第二章c
全体のもくじ→序説・にほんご - caguirofie050805
第二章 作業仮説の目次
§6 作業仮説(§6〜§10)の概要
§7 文の分析――格知覚および格活用――
- §§7−18 ハ格/ガ格/ヲ格などなど:以上 2005-08-31 - caguirofie050831
- §§7−19 論述収斂層の主−賓−述の格関係:以下→2005-09-01 - caguirofie050901
- §§7−30 副次主題格:以下→本日
§8 つづき――相認識および相活用――:2005-09-03 - caguirofie050903
§9 つづき――法判断および法活用――:以下→2005-09-04 - caguirofie050904
§10 作業仮説(§6〜§9)に立って次なる課題へ
第二章 作業仮説(§7−30〜§7−50)
§7 文の分析――格知覚および格活用――(つづき)
7−30 副次主題格(すなわち T2ガからの派生主題としての格活用)は――重ねて言って―― 賓格(T3ヲ / T4ニ)が一般的である。
7−31 賓格は 基軸として 対格(ヲ格)と与格(ニ格)とに二分される。
- 対格: 直接・全面なるかたちで対象主題を捉える相
- 与格: 間接関与するかたちで対象主題を認識している相
7−32 これら関係賓格の二つのちがいは 全体的な対面相と 一点関与相とのそれにあると思われる。
- 空ヲ飛ブ←→空ニ浮カブ
- 港ヲ出ル←→港ニ入ル
言いかえると 話者の主観的な関心のもんだいとして 直接的に全体にあるか(対格・ヲ格) 間接的に部分にあるか(与格・ニ格)だと思われる。
- もっとも ニ格にしても 一点に絞って 関心は高いという場合があるかも知れない。ヲ格にしても 全体にかかわっているのだが あとは だから どうだということはないという場合があるかも知れない。
7−33 一つには 自動詞(飛ブ / 出ル)でも 対格(ヲ格)関係に立ちうるということに注意できる。
7−34 もう一つには 対格(ヲ)が 述格用言(飛ブ / 出ル)との関係で 賓格主題(空 / 港)を 全面的・立体的そしてある意味で主体的に捉えていると思われるのに対して 与格(ニ)は 広がりを持つことなく(または必ずしもそれを意識させることなく)いわば一点として捉えているものと考えられる。
7−35 言いかえると 与格は 焦点を与格対象(空 / 港)のほうにというよりは 述格用言(浮カブ / 入ル)またはその主格(たとえば 鳥 / 船)のほうに当てているもののようである。さらにもしくは そのとき同時に 対格語(たとえば 船ヲ港ニ入レル)があるとすれば その対格語(船)のほうに まずは焦点を当てている。
7−36 この限りで 主題が対格(T3ヲ)に活用するということは 関係主題(T2ガ)からの派生として 賓格の第一位に来るのであろう。そこから一歩退いて 第二位に 与格(T4ニ)が来るものと思われる。
7−37 すなわちそこでさらに 特に間接的な一点関与の与格のほうから 関係賓格が細かく再再分節されてくるであろう。
与格ニ*1からの格活用の再展開
- 時空間格(時点格・場所格):
- この丘ニ菜摘ます児(万葉集1番)
- 早帰りませ 恋ひ死なむとニ(万葉3747)〔《早く帰ってください。恋いこがれて死んでしまわないうちに》〕
- 到達・方向格(←到達時空間格):
- 野島が崎ニ舟近づきぬ(万葉250)
- 古(いにしへ)ニ恋ふらむ鳥(万葉112)
- 豊旗雲ニ入り日射し(万葉15)
- 結果状態格:
- 船木伐り木ニ伐りゆきつ(万葉391)〔《船材を得るために神木を伐ってただの木に伐ってしまった》〕
- 目的格:
- 筑紫の国に湯浴みニまからむ(竹取物語)
- 妻ごみニ八重垣つくる(記歌謡1)〔《妻とこもるために》と解釈して。〕
- 比況格:
- 朝に夕に生まるるならひただ水の泡ニぞ似たりける(方丈記)
- 対比格:
- 人もなき空しき家は草枕旅ニまさりて苦しかりけり(万葉451)
- 原因・理由格:
- 息嘯(おきそ)の風ニ霧たち渡る(万葉799)(《嘆きのため息の風によって霧が・・・》〕
- 具格(手段・方法・材料)
- 雲ニ乗りて空を飛び(今昔物語五の四)
- 位格:
- 弘徽殿ニは久しう上の御局にも参う上り給はず(源氏物語・桐壺)〔《弘徽殿の女御におかれては長い間御殿の上の間には参上なさらない》。場所で人を表わす敬語法〕
時格・処格は さらにはっきりさせるために ニ格からニテ⇒デ格 / ニオイテ格となったりする。目的格は ノ為メニ格へ 原因格は ニ縁ッテ格へなどなどの如く 明確なかたちとなる。
7−38 基本的な賓格(対格T3ヲ・与格T4ニ)のほかに 副次的な主題の相を帯びて 副次的な賓格主題を表わす格活用を分類する。
述格用言の相認識に応じて 次のごとく。
述格用言の相 | 時間・空間の相にかんする副次主題 |
---|---|
1.静態的な相 | 時格・処格(ニ・デ) |
(存在・現象・状態・結果) | 定義指定格(ニ・デ) |
・ | 指示格(ト) |
2.動態的な相:定点 | 時格・処格(ニ・デ);共格(ト共ニ) |
〃:移動 | 起点格(カラ);経由格(ヨリ);方向格(ヘ);到達格(ニ) |
7−39 あるいは 時空間の相に 概念抽象の相・論理思考の相をより濃く含めるとすれば:
- 静態・動態の相を問わず 基本成分にとどまって 格活用としての要求が強いもの
- 原因格(ニヨリ);理由格(ノユエ);目的格(ノタメ);手段格(ニヨリ・デ);引用格(ト);共同格(ト共ニ);資格格(トシテ);提題格(ニツイテ);対比格(ヨリ)
- 用言述格よりは 主題体言を条件づけるもの=すでに格下げされ 附属成分に入り 主題条件詞となったもの
- 限度への到達相(マデ);程度相(ホド・クライ);程度や数量の限定相(バカリ・ノミ・ダケ);程度の追加相(サエ);程度の最低相(ダニ・デモ);配分相(ヅツ・ゴト);不確定相(モ)
7−40 品詞分類では 体言 / 用言 / 条件詞のほかに・そして主題格活用(ハ / ガ / ノ / ヲ / ニ)とともに 前項の格活用詞(いわゆる助詞)を入れておかなければならない。そして 前項の後段のごとく すでに条件詞となったものは それとして分類される。
7−41 ほかにもう一つ 呼格活用( vocative ヨ格また ヤ)は もともと中心主題格(T1ハ)と同じような位置にあったと考えられる。
T(1) | T(2) | T3=P |
---|---|---|
人ヨ | 言葉ヲ | 語レ。 |
呼格(呼びかける相) | ○ | ○ |
↑ | ↑ | ↑ |
中心主題格〔人ハ〕 | 副次主題格 | 論述格(命令法活用) |
↓ | ↓ | x |
主格(S)〔人ガ〕 | 対格(O)〔言葉ヲ〕 | 述格(V)〔語レ〕 |
7−42 同格( appositive )という現象がある。これは 格上げも格下げもされず 格の再分節にも関係なく 複数の主題が同じ格活用にて並列することである。
言葉ハ | 我々 | 人間ガ | 語ル。 |
---|---|---|---|
○ | 同格(主格並列)= | =同格(主格並列) | ○ |
言葉ハ | 人ガ | 用イ | 語ル。 |
---|---|---|---|
○ | ○ | 同格(述格並列)= | =同格(述格並列) |
7−43 いわゆる受け身文について これは まず初めにやはり主題提示層〔T1ハT2ガT3(=P)〕から出発し そのあと論述収斂層(S−V−Oの格関係)において その論理上の意味関係がいくつかに解釈されることによって成り立ったと考えられる。
7−44 すなわち
人ハ 文ガ 語ル。
の文例にかんして ここからさらに関係主題格(文ガ)を再分節し 論理的な格関係を再整理するところから得られる。
7−45 いま論述用言(語ル)の法活用(→語リ・語レなどの変化)やそれへの補充用言の補充(語ラ−ル)を別としうれば 第二主題(T2=文ガ)を関係賓格のうち与格(ニ)に活用させるなら
人ハ 文ニ 語ラレル。
を得る。これをめぐって さまざまに分析され解釈の余地をふくむことになる。
T1 | T2 | T3=P | |
---|---|---|---|
人 | 文 | 語ル | :絶対格による主題の並列提示 |
- (1)能動相のふつうの文
T1ハ | T2ガ | P | |
---|---|---|---|
人ハ | 文ガ | 語ル。 | |
中心主題格 | 関係主題格 | 論述格 | 主題提示層 |
対格(人ヲ) | 主格(文ガ) | 述格(語ル) | 論述収斂層 |
- (2)受け身の相が現われる文
T1ハ | T2ガ | T3ヲ | T4ニ | T5=P1 | T6=P2 | |
---|---|---|---|---|---|---|
人ハ | 〔人(T1)ガ〕 | ○ | 文ニ | 語ラ− | −レル。 | |
主題格 | 関係格 | ○ | 関係賓格 | 論述格(不定法) | 補充論述格(存続法) | :主題提示層 |
↓ | ↓ | ○ | ↓ | x | x | |
○ | 経験主格 | ○ | 与格 | 述格 | 補充述格 | :論述収斂層 |
○ | 〃〔人ガ〕 | ○ | 処格〔文ニオイテ〕 | 述格〔語ラレル〕 | =(被動相) | :分析例(1) |
○ | 〃〔人ガ〕 | ○ | 格上げ→現象主格〔文ニヨッテ〕 | 〃〔語ラレル〕 | 〃 | :分析例(2) |
○ | ○ | ○ | 格上げ→現象主格〔文ガ〕 | 述格〔語ル〕 | −レル(被動相) | :分析例(3) |
○ | 動作主格〔人ガ〕 | ○ | 対格〔文ガ語ルコトヲ〕 | 〃(同左) | 第二述格〔受ケル〕 | :(同上) |
主題格〔人ニツイテイエバ〕 | ○ | ○ | 格下げ→属格〔文ノ〕 | 体言化〔語リ〕 | ↓ | :分析例(4) |
∟→ | ○ | ○ | 体言主題化=現象主格〔文ノ語リガ〕 | 〃(同左) | 述格(レル)〔成リ立ツ(自然生成スル)〕 | (同上) |
7−46 英文例を仮りに
Man is told by 〔his own〕 speech.
とするなら 実際にはこれも あたかも主題格の絶対提示から出発しているかのように 同じように種々の分析を許すと思われる。その論述収斂層としての分析例は 次のようになると思われる。
Man | is told | by speech. | |
---|---|---|---|
経験主格 | 述格 | 処格〔文ノソバデ / 文ニオイテ〕 | :分析例(a) |
S― | ―V・・・ | ・・・M | (同上) |
経験主格 | 述格 | 現象主格〔文ニヨリ〕 | :分析例(b) |
S― | ―V・・・ | ・・・M | |
⇔O― | ―V― | ―S | :(実質的な論述収斂層) |
Man | is | told by speech. | |
---|---|---|---|
定義主格〔人ハ〕 | 定義述格〔ナリ〕 | 体言主題化(補語)〔文ニオケル語ラレ〕 | :分析例(c) |
S― | ―V・・・ | ・・・C | (同上) |
- 分析例(c)の日本文例は次のごとくなる。前項の分析例のつづきとしてその(5)となる。
人ハ 文ガ 語リナリ。
7−47 言いかえるなら 初めに
① 人ハ 文ガ 語ル。
があり ここから次のように派生した。まず直前の文例:
②(分析例・5) 人ハ 文ガ(=文ノ) 語リナリ。
ここでの論述主題格の《語リ》は 用言でもあるから 文意(判断内容)に応じて法活用させた形態をあてることができる。自然生成相の補充用言(ル / ラ / レ / ・・・)をあてて 《語ラ−レ》を得る。すなわち
③ 人ハ 文ガ 語ラレ。
こうなれば 関係主題格(文ガ)は 属格(文ノ)に格下げされ別様に相活用することも出来れば さらに関係賓格つまりこのとき与格(ニ)に相活用していくこともできる。
④ 人ハ 文ニ 語ラレ。
この《文ニ》は 与格からの派生として 処格(文ニオケル=分析例・1)でも 具格(文ニヨル=分析例・2)でもよい。
さらにここでの論述主題格の《語ラレ》は 主題体言としてよりは 論述用言として扱おうと思えば やはり自然生成相の補充用言(ル / ラ / レ / ・・・)を補充して 語ラ−レ−ル(または 語ラ−ル)を得る。
⑤ 人ハ 文ニ 語ラレル。
この用言述格に被動相(受け身)が現われるのは すべて結果としてであると考えられる。そのために 文として据わりの悪い例文をも取り上げて検討した。
7−48 いまの文例に さらに次の分析をも想定して付け加えることができる。
T1ハ | T2ガ | T3ヲ | T4ニ | T5=P | T6=P |
---|---|---|---|---|---|
人ハ | 人ガ | ○ | 文ニ | 語ラ | レル。 |
中心主題格 | ↓ | ○ | ↓ | ↓ | ↓ |
○ | ↓ | ○ | 属格化 | 体言化 | ↓ |
○ | ↓ | ○ | 〔文ノ〕 | 〔語リ〕 | ↓ |
○ | 主格 | ○ | 主題体言= | =対格 | 述格 |
○ | 〔人ガ〕 | ○ | 〔文ノ= | =語リヲ〕 | 〔受ける〕 |
- 仮りの英文例:
- Man suffers his own speech.
- suffers :〔下に運ぶ〕
- Man suffers his own speech.
7−49 すなわち文生成の始原的な過程だと考えられる絶対提示形式〔T1+T2+T3+・・・+Tn(=P)〕を想定すれば 主−賓−述などの格関係は いかようにもというほど自由に分析・解釈することができるものと思われる。
7−50 文表現における格知覚ないし格活用について 以上のように考える。
(つづく)
*1:与格ニの用法の分類→吉田金彦:古典を読むための助詞辞典 〔《国文学 解釈と教材の研究 1984・6月臨時増刊号》pp.180−181〕にもとづいて整理したもの。文例は そのまま再録している。