caguirofie

哲学いろいろ

#25

もくじ→2007-04-16 - caguirofie070416

第九章b 男の女に対する関係の問題

ここで読者の方がたは わたしが 神学の議論に脱線するのをおゆるしください。もっとも のっけからこの議論はしてきたのですが。
つまり わたしが あまりにもポルノ小説まがいのものを引合いに出して わたしの株が――つまり交換価値の一形態が――下がってしまったと嘆く人たちのために かれらがここで躓かないように議論を深めます。つまりわたしの力が及ばないので もっと優秀な人の力を借ります。ただし この貸し借り関係が 支配・被支配の関係にならないというところが みそなのですが。

愛の推進力(その知恵)はまた 私が自分の弱さのゆえに摂ることの出来なかった食物に 肉をまぜてくださった。
アウグスティヌス:告白 7・18 山田晶訳にもとづく)


キリストは 私が摂り得なかった食物を 肉に混ぜて( misceo )くださった。
(中沢宣夫訳)

〔神の愛は〕処女の胎から あたかも閨(ねや)から出てきた花婿のように 道をかける巨人のようにおどり出た。
詩編19:5 / 告白 4・12――§2 スサノヲの物語を参照されよ)

前史の淫乱と好色の中に すでに後史があり 後史がこの前史の中から回転せしめられてのように生起するという巡礼の方程式として われわれの生は――アダムの原罪以後――つくられた。それは 本史の愛の力による。この愛 の《奴隷》となる後史は 愛という固い食物に支配されるのではなく この食物を与える者と与えられた者との一致がそこにある。そういう奴隷である。だれも 自然本性としての肉のままで つまりこの朽ちるべき身体をもった存在として 朽ちざる愛の主体となるとは考えられなかった。人間の言葉は 愛の奴隷 というふうに 主従関係・支配関係を意味表示させつつ捉えられるが 後史に突入して愛の奴隷と自己認識したとたん 自由な自己に還帰している。与える者と与えられた者との一致がある。これを飲めない人は わたしから答えを求めようとしてはならない。たとえば中上健次の小説を読めみなさい。

幼い私たちの乳となるためでした。
じっさい私は
わが神である謙遜なイエス
まだ謙遜な態度をもってとらえておらず
エスの弱さが教えているものを
悟りませんでした。
まことに永遠の真理であるミコトは
あなたの被造物の上部の部分よりもはるかにすぐれていて
ご自分に服する者たちをご自分の高さにまで高められますが
それにもかかわらず
被造物の下位の部分のうちに
私たちと同じ泥で賎しい家を
ご自分のために
お建てになったのです。
それは
いつかご自分に服するであろう人びとの
傲慢を
いやし
愛を
はぐくみながら
かれらをたかぶりの座からひきおろし
ご自分のもとにひきよせて
もうそれ以上
かれらが自負心を増長させることなく
かえって
足もとに
自分たちと同じ皮衣をまとったかよわい神の姿を
見て
弱くなり
力を失って
その前にひれふし
かわりに
そのかよわい神が立ちあがった
ひれふしたかれらを
おこしたまう
ためでした。
アウグスティヌス:告白 7・18〔24〕)

わたしたちは インランとかケンソンとか あるいは みだらとか へりくだりとかの言葉を聞くとき(発するとき または 声に出さない声でこれらを持つとき) 精神は その意味表示するものを知解し インランを軽蔑しこれから遠ざかろうとし ケンソンを貴びこれを愛します。このとき 精神は そこに精神の王国がひろがったかのように 自己を屹立させてのように 存在します。ところが 残念なことに または 幸いなことに つまり 幸か不幸か この作業は じつに 過程的・時間的そして偶有的で移ろい行くべきことがらに属します。なぜなら インランとかミダラとかとこれらの語を持つとき 四つないし三つの音節をもって 精神はそれら(ないし それらへの嫌悪)を認識する これは 時間的・偶有的・可変的であることを免れていない。インランなおこないをなすことと これを精神によって いま 否定的に認識することとは ともに時間的・経験的で移りゆく人間のおこないであります。(最大限こころがけていても 偶有性を免れないのが 人間とその精神・信念です。でなければ 自分が神だと言っています)。

キリスト

また

が 
自分

弱さ
のゆえ

摂る
こと

でき
なか


食物
に〔 / を〕

を〔 / に〕
まぜ

ください
まし


・・・

と聞いても――そういう言葉を表現しても―― 同じです。
このゆえに 道徳堅固な人も インランな人びとを笑えない。
このゆえに 人は 精神の王国へ逃れようとする。国家なる象徴交換価値を 自己の精神の自律のために 経由して自己を問い求める。また ブッディスム(たとえば 聖徳太子)は いわゆる彼岸を幻想させる。それは《死ぬことと見つけたり》と自己宣言する武士道においても しかり。
精神の王国 または その現実妥協形態としての国家 あるいは 彼岸たる死の世界 これらを自分の弱さのゆえに摂ることのできなかった食物であると 想像する。いわゆる唯物史観は いわゆる《共産主義社会》をもって つまり 死の国としてではなく かつ現実妥協なる死の世界たる国家にではなく 歴史現実の将来の国として 人間の自由を表象する。
これらみな 経験的・時間的な前史の国における精神の王国であります。《性器を心臓に代え 心臓を性器に変えた》のであります。これは 肉の王国とほかならないということが 言われたのです。神の国とは これらではないと言われたのです。
このように議論することは 人間の経験的な歴史であり ほかならぬ日本人の歴史です。スサノヲ しかり 中上健次 しかりです。わたしも れっきとした日本人です。あなたがた以上に そうです。時にそのことによってナシオナリストとして嫌われることがあっても わが古事記を愛します。あるいは 唯物史観――疎外論や物象化論をもつに至った――には 人間の真実の知解も見られる。この理論にかんする限り これを愛します。また かのスサノヲのミコトの物語(歴史)をとおして かのキリストは日本人のあいだを駆け抜けたまうた。スサノヲのミコトを愛するというほどに その愛の推進力たる――あるいはつまり社会資本の推進力たる――キリスト(真理・知恵) これを命にかけて愛します。なら 精神の王国によって 肉の王国を軽蔑するということは こっけいである。肉の王国を軽蔑しないということも こっけいである。
かのヨーロッパ人宣教師によって・その渡来をきっかけとして この歴史があらためて隠れたところで点検され 明るみに出された。

山口の市(まち)・・・にいる国主は大内殿といい・・・彼の、身分と家臣たちから受ける奉仕に際しての栄華は 他のすべての諸国主に優り 浪費と放恣な邪欲にひたっていたが とりわけ 彼もまたあの自然に反する破廉恥な罪悪にひどく溺れていた。・・・

  • 破廉恥な罪悪とは 次のことを言う。

筑紫国の博多の市は 住民がみな商人で 上品であり人口が多いが 司祭はその市に来た時に 禅宗の僧侶の非常に大きい某寺院を訪れた。彼らは現世以外は何ものも存在しないと信じており 公然と多くの男児をかかえ なんら恥じることなく彼らと例の自然に反する汚らわしい罪悪に耽っていた。

・・・そこで司祭はフェルナンデス修道士に 先に日本語に翻訳してあった帳面によって宇宙の創造とかデウスの戒律のことを国主に読み聞かせるように命じた。そして彼が偶像崇拝とか 日本人が溺れこんでいる種々の誤りについて述べているうちに ソドマの罪に冠する箇条に及んだが そのような忌むべきことをする人間は豚よりも汚らわしく 犬その他理性を備えない禽獣より下劣であると述べた。
この箇条が読みあげられると 国主はただちに心に強い衝撃を受けたらしく この教えに対して激昂したことを表情に表わしたので 〔そばの〕貴人は彼らに退出せよと合図した。そこで彼らは国主に別れを告げたが ともあれ修道士は 国主が自分たちを殺すように命じるだろうと考えた。
その翌日 司祭(ザヴィエル)は国主の裁可なり許可をこのうえ待つことなく 山口の街頭で説教することを決意し それを次のように実行した。
彼らは 人の集まりがより多い街路や道の四つ辻に立って 修道士がまづ翻訳した書物から世界の創造に冠する箇条を読んだ。そして彼はそれを読み終えると ついで人々に向かい 日本人はことに次の三つの点で何という大きい悪事を行なっていることかと大声で説いた。

  1. 第一は 日本人は 自分たちを創造し かつ維持し給う全能のデウスを忘れ デウスの大敵である悪魔が祀られている木石 その他無感覚な物質を礼拝していることである。
  • 第二は 日本人が男色という忌まわしい罪に耽っていることである。――修道士は彼ら聴衆たちに その罪がいかに重く汚らわしいかを訓戒し 天地の主なるデウスがこの悪行のために 極度に重い懲罰をこの世で与え給うことを人々の眼前に思い浮かばせた。
  • 第三は 婦人は子供を産むと 養育しなくてよいように殺してしまったり 胎児をおろすために薬を用いること。――それはきわめて残忍かつ非人道的なことである。

修道士が人々にこのように説教していた間 司祭は彼の傍らに立って 修道士の説教に好い成果があるようにと また聴衆たちのためにも心の中で祈っていた。
そして彼らは連日 説教して歩き廻ったので 山口の市は非常に大きく人口も多かったが 人々が群集する通りや四つ辻で彼らが説教しないところはなくなるに至った。ところで彼らは わざわざ呼ばれて行って多くの貴人の邸宅でも同じように説教をしたのだが ある人たちは暇つぶしに またある人は新奇なことを聞こうとして招いたのであり なかには彼らをからかう者もいれば また彼らに好意と同情を表わす者もあり ある者は軽蔑の色を示したりした。ともかうその連中は そうすることによって おのおのがいかなる人物であるかを示したのである。
フロイス:日本史 1・3)

この引用によって 必要以上に精神主義を批判したかも知れない。これらの説教も 精神主義を免れていないのだから。

   
   ***
(つづく→2007-05-11 - caguirofie070511)