caguirofie

哲学いろいろ

#55

全体のもくじ→2004-12-07 - caguirofie041207

第二部 踏み出しの地点

§11−11

わたしは 文化人類学一般が時代の注目を浴びるようになったからでないなら 山口昌男その人が注目を浴びるそのわけは この《知の遠近法》をよんで 知ったように思われた。《本の神話学 (1977年) (中公文庫)》》も重みがあったが ちょうどわたしがこの《現代の思想》でやっているように 出発点のあたり または 踏み出しの地点のあたりでの思索をあつかい その後どうのように船出していくのか まだ分からないという段階だと思われたから 《知の遠近法》のほうで たしかにそこでは 船出の潜在力が感じられたから わたしも注目してみたいと思った。

  • 考察の領域とか対象とかの点では わたしの議論も むろんその限りで明確な提言をおこない十分条件をみたそうとしたつもりであるが それでも 抽象論のそしりをまぬかれ難い性格を ひきずっていると思う。

ここに 批評を書き出してみたら この船出の潜在力は まだ どこかで――というか その全体が 膜でおおわれてのように―― 閉じられているのではないかと 批判することになった。
こんなこと 言っても始まらないだろうけれど 一人の余録として。
本の神話学 (1977年) (中公文庫)》で 一つだけよくわからなかったのは 古代ユダヤ教キリスト教もしくは 旧約と新約との聖書じたいを どうとらえているかという点であった。聖書をただ教養書として もしくは神話学とか文化人類学の一つの文献としてのみ あつかっているように思われた。それはそれで 一つの立ち場だが ユダヤ人やその思想(生活態度)を重視するわりには 聖書のあつかいが 通り一遍のものであるようだと。近代人の眼をとおしてこそ重視するというのなら 全体の論調は トリックスターなどの民俗のこと以上に 近代人の歴史知性をやはり 重視していなければならないであろう。もっとも こういった論点は ジラールの問題でもあって あまり議論の一般にはなじまない。だから いづれにしても もう深入りしない。
文化人類学への招待 (1982年) (岩波新書)》という書物を読み始めたときには 比較民族学の基礎知識の問題でなければ この人はいったい何を 言おうとしているのかと あやしんだのだが 最後まで読みすすむと アジア社会とアフリカ社会〔といったふうに視点を 思想の 既成の土壌とか場とかのことを おさえようとしているのだと分かった。また 男の女に対する関係といった主題が 同じその二つの社会の対比といった視点に重なっているから いわゆる人間学に焦点をあて そこから出発しようといているのだなと。
この《招待》では 迂回生産(基礎研究)をどこまで さかのぼらせるかで 言ってみれば あせっている読者にとっては 問題があるとも考えられたが(つまり その需要を満たしがたい) その点では 中村雄二郎との共著《知の旅への誘い (1981年) (岩波新書)》にも 同じことが言えるのではないか。それは 極論してしまえば 本を読めと言っているにすぎないと思われたから。
文化と両義性 (岩波現代文庫)》は 取り立てて新しいことが書かれているとは 思わなかった。基礎知識の裏づけ(必要条件)を あたえているわけだ。
《知の遠近法》は 読むすすむにしたがって その前半の諸章では これは 新しく踏み出された現代思想である よってわたしは これの描く軌跡を 見守っていればよいと〔消極的にいえば〕感じたわけだが 後半へいくと まだ頂上にたどりつかないまま 下り坂になったように思われた。全体として見て もう進水式は準備が完了している しかも船をつなぐ綱は切って落とされないと言わざるを得ないと まとめなければならなかった。その結果であった。
余録として主観を綴り続ければ 《道化の民俗学 (岩波現代文庫)》には 失望したわけである。従来の歴史学の知の形態に引導を わたすという心意気は感じられるが 《遠近法》の第九章・周縁性の歴史学に向かってに対する批判(§11−7)でも考えてきたように 進水式の準備段階で 仲間や 敵・味方を別にして研究関係者やに対して まだ 設計がああだこうだ 燃料がどうのこうのと しかも古い概念による新しい知の形態によって 触発の文化をうながそうとしているように 思われた。
これは 回帰しようとしている・あるいは 〔古い軍隊用語でいえば〕転進しようとしていると わたしには思われたのだが 考えてみれば――ひるがえって考えてみれば―― たしかに 進水式の準備を万全に整えることは とうぜんの作業であるのかも知れない。
と ここまでが わたしりの山口昌男評である。この章は 中途半端のままである。
(つづく→2008-02-11 - caguirofie080211)