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哲学いろいろ

韓国語は日本語のルーツか?(2)

もうひとくだり そうだという説に対する批判をかかげます。
万葉歌の解釈例を取り上げます。
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 ○ 原文: 大納言大伴卿歌一首  未詳
   奥山之 菅葉凌 零雪乃 消者将惜 雨莫零行年(巻三・299番)

 ○ 訓読: 大納言大伴卿(おほとものまへつきみ)の歌 一首 未だ詳らかならず
   奥山の菅(すが)の葉しのぎ降る雪の消(け)なば惜しけむ 雨な降りそね
 〔現代語訳(中西進):奥山の菅の葉をおおって降る雪の見事なことよ。消えてしまったら惜しいだろうから 雨よ降るな。〕

 ○ 李寧煕解読:ギムメジ(野良仕事なす) ワンニムダル(王君たち) ショージャショーセ(休もう 休もう(あるいは 休まれよ)) ウマクヨンソルネ(小屋も不慣れよ(下手なことよ))
 (著書 p.152以下)
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 (1) 
 ◆ 【李寧煕解読】:奥山之=ギムメジ
 ☆ これは全体で《草取りをしよう》という勧誘する一文になると思いますが 
 ◆ 【李寧煕解読】:ギムメジ=野良仕事なす〔王君たち〕
 ☆ のように 次の句に連体修飾するかたちで読めるのでしょうか?


 (2) ギムメは 《草除り》だけではなく そのまま《田草除り》が意味され さらには一般的な《野良仕事》をも表わし得るでしょうか?


 (3) 
 ◆ 菅葉凌=ワンニムダル=王君たち
 ☆ これは 《葉=二プ》だと思われる。全体として 《ワンニプタル》のようにしか発音されないのではないか?
 そのときには 《王君たち》の《君》の意味は出てこないと考えられます。
 奥山の大木(これが 宮廷の重要人物を示唆する)の《葉》に喩えた(p.164)という前提を初めに置いたから 《葉=イップ・ニップ→ニム=君》という読み渡りをしなければならなかったのではないか? 苦しいと思われる。


 (4)
 ◆ 消者将惜=ショージャショーセ=休もう 休もう(あるいは 休まれよ)
 ☆ 消は 当時においては シャウの如く 将は チャング・シャングの如く それぞれ日本語における借用漢語としても読まれたのではないか? 惜を シェキのごとく読んでもよいかも知れないとしても。


 (5)
 ◆ 雨莫零行年=ウマクヨンソルネ=小屋も不慣れよ(下手なことよ)
 ☆ 《小屋》と《不慣れ》という二つの言葉が ふつうは結びつかないように感じます。
 《しかし この小屋も汚いな。下手くそな作りだな》(p.156)という意味合いがどうして出て来るのか 分かりません。
 《休もう 休もう(あるいは 休まれよ)》のあと 《小屋――不慣れよ》と言っているというとき もしそうだとすると 話し手が明らかに代わっています。そういうやり取りを 一首のうたの中に読みこんでいるということでしょうか?
 ということは 歌の詠み手(大伴卿)から 《休もう》と語りかけられた《王君たち》は そのあとこれに応えて 《小屋の作りが下手くそだな》と語ったことになっている。ということでしょうか?


 (6) 
 ◆ ウマクヨンソルネ=小屋も不慣れよ(下手なことよ)
 ☆ 言語によっては この《も(も又)》という言葉は それを言葉として表わさなくても 並立させ対比させるという文脈では その意味が出ることがあるのかも知れません。知れませんが 一般に日本語では この《も》は必要です。
 《小屋〔は〕 不慣れよ》と《小屋も 不慣れよ》とでは 意味合いがかなり違ってくると言うべきでしょう。日本語では この情況で《も》がないとおかしい。韓国語では 用法が違いましょうか?


 (7) もしここで 《も》を入れて解釈するなら (1)と考え合わせて どういう意味になるでしょうか。草取りの手つきが下手だと言われた王君たちは 休憩の場所である小屋に対して こう言いかえしたということでしょうか?
 《そうは言うが この小屋も下手な作りだな》と。


 (8) そうだとすると 一首全体としては まだ意味の上からして 坐りがわるい。締めくくりがはっきりしない。それに小屋は もともと《作りがわるい》ものであって 王君たちがひとこと言葉を返すとすると せいぜい《この小屋も汚いな》というところだと思われます。
 そのように注釈がつけられているようですが けれども ソルネという言葉にこの《汚いな》という意味があるのでしょうか?


 (9) 
 ◆ 詩の展開において 一貫する主題を示すリフレインで作者は 〈なっていない〉〈なっていない〉とくりかえしているわけ(p.156)
 ☆ だとしますと このウマクヨンソルネも 作者(大伴卿)の語る言葉になります。そしてこの場合には 《小屋も汚いな。下手くそな作りだな》と 作者が語ったのだとしますと これはただ作者が 農民に対してあてつけを語ったことにしかなりません。
 作者が自分を含めてかどうかを別としても 王君たちの休む場所としては 《なっていない》と語ったことになります。
 ◆ 柔軟で遊びには熱心な《王君たち》の饒舌が 歌の行間から聞こえてくるような気がします
 ☆ が
 ◆ 同時に作者の苦々しい思いもよくにじみ出ています
 ☆ ということには ならないのではないか? 農民にあてこすりを言ったということだけでは 作者の思いは出てこないのではないか?
 はっきりしませんが 次に継ぎます。


 (10) もし
 ○ 草取りをしよう 王君たち。ああやっぱりその手つきも腰つきもなっていないな。もうよい。休もう 休まれよ。それにしてもこの〔休み〕小屋も なっていないな。
 ☆ という全体の意味あいが読めるとしますと 一方ではなるほど その《勧農日》などと思われる社会的な背景や王君たちのその場の情景や あるいはこれを見て批評する作者の思いなどが 読みとれます。それはそれで分かります。けれども他方では 歌として――ひとつの定型歌の全体として――あまりにも言葉とその意味が分散している。あるいは拡散している。
 言いかえると そのような場で実際に言葉のやり取りや批評が為されたとしても それと同時に これをわざわざ歌にしてうたうという意図が よく飲み込めません。農民へのあてこすりといった一面を前項で触れましたが その点も 中途半端になっています。
 つまり 《野良仕事なす王君たち いとも不慣れよ。休もう 休もう》の部分と そして《小屋も不慣れよ》の部分とが つながりません。


 (11) 解釈をあまりにも読む人びとの想像力にゆだねてしまっている。定型歌としては もう少し工夫やおもんぱかりがあるはずではないでしょうか?
 ◆ 《〔王君たちは〕まるで奥山に菅を植えたようなものだ》と吐き捨てながら そうであるため なおかつそう軽やかに詠ったのでしょうか。とすると まことにずっしり重い歌なのですが(p.157)
 ☆ という解説を読んでも しっくり来るものがありません。もしその解説は 仮りにその場の歴史的な背景説明として合っていたとした場合 それとして納得したとしてもです 歴史的な事態のひとこまとして納得したとしても この定型詩また文学作品として いったいどう読めばよいでしょう? という疑いと問いとを発しなければならなくなるように思います。