第九章b
全体のもくじ→序説・にほんご - caguirofie050805
第九章 能格構文をめぐって
(生成形式としての基本文型:AハBガC の一般性――かんたんな言語類型論――のつづき)
第九章 能格構文をめぐって AハBガCなる基本文型の一般性について もくじ
§31 ウラルトゥ語の能格構文:→2005-09-19 - caguirofie050919
§32 エスキモー語の能格構文とまとめ:→本日
§32 もう一言語として エスキモー文を取り上げる。おおむねウラルトゥ文と同じ能格言語を形成しているのであるが 両極(日本文と英文)の間の・しかも第三種としての位置づけに 幅を持たせてくれるのではないかと思われる。
32−1 他動文の構造にかんして エスキモー文は ウラルトゥ文と似かよっている。ちがいは アラスカ・エスキモー文の特徴として
① 中立格(←T1)に活用標識がないこと(→A-0)
② 能格(←T2)に 日本文と同じような属格用法(Bガ⇒Bノ)があること
である。
絶対提示: | T1 | T2 | T3=P |
---|---|---|---|
相認識: | 中心主題格 | 関係主題格 | 論述主題 |
日本文: | Aハ | Bガ | C |
・ | ↓ | ↓ | ↓ |
能格言語: | 中立格 | 能格 | 述格(V)-主格(S)-対格(O) |
ウラルトゥ文: | A -ni / -0 | B -ŝe | Cシタ-B’ガ-A’ヲ |
エスキモー文: | A-0 | B-m | Cスル-B’ガ-A’ヲ |
〃 | 絶対格 | 関係格 | 述語部(V-S-O) |
32−2 エスキモー文での中立格は つねに活用標識がないから――つまり無標識を活用形態としているから―― 絶対格(A -0)と呼べる。大きく能格構文という文法の中でも ウラルトゥ文では 中立主題格(A-ni)とよび エスキモー文では 絶対主題格(A -0)と呼ぶことができる。
- ただし ウラルトゥ文でも 中立格(A-ni)は 無標識(A-0 )の場合がある。
32−3 ウラルトゥ文の能格(B -ŝe ←T2)は 他動文にのみ現われるので 日本文のBガ=関係主題格と同じであるとは言いがたい。つまり幅が狭くなってしまっている。エスキモー文の能格(B -m)は 属格活用を兼ねるという一点で 幅広くなっている。関係主題格のBガにも 属格活用が見られる(誰ガ為ニ)。それゆえ エスキモー文の能格を 関係格とよぶこともできる。
32−4 具体例で考えておきたい。
32−5 《男ノぼーと》を 日本文で
男(B)-ガ‐小舟(B1)
と 関係主題格・ガを用いて言えるとすれば エスキモー文の能格(関係格 B -m)にも 同じような表現の形式ないし力がある。
32−6 まず 語彙として
- angut: 男・人
- angyaq: ぼーと(boat)
これらは 語幹であり そのまま名格体言である。文中に置かれれば 中立格(絶対主題格A -0)になっていく。
32−7 男ノぼーと は次のように表現される。
主題提示層: | B-m(関係格) | B1 |
---|---|---|
〔ESK-1〕: | angut-em | angya |
直訳: | 男‐ガ(ノ) | ぼーと |
- この場合 B1は次のようにも表現される。
B1:angyaq-nga=ぼーと‐彼ノ x ソレ(所有主格x被所有物)
32−8 angut-em(男‐ガ)には つなぎの母音 -e-が入っている。e =/ ö /。
angyaq → angya (ぼーと)という変化は ここで末尾の -q を 発音上 落としている。複雑なほうの表現例( angut-em angyaq-nga )はあとまわしとする。
32−9 用言の一例として まず次の語幹がある。
- kipuc- :買ウ
(c =/ チ(tj)・ツ(ts) /)
32−10 いま 《男ガ ぼーとヲ買ウ》の他動文は 次のように言い表わす。
基本文型: | Bガ | Aハ | C |
---|---|---|---|
〔ESK-2〕: | angut-em | angya-0 | kiputaa. |
分析: | 〃‐関係格(能格) | 〃‐絶対格(中立格) | 用言述格x法活用 |
32−11 angya (= angya-0 )は 無標識であるから 絶対格(中立格)である。その限りで ぼーと(A)ハ男(B)ガ買ウ(C)の文型に近い。(語順は違っている。)なおまた このときの関係格(能格) angut-em は 動作主格であって 属格活用ではない。
- 男(B)ガ ぼーと(A)ハ(→ぼーとヲ) 買ウ(C)。という構成である。
32−12 そしてただし 論述Cが ウラルトゥ文と同じように それじたいの中に Cスル‐B'ガ‐A’ヲという主‐賓‐述の三項展開を形成している。
語幹 kipuc- 買ウ→
〔ESK-2a〕:kiputaa =[彼ガ(S)‐ソレヲ(O)‐買ウ(V)]
32−13 まず kipuc- に -aa がつくと 末尾子音 -c- が 発音の便宜上 -t- に変わる。
32−14 -aa は 最初の -a- が 用言のふつうの法判断形態(たとえば直説法・平叙法)を表わすためにつけられた補充用言であり あとの -a- は 主格( 3 sg. )および対格( 3 sg. )を表わす代名接辞である。
32−15 たとえば この kiput-a-a の全体で《買ウ( kipuc- )‐彼ガ( -0- )‐デアル( -a- )‐ソレヲ( -a )》の如くなっているという。
32−16 この論述部( kiput-a-a )も そして他動文の全体〔ESK-2〕もウラルトゥ文の場合とほとんど同じ能格構文であると言ってよいだろう。
32−17 次には 中立格(絶対格 A -0 )が そのまま 自動文の主格になりうる。
主題提示層: | A〔ハ〕 | C |
---|---|---|
〔ESK-3〕: | angyaq | mikkuq. |
直訳: | 〔ソノ〕ぼーと〔ハ〕 | 小サイ。 |
32−18 すなわち中立格=絶対格( angyaq-0 / angya-0 )は 文例〔ESK−2〕で 中心主題格(Aハ)と対格(Aヲ)とを兼ねるようだと捉えたその格活用(無標識)である。
32−19 mikkuq は mik- が 小サイという状態用言の語幹。そこから
mik-k-u-q-0
と分析されるように 成り立っている。
32−20 述格用言の平叙法活用(その補充用言)は 他動相の -a- (例: kiput-a-a の最初の -a- )とちがって ここで -u- である。
mik + u > mik-k-u
のように -k- が重ねられるのは 発音の便宜による。小サイtiisaiをチッサイtissaiと言うが如く。
32−21 そこへ -q がさらに添えられる。状態用言(小サイ)の自動相を表示するという。平叙法の補充用言 -u- も自動相のためだと考えられるが これだけでは足りないらしい。
32−22 また 自動相用言( mik- )の述格( mik-k-u-q )に対応する主格が表示されなければならない。このばあい 三人称単数(つまり ぼーと=angyaq )としては ゼロ標識で示される。
〔ESK-3a〕: | mik | -k-u | -q | -0 |
---|---|---|---|---|
分析: | 語幹 | 平叙法 | 自動相 | 主格(3sg.) |
仮りの直訳: | 小(ちい) | ‐サ | ‐イ | ‐〔ソレガ〕 |
32−23 したがって この自動文でも 論述部に主‐述の格関係を表示する形式である。すなわち
論述部:〔他動文で〕 S‐V‐O / 〔自動文で〕 S‐V
といった能格言語の文法である。ひとつ面白いのは そのとき自動文では あたかも一文全体として AハBガCの構造に似かよっているということである。
〔ESK-3〕: | angyaq | mikkuq | -0 |
---|---|---|---|
直訳: | ぼーと〔ハ〕 | 小サイ | -ソレガ(ソノ形ガ) |
文型: | Aハ | C | Bガ |
32−24 §32−7で残した課題として 関係格(B-m)が 他動主格としての能格になるほかに むしろ体言の格活用の一つとして属格(ノ格)になるというばあい 詳しくは次のように分析される形態であるようだ。
文型: | B‐ガ | B1 |
---|---|---|
〔ESK-1’〕: | angut-em | angyaq-nga |
訳: | 男‐ガ | ぼーと‐彼ノ‐ソレ |
・ | ○ | ①ぼーとハ‐彼ガ‐ソレ。 |
・ | ○ | ②ぼーと。←彼ガ←ソレハ |
32−25 まず 関係主題格Bガにつながりを持つと思われる関係格(B-m = angut-em)は 他動文の動作主格(つまり能格)でもあるから この一語で 《男ガ持ツ何カ》つまり《男ノ持ツ何カニツイテ言オウトシテイルノダガ》と言い出しているのであろうか。B1のほうに焦点をあてたい。
32−26 このB1( angyaq-nga )一個の部分の中にも A・B・Cの三項展開が含まれていると思われる。接辞 -nga には 所有主( 3 sg. )と被所有物( 3 sg. )とが指示されているという。もしそうだとしたら 〔ESK-1’〕での解釈例①か②かのように分析されるかも知れない。
① A(ぼーと)ハ B(彼)ガ C(ソレ=物)=ぼーとハ彼ノ物。
あるいは
② A(ソレ)ハ B(彼)ガ C(ぼーと)=ソレハ彼ノぼーと。
32−27 不案内であるが そこまでとする。ただし 属格関係の表現として 上の〔ESK-1’〕が必ずしも特殊ではない。能格言語でなくとも たとえばトルコ語では 次のように表現している。
- ben :私
- ev :家
- kapï :戸
ここで 私ノ家( ev-im )や 私ノ家ノ戸を言うために 次のごとく表現する。
(1)《私ノ家》:
〔TRQ-1〕: | ben-im | ev-im | |
---|---|---|---|
訳: | 私‐ノ | 家‐我ガ | :私の我が家 |
(2)私ノ家ノ戸:
〔TRQ-2〕: | evi-im-in | kapï-sï | |
---|---|---|---|
訳: | 家‐我ガ‐ノ | 戸‐其ガ(ソレノ) | :我が家のその戸 |
32−28 エスキモー文の補論として。ソノ男ノぼーとハ小サイという文例は 次のように表現される。
〔ESK-4〕: | angut-em | angyaa(= angyaq-nga ) | mik-kuq-0 |
---|---|---|---|
訳: | 男‐ガ | 小舟 | 小サ‐イ‐ソレガ |
分析: | (格下げ→属格) | 絶対格A〔‐ハ〕 | C‐○-B(=A)ガ |
32−29 能格言語として類型的にウラルトゥ文と同じ文法だと考えられるエスキモー文について 次の二点を特に見て来た。
(1)能格(B-m )が 関係格とも呼びえて 属格(Bノ)に成りうるということ。そしてこれが 日本文の関係主題格(Bガ)とつながりを持つのではないかと考えられること。
(2) 一定の文の全体として 主題提示層を保った三項展開によるAハBガCの文型が 能格言語にかんしても 一般性を持ってかかわっているのではないかという点。
これらについて重ねて追究してみた。
32−30 バスク文も能格構文に基づいているので それを含めてあらためて まとめてみる。
文の生成: | 第一主題T1 | 第二主題T2 |
---|---|---|
日本文: | A-ハ / A-0 | B‐ガ |
・ | 中心主題格⇒①主格②対格 | 関係主題格⇒①主格②属格③文条件詞(逆説接続詞) |
エスキモー文: | A-0 | B-m |
・ | 絶対主題格⇒①自動主格②対格 | 関係格⇒①他動主格②属格 |
ウラルトゥ文: | A‐ni / A-0 | B-ŝe |
・ | 中立主題格⇒①自動主格②対格 | 能格⇒他動主格 |
バスク文: | A-0 | B-k |
・ | 中立主題格⇒①自動主格②対格 | 能格⇒他動主格* |
*(註)バスク文の能格は 基本的に他動主格であるが ただし受動文(≒自動文)でもそのまま一種の主格に立つ。
32−31 バスク文の能格( B-k )の但し書き(*)について かんたんに触れて終えよう。
32−32 人間ハ誰ガ造ッタカ / 人間ハ誰ニヨッテ造ラレタカ?という文例。
文型: | A-0 | B-k | C |
---|---|---|---|
〔BSQ-1〕: | Gizon-a-0 | nor-k | egin-a da ? |
訳1: | 人-ソノ-0 | 誰-ガ | 造ル-ソノ ソレハ〜ダ |
訳2: | 〃-〃-0 | 誰-ニヨリ | 造ラレタ-モノ 〃 |
分析: | (人)-定冠詞-中立格 | (誰)-能格 | (egin)-定冠詞-《S-V》 |
32−33 この能格形( nor-k )には 可能性として三通りの解釈が考えられる。
① 他動主格( 誰ガ)
② それ①に対応する自動文としてのあり方(誰ニヨリ)
③ 属格(誰ノ〔-造リ〕)
あたかも これら三つの分析例にまたがるかのようである。
32−34 その前提で 語句どおりに仮りに解してみれば
人間( Gizon )トイウモノ( -a ) ソレハ( da の一部)→
→① 誰ガ( nor-k )造ル( egin-a )ナリヤ( da の一部)?
→② 誰ニヨリ( nor-k )造ラレシ( egin- )モノ( -a )〃?
→③ 誰ガ(=誰ノ)( nor-k )造リ( egin-a )〃?
32−35 egin- は 作ルを意味する用言で 原形(語幹)である。あるいは不定法活用形である。これが 原形として 受動相をも帯び得る。いわゆる過去分詞としての相認識となる。そのことに呼応して 上の三通りの解釈形式が この能格構文に現われるかに見える。仮りに英文で対応させるなら
〔BSQ-1a〕: | egin | -a | da |
---|---|---|---|
語の訳: | make / made | the | it-is |
→解釈例
① it-is 〔who-〕make (《who-make》という一種の体言扱い)
② it-is made
③ it-is the make(或いは whose-make)
32−36 能格構文はこのように S-V-O構文にぴったりあてはめるものではないばかりでなく AハBガC文型にも必ずしもすっきり対応しないとすれば その揺れやあいまいさは 両極(英文と日本文)からながめた場合なのであって 能格言語じたいにとっては きわめて明確なそれ自身の文法に則っているということなのだと考えられる。そう見なければならない。
32−37 言語類型論としては 関係主題格(Bガ)が 賓格の副次的な主題(B1ヲ; B2ニなど)を再分節していると見るからには 能格構文としても他の諸言語の構文としても 対格(B1ヲ)だけではなく 与格(B2ニ)に変化した場合をも 検討してみなければならないはずだが これで一区切りとしたい。
32−38 もしこれらの理解にあやまりがなければ 言語類型にかんしてそれは 文の生成形式(T1+T2+・・・・+Tn〔=P〕)またはそれの三項展開としての基本文型=AハBガCという形式が 一般的な目安となると考える。
32−39 言いかえると そのいくつかの類型は 文の基本構造を説明するものとしては 次のような差異において捉えられる。
(1) 中心主題格(Aハ)および関係主題格(Bガ)が それぞれ性格内容(相認識)を変化させ 一定の発展した形態や規則を作ったり(⇒能格言語) またはすでに解消させていたり(⇒S-V-O構文)する。
(2) それは取りも直さず 論述Cの内部的な形態変化――発展・再編成――を伴なっている。論述Cじたいの内部に 主(S)-賓(O)-述(V) の論理的な基軸格関係を形成し 形態的にも表示するようになることである。ここでも 特に能格構文とS-V-O構文とが 一定した二つの類型を形作っている。
(3) そうして (1)(2)いづれにかんしても さまざまな中間種が ただしそれぞれに一定した文法を持って 自らの言語を形作り 自らを現わしている。
以上のように考えられる。
- 参考文献は のちにまとめて掲げます。