caguirofie

哲学いろいろ

#13

――ポール・ヴァレリの方法への序説――
もくじ→2006-07-07 - caguirofie060707

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さて 水田・平田そして吉本の描くようなぼくたちの実存へのあの第四の意識の摂り込みによる《時間》の方向性は 基本的には たとえばマルクスの《フォイエルバッハにかんするテーゼ》の中の次のような文章に表わされているものであることは 言うまでもない。

フォイエルバッハは宗教的本質を人間的本質に解消させる。しかし人間的本質はなにも個々の個人に内在する抽象体ではない。その現実においてはそれは社会的諸関係の総和( ensemble )である。
フォイエルバッハ論 (岩波文庫 白 128-9) 古在由重訳)

言いかえれば 単純に言って ぼくたちの言うあの中心点における縁組みは この《社会的諸関係の総和》としての《個体 もしくは 時間》において 成立するという視点である。そして この視点についてぼくたちが考えるとき それはおそらくきわめて大雑把に言って 前章の 江藤と吉本の対話における《秘儀をあばけ》という一点に収斂するように思われる。
時間的に前後するかも知れないが ぼくたちはふたたび この対話に遡って追求していこう。過去をもう一度むし返すことになるかも知れないが たとえば次のような江藤の発言から 掘り起こすことは無駄ではないだろう。

江藤)ですから レーニンに対する吉本さんのお考え

  • 此れは前章までの平田の《個体的所有》の見解にも通じる。

も その一つの もっと国際的に大きくなったものだというふうに考えることができるし そういうものは常にあると思うのです。これはもちろん民間伝承にもなるし もっと高度の 思想的・文学的ビジョンにもなる。だけれど 僕はあなたとちょっとちがうところは やはり秘儀を全部バラしちゃえ・公開しちまえばいいじゃないか という点ですね。ぼくもそうすると全部終わりだと思います。文字どおり全部終わりですね。つまり 人間社会は存続しなくなると僕は思うんです。

もちろん これに対しては たとえばすでに掲げたような吉本の発言がつづくわけである。そしてそこで この対立点からは――すでにぼくたちは 若干触れてもいたのだが―― ぼくたちの中心点における対立は 微妙なかたちで その重心が移動したと言うことができる。先に触れていたのは 〔ε〕の章であったが いまもう一度 この重心の移行の点を繰り返して述べれば それは

初めに 階級意識の対立の問題であり そしてさらには 階級対立の意識を含む社会ともう一つ別の社会の対立の問題であった。
そこでそれは この第四の意識とぼくたちの実存との《時間》的な縁組み もしくは その破談の問題であった。
そしてさらに――江藤対吉本の論争に見られたように―― この問題は おそらく 第四の意識の対象となる社会 もしくは その政治の中心にある《秘儀》(共同祭儀)をあばくかどうかを 一つの焦点とする。

ということである。この最後の焦点のよってくるところは 取りも直さず これまで論じ進めてきたように 一つには ぼくたちの《時間》を司る《精神》の問題であり それは 類型的に分ければ 《意識:その流れ 互いの対立と均衡》と 《情感の共同性:その存続 その分断と統合》との相互関係の問題であると言える。
したがって ここからは 日本の社会にとくに顕著な《情感の共同性》の中核(――江藤にとっては 《社稷》であり 吉本にとっては 裁ちあばくべき《秘儀》というものであった――)への《意識》のそれぞれの方向が 焦点となって現われていると了解できるようである。
いましばらく ぼくたちは この移行した重心に問題をしぼって論じることができる。


この点について 吉本はかれの立ち場からさらに簡潔に 次のように発言して 問題を整理してくれている。

吉本)たとえば天皇大嘗祭のような世継ぎの例で言っても わからないところがある。わからないところは推測するよりない。しかし それはわかったほうがいいとおもっています。つまり わかれば天皇制の命運はそれまでのことだ というふうに思うんです。・・・
もっとも枢要なことは天皇制に関する儀式やタブーをはっきりさせればいいんだとおもいます。出自や儀式や遺跡を公開調査させればいいんだとおもいます。・・・
禁忌とされている祭りというやつは ごく下層に流布されている祭りであろうと天皇のような政治的な頂点に位するものの祭りであろうと どこかにわからない かくしてあってここは教えないという要素がありますね。これはやっぱり 集団的な宗教祭儀に特有なものだと思うのです。
だから 来迎神信仰(琉球沖縄の一祭儀・秘儀)というものは 僕なんかの理解の仕方では 共同祭儀といいましょうか 制度としての宗教というものであって 祖先崇拝と混合してわからなくなっているけれども 別だと思います。

議論を進める上で確認を怠らないとするならば ここで《祖先崇拝》そしてそれに伴なう祭儀があればその祭儀は 《家族構成的な社会》における《情感の共同性》の基礎にあるものであるが 同じくここで 《集団的な宗教祭儀》《共同祭儀》もしくは《制度としての宗教》したがって《政治(まつりごと)》は この《祖先崇拝と混合して わからなくなっているけれども べつだとおも》うというわけである。
すなわちここで ぼくたちは 《情感の共同性》が 吉本によれば――先にぼくたちが見たような その実質的な部分とそして素材(神話など)の部分とに分かれるのではなく しかしそれと微妙に関連するかたちなのであるが―― 単なる祖先崇拝的な情感と 共同祭儀もしくは政治としての秘儀によって醸成されてくる情感とというふうに それらは 識別がつかないくらい混合しているが しかしそのように分けられる二つの要素から成るということを知る。
そしてぼくたちも おそらく その通りだと考える。それは 吉本じしん書いているように 天皇天皇制)に対するぼくたちの態度・互いの関係は ぼくたち一般市民民衆のあいだの相互の〔たとえば 信頼〕関係ときわめて相似しており また従ってそのように 縦・横に交差的に分けられて抽象される二つの要素が 情感の共同性にはあると思われるからである。
それでは ここで 共同的な情感の中のこの《政治》もしくは《秘儀》の要素――もしくは ここで江藤の言うように《社稷》と言ってもよい要素――と 結局 あの第四の意識と 等記号によって結ばれるべきものであろうか。おそらくこの点については 大方の意見は 否であろう。つまり 情感の共同性と共同幻想との関係いかん 同じものかどうか あるいは 共同幻想と第四の意識との接触関係 そういった構造への視点が 問題となるであろう。そしてそのとき 情感もしくは幻想の共同性と 第四の意識と イコールかと問われれば そうでないと応えざるを得ないであろうと考える。おおきく――個人の次元にあてはめて―― 精神にかかわるものであろうが 同じだと規定してすすめることなど 出来ないはずだ。
したがって 実存と 第四の意識との縁組みは それが求められるとするなら それは 共同なる幻想においてでないことはもちろん 政治や社稷といった情感の共同性においてでもやはりないと まず確認することができる。またこの点については むしろ先に引用した平田の次の指摘が よくことの実情を代弁しているかも知れない。

・・・西欧文明的な発展段階を宿命として経過することなき非西欧諸民族社会・・・。
([η]の章)

という箇所であり ここでは 政治や社稷が第四の意識とイコールでないという点が 《宿命として〔経過することなき〕》という認識と 《民族社会》という規定によく表わされているといえる。
そこで吉本によって表わされる第四の意識と実存との縁組みをとらえようとするなら さらに この《民族社会》といった規定について 最初からの情感と意識との対比 もしくは 日本語の《政治》と西欧語のそれに相当する語とのちがい――もしくは 平田が指摘していたように 日本における《国・国家》と西洋の国家とのちがい――などの点から捉えるべきであろう。
まず 《民族》という概念に注目すれば それは 第一義的には その固有の《言語》を意味し それに不可欠な要素として付随するものは 血縁と地縁とであるだろう。

  • ちなみに 血縁と地縁とは 先の引用の対談で江藤が かれの《社稷》の概念の基本的な要素として挙げるものである。

そこで ここではこの《言語》の民族的相違の点から考えるとすれば――。まず
聖書記者によれば 

初めに 言葉があった。

という。これは 《言葉》が ぼくたちの存在の始原であるとの 啓示による認識である。ゲーテは ファウストをして この一文を

初めに行動があった。

と訳させている。《行動》こそが ぼくたちの始原であると。このとき 《言葉》にしろ《行動》にしろ そのような始原のぼくたちの存在は その点では それが 《情感》をとおしてであれ《意識》を通してであれ かまわないわけである。おそらく 《言語》とは この《言葉》であり 同時に《行動》であるものであろうと ぼくたちは考える。
したがってまず 言語がちがえば 民族がちがうのは 基本的には 一義的にであった。そこで 西洋の諸民族の言語は 《意識》のかたちを取り 少なくともぼくたちの民族言語は 《情感》のかたちを取ったと仮設できそうである。仮りにそうであるとするならば ぼくたちは すでに前もって《時間》を模索するからには 《行為》を問題にせざるを得なかったのであるが この《時間的行為》は その質もしくは方向は やはり《言語》のちがいによって 異なると見ることができ しかも 《行為》と《言語》とが ひとつの同じ次元において対応するとするならば 《行為》は 《言語》が含む言葉と行動とを ともにそのまま内包していると言わなければならない。この内包は むしろ 言葉と行動との二領域を 密接に結合したかたちのものであり 《言葉による》と《行動による》とのこの二領域は 《行為》において・従ってぼくたちの《時間》において 互いに区別しがたいと言わなければならないであろう。 
ここで あらかじめ課題であった・《行為》が 言葉によると行動によると どうちがうかという点について述べることができたと考える。ただ ひるがえって ここでまた別の問題にも遭遇する。つまりそれは 言語もしくは行為したがって《時間》が 意識と情感とにおいてそれぞれ一方が他方に対して優位に現われるとするなら そのとき その方向が相違するということは 何を意味するか という点に触れてである。
初めに結論を述べれば 第一に 行為が 意識において優位に現われるということは おそらく 行動による行為に比べて 言葉による行為が 同等もしくはそれ以上に 貴ばれ 実際にも 主体的に追求されるという情況である。それに対して 第二に 行為が 情感において優位に現われるということは どちらかと言えば 実際の行動による行為のほうが 言葉による行為よりも はるかに現実的であると考えられ信じられるという情況であろう。第二の情況は ぼくたちのものであるが そこでは 言語としての日本語は貴ばれるが 言葉としての 日本語は 行動〔ないし質料・生産諸関係そういう意味での生活〕に比べると どうでもよいものと見なされている。つまり 言葉は 事の端であると。
それに対しては 意識の流れを貴ぶ西欧の情況においては 当然のことながら 言語としても そして言葉としても その言葉による行為によって そのかれの行為のほぼすべてを成していると言っても過言ではない。少なくとも言葉によって かれの《時間》の方向は 決定されるであろうし そしてそのような情況においては その言葉による作品( work; oeuvre; 生産・仕事)というものは その作者の実存と 同じような存在と見なされるであろう。その意味では 西欧人においては 言葉(文章)による体系的な認識とかれの実存とは 同一であると言ってもよい。その意味で 《文体は 人間である。 Le style , c'est l'homme même. 》であり その中で A.スミスらは 同一の類型の中の際立った存在であるにすぎないとも言いかえることができる。西欧人は その点で 伝統的には 文章を読み文章を著わすことにおいて その行為つまり生の大半を過ごしたと言えるものであろう。
そこで問題は ぼくたちの情況である。ぼくちの情況における第四の意識のあり方 従って第四の意識とぼくたちの実存 言いかえれば社会科学と社会思想(文学)とが 統一されうるか否か されるとすれば どのようにか にある。


まず この情況においては 行動による行為もしくは 現象的な質料関係(物質的諸条件)こそが 《時間》のすべてを占めていると見た。それだからこそ 社会の上下各段階においてさまざまな共同の情感性が生きている。――このこと〔行動→情感〕は 一見 奇妙なことである。しかしそれについては 行動に対して 言葉による行為もしくは 現象的な質料関係を媒介する言語交通(コミュニケーション)のほうが 《時間》の主体を占めるところ(つまり西欧)でこそ 現実の物質的諸条件によって生活が成り立ち それによって意識(さらには情感を含む)が規定されるという指摘が 〔マルクスをとおして〕成されなければならず かつ有効であったという一事実に照らし合わせても 納得のいく事柄である。
逆に ぼくたちの情況において歴史的にこのようなマルクスの指摘が改めて有効になるのは おおまかに言って 憲法を初めとする言語交通体系としての法律が上からであるにせよ 行為として一般に成立するようになってからであった〔と思われるが その〕ことはそれを《時間》論において 裏書するはずである。
第四の意識とはそもそも 社会科学という視点であるが 社会科学が 初めに西欧において言葉による行為に発するものであったことは言うまでもない。

  • それにもとづいて それが安価な政府・警護国家であったにせよ 国家といったひとつの社会科学主体を通して 市民の自由な経済行為(実存)に任せるというようにして何もしないという行動による行為が 成り立つことも言うまでもない。
  • また この同じ系譜に立ってこそ J.M.ケインズは行動を問題としてこの自由放任主義に反を唱えたものであることも指摘されうるであろう。

A.スミスは なるほど 《共感・同感 Sympathy 》という概念を その社会科学の視点の中に用いている。しかし この実存的な感性(実は理性)の動きが ぼくたちの情況における対(つい)幻想とか社稷とかいった情感の共同性からほど遠いことは付け加えるまでもない。一般に ぼくたちの情況においては 総合的なかたちで 観念の共同性・共同観念が 初めに あったとしても 第四の意識から帰結されるような精神の共和国(コミュニスム)といった別の共同観念が導かれてくるよすがは乏しかったと言わなければなるまい。

文明社会では 人間はいつも多くの人たちの協力と援助を必要としているのに 全生涯をつうじてわずか数人の友情をかちえるのがやっとなのである。・・・人間は 仲間の助けをほとんどいつも必要としている。
だが その助けを仲間の博愛心( benevolence )にのみ期待しても無駄である。むしろそれよりも もしかれが 自分に有利となるように仲間の自愛心( self-love )を刺激することができ そしてかれが仲間に求めていることを仲間がかれのためにすることが 仲間自身の利益になるのだということを仲間に示すことができるなら そのほうがずっと目的を達しやすい。
(A.スミス:国富論 (1) (中公文庫) 大河内一男監訳 Ⅰ・Ⅱ)

そこで 

同感の原理というのは 各人が利益をもとめて競争しているときに 公平な観察者の同感しうる限度をこえないことであり さらには 各人が自己の行動をつねに公平な他人の客観的判断を考慮しながら統制すること。
(水田洋:社会思想史概論

であり 強いていえば この《同感》は 意識的な情感の共同性ということにもなろうが しかし情感の共同性が 《自愛心》のみから成るものではないことは言うに及ばず かつ 《博愛心》ともその概念の方向を異にすることは 明白な経験的事実であり その意味で 同感と共同情感とは 本質的に 時間の座標をたがえるものだと言わなければならないであろう。
先ほども述べたように 一般に ぼくたちの情況においては 総合的なかたちで 観念の共同性が 初めに存在したということが 一つの社会思想的および社会科学的な本質を成すと明言しなければならないように思われる。

  • この点 吉本の《共同幻想論》参照。つまり吉本は 共同観念がたとえば 《観念の運河》としてぼくたちの情況に本質的な社会形態であるとした上で 社会科学と社会思想(文学)との縁組みを追及するという いわば二重構造的な社会形態(そこにおける時間)を掲げることになる。

逆に言えば この共同観念の情況が その歴史は 本質的に 第二種の共同情感(――たとえば《道行き》というように 一般の共同情感から疎外されていくような第二種の対(つい)幻想的情感など――)を内包したかたちの社会科学というものを担っていたと言いうる。このことは 《道行き》といった対関係の次元のものに限らず 第四の意識と背中合わせの《社稷》もしくは共同幻想の次元についてみても 事情は変わらない。

人民がもっとも重要で 土地の神と穀物の神である社稷はこれに次ぎ 君主はもっとも軽い。
だから衆民の人望を得ると天子になり 天子のお気に入ると諸侯になり 諸侯のお気に入ると太夫になる。
諸侯が社稷つまり国家を危機に陥れると 退位させられる。肥え太った獣を犠牲とし 清浄なお供えをささげ決まった時期に祭祀しているのに 干害・水害がおこったならば 社稷の神自体を新しい神に変える。
孟子 (講談社学術文庫) 尽心章句 下 貝塚茂樹訳)

従って 革命が 天命を革(あらた)めるということであり そのような動態をも含んだ共同観念の中にこの社稷という一種の第四の意識が 無意識的にしろ 存在するということは これまでの歴史において証明されこそすれ むしろ裏切られていない。これは 呪術的な言辞でないことは言うまでもなく また同じ程度で ぼくたちの情況の単純な讃美のためのものでもない。いわば広くアジア的社会形態なりにそうであることをまず認め そのことを明確に把握することから出発しなければならないと思うのである。


共同観念というアジア的な《社会の科学》領域についてこのように考えるとき それに対して西欧的な本来の社会科学という視点は――それは ある意味で 当然のことだが―― 意識が行為の媒介であって 言葉による行為が 行動による行為と連動はしながらも 行動による行為に比して 主流を占めるというような情況 そこにおいて そしてそのことを土壌として その概念の真の意味で生まれるものであると明言しうる。
言いかえれば端的に言って ギリシャ思想を通過したヘブライ思想つまり キリスト教の《時間》観の中に 誕生したものであると言ってまちがいなさそうである。――もちろん いま キリスト教以前のすなわち旧約の時代からのヘブライ思想つまり ユダヤ教にも 固有の時間観が存在するであろう。ただし このユダヤ教における時間観は そのまま 一民族の枠組みを超えて積極的に 普遍性(カトリシスム)を持ったことはない。――そのとき非キリスト教圏である日本を考えるなら 第四の意識が 個体(市民)の実存の中に十全に 摂り込みうるか否かの問題は ある意味で このユダヤ民族社会の情況とも照らし合わせて捉えうる道が考えられる。
ここではもはや ユダヤ社会を論じることはしないが(その余裕もないが) 日本の情況における時間観と ユダヤ社会の情況におけるそれとは 両民族が 万世一系と離合集散(ディアスポラ)との違いはあるにせよ たとえばある意味で その民族=言語が 意識的にせよ無意識的にせよ 世界(生活)の第一位に置かれるということにおいて 対蹠的であり互いに関連する性格を持つとも言えそうである。端的に言って 社会の土壌という点では 《社会科学 social sciences 》という第四の意識は 日本あるいはユダヤにとって 無縁であったとさえ言わなければならない。



しかしながら 無論 現代においてぼくたちの問題は 複雑である。過去の歴史の推移を伝統的な土壌であるとしても 現代においてぼくたちの《時間》は これまで眺めてきたように 実は 情感と意識とが互いに同等なかたちを呈して 錯綜している。それによって土壌が新しく衣替えされつつあるのか それの当否は別としても ぼくたちの《時間》は さながらすでに言ったように 十一面観音のようである。この譬えは あまり適切ではないが まずもって 一方では 資本制社会の世界史的な展開が 普遍性(カトリシスム)として ぼくたちのあいだにある。他方で このカトリック(――《プロテスタンティズム・・・と資本主義の精神》を通過した――)を横目に見て ちょうどユダヤ民族が その独自の時間をもって最大に この資本制生産形態に適応しているのと同様に ぼくたちの時間も――歴史的に本質として――それに最大に対応しながら 《情感の共同性》時間構造のうちに依然あると言うべきようである。
この一結論は ある意味で この小論の初発の時間――意識と情感とを対比する――に戻ってしまったかっこうとなった。が ぼくたちは ぼくたちにとっての現代に固有の《時間》を求めて進むとする以上 上に述べた点はまず動かない事実を 構成し 何度強調してもしすぎることのない常に確認すべき出発点であると言わなければならないであろう。
ただちに 次章すなわち最終章に移ろう。
(つづく→2006-07-07 - caguirofie060707)