caguirofie

哲学いろいろ

単独行より

目次
1  単独行より
2  STRANIERI
3  アポロンの生誕

〔二十歳代後半 その歳にもかかわらず思想が固まっていない時に書いたものです。〕

〈単独行より〉

 αλφα

       あの永遠に
 身を委ね・・・
 静やかな祭りのあした
 朝焼けの空に誘われ
 赤や黄の樹樹枯れ果てて
 愁い顔落ち葉敷きつめる
 晩秋の山についばむ


 ふもと道 径端の畑
 扇成しかぼちゃ成る畦
 土匂う畔の生け垣 
 赫赫と竹堤燈は
 彼岸花鬼火と燃えて
 竹薮の笹音聞こえて
 ボレロ舞う緑の大群

 
 林間の歩を寒々と
 森閑の山にかそけく

 どんぐりの堅果転がる
 落木の下に癒せば
 腐食する檪の葉片
 葉脈を遺す枯葉は
 化石成す古代模様に
 寂光の香りを映す
 山林の息澄み渡る


 葉に歩して山渓上り
 キャラバンに清流弾み

 羽鳥峰の峠を登り
 伊勢の海街道沿いに
 故里の囃しを眺め

 旅の空蒼天高く
 旅の雲行雲白く
 山行の想い新たに
 憂愁の単独行に
 郷愁を退けかねて
 愁い色うつらうつらと
 旅の山夢に現われ


 沢下り渓流上り

 今日は!里の声聞き
 今日は!里の声発し

 山蛭の迎えるがまま
 ちぎれ雲白に誘われ

 山頂の途極め
         ああ
 ひとり立つ三角点は
 透きとおる薄陽を浴びて
 
 ・・・・山眠るとき
 永遠の
 空間は
 広大な
 刹那よぎり
 陽光の
 氷雨降る
 絶頂の
 奈落の底

        残月の
        かなたに
        蒼く
        秋の
        陽は
        薄く
        儚く
        至点
        俟つ


 βητα

 有為の山雲すでに行き
 水寒く時は移ろい
 荷を投げて檪の蔭の
 落合いに拠を占むれば
 落ち葉の堆積を縫い
 黄昏の翅を光らせ
 かねたたき独り這い出で
 触角の長きを揺らし
 変身の姿を躍らせ



 黄昏のあわいを縫って
 永遠の虫の世界に
 落日は落木を染め
 薄明かり光翻し
 明暗のドラマ暗転


 変身のかねたたき伏す
 天幕の燭光取り巻き
 混沌の闇立ち籠める


    混沌の女神立つああ
    神殿の黒き前庭
    真っ黒の川の畔りの  
    すべりひゆの花黒の下
    背を丸め肩をすぼめて
    触角は闇にからまり
    ただひとり這いつくばって
    ただひとり劫罰(ネメシス)を待ち
    モイライ(女神)の機嫌伺う
    この身
         あのうすばかげろうの
    翼さえあああったなら
    エロス産み山並みを越え
    天翔けて過ごした・・・
    この足にすべりひゆの根の
    力さえおお・・・
    エレボス(幽冥)の底に潜って
    扉閉ざし暮らした・・・

 今はただフォマルハウト(北落の明星)の
 落ち沈むこの闇のなか
 アケロン(暗河)のこの谷合いに
 渡し待つ行列のなか
 じっと立ちその日数える
 その身おお〔アハスウェルスよ〕


 γαμμα

 宵越しの祭りは明けて
 東雲の赤く射す日は
 枯れ草に朝露燃やし
 飯盒に枯木焚きつけ
 またひとつ飢えを凌いで

 雨乞いの山に登れば
 天照す神々隠れ
 黒風の雲の幕りは
 音もなく漂い流れ

 天風に翅はそぼ濡れ
 竜骨は砕け散り去り
 行きなずむ山の雲雲
 行きなずむ川の水水
 足なずむ空を見上げ
 足なずむ里を見下ろし
 行きなずむ旅の想念
 行きなずむ旅のキャラバン
 足泥み日日を数えて
 その身
      おおあの永遠に
 身を委ね
 
 δελτα  まどろみながら
 川岸に砂を盛り積み
 渡し守(カロン)の眺望を睨み
 霧払う彼方を眺め
 まつろわぬ旅の輩の
 沈黙の最後の《 oui 》を
 叫ぶ人の
        声零れ落ち
 軽やかに漂い流れ
 

 水溢れ足場を削り
 帰り道沢を下るおお
 キャラバンよ

   *      *       *
        

〈STRANIERI〉

 目の鮮やかなサルタンバンコ
 三角帽子のサルタンバンコ
 トビリシはどうだった?
 次はトラブゾンかい?
 サルタンバンコの口紅が舞って
 サルタンバンコの微笑みが揺れる
 馬車の家のサルタンバンコ
 車輪が軋むよ サルタンバンコ
 弟が泣いているよ サルタンバンコ
 継母が怒っているよ サルタンバンコ
 顎が綺麗だ サルタンバンコ
 ミニが素敵だ サルタンバンコ
 悉曇文字のお通りだ 
 雨は嫌いだ サルタンバンコ
 踊る幌の中で
 明日の心を占っておくれ
 サルタンバンコ おまえの耳輪が傾いて
 おまえの黒髪が回るよ
 ごらん あれがロードスだ
 海の向こうに 年が明ければ いるよ
 さあ 馬車を降りて
 サルタンバンコ ごはんにしよう
 鼻の大きなサルタンバンコ
 サルタンバンコのマントは小さい
 ベルガモの城は 懐かしいだろ
 明日はウシュクダラまで走るか
 サルタンバンコの頬が染まる
 真赤な夕陽に サルタンバンコ
 明日の心はもう出たかい?


 

アポロンの生誕〉


 砂の海に
 立ち込めた
 陽炎が
 しなやかな身体を
 くゆらせ
 ボレロを舞い
 魔法使いの鏡の中で
 か細い腰を
 さらに細めながら
 昇天してゆき
 なおも激しく
 また登り始めたかと思うと
 異教の寺院で祈る
 娼婦のように
 長々と寝そべり
 半透明の捩じれを
 駄々をこねながらも
 あたり一面に散らして
 晴れ上がるとき


 虹色の南の風が立つとき


 一群れの鳥が
 はばたき始め
 次からその次へと
 一気に翔けのぼり
 うず高く浮かび上がり
 さらに翔けのぼり
 瀕死の陽炎を追いかけ
 ふたたび急降下し
 みたび舞い上がり
 チョコレート色の翼一杯に
 そよぐ風を浴びて
 砂の海を
 去ってゆく


 ひと群れの
 うずら

 初夏


 
 遊鳥の旅団は
 約束の地に向かう処女のように
 陽炎の去ったあとの
 ガラス張りの大陸に
 褐色の肌を晒しながらへばりつき
 自ら締めつけた喉の奥から
 γ線の叫びを叫ぶスフィンクス
 時の忘れ子スフィンクスらに
 今年も別れを告げて
 地球の斜角をよじ登り
 神々の住む
 オリュムポスの峰峰を目指して
 北へ向かい


 回帰への旅路をさまよう陽炎を
 やさしく両の手で包み
 その亡き骸を陽の神に捧げて駆ける
 南の風に 
 乗っかって


 アフリカに絡みつく
 ニルの大蛇が
 幾千の首を伸ばし
 重たい水煙を吐き出す
 焦げ付いた都を
 過ぎ去って


 踊り出てゆく
 大洋 
 地中海に



 海は 
 大蛇が静やかに注ぎ込む 
 ファラオの
 (ルクソールあたりの大遺体か)
 ファラオの
 しめやかな永劫の涙を
 ひと粒残らず飲み込んで
 怠けものの黄牛が
 反芻を楽しむ如く
 ゆっくりと
 自らの胎内を
 回遊している


 苦い輝きを発する
 オリヴの小枝を
 口にくわえ
 いくつもの
 色とりどりの乳房を
 軽やかに
 掻きくすぐってじゃれ飛ぶ
 白茶色の鳩が落とす
 五羽六羽
 八羽九羽の
 影を浮かべ
 青い肌の鏡面は
 初夏の陽光を浴び
 恥づかしげに
 輝き伸びている

 
 常にも増して大きな下腹部を
 南の風にやさしくさすられ
 過ぎ去った秋の 
 ゼウスとの恋を
 新たに偲び
 空を翔け
 空を翔けながら
 生まれ来る一羽
 そして多分もう一羽の
 雛鳥の前にしのび寄る危惧を
 そっと両の羽根で覆い
 覆いながら新たな不安に
 その子らの父の
 厚い庇護を祈る
 レト


 レトをまん中に
 渡り鳥の群れは
 オリュムポスの神妃ヘラ
 ヘラの嫉妬を思いやって
 顔を見合わせ
 見合わせながら
 五月の青を
 抜けてゆく


 五月の青を抜け
 はるか下に広がる鏡面の青に
 想い出を映し
 言葉の葉脈が
 まだその形を現わさないまま
 樹樹が
 熱い蒸気をささやく
  海原から伸び茂る昔を
 ゼウスがまだゼウスでなかった昔を
 映し
 卵巣の海に葦の小船を浮かべ 
 櫂を漕ぐ手に赤い戦慄を覚え
 たじろぐ身と溶ける心が
 ない混ざり
 深海のシレーネーを聞く頃


 ヘラの嫉妬は
 夫ゼウスの新しい恋人レトの
 レトの異国の肌の侵入に怒り狂い
 この陽の下にその混血の出生は
 ならぬと固く誓い
 喚き散らし
 異性と交わらず自ら産み落とした
 目にも鮮やかな巨竜ピュトーン
 ピュトーンを放ち
 世界の黄昏の地にまで
 遣わし

 
 神殿デルフォイの守護者
 ピュトーンは
 殺し屋の長身を引きずって
 海に浮かぶ大小の乳房を縫い
 のっそりと這い進み
 背の鱗粉に
 澄み渡った鏡面の
 まばゆいばかりの
 輝きを閃かせ
 ひっそりと上空を窺い
 季節の女神の
 はからいの中に渡り来る
 一羽の臨月のうずら
 待っている


 渡り鳥の恐怖は
 今静かに内から突きのぼり
 レトは
 海底を這い来る
 ヘラの潮流を
 素早く見届け
 湧き上がる優しさの
 捩じれを撚り戻し
 陽の神ののぼる地陸の
 褐色の血の前途を清め
 長音と短音の山並みに包まれた
 ギリシャの地平に
 覚悟を飲み込んで


 山々のクレータの
 35度を
 遂に越え


 のちの聖なる島
 デロスを取り囲む
 キュクラデスの
 小さな島々に
 さしかかり


 のちに東方のフェニキア
 王女エウロペ
 一頭の白牛に姿を変えた
 神々の神ゼウスの
 背に乗って
 里を去り
 青い海を渡るとき
 たどり着き
 迷宮クノッソスの王となる
 ミノスを
 産み落とす島
 クレータをうしろに


 のちに姿を消した
 エウロペを追って探す兄
 カドモスがたどり着く
 三日月模様の島
 テラをまえに


 突如 一撃の疼痛が走り


 のちにカドモスの娘
 セメレとゼウスとの子
 酒神ディオニュソス
 葡萄園を開く島
 ナクソスを通る頃


 月足らずの陣痛が
 激しく襲い


 はるか遠く
 半島ギリシャの先に
 細長く口を開けた湾
 エウボイアから
 島アンドロスの松林と
 島ケオスの果樹園の間の
 水門を抜けて
 近づいて来る
 一連の不気味な鱗光を
 見つけ
 黒曜石の島ギアロスの陰に
 逆鱗が隠れたとき


 ひと群れは
 音もなく 
 隊を崩し
 南の風に
 身重のレトを包み
 そっと
 白い島ミュコノスの
 太陰暦のなかに眠る
 小島デロスの分島
 オルテュギアに
 降ろした 


 うずら(オルテュックス)島


 増進した疼痛を引きずる心のどこかを
 そこに吸い込まれる気にさせる
 紺青の海に囲まれ
 その波ひとつない水面に
 いまにも飛び込みそうな絶壁と
 不毛の丘陵のほかには
 ないオルテュギア
 島を実を結ぶことなく
 見渡して
 岩陰に下りると
 すぐに母体を離れ出た嬰児
 アルテミス
 姉アルテミスは
 見る見るうちに
 山の端からのぼる月のように
 満ち
 石苔の褥の母レトを伴い
 満潮の力を力として
 オリヴの鈍い色に映える
 明晰の島
 デロスを目指し
 海の狭間を
 渡る

 その淡い緑白の花が
 ――二つのとがった嘴の
 両頬を潤わせることに――
 歓待の香りを放つ
 小森のなかに
 生い茂るオリヴの
 木陰に
 急をしのぐ


 一組の母子の発する
 クウェッ クウェッという叫びは
 それぞれひと塊の礼砲となって
 一羽の神の生誕を
 傷むように祝うように
 小森を舞い上がっては落ち
 紺碧に鋭く穴をあけ


 弾痕が
 やがて茜色に染まり


 遠く山腹に聖域をたたえた
 パルナッソスの山々に
 夕焼ける陽塊が入り
 勢いを増して
 あたらしい現出を痛む
 夜を明かし
 昼を過ごし
 夜を送り   
 光明がななたび・やたび
 南の至点を駆け
 さらに一夜が明け 
 背後には石筍と石鐘乳が芽を吹く
 キュントスの山を従え
 オリヴの小森の果てる海辺には
 母と娘には
 故里を想い起こさせる
 なつめ椰子の群れを飾り
 キュクラデスの漁民が作り上げた
 白い獅子像を配置して祝う
 デロスの島に
 生まれ来る一羽のうずら
 ペルソナを捩じる
 九日の動転と
 九夜の反転の後
 姉アルテミスの見守る
 母レトの傍らに
 巨神太陽の射る第一の矢を受けた
 赤い肌のアポロン
 七ヶ月の早生児



 生誕を待ち受け
 地中海にひとり
 浮きさまよって来た
 島デロスには

 二対の三柱
 南の風をもたらす 
 序と義と和の季節の女神と
 糸を紡ぎ・分け与え・断ち切る
 運命の女神との母テミスが
 見守り
 海神ポセイドンの妻
 アンピトリーテーが
 オリヴの森を揺らす
 微風を運び
 父なる神ゼウスの母神
 レアが駆けつけ


 まだ見ぬ歓びの中に
 取り上げ
 異国の水を注ぎ
 麻布の純白に包み
 紐の黄金で結び
 結ばれたアポロン
 養母テミスのもとに
 運命の女神
 クロートの紡ぐ 
 ネクタールを飲み
 ラケシスの分け与える
 アンブロシアを食し

 四日目の朝が訪れるとき
 竪琴と弓矢を取って
 立ち上がり
 祖母たちの愛の豊饒の中に
 対象のない恐怖を覚えた
 己れを掻き鳴らし
 打ち放ち
 子午線をひとり
 北へと向かう


 ピュトーンの鱗粉に揺れる
 鏡面を下に見て
 琥珀の道をたどり
 未踏の回帰線を跨ぎ 
 北の風のかなた
 凍河エーリダノスの流れ込む
 極洋
 白い夜の国へと



  そこは昼も夜の国だった。
  谷合いの橄欖が香りを そして 遠くの入江が潮風を かろうじて流し込んでいるが 谷にはいつも深い霧が湧き立ち 背後の山は 裸岩ながら険しい鉄面皮をさらしており 陽炎の国とは そして 周囲の地平とも まるで 隔絶された小宇宙だった。


  竪琴を一本 鳴らすと 陰画紙のなかであえぐ愛のように 闇のとりもちに引っかかって 怪しげな死を死んでしまう。
  ここが デルフォイだった。


  神域は 断崖の一角 斜面の急にこびりついている。よく見ると 双つの鈍い赤の岩壁は 獲物を前にした龍が揉み手をする双舌を想わせた。岩壁の赤や 裸山の褐色や 下方の濃緑が 空のはやした霧の鬚の透き間を漏れる光線に映えている。

  プルルンと 地球の臍に立って アポロンは また ひと鳴らしした。かつてゼウスが地球の両端から二羽の鷹を飛ばして それらが落ちあったところが この地だと言う。その民族の中心が固まって生まれたピュトーン。

  異邦人アポロンは この巨龍と戦わねばならないと思う。
  地球のへそに立って プルルンとかき鳴らすと 三つになったアポロンは 魂がかすかに弾むのを感じ 弓矢を握る手に力がはいった。奉納や宝物殿が軒を連ねる神域を静かに歩いていった。

  霧の障子がかすかに開いて 外の世界が見え隠れするなかに いま登ってくる途中 背の羽根を清めて来たカスタリヤの冽泉が光っている。
  きらきら光る泉の岸にも 臍から湧き上がる大地の岩漿が取り巻いており 岩漿は 谷合いを流れる小川のせせらぎの中にも 間歇的に障子をたたく西の風の音の中にも 地霊の呪文をささやいている。
  
  山を巻いて登る小径を進むと 岩陰に怪しい窪みが見え その中から大地が息をする噴気が上がっている。母レトの話すには デルフォイの巫女たちは 聖なる裂け目と呼ぶこの岩陰で 湧き上がる灰褐色の噴気を吸ってそのペルソナを脱ぐのだと。地霊の吐く言葉を着るのだと。この噴気こそ ピュトーンの息の根にほかならない。
  片方のサンダルを脱いで 進んで行った。
 
 (完)
(photo=Delphi(Delphos))