caguirofie

哲学いろいろ

国家

無くせますよ。

 ただし話し合いをすすめなければいけません。どこまでも どこまで行っても どれだけ行っても なおどれだけ行っても 話し合いを持ち続けなくてはいけません。
 しかも説得しなければなりません。説得力を持たねばなりません。

 かつてJ.-J.ルウソという人間は 《国家を無くせ》とまでは言いませんでしたが 《自然人》であることを提唱しました。
 話し合いを怠るなら そのルウソの影響のもとにそうであったようにフランス革命の恐怖政治に陥らないとも限りませんから 《対話 対話。一にも対話 二にも対話。三四も対話。五も六も》だとお伝えいたします。

 ▲ (エミール・冒頭)〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 万物をつくる者の手をはなれるときすべては よいものであるが 人間の手にうつるとすべてが悪くなる。
 Tout est bien sortant des mains de l'Auteur des choses, tout dégénérère entre les mains de l'homme.

 ▲ (同上・第一編 岩波文庫p.31) 〜〜〜〜〜〜〜〜
 自然の秩序のもとでは 人間はみな平等であって その共通の天職は人間であることだ。・・・両親の身分〔* やその職業〕にふさわしいことをするまえに 人間としての生活をするように自然は命じている。生きること それがわたしの生徒に教えたいと思っている職業だ。
 ▲ (同上p.28) 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 社会状態にあって自然の感情の優越性をもちつづけようとする人は なにを望んでいいかわからない。
 〔* そこではすでに何もかもが人間の手に移ってしまっている《社会状態ないしその意味での文化状態≒経済社会》においては〕 たえず矛盾した気持ちをいだいて いつも自分の好みと義務とのあいだを動揺して けっして人間(* つまり生活者市民のこと)にも市民(* またはいわゆる公民)にもなれない。自分にとってもほかの人にとっても役にたつ人間になれない。それが現代の人間 フランス人 イギリス人 ブルジョワだ。そんなものはなににもなれない。

   * (bragelonne 註) 批判や否定しているのでは 必ずしも ない
   ようだ。引用ついでに もう少し つなぎましょうか。

 ▲ (pp.28−29承前) 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 なにものかになるためには 自分自身になるためには そしてつねに一個の人間であるためには 語ることと行なうことを一致させなければならない。
 その人は人間(* むしろ自然人=市民)か 市民(* 公民=つまり選挙権を持った市民)か あるいは人間であるとともに市民であろうとしてどんなふうに行動するかを知るために そういうすばらしい人間をだれか示してくれるのをわたしは待っている。

  * とは言うものの 次のように処方箋を書いている。

 ▲ (p.30)〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 もし 人がめざす〔* 自然および文化という〕二重の目的が一つにむすびつけられるなら 〔* 社会的な文化=経済状態にある〕人間の矛盾をとりのぞくことによって その幸福の大きな障害をとりのぞくことになる。

 そういう人間を知るためには すっかりできあがったその人間を見ることが必要だろう。その人の傾向を観察し 進歩をながめ その道程をたどっておくことが必要だろう。

 一言でいえば 《自然人》を知らなければならない。この書物を読めば その研究においていくらか前進したことになるだろうとわたしは信じている。 
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 ☆ ルウソを読めということではありません。(ヰキぺディアなどの紹介くらいなら よいかも知れません)。
 説得の仕方にもいろいろあるでしょうから 一歩一歩ということをお伝えしました。

 * ★ 世界政府――☆ という次元での共同自治の方式は わたしは考えていません。次元を上げれば人びとはついて来るかと言えば どうでしょうか? 分かりませんが それはいま考えの中に上がって来ません。