caguirofie

哲学いろいろ

シャルル・ボードレール Charles Baudelaire

もくじ
1 読者に(Au Lecteur)
2 鬱(Spleen)
3 交感(Correspondances)
4 日課を終えて(La Fin de la Journée):(以上 本日)
5 取り憑かれたるたましい( L'irrémédiable) :-2010-12-06 - caguirofie101206

1 読者に(Au Lecteur )

愚かさやあやまち 罪また吝嗇が
こころを占めて人を悩ませる。
人は乞食が覚えず南京虫を飼うように
ほほえましいほど悔恨に餌を絶やさない。


罪は頑固で人の悔いはだらしがない。
人は告白の報酬をたっぷりととりながら
その安っぽい涙で汚点はすっかり洗い流したと信じつつも
道のぬかるみに陽気にもまた足を踏み外す。


病める人の枕元に来てその魔法にかかった心をいつまでも
寝かしつけるのは魔王トリスメヂストである。
人の貴き鉄の意志も
すべてこの大化学者の手にかかれば蒸気と化す。


糸をつけて人を操るのはこの悪魔だ。
人からはずれる事ごとに人は誘惑を覚え
嫌な顔ひとつせず悪臭を放つ闇を渡って
一日一日地獄へとその歩をすすめて行く。


老いた娼婦の苦しみにひからびた乳房を貪る
貧しくも放蕩を重ねる者と同じく
その途上で人は一個の古いオレンジをきつく絞るように
秘密の快楽を盗み取る。


蛆虫が数えきれずうようよひしめくように
人の頭の中では悪魔の一団が酒盛りをする。
人が息をしようものなら鈍い呻き声とともに
いとも密かに死神が呼気を伝って肺の中へもぐりこむ。


もしまだ強姦や毒 短刀 放火などがその快い模様で
諸君の運命の平凡な麻布に
刺繍を施していないとしたら
それは諸君の魂はあわれ本当は大胆奔放でないということだ。


それにもかかわらず人の悪徳の汚らわしい家畜小屋の中の
鳴き吼え立て唸り這い回る怪獣
山犬 豹 猟犬
猿 蠍 禿鷹 蛇の中で


それはひときわ醜く悪意を持ち汚らわしいものだ。
それが大きな身振りもなく大きな叫びも出さないからといって
それは訳も無く天地を引っくり返して残骸のみとし
ひと欠伸のうちにこの世を呑み込んでしまえるものだ。


それとは倦怠である。心ならずも一滴の涙を目に浮かべ
それは水煙管を吹かしながら処刑台を想い浮かべている。
諸君はこの気むづかしい怪物をご存じであろう。
偽善者の読者――私の同類――私の胎(はら)からよ。

2 鬱(Spleen:Quand le ciel bas et lourd pèse comme un couvercle)

倦怠の永きに捕らわれ呻くこころに
天空が低く重たく垂れかかるとき
天地(あめつち)の端線残らず取り巻きながら
昏黒の夜より暗く陽ののぼるとき


この土地がじめじめ濡れた土牢と化し
こころ期す望みもいつしか蝙蝠と化し
舞い往くも臆する翼壁に突き折れ
飛び立つも軒の腐敗に頭打つとき


降る雨が千条(ちすぢ)落として格子張り
広漠の獄をこの世に現じ出すとき
一群の唖の卑しい蜘蛛が巣を張り
奥深く私の脳に網を打つとき


鐘々が怒り極まり突如爆裂
恐るべき怒号響かせ天に刃向かう
頑なに萎れながらも啼き呻き出す
祖国なく彷徨い歩く精霊とともに。


鼓なく楽の音もなく柩車の長蛇
緩やかに私の心を練り歩く。希望
拉(ひし)がれて沈み 残忍暴虐の苦悶
弔黒の旗を私の頭蓋に飾る。

3 交感(Correspondances)

自然はひとつの神殿で 生命の柱が
混沌とした言葉を時折り洩らしている。
人は 親しげな眼差しで迎える象徴の
森をよぎってそこを過ぎ行く。


夜のように広くまた昼のように広い
闇の 奥の混一の中に遠くより
混淆して聞こえる長い反響のように
香りと色と音が互いに交感しあっている。


それは幼な児の肉のように新鮮で
オーボエの音のやさしさに似た 草原の緑の香り
――また別の 腐って豊かな勝ち誇り。


龍涎 麝香 安息香また焼香のように
限りないものの広がりを持ち
精神と感覚の夢中を歌う香り。

4 日課を終えて(la Fin de la Journée)

蒼白い光の下でわけもなく
走ったり踊ったり身を捻じ曲げたり
ふてぶてしく騒々しいわが人生。
やがて 地平線に


飢えさえもみんな和らげ
恥ぢさえもみんな消し去り
官能の夜が登れば
詩人は直ちにみづから語る。《やっと


精神も骨と同じく熱烈に
休息を神に祈っているようだ。
こころには悲痛な夢があふれるも


身は仰向けに横たえて
転がってゆこうおまえの帳(とばり)の中へ
おお爽やかな 冥界よ。》