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哲学いろいろ

turville, buckinghamshire, uk

神と人との対立関係とは?

マハーバーラタと創世記の変容 [聖書研究]

http://judaist.blog.so-net.ne.jp/2012-08-28

創世記 3:22
主なる神は言われた、
「見よ、人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知るものとなった。
彼は手を伸べ、命の木からも取って食べ、永久に生きるかも知れない」。
そこで主なる神は彼をエデンの園から追い出して、人が造られたその土
を耕させられた。神は人を追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、
回る炎のつるぎとを置いて、命の木の道を守らせられた。


この記述には、明らかに、神と人との対立関係(神の人間に対する冷酷さ)
が表現されている。
創世記の最初の部分は、このような、神と人との対立関係(神の人間に対
する冷酷さ)が主題となって成立している。(=世俗的な考え方)


しかし、後代になって祭司神官勢力(サドカイ派・宗教信仰勢力)が拡大
すると、それを反映して創世記の「神と人との対立関係」という主題は巧
妙に隠されてしまい(あやふやにされてしまい)、宗教信仰勢力にとって
都合の良い箇所だけが強調されるようになったのであろう。(旧約全体が
宗教勢力に乗っ取られた)
しかし、それでも、「ヤコブの神との闘い」のエピソードは、削除されず
に残っている。

☆ この《神と人との対立関係》という捉え方そのことが ピンと来ないんです。
なんで《対立》か?

そもそも神と人間とのあいだには絶対の隔たりがある。
その上で 信仰として心に受け容れるという関係になる。
つまりは 思考を超えてのカカハリである。


あとは 聖書記者は 物語として書いているのだから 神格の擬人化を初
めとして いろんな想像じょうの表現やその意味するところの振る舞いが
描かれる。


みな タトヘである。


ヤコブとの相撲にしても 《祝福が欲しい》と言っている。対立や争いと
見ることはないと思われる。



ただし ヨブの話は ちょっとした神との対立であるかも知れない。
財産も家族の者のいのちも自分の健康をもすべてと言っていいほど奪われ
てしまった。


因果応報なる説には与しないとしても これほどの悲惨な目に遭うことに
なるとは 神よあなたはいったい何を欲しているのか? と直談判をしに
行きたくなる。そういう対立・そういう仲違い・そういう恨み節が出て来る。

おわりに恩恵の恩恵たることを知るヨブ。














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