ヨブの結論は 《義無きを以って義とす》(親鸞)
1. ▲ (Job 42:6 ) עַל־כֵּן אֶמְאַס וְנִחַמְתִּי עַל־עָפָר וָאֵֽפֶר
▲ (KJV)
Wherefore I abhor myself, and repent in dust and ashes.
▲ (口語訳 1955) それでわたしはみずから恨み、ちり灰の中で悔います
▲ (新共同訳 1987 ) それゆえ、わたしは塵と灰の上に伏し/自分を退け、悔い改めます。
2. 《 abhor myself // みずから恨み / 自分を退け》と訳された語(動詞)《 מָאַס》(マーアス)について《等閑(なおざり)にする》と採るほうがよいという研究に接した。
△ 山吉智久:ヨブ記42章6節をどう解すか――ヨブ記におけるヘブライ語(מָאַס)をめぐって―― 日本聖書学研究所:聖書学論集 47 2016 所収
3. 詳細をはぶくならば 《自分をしりぞける》(新共同訳)というのは 《人間たる自分が 人間の義を・そしてましてや神の義を 認識しようとし 詮索し忖度し議論するといった意志行為を なおざりにする》ということのようだ。(山吉氏の意を勝手に採ったもの)。
4. ということは 信仰をめぐっては:
▼ (親鸞) 義無きを以って義とす
☆ と言うのと同じおもむきである。となるようです。
5. 原文では この動詞マーアスの対格目的語がないので 意味を採るのに困るようです。
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מָאַס
Transliteration
ma'ac
Pronunciation
mä·as' (Key)