人間関係の単位体は 任意のふたりの二角関係です。
回答№13
人間関係の単位体は 任意のふたりの二角関係です。
そこでは ふつう一般に《まなざしを上からそそぐ側とそれを受け留める側》とに分かれます。
軽くこれを《ガミガミ役とアース(接地)役》とよびます。
ところが じつは社会も――国家とよばれる集団にあって―― このような上下関係に階層として分かれます。
ニ階建てのくにの家です。
お二階さんは――つまりガミガミ役だった者が オホヤケの立ち場に立って統治するようになるわけですが――
(あ) オモテだっては自分たちが人格者であるとうったえその神聖なることの神話をつくりこれによって支配するか または
(い) 強権をふるう専制政治を敷くか するでしょう。
現代にあっては――民主制が ごみくず籠にポイと捨てられてしまうほど普及した現代にあっては――
(い)は 茶番劇にしか過ぎません。
(あ)は 化けの皮が――けっしてウソではなくりっぱな人格者がかろうじてのこっていると見られるほど それとの対比の上では――あきらかに剥がれています。
すなわち 現代では――現代の世界では―― 社会の次元における二角関係が ニ階建て構造を成すかぎりにおいて 人間性を愚弄するものでしかないと 分かってしまった。
マコムロ・ヰルスとシーチンピン・ヰルスとで 世界が見え見えになりました。
★ どうして
自分勝手な人が増える
世の中になってきたのでしょう?
☆ ひとえに このお二階さんたちをあまりにも甘やかしすぎたことによるものです。
アース役となってガミガミ役の振る舞いをよかれあしかれささえて来た中間層が 崩れかけて来ました。
お二階にあって暴走するヰルスという朱に交わったところ 阿呆らしいほど世間が赤過ぎると見えたからでしょう。
ひとつには 暴走するこの真っ赤っかのヰルスに対して その人たちが自分たちの姿をはっきり自覚することができるようにとあたかもその鏡の役割りを――意識せずに――になっているのでしょう。
だから:
★ 自分さえ良ければいいという人が
たくさんいます
☆ という社会現象が――その心的現象をも伴なって―― 噴き出して来た・・・んだとさ。