caguirofie

哲学いろいろ

音楽そして東と西

Tastenkasten 2014/12/28 17:53

cyototuさんという方が話題になっているので、少し見させてもらいました。
プリゴジンという人は、私でも知っている有名な科学者ですね。
「日本人にとっての議論することの意味」への回答でお書きになっていることは、
ヨーロッパに長くいた私には非常によくわかることで、その通りと思いました。
日本的な議論のしかたと西洋的な議論のしかたは、両方会得した方がいいです。
これからの時代は、東洋的視点と西洋的視点の両方を持つべきです。
最初、ヨーロッパに行ったときは、「西洋なんか」、という気持ちが少しあったのですが、
そんなやわな相手ではないとことは、身をもって知りました。

plapota 2014/12/28 20:49

>>東洋的視点と西洋的視点の両方を持つべきです。


承知いたしました。

Tastenkasten 2014/12/28 23:10

>先日 ケラスと横山源のチェロ演奏を BSクラシック倶楽部で聞きました。バッハなどでした。
>チェロだけで聞かせるとは思っていませんでした。


チェロは、音量もあり、音域も広いので、バッハの無伴奏組曲以後、多くの作曲家が無伴奏の曲を書いています。
私も、高校時代からしばらくチェロを弾いていたことがあり、いつか無伴奏の曲を書くつもりです。
バッハの次に有名な無伴奏のチェロ曲といえば、ハンガリーの民族的な作曲家、ゾルタン・コダーイ無伴奏チェロ・ソナタです。
もしお時間がありましたらお聞きください。
https://www.youtube.com/watch?v=tDyUCK7K0mE

Tastenkasten 2014/12/29 00:59

風呂から上がって寝ようと思ったところですが・・・


>曲というより ひとつの世界みたいですね。
>ただし 長い。尺八がひと吹きでそれとしての世界を見出させるのに比べると長いですね。


日本の楽器は、音色、間、息、など、西洋音楽にはない表現が可能で、雑音までも楽音として取り込みます。
たしかに、瞬間々々に世界を描く力は大きいですね。
私は、昔、日本の伝統音楽と深くかかわっていた時期は、西洋音楽がつまらなく感じたことがあります。
今は、両方を切り替えて聞くことができ、どちらも面白いです。
西洋人から見ると、逆に、瞬間の美というのはわかりにくいようです。やはり、時間芸術として、全体の形がどうなっているかで理解しようとします。
でも、日本の能なども、全体の形式はかなり厳格に決まっています。
違いは大きくても、共通の部分はやはりあるというのが、私の長年の考察結果です。
そして、音楽でも哲学でも、東西が補完し合った方がよいのではないかと思うのですが。


>あとは セザール・フランク(フランク・セザールかなといつも間違えますが)のバイオリンの曲が 面白そうだなと感じます。
>あぁ こんな勝手なことを言って それこそ逮捕ものでしょうか。


とんでもないです。セザール・フランクのヴァイオリン・ソナタは、クラシックの名曲のなかでも、傑作中の傑作です。
もう少し腰を据えてお聞きになれば、ねこさんのスレッドに参加できますよ。

bragelone

スサノヲの《またたき(目叩き)》とアマテラスの《からくみ(絡組み)》 ですかね。
アマテラス理性をとうとぶねこさんは 西洋音楽のほうに気持ちが向いているでしょうね。なじみがあるのでしょうね。
でも すぐに泣くそうです。音楽にも動物にも 感動をおぼえたなら涙もろいのだそうです。


ここでも 取ってつけたように機械的な操作で言ってしまうなら
《あやまつスサノヲ人間語 ‐ あやまたざるアマテラス普遍語》の連関制
となるのでしょうか。


セザール・フランクの曲がそんなに評価が高いのですか。
だとしたら わたしもアマテラス普遍性の点でムーサイから見放されてはいなかった。・・・