caguirofie

哲学いろいろ

#11

もくじ→2006-11-03 - caguirofie061103

第七章a あかつき

前章ないし前々章から すこし 具体的な議論に入ったのである。現代の問題に直接つながるようになったから。はじめからとして ここでは きめの粗い議論ではあるが さらにすすめよう。


モノの交換は 人の交通を基本線として 自由な商業行為であると同時に すでにそこで ふたりの人の交通関係として 個体的というか個性的な差異を持っているし――信用とか さらには義理とか人情とか したがって 人それぞれ共通・非共通の両面をも持っているであろうし―― モノの価値として交換差額の有利不利が 発生しているものと思われる。
価値は かんたんに言ってやはり いちおうスミスの言うように 労働行為の広義の時間量であるだろう。時間量という点では 同時に 消費行為(したがって需要としても)の側からも 測定・評定されうるというふうに。この時間量は たとえば一日を二十四時間に分割して測るところの幾何学的な分量であると同時に 労働行為ないし消費行為は 幾何学的または機械的なものでは必ずしもないから やはり主観的な評価量も入り込むかも知れない。それは 殊に 交換されるべきモノとモノとが そこで見合いしたときには 主観の評価・判断が むしろ基本的には入ると言ったほうがよい。
すなわち 交換差額の有利不利とは きちんとした貨幣数値の等価交換であるときにも 主観がその背景にとしてでも 判断行為を持続させ 介入しようと構えているものである。しつこいとか いさぎよくないと見られるようにではなく 有利不利への或る種の割り切りがあるのであって これは 主観判断のものである。
この主観判断は 交通関係としての人間的な側面で ひときわ 固有のものである。上に述べた信用とか信頼・恩義とかの 個体的な差異あるいは共通性 これは 《もののあわれ もしくは あわれみ》すなわち《 Ahness 》つまり《 Ah ! と言って その相互の依存関係のなかに生きざるを得ないような分業社会の情況》と言ってもよいのであり これは 上の等価交換が成立するときでも 基本的に かかわっている。
もちろん この情況を強調してしまうと ふるい慣習にもとづくいわゆる共同体的な人間関係のしがらみを擁護する結果となるが それでも この人間関係の側面が 交換差額の有利不利には――したがって繰り返すなら 主観的に―― はたらきうると わざわざ 言い張るのは 実際 交換差額の有利不利を 《純粋に》幾何学的な利潤と損失と見なして この交換関係つまり広く交通関係を推進していくときには この幾何学的な債権債務のいわば主従関係としてのやはり《しがらみ》が 商業社会の《多数者の暴虐》となりうるのではないか これを論じたいためである。
いづれにしても 広い意味の貸し借り関係が 過程的で そして分業形態を全体としてとりまとめていくという仕組みの中にあるから やがて 社会の全体における網の目でつながってのように いとなまれるようになっていく。
交換差額を自分に有利にみちびくことを この上ない交通形式だと考える重商主義があらわれるなら 貨幣の出現する以前に 考え方としては 交換価値も生じる。
モノの価値とは ばくぜんと やはり労働行為の時間が 基準となったのであろう。稀少なモノのそれだとかを除けば 専門的な労働の要求する特殊な技能だとか あるいは一般に仕事のつらさだとか これらは 一人ひとりの市民が ふつうに生活しうるその安定性が――それが 労働=交換=消費の時間量でもあるが―― 評価の基準であるほどには 特別なものとはならなかった。もしくは その一般的な基準にしたがって それぞれ特別なものとなった。価値という表現を用いるなら これらが いわば市民の人間的な生活価値であった。
これが 抽象的な――あくまで抽象的に――価値の原点でもある。
モノの 個別的な 交換価値が生じたのである。やはりばくぜんと 労働行為事実の時間量(一労働日など)が そのいわゆる客観的な評価単位となったろう。それは 消費行為事実の時間量でもある。おそらく そこには 主観的な判断つまり有利不利の量が 介入する。つまり 介入しないとは言わないほうがよい。というのも もともとの価値つまり使用価値も主観的なものだが この交換価値のばあいは すでに交換が成立したということをもって 交換価値というのだと考えるのであるとき これは 一般的に 《客観量プラスあるいはマイナス有利不利の主観量》といった価値額として 設立されるようになったのだと同じく考える。
別の見方をすれば ここに設立された構造過程的な価値額が 全体として 客観的な量だということである。重商主義の交通したがって交換の理論からいけば そうである。
そして 貨幣は もちろんはじめは これの単なる指標であり 貝なら貝 石なら石というモノとしてのしるしである。時間量は 数量であり 物的存在である貨幣は 数値化が 可能である。ここまでは しかしながら 交換価値の(もしくは 単に交換行為における価値量の)しるしであるにすぎない。また 質的にも 数量としても 価値は 交換当事者のそれぞれ主観判断によったものである。そして この貨幣数値による評価が流通してくるようになると 少なくとも重商主義者は この交換を称して 等価交換とよぶであろう。もともとの価値の原点から見ても それでよいと同時に その それでよいという根拠は 《主観的な差額の有利不利 人間関係の貸し借り関係の差異(あわれみ)》を内容とした――基本的にこれを内容とした――市民どうしの対等交通ないし等位交通とよぶべき生活価値の関係過程にある。
アダム・スミスが論じるには 《乞食すら》 このようにして《自愛心》にもとづく経済主体としての民主自由市民であるということなのであった。等位交通たりうる自愛心なのである。交換が等価というとき その交換価値は《狭義の客観量プラス / マイナス主観量》から成り立っており これを全体の額として 客観的な等価だと言ってもよいということになる。つまり 客観的な価額ということを 狭義にも広義にも使ってもよいが いづれの場合にも そこにおいて 相互の主観がそう判断し互いにそれに合意したのであり 有利不利があったばあいにも それで等価だと納得した・つまり 人間関係的な貸し借り・損得が生じていても その等位交通のゆえに それはそれで納得したことが その一回ごとの交換行為を成立させたわけである。これが 大きく社会生活の過程なわけである。
交換価値もしくはその貨幣的な価額が モノの評価に現われると とうぜんのように 交換差額主義は つきすすむ。すこしゆづって この貨幣的な さらに譲ってまあ客観的な 評価基準があらわれることによって 人間的な貸し借り関係も その評価額にもとづく・すっきりした 債権ないし債務のみとなって その恩義や逆に恨みを 過大に評価しなければならないと言ったしがらみ関係から自由になったと言えるかも知れない。ただ もっとも あの人間の自己意識の単なる依り付きといった自然的な共同性から 自分たちを解放したことをもって言っているのであるから 問題は逆である。
つまり そうでなければ 貨幣的なその意味での客観評価の基準は――その元には 交換行為の等価値への互いの自由な同意がある は―― 生まれなかったであろう。
人間の誕生の以前には たしかに 言うとすれば 互いに依り付き合うしがらみ関係の共同体であった。けれども この時には そのような段階にある限りで それを しがらみとは 認識していなかったのである。人間の誕生の原点で しがらみを対象化して認識し しかも そこから吹っ切れたのである。これは 単に想定した定義からの推論なのであるけれども ここでも この空想の原点になお固執したいと言おうと思うそのわけは むしろ 一つには この歴史の原点のゆえに――民主自由市民のゆえに―― 交換価値に対する貨幣的な客観的な評価も生まれ得たのだし もう一つには じっさいには この客観も 人びとの主観相互の関係過程の中ではじめて成立しているのであるにもかかわらず 民主自由市民であるゆえのその重商主義者化を敢行することによって その主観を客観に従属させた それで 人間的な等位交通をモノの等価交換の観点から眺めるようになる ゆえに この純粋幾何学的な債権債務の関係が 主従関係となり しがらみの新たな形態となる こうして 人間の誕生以前の旧いしがらみも あたかも復活した と見られるようだからである。
すでに最初の段階で 政治的ななどの人間関係によって 交換の有利不利が いわゆる暴虐として 左右されたと想定してしまえば この有利不利の評価は とりもなおさず はじめの民主自由主体・その対等交通という想定にもとづいているのである。つまり 政治的な暴虐は 人間の誕生のあとに 出てきた。その前にもあったとしてもよいが そのときには まだ 暴虐とは見なされていなかった。つまり 対等とか等位とか自由とか民主とかは その概念がまだなかった。少なくとも 潜勢的なのであった。
はじめから人びとの自己意識が まったく目覚めておらず 言ってみれば雲の中にありつづけたと想定しまえば 交換差額主義をとなえる商人の自己意識も 起こりえなかったであろう。交換をともかく始め また 小さな共同体にしろ市長をえらぶようになったといった事実に対して それは すべて人びとが夢の中でおこなっていたのだと 理論することになる。じっさい 近代市民の出現するまで そうであって それまでには 国家も出て来ていたのに そうだとすると この国家の首長は まったく一般市民の知らないあいだに 誰か腕力にすぐれた者・世話役にひいでた者・支配欲の野心に突然変異のごとく燃え出した者らが 同じくまったく夢の中で 単なるあそびとして・単なる趣味として おどり出たということにしかならないと理論することになる。
そうではなかろう。合意・不合意の自己意識があったし 世話役にふさわしい人物を選定する判断の主体は 自然共同性をすでに突き抜けていたし あるいは 腕力にうったえて市長職をおそう人物も 支配欲をみたそうとして支配欲に支配され市長におどり出た人物も 民主自由主体なる市民が それなりにそれらへの評価・判断を持っていたであろう。
しかも そのような主体性があるにもかかわらず 時に重商主義の思想家が おどり出たことに――もしくは じわじわとあらわれたことに―― あきらめの心で見惚れていたというわけでもなく その思想家も 人間という存在としては 同じ民主自由主体だと――直観的にだとしても――みとめることにより ゆづるべきところは ゆづったのだと考えられる。
重商主義の精神は 歴史の原点の 少なくとも 枠の中におさまった。交換差額主義のつきすすむその足取りは 精神の交換を手口としてではあれ 基本的に精神によっている。このゆえに 交換価値は 使用価値プラス / マイナス差額利潤の構成を持つ。はじめの・もともとの交換価値の 《客観量プラス / マイナス主観量》の構成と じっさい 同じものである。
ただし 重商主義理論においては 全体が 客観量――そして等価の基準――となる。そう見なされる。その主観は この客観量に ついていくようになる。ついていくことが 主観の自由行為だと考えられていく。つまり 生活価値が 交換価値に付き従う。交換価値の差額の蓄積によって 生活価値・自由交通が 築かれるというわけである。
この交換価値で築いた城 そして その差額利潤の蓄積・拡大再生産への投資(ただし 古墳をきづくとか 装飾品の所有とかといった 投資でないものであったであろうが)ということに しかし なれば すでに 資本主義である。
貨幣によって評価された交換価値は 価格である。
ここで 前章からの続きであるが――つまり はじめの重商主義交通家が 近代以前の国家の段階をとおって 紆余曲折を経つつ 近代に至った時―― 価格は はじめの商業社会として 自然価格を持ち 商業主義社会として 市場価格としてあらわれる。
すなわち 生活価値が 需められるモノとしては 貨幣で評価されて 自然価格となり これが 交換価値のゆえにとして重商主義家の需要されるところとなれば じっさいには 言ってみれば《使用価値客観量プラス有利不利主観量プラス利潤損失の共同的主観量》なるカサアゲされた市場価格をもつ。最後の三つ目の《利潤損失の主観量の共同性》とは ひとえに 重商主義者の特別の需要の共同性のことだと言って 差し支えないと思う。
この意味での 自然価格・市場価格はスミスが次のように言うとき あてはまる。

どんな商品でも それがふつうに売られる現実の価格は その市場価格とよばれる。市場価格は 自然価格を上回るか 下回るか ちょうどそれと一致するか のいずれかである。
国富論 (1) (中公文庫) 1・7)

つづけて次のように言うとき それぞれ別の概念である。

すべての商品の市場価格は それが現実に市場にもたらされる数量と その商品の自然価格 すなわちそれをそこへもたらすのに支払わなければならない地代と労働と利潤との全価値を支払う意思のある人たちの需要との割合によって規制される。
(同上)