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哲学いろいろ

江上波夫:騎馬民族の社会形式

わたしは この日本の国の成り立ちについての江上波夫による征服王朝説にはくみし難いと考えていますが 騎馬民族に特有の社会形成に関する思想については 歴史や日本の社会についての性格を考える上で有益な情報を明らかにしたと思っています。 

 日本の社会は スサノヲ市民圏とアマテラス公民圏との二階建て構造から成っているとわたしは考えていますが そのアマテラス公民の《統治》の仕方に関して 江上学説はおしえるものがあると考えます。
 自分では何もしないが 全体をまとめる政治力に長けているという統治の能力でありその形式に関してなどなどです。君臨すれども統治せずという象徴ないし権威の存在の問題もあるかと思います。
 この思想傾向が スサノヲ市民圏の企業や組織にも影響をおよぼしていると考えます。
 つぎに挙げられる思想や生活態度の特徴は もっぱら遊牧民族の独占するところだとは思いませんが おそらくそれらと農耕民族との交通や融合という場において 両者の考えも練りあげられて行ったと見られるのではないでしょうか。
 ちなみに 中央アジアのチュルク系の諸民族だけではなく アラブ民族や 一般に北方のゲルマンなどを中心としてヨーロッパ民族も 遊牧騎馬民族だと捉えられています。

 ▲ (『江上波夫の日本古代史――騎馬民族説四十五年』)〜〜〜〜〜〜
 騎馬民族の社会〔は〕
 1.民主主義的 
 2.主知主義的 
 3.機能主義的 
 4.国際主義的
といったような 共通な特徴をもち 
 5.優れて人間中心で 
 6.すべての民族に解放的な 自由な性格の
 7.実力優先の社会であった・・・。

 このような古代遊牧民族の社会は 《有形な文明》は持たなかったが 《頭脳の文化》《無形の支配者文明》を持っていたので それがあってこそ彼らは農耕都市文明地帯に征服王朝を建て 多民族の世界国家を建設することができたので またそこにおいては東西の文化を交流させ 地方的な土着の文明 宗教の権威を打ち砕き それらの物質文明を人間中心の理念によって再編成し 様々な世界文明――古代ペルシャ文明 ヘレニズム文明 キリスト教文明 仏教=クシャン文明 アラブ=イスラム文明 ゲルマン=西欧文明などを生成する契機をつくった・・・。
 すなわちそれらの文明は ユーラシア大陸の古代遊牧騎馬民族の《頭脳の文明》 眼には見えない《無形の支配者文明》を共通の根源としてもってお・・・ったのである。・・・(1992 p.347)

 ▲ (同上) 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 征服王朝が征服している場合は武力による場合ももちろんありますが むしろ軍事力によってではなく 文化的に同化したり 政治・経済的に合作したり 結婚や買収や 盟約や談合や 外交手段などで 戦争による場合と同様な成果をあげて 相手を服属させたり 仲間に入れたりする無血征服の場合が多い・・・。(p.289)

 ▲ (江上波夫vs佐原真:『騎馬民族は来た!?来ない?!』)〜〜〜〜〜
 近代を特徴づける
 1.民主主義・
 2.個人主義
 3&4.植民地活動・ 
 2.実用的な学問・実験の発達
は 本来 遊牧騎馬民族の間にあったものだと思うんです。・・・

 8.核家族
 9.契約制 
 5.土地よりも人間を問題にする人間主義 
 7.能力主義 
 1&5.平等主義 
 6.恋愛の謳歌 
 3&4.開拓・植民 
 2&3&7.知識・情報の愛好など
は 早くから騎馬民族を特徴づけたものです。・・・
 動かざる 農耕的な古代的文明をつくったものと それから 動く 一つ一つは滅びて消えていったけれども それぞれが常にその時代におうじた騎馬民族的な役割を持ったものと その両者によって世界ができているんだと私は思うわけです。(1990 p.115f.)
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 ☆ そうして これらの考え方が うまく機能するか 裏目に出るかなどによっても分かれてくるのではないかと考えます。

 たとえばこの日本は島国ですから たとえ自由で開放的な進取の気風が一たんは吹いても そう長くは続かなかったという場合も考えられます。または土着の縄文人を受け継ぐ農耕日本人の中から これらの進取の精神はむしろ出て来ているのかもわかりません。

 いづれにせよ 悪循環を引きずる場合が見られるのではないでしょうか。いちばんの短所は 植民地主義ないし帝国主義という考え方でしょう。二階から一階を見おろしてよきにはからえというやり方です。そこにメンツがかかっていると思い込んでいるとしたら どうしようもないでしょうと言うほどの悪循環に陥って行きます。