caguirofie

哲学いろいろ

#3

――やしろ資本のおもろ――
もくじ→2006-09-17 - caguirofie060917

第一章 やしろ資本推進力について

第三節 やしろ資本主体としてのわれわれ

いわゆる琉球王国の成立は 十五世紀のことで 日本一般では室町時代にあたるが 《幾世紀の時をへだてながら それは 小型の飛鳥朝が南海の小島に再現したのではないかとすら思わせる》(比嘉春朝・霜多正次・新里恵二:沖縄 3・2)ところの古代市民的な国家である。

  • この王国が 《按司添い / 聞こえ大君》のもとに置かれた観念の資本制的なやしろ諸連関の形態である。オモロのうたうたは 一般に このやしろ形態のもとにある。一般にというのは 王国以前の時代のうたを含み 王国のもとに 新しいオモロをうたって 編集されたということである。

このオキナワのやしろに関して その観念の資本的な構造は これまで見てきた事項に 新たな事項(要素)をくわえて 簡単に次のように とらえることができると言われている。(理解に資すると思われる程度に 簡便に図式化した構図)。

表(構図) 観念の資本(おもろ)の構造としてのやしろ資本連関・その基本概念
やしろの主体的な場 やしろ資本の= =主体 やしろ資本形成の推進力 やしろにおける象徴的な場
個人 おなり(姉妹) ゑけり(兄弟) せぢ(霊力) ――
こで(主婦) 〔人〕 せぢ〔祖先霊として〕 / 火の神〔せぢに対する願意をとおすものとして〕 ―― / かまど
マキョ(血縁集団・地縁集団としての村落) かみ = 根神(ねがみ:根人のおなり神) 根人(ねひと) せぢ〔マキョの守護神として〕  / 火の神 ぐすく(城)〔杜・御嶽・拝所(をがんじょ)/ 蒲葵(くば)の木などが神の依り代) / 根神屋のかまど・火の殿
間切(各マキョの一定の統一) のろ祝女)=かみ襲い(あぢのおなり神) あぢ(按司)=世の主 せぢ〔火の神はお通し神〕 ぐすく〔火の殿〕
きみ=親のろ / 聞こえ大君(国王のおなり神) 王=大地の主=按司添い せぢ / 火の神 ぐすく / 火の殿
  • マキョは マキ・マケ(古代の氏族を初め近世の本家・分家の関係にある一族)と同源の語。

女が 神であり せぢが やしろ資本を推進する力である。せぢは 霊のちからとして 目に見えない。
うない(おなり)は 兄弟に対して その兄弟を守る役割をになうと言う。そのとき おなり神となっている。その力も せぢである。
このうたの構造が 原始心性を含んだおもいの構造であり もしこれが 経済学的な分析によるところの資本連関(いわゆる社会階級関係など)をもあらわすことができるとする限りで その《経済人》としての資本行為主体のやしろ的な連関が 国家(国民経済)として現われたと見るときには 原始心性のおもい・つまりここで観念の資本力の 内容(=形式)を変えて――つまり 《せぢ》を いわゆる合理的な思考形式の共同性へと変えて―― 同じくそのようなやしろ諸関係を ある程度 映し出す構図としてよいのではないだろうか。

  • せぢを見えざる手と変えただけでは 不十分であろうが。

この古代市民らによる国家というヤシロ諸関係は むろん一般に まず封建市民らのそれへ移行したのであるが 近代市民らのそれにおいて ふたたび国家・ナシオナリスム(そういうオモロとして)が 効力を持った。一定の範囲の民族国家としての統一性などのオモロが 効力を持ったとするならその限りで むしろこのような構図を 大きく薄っすらと 少なくとも母斑の形態としているとまず言っているべきではないだろうか。

  • ただし オキナワでは 封建市民の時代が存在しなかったのではないかとすら 言われる。王国以前の按司時代ののちに成立し難かったかと。いま この問題には入らない。

むろん 問題は その中における神女組織(やしろの上部から順に きみ‐のろ‐かみ)であり それが有効であるとする限りでの 祭政一致の方式ということになろう。ただ それでも この構図を少なくとも母斑として(だから それは その場合 消極的な反面教師としてだが)でも もう一度とらえておく必要が少なからずあるように思われることには 個人としてのやしろ資本主体が ここで見るように 兄弟・姉妹関係として神の霊力によって仲立ちされると見るかどうかを別とするなら やはり人間の関係として 男と女の関係は 個人的のみの性関係としてではなく やしろ資本主体としての性の差異による関係として 現代人にとっても 母斑でなくなったとか言うことをおそらく出来ないことがらを一例として反映させているであろうし また 消え去るべき母斑であるというよりも 相当程度に 現実のやしろ資本連関の問題であることを それは になっているであろうと思われることが ここでの焦点なのではないだろうか。
先に結論を示して これを論議していこうとしているのだが かんたんに言いかえてみると 次のようになろう。
人間と人間とのヤシロ的な関係は おそらくマルクスも言うように 男の女に対する関係にすぐれてよく現われると見ることができ 《愛し金殿》ではなく 独立主体ではあるがなお原始心性(または 合理主義的な超原始心性)のもとにあると考えられる《金殿》なる資本主体どうしとして いま 両性がむすばれるとするなら これも――いや このほうが むしろ―― 母斑を超えたもう一つの母斑(そのような世界としてのオモロ)であって 超原始心性だと言えなくはないからである。
古代市民の世界から出て 近代市民を継承する現代市民は このような呪術的な原始心性と超合理主義的な原始心性を 後と前とに 克服すべき母斑として持っていると考えられるのである。
マルクスらは 《コミュニスト党宣言》で 近代市民スサノヲ・キャピタリストが この超原始心性たる合理主義の母斑(あるいは 超母斑 または 中性斑)を 身につけてというよりはこれを まぼろしのように追い求めて その現実のやしろ的な性関係としては すでに《せぢ》というような呪術心性などはこれを乗り越えたのだと言って そのことが独立・自由な主体であるとして 時に《婦人の共有》をその行為形式(共同のオモロ)としていると非難している。
この《宣言》が 《婦人の共有》に反対しているわけではないが――倫理・道徳として言っているわけではないから 反対・賛成とは別であり なおかつ ともあれ 自由な性関係(ヤシロ的な性関係)をみとめて主張しているのだが―― しかしながら ふるい呪術をひきずる母斑と 蜃気楼のようなまぼろしの母斑とのあいだで 自己のやしろ資本主体のすがたを模索しているスサノヲ市民一般は なおこれを《霊的な婦人の共有》といったうたのもとに 捉えるであろう。言いかえると 《聞こえ大君 / きみ‐のろ‐かみ》なる神女組織としての観念の資本力(せぢ)体系によるのではなく この逆立した観念の資本力の構図を再転換させた言わばおのおの独立主体の共同(かつ協働)性の中に やしろ的な性関係をも 捉えるのである。と考える。
この聞こえ大君そのままの《オモロ》なるうたの構造からは すでに当の沖縄も脱しているのであるから また 良心・表現の自由をおもうスサノヲ・キャピタリストの世の中にあっては 観念的に ここまでは言えると思う。
言いかえると この独立主体の協働性――これとしても 共同主観 common sense と呼ぼう――を 一個のエートスとして捉え あたかも行く手に見えるかのごとき蜃気楼母斑とし これを分析・思惟するのではなく スサノヲ市民一般の共同主観を表現しようと欲するスサノヲつまり自己を 経済的な資本連関のなかにあって思うべきである。沖縄のオモロなる鏡との対話からは まず仮説的に このような主題を中心として取り出すことができるであろう。

  • 序論としてではあれ きわめて不首尾な議論であることを承知しつつも もう少し俟って欲しいというよりも すでに結論の核心をのべたとひそかに考える。


構図として示した観念の資本の構造を了解するうえで必要と思われる基礎的な事項を次にかかげておきたいと思う。

(1)マキョ時代というのは 現在のところ紀元前三万二千年頃から始まったとする先史時代を経て マキョと称する各村落が根人(にっちゅ)という村長に支配された時代で まだ統一的政権は出現していなかった。マキョ時代は九世紀ころまで続いた。

  • やまとでは 根子と日子といった概念を持つ。これも スサノヲとアマテラスとに 或る種の見方で 対応する。

(2) ところがマキョ時代の末期になると 武力を背景にいくつかのマキョを統合する按司という領主が出現した。
按司の割拠したその時代を按司時代と称している。
按司もまた領土併呑の争闘を繰り返したが 一四二二年足利義教将軍のとき 尚巴志(しょうはし)が沖縄全島を統一した。巴志が統一する直前 沖縄本島は山北・中山・山南の三山に分立して各王が支配していたが 宮古八重山 それに与論島沖永良部島・徳之島・奄美大島・喜界ケ島にも それぞれの統一的勢力が現われた。


(3) 尚巴志によって沖縄全島が統一されても 各地には依然として独立領主たる按司が存在しており 巴志の支配力は脆弱であった。沖縄に王国らしい王国が出現したのは 第二尚氏王時代の尚真王(1477−1526在位)時代で そのとき中央集権制王国が成立した。〔ところが 一六〇九年 薩摩の侵略をうけ 沖縄はその植民地的支配を受けるとともに 与論島以北の五島を薩摩に割譲してしまった。・・・〕
(宮城栄昌:琉球の歴史 (日本歴史叢書) 1977 〈第一〉)

おなり神のことなどに関して。

聞得大君は 第二尚氏の第三代尚真王時代に初めて職制化され 尚真王の妹(おなり神)が初代の聞得大君に任じられた。
尚真王による中央集権制の断行で 政治権力が王に集中されたのに対応して 王権の守護と王権の絶対性を主張する宗教的 政治的イデオロギーが 聞得大君を最高位とする宗教機構によって表象化され 構造化されたのである。その意味で 神女おもろ

  • 神女にかんするおもろ。これまででは 巻一の1番と33番とを見た。(引用者)

神女おもろは 首里王府の絶対性・正当性を主張する国家のイデオロギー(――共同観念である――)をまともに背負っている。
・・・
最初の聞得大君は 実質的に 王の姉妹神すなわち《おなり神》であったが 後期になると必ずしも王の姉妹が聞得大君になるという訳ではなかった。擬制として 聞得大君になる女性は王の姉妹神として幻想されていたと考えられる。
首里王府の政治的支配権の絶対性と正当性が 新来の思想 宗教 習俗によって構造化されたのではなく 民衆生活のなかで古くから醸成された民俗 信仰によって論理化 構造化されたが故に 王権思想の具体的な顕現である王府の宗教機構 政治機構は 民衆を呪縛する支配機構たりえたといえる。

  • うた(オモロ)は 強固な基盤となったという。下記のように ヤシロが全体として二階建てになった国家の時代においても 第一階のスサノヲ市民の生活に根ざしたかたちで うたの構造が 相当に活かされた。また その活かし方に いろいろな偏りもあったのであろう。歌い方も ちがっていったであろう。

神女組織は 階級的構造が非常に明確で 階級順に並べてみると 聞得大君 君 祝女(のろ) かみの順となる。発生史的には全くその逆で それぞれの発生は政治権力の統合過程にほぼ対応する。

  • 基礎第一階=スサノヲ圏のうえに 第二階=アマテラス圏が築かれたと捉えて間違いないであろう。統合というのは ただ平面的に全領域を支配したというだけでなく ヤシロの上に スーパーヤシロが打ち立てられたことだと捉えられる。とうぜん オモロ(うた)も 歌い方や中味が変わっていったであろう。

外間守善:〈おもろ概説〉五 日本思想大系〈18〉おもろさうし 1972)

聞こえ大君の存在が 《人びとから共立され 男弟王をしたがえる》というヤマト国のヒミコに比されることがある。このことに関して まず このようなナシオナリスム共同観念としてのうたの構造が 《新来の思想・宗教等にではなく 民衆生活のなかでおこなわれていた民俗・信仰(内省・思惟の形式)に》 ともあれ その基盤を持ったものであることに注目しなければならないであろう。基盤としてのオモロ(――この場合 兄弟・姉妹関係というせぢ連関の形式――)の点で 聞こえ大君とヒミコとは 同じ類型のもとに捉えることが出来 他方 全体のやしろ的な共同観念の構造の点で ナシオナリスム・王国の時代を反映したものであるか それともこの国家以前の言わば按司時代に相当するものか(つまり 具体的には いわば諸按司の連合としてのかたちを採ったヤマト国とそのヒミコ)によって 分かれていくであろう。
したがって 殊に聞こえ大君のオモロ構造に関して ことは このようなうたの資本の原始心性そのものにではなく それが 全体のやしろ資本連関の中において もっぱらのアマテラス(王)と一般スサノヲ(市民)とのあいだで 構造的に逆立してしまった点に問題を見出さなければならないことへ 移る。ただの二階建てではなく むしろ第二階もしくは雲の上の階が 基礎にある第一階を 主導するということ この問題に移る。
これは 一般に言われていることであって この認識と同時に はじめの原始心性を たしかにそれは母斑なのであるから かと言って 感覚的にやみくもに反撥するのではなく そこからわれわれも出た者として 揚げて棄てていかなければならないというのも 一般的な方向であろう。このとき問題は ヒミコや聞こえ大君は そのまま 現代にもオモロされているというのが ここではっきりと前提とするべき主題であろう。つまり あるいはちょうどその対極であるかのような幻の母斑たる物神として すなわち 幾何学的な合理精神のスーパー原始心性として 別種のオモロが現われているとも考えられる。
このテーマは 沖縄とヤマトとの対比としても 捉えられる。すなわちまず 聞こえ大君=按司添い(王)なるアマテラス圏の中核は 言わばアマテラシテ(象徴)‐アマテラス(為政者)によるやしろ一般の(具体的には スーパーヤシロの)共同自治の方式としてあり これは いわゆる邪馬台国に例をとるならば ヒミコ(日女=アマテラシテ)‐男弟王(日子)のやはりオモロ方式が 類型的に同じ基盤を形作っていると思われる。もしこのように 類型的に同じ基盤のうえに立ったと思われる歴史の一時代を 一般に日本はその後 否定しつついわゆる国家を築き 沖縄では そのまま同じ基盤を構造化させて国家としたと考えられる。

  • 仮説的にいわば 三輪政権の共同自治は アマテラス公民のミマキイリヒコ(日子)イニヱのミコトと スサノヲ市民のオホタタネコ(根子)とのあいだに うたの構造として 一致があった。ちなみに その時の霊力は オホモノヌシである。このような理想的な市政形態へと揚げて ヒミコ形式は棄てられた。

このとき 現代において これらを綜合して どう 継承するかということを いま提出した主題は 必然的に含むことになろう。
これを 経済学の手法で分析し論じないで 観念の資本もしくは広くオモロの歴史的な変遷として 捉え論じるというのは やしろ資本主体(自己)としての共同主観――ことに 男の女に対する関係たる《せぢ》連関の形式――において見ようということである。
結論は すでに提示した。この手法――方法あるいは結論的方向たる内容としては すでに言われていることであるので これを一つの手法として――を成功させることが 結論(それは 動態)であると言えるのではないか。これが ここでの主張である。この意味では 同時に 間接的にながら 一般に学問の方法をあらためるという目標を持つと思われた。
(つづく→2006-09-21 - caguirofie060921)