《小室圭文書》はそれですべてだとすると 元婚約者は 話の通じない人であると言っていることになる
【3】それでも残る「小室家」の課題
今回の文書を見る限り、事細かに弁護士のアドバイスを受けて対処していることもうかがえるだけに、小室氏側の対応に法的不備はないように見受けられ、むしろA氏側が問題解決に消極的だったことや、交渉過程での主張が『週刊現代』が報じた内容とは隔たっていることが印象づけられる。しかし、そうだとしても小室氏や眞子内親王が目指す「多くの人が納得して結婚を喜んでくれる状況」を得られるものとはならないのではないか。
A氏と佳代さんの恋愛関係がどのようなものであったか、なぜ破綻したのかや、それにまつわる金銭の授受については極めてプライベートな問題であり、その手のトラブルの常であるように、双方の認識に違いがあることも想像できる。しかし、たとえ小室氏側が主張するようにA氏から一方的に婚約破棄されたのだとしても、だから婚約期間中に受け取った金銭については“チャラ”であるという解釈は乱暴だ。眞子内親王と小室氏の婚約が発表されたのちにトラブルが報じられ、それから問題解決に動き出した経緯を見れば、批判を受けなければそのままでよいと判断していたと取られるのは当然で、そうした振る舞いが将来の天皇の娘一家、もしくは天皇の姉一家としてふさわしいかどうか国民が厳しい目で見ることは当然である。
A氏との話し合いを始める直前の2019年1月に小室氏が最初に公表した文書では、金銭トラブルについて「母も私も元婚約者の方からの支援については解決済みの事柄であると理解してまいりました」としていたが、今回の文書では、返すつもりはあったと説明し、そうしなかった理由は、借金ではないことを確認せずにお金を払えば、借金であったことを認めることになるから払わなかったとしているが、やや苦しい言い訳に見えてしまう。贈与であれ借金であれ、返す意向があるなら供託すればいいだけで、婚約破棄の翌年(2013年)にはすでに弁護士に相談していたのだから、その選択肢がわからないはずもない。また文書によれば、佳代さんはトラブルが報じられるまで贈与税を支払っていなかった。贈与があったと信じ込んでいたならば、その時点で納税すべきだと思わなかったのはなぜなのか。 また、上記の「解決済みの事柄であると理解してまいりました」という言葉について、今回の文書ではわざわざ注釈をつけており、それは今も解決済みだと思っているという意味ではなく、トラブルが報じられた時点までは解決済みだと思っていたということを言いたかったのだと説明した。〈現在完了形ではなく過去完了形としての表現として書いたものです〉というのだが、それなら普通は「(その時までは)解決済みの事柄であると理解しておりました」などと書きそうなものだ。実際には、A氏との交渉が始まる直前の2019年1月の段階では、「解決済みの問題だが、相手がそう思っていないなら何らかの対応をする」という気持ちだったと解釈するのが妥当なのではないか。そうだとすれば、今回の文書には真実でないことが含まれていることになる。 そうした弥縫策に見える部分が残ること、なぜか不自然な「記者」との交渉を1年以上も続けてきたことなど、いまだ小室氏が正直な気持ちを語っていないように感じさせる点がある。そうした国民の疑問を進んで明らかにする姿勢を見せることが、真の解決につながるのではないか。今回の文書は、法廷に提出するなら十分な説得力があるかもしれないが、天皇や皇嗣が求める「国民の納得」には不十分だと言わざるを得ない。