/13 22:07
bragelonne様、neutral様、こんばんは
解説賜わりましたこと、厚くお礼申しあげます。
万葉集はおおよそ6、7世紀ぐらいまで遡れるのですね(逆に申しますと、それ以降の歌になる・・・)。
そして、古ければ意味が取りにくかったり、言葉が古いこともあり、それと判明しうる、のですね。
確かに、お示しいただきました”旋頭歌”は、意味が取りにくいと感じられました。神武天皇のときですので、一世紀頃まで遡れる可能性があるのですね。bragelone: はい そうだと思います。
> 「古い時代の歌と言えば たしかに記紀歌謡がそうである。ということになっています。」
どうも、ありがとうございました。
もはや、日本語の成立とも無関係ともいえない、との考えから、ご質問させていただいた次第でございます。
bragelone: 日本語への形成からその成立については むつかしい論点があると思います。一口では言い難いところがあると考えます。
この場をお借りし、厚くお礼申しあげます。
以下の参考文献から引用して考察されているサイトがございました。
・[先日ご紹介させていただきました] 渡部 涼子、小磯花絵 「五七調・七五調のリズム知覚に関する予備的研究」 言語処理学会 第20回年次大会 発表論文集 (2014年3月)
・坂野信彦著「七五調の謎をとく 日本語リズム原論」大修館書店
・別宮貞徳著「日本語のリズム 四拍子文化論」講談社
サイト:佐藤栄作 五七五論序説3 「俳句は四拍子なのか」から
http://weekly-haiku.blogspot.jp/2014/09/blog-post_34.html
今日では、実験的な手法(エビデンス主義的手法?)を用いた検討が盛んなように見受けられました。
すみません。小生には少し荷が重く思われましたため、参考サイトのみ掲げさせていただくのみとなりました。
それでは、失礼させていただきます。
bragelone
次の参考文献は おもしろいですね。俳句のいとなみからの発言ですが 全体的な視野に立つと思われます。
▽ 佐藤栄作:五七五論序説3 俳句は四拍子なのか
http://weekly-haiku.blogspot.jp/2014/09/blog-post_34.html2拍ずつをまず1つにするというリズムが介入したことで、8という枠ができ、7が4×2になるために、句末の休止が休拍に変化・変質せざるを得なくなった、そういう考え方はできないのでしょうか〔注4*1〕。
私は、4×2(2×4)の8拍構造すなわち四拍子の存在を認めます。おそらく中世以降はそれが主流となり、そして今や隆盛を極めているといえます。休拍の一つを潰して、六八六になっても、特に中七は八になっても、「4+4」ならば、(少なくとも川柳や標語では)何の問題もなく許容されています。しかし、俳句に「中八を嫌う」という感覚が残っているのは―あるいは七の後に休拍を置かずに五に進んでも何の問題もなく、むしろそうであることを求めることさえあるのは―8拍四拍子の奥にある七そのものの存在ではないのでしょうか。四拍子を認めつつ、五の後の休拍3拍というのは長すぎはしまいかと考え、事実そう感じるのは、休止は2拍でもいいからではないのでしょうか。
四拍子の調子のよさを感じつつ、そうでなければならない、そうでしかない、ということに対する違和感は、五七五が、今も五は五、七は七であることを知っているからではないのでしょうか。五七五が六八六になってしまわないことを、休拍に頼らずに考えられないものでしょうか。
☆ 四拍子は 七五調と絶妙な組み合わせなのではないかとわたしも思います。
五文字の句が先に来ると 一文字=一音の延びや縮みやあるいは休みが入らないと 四拍子にならないこと。そして休みだと三拍を入れて四拍X2で やっと二小節をつくることができること。があり 次の七文字の句につなげにくいように思われます。先に七文字で一休止を入れて 二小節をつくってしまうと あとは 五文字句について いかようにも四拍子に合わせることができるのではないかと考えられます。
すなわち 七五調が四拍子にぴったり合うとするなら では何故先に五七調が万葉集などで出来て来たか? という問いが起きると思われるかぎりで 五七調は 全面的に四拍子ゆえに出来たとは 考えづらいように思われます。
nyan_nyanko 2015/03/14 16:34
こんにちは
> (1) 音楽としてだけではなく生活のリズムとして四拍子が――たとえば歩くテンポとして二拍一組が二つ集まったとして――なじみやすく基調であったとしたら 歌を詠む(相聞が多いと思われます)ときにも 自然とそのリズムに合った定型として五文字と七文字の組み合わせが出来て来たと考えられる。
基本的には2拍子、つまり、歩行や呼吸から来ているのかもしれません。そして2拍子と4拍子の違いは、単純に
・4拍子:4拍ごとに強く感じられる。
・2拍子:2拍ごとに強く感じられる。
換言しますと、元は2拍子であっても、2小節ごとにその最初の音が強く感じられれば、4拍子となる訳です。
そこでまずは、4拍子は2拍子から派生したという可能性は捨てきれないと考えられました。
> (2) その反論として:
(あ) 三文字や四文字だと短すぎるというのは そのとき四拍子をつくると休止が長くなりすぎるのだという意味だと説くごとく すでに音楽の作品としてつくる場合を前提にしてしまっていないか?
(い) つまりは 短い句と長い句とのひとまとまりという前提も 早すぎるのではないか? 歩くテンポの二拍一組を基礎とすれば 四四や六六あるいは休みを入れたいときには三七や七七といった二つの句の組み合わせもあり得るはずだ。
三や四は問題なし、と考えられました(ただし、三三や四四は表現上不適かと)。
また、六六あるいは、三七や七七も不適切でなはい、と考えております。
そこで、以下、少しばかりの考察を・・・
まずは表現方法の面から考えてみました。
(1) 表現からの考察
間延びを防ぐためには、
1. 文字数はせいぜい8文字程度であろう。
bragelone: 休みを入れても八拍で 二小節ということですね。四拍子にしたがうなら。
また、
2. 必ず、休止(区切り)が必要となってくる。従って、どこかに奇数の文字数としなくてはならない。
bragelone:なるほど。じつは この《休止(区切り)》が わたしにはまだすっきりとは身になじんでいないとは 告白しておきます。
さらに、休止をおくことができる範囲が多い方が多様性が生まれる。つまり、表現の幅が広がる(一句切れ、二句切れ、三句切れなどです)。このため、
3. 両方とも奇数文字数とした方がいい。と考えましたが、当時の人たちはどのように考えていたのかがわからず・・・ この3は省かせていただきます。
一方、
4. 三・三、三・四、三・五等は表現が狭まってきてしまうため、不適(いっそのこと、三・三→六、三・四→七、三・五→八にしてしまえばいいのですから)。bragelone:そうですか。♪かごめ かごめ かごの 中の 鳥は♪ という三・三・三・三もあるにはあったのですが。もっとも伸ばし・縮みそして休みが巧みに使われているのでしょうね。
ここまでで、ある程度までは、字数が限られてくるかと思いました。あとは、リズム感、心地よさ等の問題と思われました。
(2) リズム・快適さの面から
渡部、小磯の両氏ような試験方法を用いて、被験者の快適さ・心地よさの結果を解析することにより、”リズムが持つ快適さ”と”文字数”との関連性が導かれるかと思います。
無意識のうちに、リズムを感じ取っている、ことは、おそらく事実と考えております。bragelone:それは 次のような検証事例があるようですね。参考文献に挙げていただいたところの:
▽ 佐藤栄作:五七五論序説3 俳句は四拍子なのか
http://weekly-haiku.blogspot.jp/2014/09/blog-post_34.html
「ゾウ」と「キリン」と「ライオン」と「マントヒヒ」とを、自分の好きな順に並べ替えよ、という指示の後、
(1) 「ライオン」と「ゾウ」と「キリン」と「マントヒヒ」
(2) 「ライオン」と「キリン」と「ゾウ」と「マントヒヒ」
「この順番のとき、実は五七五になる」と種明かしするまで、ほとんどの被験者(受講生)は気がつきません。気が付いたとたんに、この二つ以外の順番、たとえば、
(3) 「ライオン」と「マントヒヒ」と「ゾウ」と「キリン」
(4) 「キリン」と「ライオン」と「ゾウ」と「マントヒヒ」
などが、単なる単語の羅列と感じられるのに、五七五の二つだけは調子がいい、と多くの者が言い出します。その時のリズムが、おそらくは、
ライオント・・・ゾートキリント・マントヒヒ
ライオント・・・キリントゾート・マントヒヒ
なのでしょう。気付いてしまうと、「「ライオン」と」の後にポーズを入れないわけにはいかなくなるという趣旨の発言をした被験者もいました。
なのですが、歌(短歌、和歌)が四分の四拍子になっているというのには、少し勇み足のように思えることもありました。
例えば、4/4ですと、1拍目を強く感じる必要がでてきますが、そのような感じをみんなが感じ取っているのか? 極論しますと、1/4ではないのか? と思えるところがあるからです。bragelone:《強め》の問題ですね。まだ会得するまでには行かないのですが。
すみません。五七調の由来は・・・ 難しいと感じられました。bragelone:そのような感じがありますね わたしにも。特に 五文字のほうです。
それでは、失礼させていただきます。
10
nyan_nyanko 2015/03/10 00:45
こんばんは
唱歌等のリズム、楽しく拝見させていただきました。
[神楽歌]
成立:宮中のものは起源は非常に古い。ただ、現在伝わるものは,平安時代中期頃に歌詞,譜ともに改修されたものであ
言葉のリズム:歌詞は概ね31字
音楽様式:調査中
曲例:榊
さかきばの かをかぐはしみ
とめくれば やそうしびとぞ
かみがきの みむろのやまの
さかきばは かみのみまえに
しげりありにけり しげりありにけり曲例:千歳
せんざい せんざい
せんざいや ちとせのせんざいや
まんざい まんざい
まんざいや よろづよのまんざいや
なお せんざい なお まんざい曲例:朝倉
[催馬楽]
成立:奈良時代から平安時代初期にかけて
言葉のリズム:規則性はあまり見られない
音楽様式:アジア大陸から伝来した唐楽,高麗楽 (こまがく) 風の旋律に日本の民謡や童謡の歌詞をあてはめたものが多い。更衣:2/4;伊勢海:4/4;我門:4/4
[今様]
成立:平安時代中期頃
言葉のリズム:五・七調
音楽様式:越天楽今様のようなシラブル型;長生殿のようなメリスマ型をも含む。曲想は比較的自由であった模様。
[和讃]
成立:平安時代中期頃
言葉のリズム:五・七調
音楽様式:創作当時流行していた旋律を付して朗唱する。
おそらくなのですが、
五・七調が定着したのは、平安中期頃だと考えられました。遣唐使の停止等のため、自文化にこだわった等がその理由かもしれません。bragelone
あっ これは うたとしては 万葉のころから――おそくとも天智天皇・天武天皇・額田王・柿本人麻呂らの飛鳥時代(7世紀)に――うたわれていて おおむね五七調です。撰修じたいは 8世紀ですよね。
万葉巻頭の一番歌は 雄略天皇の歌と成っています。ほぼこれだけ古くて・しかも五七調ではなくて 500年より少し前として設定したのだと思われます。
もっともこれは 撰修のときにふるい歌を取り上げておくといったような意図からか 挙げられているのであって じっさいに雄略天皇がうたったかどうかは まったく分からない。おっしゃるのは 音楽として曲として成り立って行くのが そのころなのでしょうか。
さらに、> (お) この五文字の延ばしは うたをつくるときから すでにそのように拍子を採ったのだろうか?
このご質問につきましては、現時点では、何とも申し上げられないのですが、
1 曲があり、そこに歌詞(五・七)を付けていった。
2 歌詞(五・七)があり、そこに曲を付していった。の2通りの考え方がございます。
当時では、曲を作るもしくは楽器で演奏することは今以上に敷居が高かったものと思われます。このことから、”曲があり、そこに歌詞(五・七)を付けていった”と思われました(自信はございません)。
駄文失礼致しました。
bragelone 2015/03/10 08:21
お早うございます。
しかし いろいろですねぇ。
つまり特には 催馬楽が唐楽や高麗楽を採り入れておりその影響が大きいとすれば どうなるか? 一筋縄では解けないように思われます。
その影響もかかわっているのでしょうか 要するに歌詞が先か曲が先かの問題もあるようですね。
歌詞が先のものとして そこから五七調なる定型が出来て来たとは思っていますが。
ただし そのような生活の場において歌をつくるときすでに抑揚があってリズムが出来ていて 四拍子が主なものであった。とすれば・・・? といった問題もあるでしょうし。
二拍一組は およそ早くから 確立したんでしょうかねぇ。
★ ”曲があり、そこに歌詞(五・七)を付けていった”と思われました
☆ これはおそらくいわゆる宮中ないし貴族のあいだでのことではないかと考えられます。
けれども 楽器がなくても 人びと一般のあいだでも つくった歌に節をつけて歌うことは出来ます。
ですからそこで 四拍子なる主流のリズムに合わせてこそ 歌詞が五七調という定型に成って行ったというのか? が焦点になると思うのです。
ねむりねこ 2015/03/11 15:09
七七調というのもあるんですよ。
最も代表的例として
相川音頭がある。
歌詞は
http://senshoan.main.jp/minyou/aikawa-word.htmbragelone
うわぁ なが。初段から五段目まである。
初段は 最後の一句の《なかりけれ》のみが 五文字。あとは ぜんぶ七文字。ひゃああっ。
けっきょく何段をうたっているのか 分からなかった。・・・相川音頭〜源平軍談〜 歌詞
【宇治川先陣 佐々木の功名】 初 段
嘉肴あれども 食らわずしては(ハイハイハイ)
酸いも甘いも その味知らず(ハイハイハイ)
武勇ありても 治まる世には(ハイハイハイ)
忠も義心も その聞えなし(ハイハイハイ) ※以下、掛け声同様
ここにいにしえ 元暦の頃 旭将軍 木曾義仲は
四方(よも)にその名を 照り輝きて 野辺の草木も 靡かぬはなし
されば威勢に 驕(おご)りが添いて 日々に悪逆 いや憎しければ
木曾が逆徒を 討ち鎮めよと 綸旨(りんし)院宣(いんぜん) 蒙りたれば
お受け申して 頼朝公は 時を移さば 悪しかりなんと
蒲の範頼 大手へまわし 九郎義経 搦手(からめて)よりも
二万五千騎 二手に分かる 時に義経 下知(げじ)して曰く
佐々木梶原 この両人は 宇治の川越え 先陣せよと
下知を蒙り すわわれ一と 進む心は 咲く花の春
頃は睦月の 早末つかた 四方の山々 長閑(のど)けくなりて
川のほとりは 柳の糸の 枝を侵(した)せる 雪代水に
源太景季(かげすえ) 先陣をして 末の世までも 名を残さんと
君の賜いし 磨墨(するすみ)という 馬にうち乗り 駆け出しければ
後に続いて 佐々木の四郎 馬におとらぬ 池月んれば
いでや源太に 乗り勝たんとて 扇開いて うち招きつつ
いかに梶原景季殿と 呼べば源太は 誰なるらんと
思うおりしも 佐々木が曰く 馬の腹帯(はらび)の のび候ぞ
鞍をかえされ 怪我召さるなと 聞いて景季 そはあやうしと
口に弓弦(ゆんづる) ひっくわえつつ 馬の腹帯に 諸手をかけて
ずっっと揺りあげ 締めかけるまに 佐々木得たりと うちよろこんで
馬にひと鞭 はっしとあてて 先の源太に 乗り越えつつも
川にのぞみて 深みへ入れば 水の底には 大綱小綱
綱のごとくに 引き張り廻し 馬の足並 あやうく見えし
川の向こうは 逆茂木(さかもぎ)高く 鎧(よろ)うたる武者 六千ばかり
川を渡さば 射落とすべしと 鏃(やじり)揃えて 待ちかけいたり
佐々木もとより 勇士の誉 末の世までも 名も高綱は
宇治の川瀬の 深みに張りし 綱を残らず 切り流しつつ
馬を泳がせ 向こうの岸へ さっと駆けつけ 大音(だいおん)あげて
宇多の天皇 九代の後の 近江源氏の その嫡流に
われは佐々木の 高綱なりと 蜘蛛手(くもで)加久縄(かぐなわ) また十文字
敵の陣中 人なきごとく 斬って廻りし その勢いに
敵も味方も 目を驚かし 褒めぬ者こそ なかりけれ
口説き節って奴。
http://www.weblio.jp/content/%E5%8F%A3%E8%AA%AC%E7%AF%80
で、
相川音頭は、2拍子なのか、3拍子なのか、2拍子と3拍子が混ざっているのか、ちょっと分かり辛い♪
聞いていて、3拍子に聞こえる箇所が出てくる。
一番、分かりやすいのが、「ハイハイハイ」の部分。
2拍子の三味線も、この部分は「ぺんぺんぺん」と3拍を刻む。
しかも、
これが延々と同じ形で、変化することなく、ひたすら繰り返されるのだから、
ボレロの比じゃ〜ない♪
たぶん、
Tastenkastenさんが音楽的な分析をしてくれるに違いない♪
期待しております。
相川音頭の楽譜をネットで調べたんですけれど、ちょっと見つからなかった。
あったとしても、邦楽の楽譜なので、私には読めないけれど・・・。
nyan_nyanko 2015/03/11 22:58
こんばんは
まず、音楽・謡曲として曲として五・七調が成立したのが、平安中期と考えました。
> つまり特には 催馬楽が唐楽や高麗楽を採り入れておりその影響が大きいとすれば どうなるか? 一筋縄では解けないように思われます。
はい。仰るとおりかと思われます。
> その影響もかかわっているのでしょうか 要するに歌詞が先か曲が先かの問題もあるようですね。
> 歌詞が先のものとして そこから五七調なる定型が出来て来たとは思っていますが。
ただし そのような生活の場において歌をつくるときすでに抑揚があってリズムが出来ていて 四拍子が主なものであった。とすれば・・・? といった問題もあるでしょうし。
はい。曲に歌詞をつけたのか? それとも、逆に、歌詞に曲を付けたのか? が疑問に思いました。
案外、ケースバイケースのかもしれませんが・・・
> ★ ”曲があり、そこに歌詞(五・七)を付けていった”と思われました
☆ これはおそらくいわゆる宮中ないし貴族のあいだでのことではないかと考えられます。
けれども 楽器がなくても 人びと一般のあいだでも つくった歌に節をつけて歌うことは出来ます。
ですからそこで 四拍子なる主流のリズムに合わせてこそ 歌詞が五七調という定型に成って行ったというのか? が焦点になると思うのです。
・四拍子と五七調との相性はとてもよい、
と思われました。また、
・あの独特なゆったりとしたテンポから(テンポがゆったりしたものだけだったのかどうかは分かりません)、四拍子が最も馴染む
とも思われました。
やはり、曲(歌詞と楽譜・音源)を時系列的に並べて解析するしか他にない、ように思えてきました。
それでは、失礼させていただきます。
bragelone
★ やはり、曲(歌詞と楽譜・音源)を時系列的に並べて解析するしか他にない、ように思えてきました。
☆ ごもっとも。であると同時に 膨大な資料の山を相手にすることになるでしょうね。
★ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
・四拍子と五七調との相性はとてもよい、と思われました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
☆ これについてですが なおまだ未練のようなものがくすぶっていまして 次のような見方を捨てきれていません。
すなわち 四拍子は それ自体が われわれ生活のリズムとしてまた音楽のそれとしても 言わば人間に相性がよいことが まづあります。
その次に この四拍子は 五七調だけではなく 三七調や四七調あるいは六七調とも相性がよい。または 相性がよいように 一文字を延ばし・縮ませ また休みを入れて 四拍子につくる。
となると 四拍子ゆえに 五七調が出来たという見方は なおまだ必然性が部分的なものにとどまる。ように思われるのです。
まちがっていましょうか。
ねむりねこ 2015/03/12 17:12
古事記の久米歌などを見ると、6音が出てきたりするんですよね。
だから、古代の歌謡は一概に57や75調ということはできないのだろう。おそらく多様であった。それが時代が下るにつれ、57や75に収斂していった考えるべきなのであろう。
http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/sennin/jinmu.html
宇陀(うだ)の 高城(たかき)に 鴫罠(しぎわな)張る 7(3+4) 6
我が待つや 鴫は障(さや)らず 5 7(3+4)
いすくはし 鯨障(さや)る 5 6(3+3)
前妻(こなみ)が 菜乞はさば 4 5
立(たち)そばの 実の無けくを こきしひゑね 4 6 6
後妻(うはなり)が 菜乞はさば 5 5
いちさかき 実の大(おほ)けくを こきだひゑね 5 7 6
ええ しやこしや こはいのごふぞ 2 5 〔7*1〕
ああ しやこしや こはあざわらふぞ 2 5 〔8〕みつみつし 久米の子等が 5 6
粟生(あはふ)には 臭韮(かみら)一茎(ひともと) 5 7
そ根が茎(もと) 5
そ根芽(ねめ)繋(つなぎ)て 撃ちてしやまむ 7 7みつみつし 久米の子等が 5 6
垣下(かきもと)に 植ゑし椒(はじかみ) 5 7
口疼(ひび)く 5
我(われ)は忘れじ 撃ちてしやまむ 7 7
そして、
5というのは、日本語の構造と密接な関係があるのだろう。
音節という言葉がいいのかどうかは分かりませんが、
基本的に、日本語の名詞や動詞の最小音節は2音ですよね。
「こそあど」や「わ、な」というような代名詞などは一音ですけれども、
一般名詞や動詞は2音が最小になる。
ですから、日本語のSVの最小音節構造は、
名詞(2)+ 助詞(1)+動詞(2)= 5音節
になる。
日本語の場合、
単なるものの名の羅列ならばともかく、意味のある内容を伝えようとすれば、5音にならなければならないのでしょう。
さらに、名詞と名詞の関係を説明するためにも、助詞が必要でしょうから、
名詞(2)+助詞(1)+名詞(2)=5
となる。
であるから、
5というのは、日本語の構造からの必然なのだろう。
そして、7は、この5の拡大なんであろう。
5が延々と繰り返すのでは、歌謡としては単調すぎますから。
この変化として、6や7が古代にはあったんでしょう。
それが、おそらく、古事記の中でも最古層に属するであろう《久米歌》に残っているんじゃあるまいか♪
日本語、和語には2音の名詞、動詞が多いですし。
こんなことをチョックラ考えております。
ねむりねこ 2015/03/12 17:16
主語抜きSVOでも5音になるんでしょう。
主語の2音をつければ、7音になる。
如何でしょう?
bragelone
久米歌を忘れていました。万葉集のことばかり考えていました。
これら古事記のふるい歌についてさらに考えてみます。
わたしは 大野晋にしたがって 体言〔+助詞(格活用)〕だけを考えていました。
つまりそれによると 体言は 二音か三音が圧倒的に多い。そして助詞は 一音が多い。
したがって 2+1=3 か 3+1=4 かに一つの語句が成る。用言は考えていないのですが 助詞(活用格)を省く場合もあるので――《口疼(ひび)く。 / 鴫罠(しぎわな)張る。 / 菜乞はさば / そ根芽(ねめ)繋(つなぎ)て》―― 語句のひとまとまりは:
2+3=5 か 3+4=7 (臭韮(かみら)一茎(ひともと))かに成る場合が多いと単純にですが見たのでした。用言はその定型に合わせるというかたちですね。
これは もっと気合いを入れて取り組まねばならないようです。
取りあえずでした。
nyan_nyanko 2015/03/12 21:32
こんばんは
適当にですが、検索しておりますと、以下の書籍が見つかりました。未読ですので、詳細はわからないのですが、
”七五調が、日本人独自の内在的なリズム=四拍子に立脚する”との仮説を立てているようです。
別宮 貞徳著「日本語のリズム ─四拍子文化論」筑摩書房
「「色は匂へど 散りぬるを」「夏草やつはものどもが 夢の跡」―日本語の韻文の基本が、古来培われた七五調というのはご存じのとおり。五・七・五とくれば交通標語でもピシッと決まって聞こえる。しかし、声に出して心地よく耳にしっくりくるこの七五調の基盤には、ことばの切れ目と間から生まれる4拍子のリズムがあったのだ。日本人の内在律として生き続けてきたこのリズムを見つけ出し、「心地よさ」から日本語のアイデンティティーを探る、スリリングな日本語論。」
引用:筑摩書房
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480089427/また、以下にその概略が載せられていました。
http://kotonohaan.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-4667.html
http://kotonohaan.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-4e72.html
> ☆ これについてですが なおまだ未練のようなものがくすぶっていまして 次のような見方を捨てきれていません。
すなわち 四拍子は それ自体が われわれ生活のリズムとしてまた音楽のそれとしても 言わば人間に相性がよいことが まづあります。
別宮さんの説によりますと、”日本人生来のリズムが四拍子”なのだそうですが・・・
> その次に この四拍子は 五七調だけではなく 三七調や四七調あるいは六七調とも相性がよい。または 相性がよいように 一文字を延ばし・縮ませ また休みを入れて 四拍子につくる。
となると 四拍子ゆえに 五七調が出来たという見方は なおまだ必然性が部分的なものにとどまる。ように思われるのです。
まちがっていましょうか。
以下の学会発表論文では、
”「7・5 調>5・7 調>6・6 調>4・8 調、8・4 調」の順にリズムが良いと評定される傾向にある” のだそうです。
渡部 涼子、小磯花絵 「五七調・七五調のリズム知覚に関する予備的研究」
言語処理学会 第20回年次大会 発表論文集 (2014年3月)
http://www.anlp.jp/proceedings/annual_meeting/2014/pdf_dir/P5-18.pdf
どうもお粗末さまでした。
bragelone
★ ”「7・5 調 > 5・7 調 > 6・6 調 > 4・8 調、8・4 調」の順にリズムが良いと評定される傾向にある” のだそうです。
☆ あっ。これは おもしろそうですね。
ひとつには 五七調が定型のはじめだったと思われるのに対して 七五調が確立され 《リズムのよさ》では 五七調をしのぐという見方があるということ。
もうひとつには やはり五と七のほかに 六六調や四八調が五と七とから成る調子と比べられるものとして挙がっているということです。
そして 三三調や三七調や七七調までもがあるとつけ添えられてよいと思います。
すなわち 四拍子なるリズムが 日本の詩歌における文字数にかんして五七調ないし七五調を主流に押し上げたものと思われるとき ところが 四拍子ゆえに歌は 五七調が生まれたのかとなると まだ言い切れないのではないか? これだと思われます。
さらに焦点は絞られます。すなわち 詩歌の定型としては 五七ないし七五の調子を四拍子がかたちづくったと言えるかも知れない。という問題です。
その心は 定型となる以前に五七調が――ほかの四七調とか六六調とかとならんで――出来ていたとしたら それは おそらく四拍子がおもなチカラとなってはたらいて作ったのではないであろう。という問題です。
nyan_nyanko 2015/03/12 23:29
こんばんは
ご一読いただきまして、どうもありがとうございました。
”日本文化のよろづブログ”の方に以下の記述が見られました。
「五音」、つまり「短い句」について
”四拍子ということを考えると、一句の長さを三音節や四音節で片付けることはできない。あまりに短すぎる―逆にいえば、休みが長くなりすぎるからである。それなら、いちばんできやすい組み合わせは五音で、短い句が五音になるのは、確率的にも当然のことにすぎない。”
「七音」、つまり「長い句」について ”短い句が五音であるのに対し、長い句が六音では、あまりに差がなさすぎるし、五音六音のくりかえしはむしろ三拍子にとらえたくなる(四拍子にするためには、全部の句にまるまる一拍の休みを置かなければならない)。また、長い句が八音では、句の切れ目にもまったく休みを置くことができず、ゆとりがなくなる。とすると、基本的には、長い句は七音が最適ということになる。”
となりますと、> 四拍子ゆえに歌は 五七調が生まれたのかとなると まだ言い切れないのではないか?
四拍子であるがために、「短い句」として「五」が、そして「長い句」として「七」が、その適度な長さ(休符も含みます)であるが故に、選ばれた可能性が高いと思われました。
> 詩歌の定型としては 五七ないし七五の調子を四拍子がかたちづくったと言えるかも知れない。という問題です。
元来、日本人には五七ないし七五がリズム的に好まれるところがあった。さらに四拍子が後押しした可能性は・・・ あるように思えました。
> その心は 定型となる以前に五七調が――ほかの四七調とか六六調とかとならんで――出来ていたとしたら それは おそらく四拍子がおもなチカラとなってはたらいて作ったのではないであろう。という問題です。
何かのきっかけで、四拍子のリズムがもてはやされることになった(理由は分かりませんが、スローテンポからは四拍子しか考えにくい、と思われました)。そして、この四拍子が”チカラとなってはたらいた”ことはあり得るように思えました。
すみません。このぐらいしか思い浮かびませんでした・・・
bragelone
ええっとですね。
焦点をふたつにしぼって挙げるとすると:
(1) 音楽としてだけではなく生活のリズムとして四拍子が――たとえば歩くテンポとして二拍一組が二つ集まったとして――なじみやすく基調であったとしたら 歌を詠む(相聞が多いと思われます)ときにも 自然とそのリズムに合った定型として五文字と七文字の組み合わせが出来て来たと考えられる。(2) その反論として:
(あ) 三文字や四文字だと短すぎるというのは そのとき四拍子をつくると休止が長くなりすぎるのだという意味だと説くごとくすでに音楽の作品としてつくる場合を前提にしてしまっていないか?(い) つまりは 短い句と長い句とのひとまとまりという前提も 早すぎるのではないか? 歩くテンポの二拍一組を基礎とすれば 四四や六六あるいは休みを入れたいときには三七や七七といった二つの句の組み合わせもあり得るはずだ。
(う) 五文字や七文字という一句のまとまりが出来るのは とうぜんのごとくながら 日本語が 一音節をつくる形態素を 一子音+一母音(いわゆる C+V )で作っているからである。またそれゆえ ふつうは一音の一文字を 曲として仕上げるときには 延ばしと縮ませで拍数をととのえることが いわば自由自在に出来る。
(え) 言いかえると 生活の中で歌を詠むときには テンポは伴なっていても さすがに一文字を延ばしたり縮ませたりはしないものと思われる。
(お) ただし 歌の起こりが 歌垣――相聞歌ないし求愛のうた――でうたうことにありとなると やはりその時には伸ばしてうたうという事例が 中国の雲南省の昆明などに住む少数民族ではいまも習俗として残されているとか(下記の鳥越憲三郎が言い出して見つけたもののようです)。けれども 一拍や二拍の延ばしでは効かないので それもどうかと。でも延ばすこと自体はあり得たとも考えられるという留保をおかなければならない。
▽ 鳥越憲三郎の倭族仮説とはどういう説か
http://www.geocities.jp/ikoh12/kennkyuuno_to/008_1wajinn_no_syutuji_nituite.html▽ (ヰキペ:歌垣) 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%8C%E5%9E%A3§ 1 概要
現代の中国南部および東南アジア北部で見られる歌垣を概観すると、祝祭日(多くの場合、播種前の春先)の夜に10代半ばから20代の男女が集会し、互いに求愛歌を掛け合いながら、対になり恋愛関係になる、といった類型が多い。
このように、歌垣は未婚男女の求婚の場という性格が強く、また、集団での成年式に起源すると考えられている。歌垣での歌謡は、多くの場合、固定的な旋律と定型的な歌詞を持ち、三・五・七などの音数律に従う。歌い手は、これらの約束事を守りながら即興でうたう技量と教養を必要とし、なおかつ相手の気を惹かなければならない。歌謡の内容は求愛歌だけにとどまらず、創世神話歌、収穫歌、豊作労働歌、葬送歌などがある。
歌垣の習俗は、焼畑耕作民にも水稲耕作民にも見られるが、特に山岳焼畑地帯で顕著であり、もとは山岳地帯の焼畑耕作民の文化だったと考えられている。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
☆ § 2 の日本の項目は 割愛しています。☆ なお《日本文化のよろづブログ》は 2月26日のブログに掲げました。
http://d.hatena.ne.jp/bragelone/20150226
*1:こはいのごふぞ(此れは いのごふぞ):歌詞ではなく地の文かも知れない
9
○ かごめかごめ 歌詞つき楽譜
http://blog-imgs-53.fc2.com/s/b/m/sbmkwo/Kagome_Kagome.jpg
かごめ かごめ 3 3
かごのなかのとりは 3 3 3
いついつでやる 4 3
よあけのばんに 4 3
つるとかめと すべった 3 3 3.5
うしろのしょうめん だあれ 4 4 3
四拍子:
かーごめ|かごめ○|
かーごの|なーかの|とりは○|
いついつ|でやる○|
よあけの|ばんに○|
つ・ると・か・めと|す・べっ・た○|
うし・ろの・しょう・めん|だあれ○|
☆ これは 変則的な三七調のような文字数の配置ではないだろうか。
○ ずいずいずっころばし
楽譜:http://www.mu-tech.co.jp/FirstSongWeb/print_score2.asp
ずいずい ずっころばし 4 5.5
ごまみそ ずい 4 2
ちゃつぼに おわれて 4 4
トッピンシャン 5.5
ぬけたら ドンドコショ 4 5
たわらの ねずみが 4 4
米くって チュー 4.5 2
チュー チュー チュー 2 2 2
おとさんが 呼んでも 5 4
おかさんが 呼んでも 5 4
いきっこなしよ 5.5
井戸のまわりで お茶碗かいたの だあれ 7 8 3
○ はな一匁:七五調?
勝って嬉しい 花いちもんめ
負けて悔しい 花いちもんめ
あの子が欲しい あの子じゃ分からん
相談しましょう そうしましょう
○ 通りゃんせ 通りゃんせ:七五調?
通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの 細道じゃ
天神さまの 細道じゃ
ちっと通して 下しゃんせ
御用のないもの 通しゃせぬ
この子の七つの お祝いに
お札を納めに まいります
行きはよいよい 帰りはこわい
こわいながらも
通りゃんせ 通りゃんせ
○ テルテル坊主:七五調
てるてる坊主 てる坊主 あした天気に しておくれ
いつかの夢の 空のよに 晴れたら金の鈴(すず)あげよてるてる坊主 てる坊主 あした天気に しておくれ
私のねがいを 聞いたなら あまいお酒を たんと飲ましょてるてる坊主 てる坊主 あした天気に しておくれ
それでも曇って 泣いたなら そなたの首を チョンと切るぞ
○ メダカの学校:七五調
メダカの学校は 川のなか
そっと覗いて みてごらん
そっと覗いて みてごらん
みんなで おゆうぎ しているよ
○ シャボン玉:七七調
シャボン玉飛んだ 屋根まで飛んだ
屋根まで飛んで 壊れて消えた
風、風、吹くな シャボン玉とばそ
○ 赤い靴:五五調(?)
赤い靴 履いてた 女の子
異人さんに つれられて 行っちゃった
横浜の 埠頭から 汽船に乗って
異人さんに つれられて 行っちゃった
8
nyan_nyanko 2015/03/07 01:07
こんばんは
まずは、小生のコメントに詳細な解説をしていただきまして、どうもありがとうございました。
以下に、その引用を掲げさせていただいておりますが、旋律ありき、のようです。
”中でも有名なのは、『越天楽』のメロディーに歌詞を付けた『越天楽今様』である。”
引用:Wikipedia 今様
http://ja.wikipedia.org/wiki/%e4%bb%8a%e6%a7%98> (あ) 《はーるの》や《よーもの》のように延ばすのは 初めからあったのか?
> (い) 《・・・りーかも》というように 途中の《りー》として延ばしているのは 歌をつくったそのときから つけられた拍子なのか?
> (お) この五文字の延ばしは うたをつくるときから すでにそのように拍子を採ったのだろうか?
旋律に言葉を当てはめたため、何とも申し上げられられない、こととなります。
下記に引用文を載せておりますが、この”仏は常にいませども”は、オリジナルとは・・・
「これまで文学としてのみ扱われていた平安時代の流行歌集『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』の詞章に、世界の民族音楽のエッセンスを取り入れた独創的な音楽をつけて現代によみがえらせた桃山晴衣の伝説の作品です(1981年ビクターからLPで発売)。美しく楽しい夢幻世界の響き。」
引用:
CD 「遊びをせんとや生まれけん」 ── 『梁塵秘抄』の世界/桃山晴衣
http://search.japo-net.or.jp/item.php?id=VZCG-168
そこで、七・五調との関係で、以下の和讃を載せさせていただきました(変ホ長調のようですが・・・平安時代の作品がどうかは自信がありません)。
○ 平安仏教の響き 三宝和讃
○ 三宝御和讃 歌詞です
http://www.parabox.or.jp/~rinshoji/goeika.htm
三宝御和讃
1番) 心の闇を 照らします いとも尊き み仏の 7 5 7 5
誓願を冀う ものはみな 南無帰依仏と 唱えよや 7 5 7 5
2番) 憂き世の波を 乗り越えて 浄きめぐみに ゆく法の
船に棹さす ものはみな 南無帰依法と 唱えよや
3番) 悟りの岸に わたるべき 道を伝えし もろもろの
聖者に頼る ものはみな 南無帰依僧と 唱えよや
どうもお粗末さまでした・・・
bragelone
お早うございます。つづけての説明をありがとうございます。
▲ 『越天楽』のメロディーに歌詞を付けた『越天楽今様』
★ 旋律に言葉を当てはめたため、何とも申し上げられられない、こととなります。
▲ 『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』の詞章に、世界の民族音楽のエッセンスを取り入れた独創的な音楽をつけて現代によみがえらせた詞章に音楽をつけた
☆ 知らずに手当り次第に 目の前のものを資料としてしまっています。ご容赦あれかし。きちんと分かると いいですね。結果ははっきりしないということになりますが。
nyan_nyanko 2015/03/07 23:34
こんばんは
以下、失礼致します。
すみません。youtubeの方と、三宝和讃との歌詞が異なっていたようです。申し訳ございませんでした。
bragelone
いえいえ。それもありますが 《三宝御和讃》の歌詞は 縦書きで紹介してあるところからはコピペーが出来なかったのでした。横書きのサイトから引っ張って来たものです。
ただ歌詞があったサイト(下記)から音声ファイルを聴くことができました。旋律自体は両方とも同じようです。残念ながら、youtubeの方の歌詞は分かりませんでしたが、下記サイトの歌詞に拍子等を付してみました。
http://www.parabox.or.jp/~rinshoji/goeika.htm
bragelone
ありがとうございます。二拍一組で区切ることが出来るような感じではあったのですが。・・・
冒頭:となえたてまつる 三宝ご和讃に心の闇を|照らします△|いとも尊き|み仏の ◯
誓願(ちかい)を冀(ねご)う|ものはみな△|南無帰依仏と|唱えよや ◯憂き世の波を|乗り越えて△|浄きめぐみに|ゆく法(のり)の ◯
船に棹(さお)さす|ものはみな△|南無帰依法と|唱えよや ◯悟りの岸に|わたるべき△|道を伝えし|もろもろの ◯
聖者(ひじり)に頼る|ものはみな△|南無帰依僧と|唱えよや ◯△:8分休符;◯:4分休符;4拍×4小節で区切っております。
四分の四拍子のようでした。
> ☆ 知らずに手当り次第に 目の前のものを資料としてしまっています。ご容赦あれかし。きちんと分かると いいですね。いえいえ。
ただ、是非とも小生と致しましても、一次資料にはあたりたいと思っております。
bragelone
了解しました。
また、> 化学カテにおいでくださるとよろしいのですけれど。
お誘い、どうもありがとうございます。
また、機会がございましたら、回答致したく存じます。
それでは、どうも失礼致しました。
Q&Aのもくじ:2011-03-26 - caguirofie
7
bragelone
七五調
も ひとつの主題ですね。五七調の単なる異種であるで済ませられないかも知れない。
○ 梁塵秘抄 ”仏は常にいませども”
仏は常に いませども 7 5 :( 7+半休 5+半休 )
現(うつつ)ならぬぞ あわれなる 7 5 :( 7+半休 5+半休 )
人の音せぬ 暁に 7 5 :( 7+半休 5+半休 )
ほのかに夢に 見え給ふ 7 5 :( 7+半休 5+半休 )
☆ これは ふつうに詠んだほうが―― 一文字=一音=一拍として読むだけのかたちのほうが―― 自然であるように聞こえます。
七文字と五文字のあとにそれぞれ一拍の休みを入れるのかも知れませんが。そうすると 二拍一組を基本要素とする四拍子になるかと思われます。
あるいは 休みは 半拍ほどのほうが 自然であるかも分かりません。
ひとつの問題は 五文字のあとの休みを 一拍ではなくさらに延ばして三拍にするかどうか。
するなら 七文字+一拍休止 =八拍 =2小節という長さにひとしくなります。五文字+三拍休止 =八泊 =2小節。
越天楽今様が この形式だったのだと思います。ただし 五文字のあとの三拍休止は同じで 七文字のほうは 別のかたちを採っている。
七文字の中の一文字を一拍ぶん延ばすかたち。
○ 越天楽今様
7 5 |はーるの|やよいの|あけぼの|にーーー|
7 5 |よーもの|やまべを|みわたせ|ばーー○|
7 5 |はなざか|りーかも|しらくも|のーーー|
8 5 |かからぬ|みねこそ|なかりけ|れーー○|
☆ この七五調は どうも――感覚だけですが―― 延ばしてうたったほうがよいように思われます。
つまり 先ほどの梁塵秘抄の《ほとけは》のように 一文字=一音づつ読むかたちにすると 何だか不自然に聞こえるのですが どうなんでしょう。
これらふたつの歌の事例から 拍子取りは さまざまであるのではないか。と見たいのですが 疑問視する見方のほうに片寄っているかも分かりません。
このあとで 次のうたう事例を見ました。
○ 桃山晴衣/仏は常にいませども Buddha is always everywhere
☆ 何だかずいぶん延ばしが 自由におこなわれているようなのですが?
例によって 拍子取りがどうなっているかよく分かりません。natural
これは完全に4拍子です。
打楽器の鳴るところが1拍目。
ほと|けは|つ〜|ねに(4拍)
いま|せど|も〜|〜○(4拍)
う〜|つつ|なら|ぬぞ(4拍)
あわ|れな|る〜|〜○(4拍)
ひ〜|との|おと|せぬ(4拍)
あか|つき|に〜|〜○(4拍)
ほの|かに|ゆ〜|めに(4拍)
みえ|たま|う〜|〜〜(4拍)
最後まで延々とこのリズムです。(1文字=♪)
bragelone
こうやって先に区切って聞くと分かりやすくなりました。
中で ♪あ−わ|れな♪ などで 《あ−》=1.5拍 《わ》=0.5拍であるように感じます。♪み・え|たま♪ の《み・》のところで 休止があるように聞こえます。その前の♪ゆー|めに|♪の 《めに》の休みがないから 《み・》で息継ぎをしているのでしょうか。
自由な感じに聞こえたのは メロディーのほうだったんでしょうか。
そうしてようつべで続いていた歌が聞こえて来ておもしろそうだったので 挙げておきます。
○ 梁塵秘抄「からすは見るよに」 桃山晴衣 Ryojin Hisyo song by Harue momoyama
☆ これも 何拍子なのか。natural
「からすは見るよに」
おもしろいうたですね。
少しだけカウントしてみました。1文字=8分音符(0.5拍=♪)
カラ|スは|見る|よに(4拍)
いろ|くろ|し〜|○○(4拍)
いろ|くろ|し〜|○○(4拍)
*サギは〜*(分からない)
とし|は〜|ふれ|ども|〜〜|○○(6拍)
なお|しろ|し〜|○○(4拍)
かもの|くび|をば(3拍)(もの→16分音符)
みじ|かし|とて|(3拍)(かし→0.75+0.25)
つぐ|もの|か〜|○○(4拍)
つる|の〜|あし|をば|〜〜|○○(6拍)
なが|しと|て〜|○○(4拍)bragelone
そうですか。分かってみると かんたんですね。
カラ|スは|見る|よに(4拍)
いろ|くろ|し〜|○○(4拍)
いろ|くろ|し〜|○○(4拍)
=文字数: 4 4 5
サギは〜*(分からない)
とし|は〜|ふれ|ども|〜〜|○○(6拍)
なお|しろ|し〜|○○(4拍)
=文字数: 3(?) 7(3+4) 5
かもの|くび|をば(3拍)(もの→16分音符)
みじ|かし|とて|(3拍)(かし→0.75+0.25)
つぐ|もの|か〜|○○(4拍)
=文字数:7(3+4) 6 5
つる|の〜|あし|をば|〜〜|○○(6拍)
なが|しと|て〜|○○(4拍)
=文字数:7(3+4) 5
五七でなくても 二拍一組〔での四拍子〕にあてはめる。のか それとも?
natural 2015/03/06 15:44
こんにちは。ぶらじゅろーぬさん。
「桃山晴衣/仏は常にいませども」
これは完全に4拍子です。
打楽器の鳴るところが1拍目。
ほと|けは|つ〜|ねに(4拍)
いま|せど|も〜|〜○(4拍)
う〜|つつ|なら|ぬぞ(4拍)
あわ|れな|る〜|〜○(4拍)
ひ〜|との|おと|せぬ(4拍)
あか|つき|に〜|〜○(4拍)
ほの|かに|ゆ〜|めに(4拍)
みえ|たま|う〜|〜〜(4拍)最後まで延々とこのリズムです。(1文字=♪)
「からすは見るよに」
おもしろいうたですね。
少しだけカウントしてみました。1文字=8分音符(0.5拍=♪)
カラ|スは|見る|よに(4拍)
いろ|くろ|し〜|○○(4拍)
いろ|くろ|し〜|○○(4拍)
*サギは〜*(分からない)
とし|は〜|ふれ|ども|〜〜|○○(6拍)
なお|しろ|し〜|○○(4拍)
かもの|くび|をば(3拍)(もの→16分音符)
みじ|かし|とて|(3拍)(かし→0.75+0.25)
つぐ|もの|か〜|○○(4拍)
つる|の〜|あし|をば|〜〜|○○(6拍)
なが|しと|て〜|○○(4拍)
Q&Aのもくじ:2011-03-26 - caguirofie
6
bragelone
うたの文字=一音が 四拍子において 《延ばし・縮み》をほどこされ 文字=一音のあとに《休み》が入れられる。
これは もしすでにうたが四拍子にもとづいて作られているのなら あまり頻繁に現われるのは ちょっとおかしい。
字余り・字足らずを どうにか四拍子に合わせようというのなら 分かる。
一句が五文字=五音であるかたちを 四拍子ゆえに定型としたというのは まだピンと来ません。
natural 2015/03/05 16:23
こんにちは。ぶらじゅろーぬさん。
「なぜ」、5と7か、と言われると気になる。
わたしが真っ先に思い浮かべたのは11月15日の「七五三」なんだけど、
>天和元年11月15日(1681年12月24日)に館林城主である徳川徳松(江戸幕府第5代将軍である徳川綱吉の長男)の健康を祈って始まったとされる説が有力である。
:ということなので、わりと最近なんですね、始まったのは。
とりあえず、今日見つけたのはこれ。
http://www.osaka-ue.ac.jp/zemi/nishiyama/math2010j/oddeven_j.pdf#search='%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA+%E5%A5%87%E6%95%B0'
陰陽五行説から奇数は「陽」の数字で、
1や3だと足りなくて、
9は「苦」だから、ではいけませんか。
8ならいいのかな。末広がりっていうし。
6は、う〜ん。ろくでなし?
で、なぜ十二支×5の還暦祝いをするようになったのかと思って
調べてみた結果、
>中国の春秋戦国時代に起源を持つ賀の祝いが・・・
だそうです。
とりあえず今日はおしまい。
来週から仕事なので、明日は説明を受けに行きます。
bragelone
そうですね。
○ 西山豊:奇数の文化と偶数の文化
これはなかなか使いづらいですね。応用がむつかしい。
というのも そこで取り上げられたのは おおよそ個々の事実だと思うからです。
偶数と奇数との分けてその軽い意味での対立といった主題をしっかりと軸として論じているとは思いますが 世の中の慣習についてですよね。
これを理論づけそこから問題の事態にあてはめてみようとすることは なかなかむつかしい。とは思います。
日本でも昔は 4=よ と8=や とが むしろ聖数だったと言います。いよいよ(愈々)・いや‐さか(弥栄)と言ったり 例のスサノヲの歌では 八雲立つ 出雲八重垣ですし。
よ( yö )と や( ya )とは 倍数として母音交替で表わされています。
ひ( hi )∽ ふ( hu )も み( mi )∽ む( mu )もそうです。
や(八)は 聖なる数とそして 数が多いことを表わしたはずです。八百万・八百屋。
8(八)が 末広がりだというのは 漢字の八の形から来ています。
というように節句の行事などについても ヤマト言葉が漢語に押されて行ったということもあると思います。
nyan_nyanko 2015/03/05 23:39
こんばんは、bragelonne様、neutral様
以下、失礼致します。
以下の催馬楽に関する資料から、以下のように考えられました。
・七・五調にはなっていない(催馬楽篇(その一)から)
・”上代の民謡などを外来の唐楽の曲調にのせたもの”(goo辞書 催馬楽から)
参考:
○ 催馬楽篇(その一)
http://homepage3.nifty.com/false/garden/kuden/saibara1.html
bragelone
最初のうたの例:かな文字数を入れました。
≪巻第十の催馬楽≫
(その十五)青柳
青柳を 片糸によりて や おけや 鶯の おけや : 5 8 1+3 8(5+3)
鶯の 縫うという笠は おけや 梅の花笠や : 5 8 3 8(3+5)(訳)
青柳を 片糸にしてよって や おけや 鶯の おけや
鶯が 縫うという笠は おけや 梅の花笠だよ
○ goo辞書 催馬楽
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/85680/m0u/
○古代の日本音楽
http://jtrad.columbia.jp/jpn/history.html神楽というのは、
この場合宮中の御神楽をさし、
東遊は、
元来東国の風俗歌であったものが宮中に取り入れられたものである。
風俗は
言うまでもなく地方民謡としての存在であった。
一方、”今様”から、”梁塵秘抄”と”越天楽今様”を掲げさせていただきましたが、そこでは、七・五調4句になっていることが確認できました。
七・五調になったのは、平安時代中期頃のように考えられました。
○ ”梁塵秘抄”
引用:Wikipedia 梁塵秘抄 から
http://ja.wikipedia.org/wiki/%e6%a2%81%e5%a1%b5%e7%a7%98%e6%8a%84”遊びをせんとや生まれけん”
「遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん、遊ぶ子供の声きけば、我が身さえこそ動がるれ。」
8 5 8 5 7 5 7 5
”仏は常にいませども”
「仏は常にいませども、現(うつつ)ならぬぞあわれなる、人の音せぬ暁に、ほのかに夢に見え給ふ。」
7 5 7 5 7 5 7 5
○ ”越天楽今様(作詞:慈円)”
春の弥生の あけぼのに 7 5 |はーるの|やよいの|あけぼの|にーーー|
四方の山辺を 見わたせば 7 5 |よーもの|やまべを|みわたせ|ばーー○|
花ざかりかも 白雲の 7 5 |はなざか|りーかも|しらくも|のーーー|
かからぬ峯こそ なかりけれ 8 5 |かからぬ|みねこそ|なかりけ|れーー○|* 越天楽今様 楽譜 http://www.mu-tech.co.jp/FirstSongWeb/print_score2.asp
花橘も 匂うなり 7 5
軒のあやめも かおるなり 7 5
夕ぐれさまの 五月雨に 7 5
山ほととぎす 名のるなり 7 5
秋のはじめに なりぬれば 7 5
今年も半ばは 過ぎにけり 8 5
わが夜ふけゆく 月かげの 7 5
傾く見るこそ あわれなれ 8 5
冬の夜寒の 朝ぼらけ 7 5
契りし山路は 雪深し 8 5
心のあとは つかねども 7 5
思いやるこそ あわれなれ 7 5
まずは、取り急ぎ、ご報告まで。
bragelone
たいへんありがとうございます。
越天楽今様について 歌い方つまり四拍子の成り立ちを考えてみたいと思いました。
7 5 |はーるの|やよいの|あけぼの|にーーー|
7 5 |よーもの|やまべを|みわたせ|ばーー○|
7 5 |はなざか|りーかも|しらくも|のーーー|
8 5 |かからぬ|みねこそ|なかりけ|れーー○|
つまり
(あ) 《はーるの》や《よーもの》のように延ばすのは 初めからあったのか?
(い) 《・・・りーかも》というように 途中の《りー》として延ばしているのは 歌をつくったそのときから つけられた拍子なのか?
(う) 五文字の末尾の一文字(一音)を延ばしている。四拍または三拍へと延ばしている。
(え) これは 七文字が 一音延ばすところがあって 四拍x2の八拍(=2小節)になるその長さに合わせていると考えられる。
(お) この五文字の延ばしは うたをつくるときから すでにそのように拍子を採ったのだろうか?
(か) 七文字は 定型にするには 四拍子とも合って よさそうに思われる。
(き) ただ 五文字は 四拍子にもとづいて定型として出来たかと言うと 必ずしもその必然性がないように思われる。
(く) 六文字でもよさそうに思われるから。
しろうとが納得行くためには このような疑問が解かれるとよいと思います。
5
ここからは 自由に資料をしめしたり意見をのべあったりして行くかたちとしたいと思います。
自由に休憩をとるというかたちに。
natural 2015/03/04 08:48
おはよう、ぶらじゅろーぬさん・にゃんにゃんこさん。
ちょっと休憩中です。
こんな質問があったのだけど、見た?
○ 4拍子が日本に根付いたのはいつですか? 私は中学高校と吹奏楽部なのですが、...
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1088961625ID非公開さん2012/6/1200:14:03
○ 4拍子が日本に根付いたのはいつですか? 私は中学高校と吹奏楽部なのですが、...
4拍子が日本に根付いたのはいつですか?
私は中学高校と吹奏楽部なのですが、高校の顧問の先生に「8分の6拍子はヨーロッパの馬のリズムだから日本人の4拍子の感性では 難しい」と言われました。
日本人の感性と言われて疑問に思いました。
確かに日本には、4拍子が溢れています。
和歌の5・7・5・7・7も、三三七拍子も、三本締めも、どれも4拍子に当てはめることができます。
しかしです。和歌の5・7・5・7・7は今は4拍子に当てはめられて詠まれますが、昔は違いましたよね?
ここでわからなくなったので質問させていただきました。
もともと日本には三三七拍子など4拍子の感性があったから、西洋音楽が輸入されたときにすんなりと4拍子だけ受け入れられたのでしょうか?
それとも、西洋音楽をきっかけに4拍子が根付き、今のように和歌が詠まれるようになったり、三三七拍子や三本締めが生まれたりしたのでしょうか?
インド音楽は7拍子や13拍子に特徴があると聞いたことがあるので、人間が一般的に4拍子を好んでいるというわけではないと思います。
正直どのカテゴリで質問すればいいのかわかりませんが、よろしくお願いします。
twesgiさんの回答 2012/6/1308:01:58
不十分な知識のまま答えるよ。和歌といっても、短歌形式が整うのは記紀や万葉の編纂された頃で、万葉の巻頭歌や記紀歌謡の中には四拍子と思えないものもあるけど、他の拍子であったとも思えない。一拍子の繰返しで、テンポはあってもリズムはなかったといえばいいのかな。で、それが歌われていく中で呼吸のリズムとして収斂されていく。日本のリズムは筋肉のリズムじゃなくって内蔵のリズム(私見)。
短歌や俳句の四拍子リズムも、西欧音楽の休符とちがって息を止める休符。都々逸だとこれがいよいよはっきりする(調べてごらん。単なる75じゃないよ)。
お経の声明も四拍子。大谷派の方で五線譜の声明を出してるけど四拍子で採譜してる。特に普通に詠まれる呉音でのお経(声明)は四拍子が根底にある。
で、万葉の57調が次第に75調にかわっていくのは、歌われ方の変化によるんじゃないかと思ってる。民謡化もその一つ。
明治以降の唱歌などの75調の隆盛は、明らかに西欧音楽の影響。西欧と日本の休符の違いを考えれば明らかじゃない?
休符の違いでいえば、俳句の休符なんかは四分休符というよりもゲネラルパウゼに近いしね。もっとも、俳句は書かれるもので詠まれるものじゃないような気もするけど。
で、結論。四拍子は日本古来のものだとボクは思ってる。以上独断による全くの私見でごめんなさい。
bragelone
じつは 次のような説明も提出されていると言います。
○ 日本語はなぜ「七五調」なのか?〈後編〉
http://kotonohaan.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-4e72.html〈前編〉では、日本人が七五調を読む定式化されたリズムがあり、それは二音節を一単位として構成される「四拍子」である、という説をご紹介しました。
それでは、なぜすべての音数より特別に「五音」「七音」が選ばれたのか、続きを追っていきましょう。
§3. なぜ、五音と七音が撰ばれたのだろう。
では、なぜ四拍子を構成するのに五音と七音が選ばれたのか。それには、選んだというより、基本的には、五音と七音がいちばんできやすいということもあったのではなかろうか。
前に述べたとおり、日本語の単語を類別すれば、二音節のものが圧倒的に多く、それだけで全体の六十パーセント近くを占めている。次いで三音節が三十パーセント弱である。したがってまた、二語の合成語も、二プラス二の四音節がもっとも多いにちがいない。
ところで、文章をつくり叙述を完成させるには、いわゆる「てにをは」をつけたり、動詞を活用させたりしなければならない。単語の羅列だけでは歌にならない。つまり、大部分は一音節、一部は二音節でできている助詞や語尾変化部分を付加する必要がある。そして、四拍子ということを考えると、一句の長さを三音節や四音節で片付けることはできない。あまりに短すぎる―逆にいえば、休みが長くなりすぎるからである。それなら、いちばんできやすい組み合わせは五音で、短い句が五音になるのは、確率的にも当然のことにすぎない。
bragelone
(あ) 《四拍子ということを考えると》というふうに 先に初めに前提が置かれているのではないか?
(い) それは すでにリズムとしては 二拍一組の組み合わせとして四拍子がすでに基礎となっていたとして認めるとすれば 四文字(四音節)か六文字でもよかったのではないか?
(う) 休みは 六文字(六音節)に プラス二拍一組の長さとして つごう二拍一組 x 4 の二小節を成すかたちがよかったのではないだろうか。
(え) つまり 五文字(五音節)プラス一拍(=一文字ぶん)の休み すなわちつごう 二拍一組 x 3 のまとまりよりも かたちはよかったのではないか。
長い句は、また四拍子を考慮に入れれば、六、七、八音のいずれかで(それ以上になると四拍におさまらない)、組み合わせの確率からいえば六音が最高かもしれないが、相対的な短長の感覚、休みの長さのバランスからして、七音がもっともふさわしいことになるだろう。短い句が五音であるのに対し、長い句が六音では、あまりに差がなさすぎるし、五音六音のくりかえしはむしろ三拍子にとらえたくなる(四拍子にするためには、全部の句にまるまる一拍の休みを置かなければならない)。また、長い句が八音では、句の切れ目にもまったく休みを置くことができず、ゆとりがなくなる。とすると、基本的には、長い句は七音が最適ということになる。bragelone
(お) 《長い句・短い句》というように 二つの句がひとまとまりを成すという前提がすでに見られる。これは 五七調がひとつの定型として成ったところから 考え始めていはしまいか?
(か) その長い句は 八音= 二拍一組 x 4 がよさそうである。
(き) ただし 休みを入れたいと思うならば――この《七五調説》氏の説くごとく―― 七文字(七音節)がよかったと確かに考えられる。
natural 2015/03/04 21:48
ああ、ぷらぽてぃさんがgoo!で
五七の質問をしていたのですね。
やり取りにちっとも気づかずに
勝手にしゃべっていました。
残念です。お恥ずかしいです。(;_:)
2時間ぐらい前にその質問に気付いて
たすてんさんやねこさんやぶらじゅろーぬさん
あまがっぱさん、
他みなさまの回答を拝見したところです。
ところでぷらぽてぃさん。
名前にあいを入れるのはよしてちょうだい。
発音がむづかしいので
「a」か「e」か「o」か「空白」にしてください。
ぷらぽた・ぷらぽて・ぷらぽと・ぷらぽ。笑。
で、開き直るようなのだけど、
スサノヲの五七が生まれたのも、
4拍子が生まれたのも、たまたま、で、
それが心地よく生活に馴染んだから
多くの人に受け入れられた、
というそれだけなのぢゃないかな。
またまたあいまいな感想なのだけど。
bragelone
これは 何とも言えませんね。
と言いますか 簡単に言ってしまえば 議論も研究も要らないのでは? と言っていることになる。
まぁ それが 正解だったり・・・する・・・のかな・・・どうなのだろう。ああそれからたすてん先生。(;_:)
2カ月半の入院の後、
久しぶりにトランペットと戯れたのですが、
高音が!(*_*; ちっとも出ないのです。
abcdefgabcdまでしか出ません。(-"-)
また練習して勘を取り戻すのみ、
なのですが、何かコツはありますですか?
4
nyan_nyanko 2015/03/03 01:06
失礼致します。
少し、三拍子に関して考えてみました。
・童謡、唱歌、これらは大人が子供のために作った曲です。明治から昭和初期に多く作られました。ふるさと等はこの時期に作られました。
ですが、
・わらべ歌、これは子供達の間で自然と出来上がった曲とされています。江戸時代から既に知られていた通りゃんせ、かごめかごめ、あんたがたどこさ、などがありますが、これらには三拍子は見当たりませんでした。
西洋の音楽教育を受けていない江戸時代以前の人たちには、三拍子はなじめなかった可能性がある、と思えてきました。
すみません。ブレてしまいまして・・・
なお、ご質問の件でございますが、少々お時間をくださいませ。よろしくお願い申し上げます。
それでは、どうも失礼致しました。
bragelone 2015/03/03 06:53
なるほど。貴重な事実ですね。
ありがとうございます。そして お世話になります。
natural 2015/03/03 14:02
こんにちは。ぶらじゅろーぬさん、にゃんにゃんこさん。
にゃんにゃんこさんのおっしゃる通り、
クラシックもジャズもロックもだいたい何でも
1拍目が「強」ですね。
バスドラムやコントラバスやチューバやピアノの低音のような
よく響く音が1拍目に入ってる気がする。
ソロ演奏だとそうでもないんだけど。bragelone
強弱の問題。気をつけます。> 5音節のあとの間(休止であろうと引き伸ばしであろうと)が、7音節のあとの間より長くなるというのは、昔から言われていることで、私独自の説ではありません。
:うん。たとえば。
1.わがこころ→「わがここ:8分音符(♪)4つ(=4分音符2つ分)」
+「ろ(付点四分音符=1.5泊)」=合計4拍
2.つきぬいのちの→「8分休符」+「つきぬいのちの:8分音符7つ」
=合計4拍
3.さゆらぎを→1.と同じ=4拍
4.うつすともへば→「うつすともへ:8分音符6つ(=3拍)」
+「ば:四分音符1つ」=合計4拍
5.たふとかりけり→4.と同じ=4拍
4拍子5小節の曲になっていることが多いような気がします。
bragelone
しろうとが細かいことを言いますが:
◆ 1.わがこころ→「わがここ:8分音符(♪)4つ(=4分音符2つ分)」+「ろ(付点四分音符=1.5泊)」=合計4拍
☆ これは 合計 3.5拍であるように思えるんですが?
あっ そうか。そのあとに 8分休符( 0.5拍)を置くんですか。3.5拍+0.5拍=4拍。
ちょっと何の理由も脈絡もなく思い浮かんだんですが ひょっとしたら 五七調は 先に出来て来ていた。そこへ 四拍子をあてがった。そうするとその試みはナラハシとなり ナラハシは かなり広く行き渡ることになった。のではないかと。
七文字は その七音のあとに 8分音符の休止を置いたりあるいは長く伸ばしたりすれば容易に 四拍子に成り得る。
しかるに 五文字は 四拍子から出て来たという筋道が いまひとつピンと来ません。
八分の八拍子として捉えるよりも 四分の四拍子を基本としたほうがよくありませんか?
七文字は したがって 2小節になります。|♪ ♪ ♪ ♪|♪ ♪ ♪ 休止|
(あ) 五文字は 五文字が先か。四拍子が先か?
>5音節のあとはかなり長く音が引き伸ばされ、そのあとの7音節の句と、時間的な長さはほぼ釣り合っている例があります。
:はい。5は、最後の文字を伸ばすことが多いので。
わがこころ〜〜〜。一文字=8分音符とするとこれで4拍分です。
たふとかりけり〜。一文字=8分音符とするとこれで4拍分です。
ただうたう人によっては余白の長さや溜める長さが違うので、
一般的にそうだと言ってよいのかは疑問です。bragelone
ここですね もうひとつの焦点は。
(い) すでに音楽となっている場では 四拍子があたかも主流であるとしたとき 生活の場ではどうなのか?
↓ここの、真ん中あたりに音符と休符の長さの表があります。
http://www.kcc.zaq.ne.jp/ono/gakuten/gakuten05.htm
あと、この季節にぴったりな3拍子↓。
○ 早春賦
https://www.youtube.com/watch?v=1ucn5p19NAw
○ 文部省唱歌 朧月夜
https://www.youtube.com/watch?v=djNC73V-X0c
ちょっと季節外れだけど3拍子↓。
○ 浜辺の歌
https://www.youtube.com/watch?v=_7SgGVGSJm8
bragelone
(あ) 五文字は 五文字が先か。四拍子が先か?
(い) すでに音楽となっている場では 四拍子があたかも主流であるとしたとき 生活の場ではどうなのか?
natural 2015/03/03 17:47
たびたび失敬。
この複雑な(?)曲は、子どもが毬を撞きながら
適当にでっちあげたような感じもする。○ あんたがたどこさ/童謡とわらべ歌/歌詞付き
あんたがたどこさ(=4拍子)
ひごさ(2拍子)ひごどこさ(3拍子)
くまもとさ(3拍子)くまもとどこさ(4拍子)
せんばさ(2拍子)せんばやまには(4拍子)
・・・・・。
natural 2015/03/03 19:48
うん?
コメが見えるときと見えないときがあるんだけどどうなってるんだろ。bragelone
あんたがたどこさ について拍子が取れなかったもので コメ無しのまま いまのときまで来てしまいました。だからさっき分かりやすく書いてもらった課題も今見えないのだけど。
5文字・7文字が先なのか4拍子が先なのか、だと、
たぶん4拍子あるいは2拍子の偶数拍子が先なのだと思います。
2足歩行をしていれば右脚と左脚と交互に使って歩くから。bragelone
《二足歩行》から二拍子(または 二拍一組)というのは おもしろいですね。そうかも知れない。
その点で 調べておくべきは ならば 人類ぜんぶに当てはまるのか? だとは思います。
五文字が ウタにおいてひとまとまりとして形成されて行く過程で その五文字ひとまとまりを 二拍一組〔およびそこからの四拍子〕のリズムに合わせて捉えようとした。ということは 考えられませんか?
二拍一組ないし四拍子ゆえに 五文字のまとまりが出来たという見方がなおしっくり来ないのです。
それで、3拍子や5拍子や7拍子が曲の中の一節に入っているのは、
学校から帰る途中に川で魚を眺めるだとか、
出勤前に喫茶店でコーヒーを飲むだとか、
帰宅前に居酒屋に寄るだとか、
そういう「あそび」なのぢゃないかと思います。bragelone
なるほど。《歩行―― basis (これは 英語で言えば going と言うのと同じ言葉です。《あゆみ》⇒《基礎》――》が先に来て リズムが生まれる。このリズムに乗せて ウタならウタにおける一節のまとまりにふさわしい文字数も決まって行った。・・・ですか。
二拍一組ないし四拍子なる歩みが リズムの基礎となって出来て行った。基礎の周辺に 《あそび》もつくられて行った。と。曲全体が3拍子や5拍子や7拍子で貫かれているのは、
日常生活の中の1日か数日の「まつり」なのだと思います。
いや調べてません。
感覚で書いています。
わたしは3拍子にしろ4拍子にしろ、いつも曲が先で詩が後です。
詩に曲を乗せることはできません。
ですから、槙原のりゆきさんのように、
詩の上に曲を乗せる、という人は、なぜそれができるのか、
理解不能です。
以上、身体表現の視点から、しゃべりました。
にゃんにゃんこさんのご意見も楽しみにしています。
あ、忘れてた、
> (い) すでに音楽となっている場では 四拍子があたかも主流であるとしたとき 生活の場ではどうなのか?
:質問の意味が分からないのだけど。(-"-)
言葉は4文字にも5文字にもできるし、ある文字を伸ばして発声したり、
ある文字を倍速で発生したりできるから、
先に4拍子があれば4拍子になるし3拍子があれば3拍子にもなる。
のだけど、
詩を先に創る人なら詩を基に○拍子を作るのだと思う。
と、あいまいな答えしか出ません。
bragelone
なるほど。
四拍子の基礎がある。そのリズムに合わせて ウタや詩については 文字数が合わせられて行く。合わなければ 縮めたり伸ばしたりすれば済む。何とでも出来る。と。
こうだとしたら 人類のすべてにわたって 四拍子が基礎だということになるのかなぁ。なりますか?
ただですね。ただ そういうふうに四拍子が 自然に身について基礎となるリズムをつくっていて ウタにおける文字数は そのリズムに合わせて行くことができるとすれば それは 延ばしたり縮めたりといかようにも合わせることが出来るようなので 四文字でも五文字でも六文字でもどの数でもよかった。という見方も出来てしまいませんか?
natural 2015/03/03 19:59
あ。ご指摘の通りでわたしが間違えました。
bragelone
了解しました。◆1.
5文字は8分音符4つ+2分音符ひとつ。(合計4拍1小節)あるいは
◆2.
4分音符4つ+全音符(あるいは音符と休符と合わせて4拍)。(合計8拍2小節)
でした。さんすうを間違えました、すみません。
nyan_nyanko 2015/03/03 20:59
こんばんは、bragelonne様、neutral様
催馬楽について調べてみました。
以下に、更衣(ころもがえ)を紹介させてもらっております。
催馬楽 更衣
一方、その訳譜も見つかりました(研究材料としてのようで、確定というのではなさそうなのですが)。
更衣 p.6
http://www.gulf.or.jp/~mabuchi/saibara.pdf
そこでなのですが、これらは同じものなのでしょうか?
すみません。自信が持てず・・・
bragelone
ありがとうございます。確かに言葉は 聞き取りにくいですね。というより 分からないですね。
拍子は どうなんでしょう?
[更衣(ころもがえ)]更衣(ころもかえ)せんや 先ん立ちや
我が衣(きぬ)は 野原篠原
萩の花擦(すり)や 先ん立ちや
(訳)
衣がえしましょうよ 季節や人にさきがけて
私の衣装は 野原や篠原の萩の花を擦り染めにしたのよ
流行りの先端でしょう
出典:催馬楽篇(その一)
http://homepage3.nifty.com/false/garden/kuden/saibara1.html誠に恐縮でございますが、ご教示いただければ、幸いでございます。
nyan_nyanko 2015/03/03 21:40
こんばんは、bragelonne様、neutral様
拍子は四分の二拍子となります。
なお、五線譜からは、以下のようになりました。
・更衣せんや:八音 → 8拍分
・先ん立ちや:五音 → 7拍分
・我が衣は:五音 → 9拍分
・野原篠原:七音 → 11拍分
・萩の花擦や:八音 → 9拍分
・先ん立ちや:六音 → 8拍分
bragelone
ありがとうございます。
八文字≒八音もあれば 拍数も いろいろなのですね。
でも 四文の二拍子。二拍一組のごとくでしょうか。
にゅうとらるさんによれば これは 二足歩行なる歩み=基礎としてのリズムではないかと。
海の水をすべて汲み上げるわけにも行かず どうでしょう にゃんこさんは いままでのところ全体としてどんな感触ですか?
nyan_nyanko 2015/03/03 23:14
こんばんは、bragelonne様、neutral様
> にゅうとらるさんによれば これは 二足歩行なる歩み=基礎としてのリズムではないかと。
行進曲の多くは、二拍子といわれています。
bragelone
あぁ 行進曲。マーチですね。右 左 右 左・・・でしょうか。
また、・仰られましたように”二足歩行なる歩み”
・強弱からなっている”呼吸”
・簡素といった感じでしょうか・・・
bragelone
なるほど。《呼吸》もありましたか。
それで《歩み》が《基礎》ですか。
《簡素》とは 基本単位であるようにも感じられました。
百人一首はどうなの? と、また新たな興味を持ちました。bragelone
♪あんたがた どこさ♪ の拍子がよく分からなかったものですから 尻込みしてしまいます。情けなや。
> 海の水をすべて汲み上げるわけにも行かず どうでしょう にゃんこさんは いままでのところ全体としてどんな感触ですか?
11拍は除きますが、概ね8、9拍であることから、それなりに釣り合っている、とも思えました。
ただ、一番興味深く思えたのは、その曲調・歌謡性にあることでした。例えば、下の”うれしいひなまつり”もそうなのですが、「あかりをつけましょ ぼんぼりに」までが1フレーズとなります。おそらく、小節ごとに「あかりを」「つけましょ」「ぼんぼり」「に」とは区切って歌わないと思われます。せいぜい最初の音を、若干強く感じて歌うことぐらいかと考えられます。
おそらく、中世の頃もそうだったのかもしれない、と思ったのであります。
確かに、5、7の音節は重要です。だけれども、歌謡性・曲調を重要視して、曲として成立させたかったのかもしれない、そう思った次第でございます。
うれしいひなまつり 楽譜
http://bunbun.boo.jp/okera/aaoo/uresii_hina.htmbragelone
★ だけれども、歌謡性・曲調を重要視して、曲として成立させたかったのかもしれない
☆ ふうむ。わたしは リズムと文字数にのみかかずらわっていましたが 歌謡性に曲調ですか。
詩歌の中身ですね。詩心のほうにも重心はじゅうぶん置かれているのではないかと。
どうも、お粗末さまでした。bragelone
いえいえ。にゅうとらるさんともども おしえてくださって たいへんありがとうございます。高校の音楽の授業でおしえられたことは一応身に着けていたと思っていたところ どうも頭の中だけの知識だったようで 実地に使おうとする気持ちがわたしにはなかったのでしょうか。役に立たない学び方をしていたのかも知れません。
困ったことですが ふたたび一から始めるよりほかはありません。
ていねいにおしえてくださって まことにありがとうございます。にゅうとらるさんから なおコメントがお有りかとも思います。
そのあたりで ひとまづ締めましょうか。
nyan_nyanko 2015/03/04 00:06
こんばんは、bragelonne様、neutral様
詩心のほうにももちろん、重きを置いているかと思います。
また、二拍子が基本なのかもしれません。三拍子は、ワルツ(踊り)のような特別な場合に演奏されたのかもしれません。
蛇足ではございますが、以下に、とうりゃんせの楽譜を示させていただいております。最初の1拍目が心持ち強く感じられるかと・・・
もちろん、変拍子として楽しむこともできるかと思っております。
とうりゃんせ 楽譜 です
http://ototama.com/music/folksong/score.php?id=199
どうもありがとうございました。小生も楽しませていただきました。
それでは、ちょっと、息抜きで・・・ 先程、TVで流れていましたものですから。
○ 星に語れば
どうもありがとうございました。末尾ながら、厚くお礼申しあげます。
bragelone
音楽素人としての中間のまとめですが:
- 二足歩行は すでに長い歴史を持って基盤をつくる。つまり リズムである。
- その次には 《一日》が 節目になったか。日から日へとあゆむときの生活の繰り返し。
- それは 昼と夜とである。昔は 夜ないし夕方から一日を数えたとすれば 夜と昼の繰り返し。夢と現。寝ても覚めても。
- ここから 二拍が一組になったか。リズムの基本要素として。
- しかるに人は 思いの丈を述べるときがある。ウタである。
- これは 心の思いつまりウタの心が自由であるごとく それを述べることも 自由である。
- もともと 自由詩であった。
- ただし リズムの基盤がすでにあり基本要素もある。
- いづれ ナラハシとしていくらかの定型も出来て来る。
- ウタは 定型詩をふくむ自由詩として表現されたと考えられる。
- 定型詩の定型は 民族なら民族(つまりその言語)ごとにそれぞれであろうと考えられる。
- そのとき 二拍一組が基本要素だとしたら それをつらねたひとまとまりとしては 小節をつくりそれらのひとまとめをつくる。
- そのとき 四拍子が基礎となったか。
- ウタを成す言葉つまり歌詞は 拍子を採ることと どのようにかかわっているか?
- 基本的には 大いにからむが それでも一文字の音を長く伸ばしたり短く縮めたりすることによって 言ってみれば如何様にも歌詞の文字数をつくることが出来る。
- 四拍子に合わせた場合にも おそらく四文字から五文字・六文字・七文字そして八文字くらいまでの一まとまりがあり得たのではないか。
- ここから 五文字と七文字を採りそれらの組み合わせを 基本の定型をするようになった。
- 文字数としての五あるいは七が ウタの表現にとって必然的なものであったか? 必然性をどの程度に持っているか? これについては 分からない。
- 四八調や六六調などの文字数の配列もあり得たのではないかと思われるので。
なおこういう疑問をのこしつつですが ここまでの勉強をおそわりました。
なお問い求めをすすめて行くと思いますが 何か気がついたことなどありましたら またおしえてください。とりあえず この中間のまとめについてご批判をもください。
3
nyan_nyanko 2015/03/02 01:17
こんばんは、
失礼させていただきます。
ご存知かもしれませんが、基本的な、2拍子、3拍子と4拍子から説明させていただきます。
1拍目が強くなります。
ただし、ジャズ等では異なるようです。ただ、クラシックでは、基本的にはこのタイプとなります。
1. 2拍子 :強弱 | 強弱 | 強弱 | … の繰り返しからなりたっています。
2. 3拍子 :強弱弱 | 強弱弱 | 強弱弱 | … の繰り返しからなりたっています。
3. 4拍子 :強弱弱弱 | 強弱弱弱 | 強弱弱弱 | … の繰り返しからなりたっています。
5拍子は、いわゆる混合拍子というものとなります。
[混合拍子]
異なった種類の拍子が連続的につなぎ合わされてできた拍子のことです。 例)
2拍子と3拍子を混合して5拍子
3拍子と4拍子を混合して7拍子
1. 5拍子 です。
1-1. 3+2拍子
強弱弱 強弱 | 強弱弱 強弱 | 強弱弱 強弱 | の繰り返しからなります(”五拍づつ繰り返され”ます)。
1-2. 2+3拍子
強弱 強弱弱 | 強弱 強弱弱 | 強弱 強弱弱 | の繰り返しからなります(”五拍づつ繰り返され”ます)。
なお、
https://www.youtube.com/watch?v=PHdU5sHigYQ
は、 3+2拍子のようです。
ご参考になれば、幸いです。
bragelone
すみません。よろしかったら さらにおしえてください。
(1) 《 Take five 》の曲が |123 | 45 | 123 | 45 | ・・・のように拍子を刻んでいることが分かりました。
(2) さらに知りたいのですが 四拍子は 4/4拍子であり 一小節の中に四分音符が 四つ。三拍子は 3/4拍子で 四分音符が三つ。二拍子というのは 2/4拍子で 二分音符が二つ。
では 五拍子や七拍子は 一小節の中でどのように分かれるのでしょうか?
(3) 二拍子は 四拍子と同じ類型だと捉えてよいですか?
(4) 三拍子は 二拍子や四拍子とは 或る意味 異質だと思うのですが それでももし一小節の中にその三拍がおさまるのならば 四拍子等は二拍や四拍がやはりおさまるからには そのひとつの小節の長さは同じである。したがって わたしには強引に見えるのですが いづれにせよ 三拍や五拍を 四拍の一小節分の中に―― 一文字を長く延ばしたり縮めたりすることによって――おさめてその限りで四拍子と同じかたちにすれば それは四拍子のリズムだと言えますか?
(5) つまり 和歌の五七調の中の五拍を 四拍子のリズムに合わせてしまえば すべて四拍子という基本にもとづいている。と言えますか?何も知らなくてお恥づかしいですが おしえていただければさいわいです。
natural 2015/03/02 15:46
こんにちは。ぶらじゅろ〜ぬさん、ひろしさん。
う〜ん。take fiveは
1拍目と2.5拍目と4拍目が「強」に聞こえるんだけど。
この曲は1小節の中に4分音符が5つ入ってます。
つまり8分音符だと10個入ります。bragelone:
★ 1小節の中に4分音符が5つ
☆ という五拍子は 1小節の中に4分音符が4つの4/4拍子とは 明らかにリズムが違い その一小節の長さも違いますね。
ただし五七調の内の五文字は 扱い方によって
||2文字|2文字||1文字+1休止|1休止+1休止||
とすれば 四拍子に出来るんですよね? 小節をふたつにして。
もしそうなら 七文字のほうとちょうどつり合いが取れる。:
||2文字|2文字||2文字|1文字+1休止||
という説明を受けたのですが どうなんでしょう。
わたしにはこのように聞こえます。
♪強♪弱♪弱♪強♪弱♪弱♪強♪弱♪弱♪弱(♪10個)
↑1 ↑2.5 ↑4
ボサノヴァのリズムにも似ているような気がします。
bragelone:
これは どうですか。細かいところまで聞こえるのでしょうか。わたしには いま分かりません。譜面で説明してもらって:《 ↑1 ↑2.5 ↑4 》というアクセント(?)を受け持つパートが楽器にあるということですね?
じつは 2.5 というのも 分からないんですが。 0.5 ということは半拍遅らせるということですか?>五拍子や七拍子は 一小節の中でどのように分かれるのでしょうか?
:1小節の中では分かれません。
8分音符が5つや7つ入ってます。bragelone:
八分の五拍子 八分の七拍子ということなんですか。
>いづれにせよ 三拍や五拍を 四拍の一小節分の中に―― 一文字を長く延ばしたり縮めたりすることによって――おさめてその限りで四拍子と同じかたちにすれば それは四拍子のリズムだと言えますか?
:うん?これはどういう意味?
たとえば3と4の最小公倍数が12だから、3拍子の4小節を4拍子の3小節に書き換えても大丈夫かってこと?いや〜3拍子は4拍子にはなれません。bragelone:
★ いや〜3拍子は4拍子にはなれません。
☆ ふむふむ。拍子というのは 決まってるわけだ。一文字が何拍に成るかという見方で問わねばならないのかな。
2拍子と4拍子もちょっと違うんです。
2拍子は1小節の中に4分音符が2つだし
4拍子は1小節の中に4分音符が4つ。bragelone:
★ 2拍子は1小節の中に4分音符が2つだし
☆ 2拍子は1小節の中に≫2分音符≪が2つ ではないのですね?
さらに。
例えばこの曲は、4拍子にも聞こえるけど、8分の12拍子なんです。
https://www.youtube.com/watch?v=7Z_0LGhsMww
bragelone:
四分音符四つの小節を二つ一組にしているように聞こえます。
説明が上手ぢゃなくてすみません。
誰か続きお願いします。
nyan_nyankoa 2015/03/02 21:33
bragelonne様、nuetral様、こんばんは
まずは、お読みいただきましたこと、とても嬉しく思っております。
> では 五拍子や七拍子は 一小節の中でどのように分かれるのでしょうか?
以下の”Take Five”の動画を見ていただければお分かりかと存じますが、一小節の中に5拍分が収まることとなります。
○ 奏でてみようよ93 テイクファイブ 楽譜 Take Five
https://www.youtube.com/watch?v=eHTtfopRKeA
bragelone
分かりやすいですね。何でもありますね。
結果はわたしにはやはり |123 | 45 | 123 | 45 | ・・・のように拍子を刻んでいるように聞こえます。
5/4拍子であることがはっきりわかりました。
>(3) 二拍子は 四拍子と同じ類型だと捉えてよいですか?
四拍子は、強弱弱弱 | 強弱弱弱 | 強弱弱弱 | … となりますが、強弱中強弱 | 強弱中強弱 | 強弱中強弱 | … の場合もありますので、近いと思われます。ただ、狭義には異なるかと・・・
bragelone:
基本的には 別だと。
★ 強弱中強弱|・・・
☆ のほうは 五拍子ではないですよね。ということは 《中》は《弱》のところが 四分音符ではなく八分音符となって短くなるということでしょうか?>(4) したがって わたしには強引に見えるのですが いづれにせよ 三拍や五拍を 四拍の一小節分の中に―― 一文字を長く延ばしたり縮めたりすることによって――おさめてその限りで四拍子と同じかたちにすれば それは四拍子のリズムだと言えますか?
はい。四拍子にしようと思えば可能です。ただ、オリジナルとは違和感を生じるかと思われます。
なお、三拍子に関してですが、唱歌や童謡にもよく見られますので(たとえば、「ふるさと」、「赤とんぼ」や「海」です)、少なくないと思ってはおりますが・・・
bragelone:
1. ふむ。三拍子や五拍子とそして四拍子とは 基本的に異なる。
2. ただし 長さを合わせようと思えば 出来ないことはない。ただし違和感が生じる。
3. 三拍子の曲は 唱歌や童謡に少なくなく見られる。> ||2文字|2文字||1文字+1休止|1休止+1休止||
とすれば 四拍子に出来るんですよね?
はい。可能です。
bragelone:
なるほど。
> ||2文字|2文字||2文字|1文字+1休止||
という説明を受けたのですが どうなんでしょう。
もちろん、これも可能であります。
ただし、小節内の1拍目が強く感じられる必要がでてきます が・・・
bragelone:
★ ただし、小節内の1拍目が強く感じられる必要がでてきます が・・・
☆ それでも 違和感とまでは行かないのでしょうか?
>(5) つまり 和歌の五七調の中の五拍を 四拍子のリズムに合わせてしまえば すべて四拍子という基本にもとづいている。と言えますか?
はい、そのようになるかと考えらえます。
bragelone:
へええ。そうなんですか。あっ。そのとき たとえば短歌を詠むとき 指を折って単語の表現を五文字に合わせるとき その段階においてすでに 《四拍子に合わせたリズムになっている》という見方が出されていたのですが これは どうでしょう? 七文字のほうは 1休止を最後に入れるだけでよいわけですが。
> ★ 2拍子は1小節の中に4分音符が2つだし
☆ 2拍子は1小節の中に≫2分音符≪が2つ ではないのですね?
確かに、2分音符が2つ、となります。ただ、これは、2分の2拍子となります。
bragelone:
ぢゃあ 四分の二拍子と 二分の二拍子と 両方がありますか。
[余談]
X分のY拍子、としますと、”X音符”が”Y拍分”ある、ことを意味しております。bragelone:
なるほど。分かりました。
例えば、
・8分の12拍子: ”8分音符”が”12拍分(12個分の長さ)”があります。
・4分の7拍子: ”4分音符”が”7拍分(7個分の長さ)”があります。bragelone:
ぢゃあ 一小節と言っていても 拍子によって長さが違って来ますね。お役に立てれば、幸いです。
bragelone:
たいへんありがとうございます。いまからでも勉強します。
neutral 2015/03/02 (月) 22:25
すみません、間違えました。
携帯電話からなので訂正だけ。
8分音符が5つや7つ入っている、
のではなくて
takefiveは4分の5拍子だから
「4分音符」が5つ、でした。
すみません。bragelone:
たいへんありがとうございます。了解しました。
今日は90kmの運転をしたので
もう現れません。
言われてみれば、
百人一首の大会なんかを見ていると、
うたい手によっては4拍子にも聞こえます。
5→8分音符5つ+8分休符3つ
合計4。7→8分音符7つ+8分休符ひとつ。
合計4。bragelone:
そうなんだ。
★ うたい手によっては
☆ なんですね。その割り合いはどうなんでしょうね。多いでしょうか。
あぁ にゃんこさんにもお尋ねしたのですが あとは この四拍子のリズムの取り方が 生活の場でもすでにそのまま始まっているかだと思います。
★ 5→ 8分音符5つ+8分休符3つ : 合計4。
☆ この拍子が つくるときにすでにそういう拍の取り方をしているか? はじめから 四拍子が板についているか? だと思います。
でも 唱歌や童謡に三拍子が多いというのは 無視できないですよね。そして 百人一首の場合《歌い手によっては》という点でしょうか。もう少しお世話になってもよいでしょうか。
ブログに投稿しようと思ったのだけど
携帯電話からだと
ちょっと操作が面倒なので
メールで失敬でした。
お休み。
bragelone:
おやすみなさい。
nyan_nyanko 2015/03/02 23:08
bragelonne様、neutral様、こんばんは
それから、neutral様、すみません。勝手に出しゃばってしまいまして・・・
以下、ご返答致したく存じます。
> ★ 強弱中強弱|・・・
☆ のほうは 五拍子ではないですよね。ということは 《中》は《弱》のところが 四分音符ではなく八分音符となって短くなるということでしょうか?すみません。中弱は、一音でございます。
従いまして、以下のように4拍となります。舌足らずで申し訳ございませんでした。
”強”,”弱”,”中強”,”弱” |”強”,”弱”,”中強”,”弱”|”強”,”弱”,”中強”,”弱”| …
bragelone
ごめんなさい。《中強》でしたか。失礼しました。
> ★ ただし、小節内の1拍目が強く感じられる必要がでてきます が・・・
☆ それでも 違和感とまでは行かないのでしょうか?
すみません。これも小生の説明不足でした。ごめんなさい。
”小節内の1拍目が強く感じられる必要”は、四分の四拍子の定義のようなものでございます(四分の二 or 三拍子でもそうなのですが)。
つまり、これは言い過ぎかもしれませんが、四分の四拍子にしようとしますと、必然的に小節の最初の音が強くする必要が出てきてしまう、ことを意味してしまいます。bragelone
これも失礼しました。強と弱は それほど重要なのですね。
> あっ。そのとき たとえば短歌を詠むとき 指を折って単語の表現を五文字に合わせるとき その段階においてすでに 《四拍子に合わせたリズムになっている》という見方が出されていたのですが これは どうでしょう?
これは難しく思いました。例えば最初の語文字を「わがこころ」としたとき、四分音符のみで表記するの? それとも、八分音符でも表記可能なの? と思われたからであります。
わがこころ: ♪♪♪♪♪八分休符、とも考えられます(♪=八分音符です)。
また一方、最初の”わ”の音が強く感じられなくてはいけないことから、このことも若干ひっかりました。
bragelone
むつかしそうですね。
次のように説明されるときの問題――確認――です。
◆ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(あ) 5音節のあとの間(休止であろうと引き伸ばしであろうと)が、7音節のあとの間より長くなるというのは、昔から言われていることで、私独自の説ではありません。
(い) 混乱しますので、具体的にはもう書きませんが、念のため、もっとも古い歌謡である催馬楽と、近世の浄瑠璃のリズムを少しだけ確認しました。
(う) 催馬楽の場合は、拍子があまりはっきりせず、一つ一つのシラブルがかなり長く延ばされる朗誦に近いものですが、やはり、5音節のあとはかなり長く音が引き伸ばされ、そのあとの7音節の句と、時間的な長さはほぼ釣り合っている例があります。
(え) 浄瑠璃の「語り」の部分の例では、5音節のあとの間が長く、7音節の句と、全体の長さが完全に釣り合っています。
(お) 能については、すでに書いたように、5音節の句と7音節の句が、同じ長さに割り振られる作曲法が中世に確立しています。
(か) ということで、もっとも古い歌謡にその兆候が見られ、中世には理論化されている事実があります。特に、「語り」の芸などでもそういうリズムになっていることは、音楽のみならず、生活の場でのリズムと全く無関係に突然発明されたとも考えにくいです。
(き) また、今日われわれが俳句や短歌の字数を確認して数えるときも、無意識的にそういうリズムの取り方をしていることは多いです。
(く) 以上は、意見、反論ではなく、調査報告です。これまで、ごく一般的に言われていることだと認識していました。これに異説を唱えるとなると、過去の音曲や朗誦の技法などをすべて検証して新説を構築しなければなりません
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
☆ これで切り上げたいと思いますので どうかよろしくお願いいたしたいと思います。
> ぢゃあ 四分の二拍子と 二分の二拍子と 両方がありますか。はい。1小説内に、
・四分の二拍子:四拍子が2拍分
・二分の二拍子:二拍子が2拍分
でございます。
bragelone
分かりました。ご参考になれば、幸いでございます。
bragelone
もう一回ぶんを なにとぞよろしくお願いいたしたいと思います。