caguirofie

哲学いろいろ

故き墓地にて

紫の毛虫の朝のつゆ知らず鬼百合を喰うわがるりたては


照源寺の 裏山の端の
草深き 林の中の
木漏れ陽の 明るい墓地は
少年の日 蝉網かつぎ
幾段も 石段登り
松の木の 回廊巡り
松の木の 黒き鱗に
目を凝らし あぶらわしわし
鳴く中を 息を凝らして
たどり着く 静寂宿す 石の神殿


武士(さむらい)の 領主の家の
代々の 戦勝碑の
列なる間 商家の主の
近代の ひとり大きく
横たわる 真白き墓標
苔生す 角の欠けた碑
黒ずむ 蔦のからまる
古代の碑 八月五日の
灼熱の 陽の神の射る
光の矢 木の葉突破り 銀石貫く


明るく 照り輝く
光線は 鋭く反射
取り囲む 樹々の闇中へ
蝉時雨に つのる静寂
蝉時雨に 流れる静水
るりたては ひとり翔け入り
水柱から 水中花へと
すいすいと 銀鱗きらきら
ひらひらと フランス松露に
舞い降りて 神殿にまた 静寂降りる


ああ時よ止まれ 蝉吟の
中にこのまま 静水の
中にこのまま るりたては
おまえとふたり 身を浸す
みやまはなごけ 中空の
黄色い繊維で 松露囲み
のきしのぶの奥 ゆきのした
薄黒緑の 葉の蔭に
一羽見つけた 華奢な翼
めいととんぼ 複眼の 目を配り


すべりひゆ 白く地を這い
らっぱ花 うまのすずくさ
匂い吹き 黄色く赤く
光浴び まつよいぐさの
花しぼむ ねなしかづらは
葉もつけず 卵の実を連れ
高く舞い 亀の割れ目の
紅の花 あかまつの群れ
蔓を呑む かつらの老木
緑の髪 皮縦に裂け 誇り高く立ち


すぎひのき 通直の幹
ねじり裂け おおやまざくら
淡紅色 高つきの木は
オリエントの 図案を見せた
樹皮模様 どこからともなく
樹々を縫い 礫のごとく
入り乱れ 追いつ翔び交い
迷蝶の 群れ翔着し
仄暗い 木の間を流れ
絵のように おながあげはは 振袖揺らす


山女郎 じゃこうあげはは
半月の 橙の紋
きらめかせ 芳香放ち
叢に 見え隠れつつ
敏捷に あおすじあげは
水を吸う 闇の翅閉じ
下に垂れ 樹間に止まり
くろあげは 静かに眠り
落葉の 堆積の上に
紛れ翔ぶ 萌黄色に じゃのめの異様


ああるりたては 迷蝶の
群れの中翔び ひとり翔び
紺紫の 鮮やかな
翼悲しく 舞い上がる
梢の中に 隠れつつ
再び松露に 舞い降りる
輝く夏の 空の下
静寂の淵 白き縁
花から密へ 泳ぎゆき
やまゆりの群れ 招きつつ 咲き乱れ


ああるりたては 彷徨(さすらい)の
いまは風蝶 前(さき)の世の
この神殿は 思い出せ
おまえの故郷 梵語記す
卒塔婆の横の 緑の葉
黒紫の 斑点の
紅花びらに めしべひとつ
おしべ幾つか 空に向け
高く突き出す おにゆりは
幼いおまえに 乳与え 育てた根


蛹虫に やがて脱皮し
態を変え 発香鱗を
輝かす いまのおまえの
思い出せ 優しき乳母
るりたては 今は成虫
態を変え 蛹の世界は
死を隔て 触れえぬ世界
おにゆりの 恩つゆ覚えず
故里の 空の下にいま
故里の 水はうまいか 密は甘いか


夏休み うだる昼下がり
照源寺の 裏山の端の
墓地に来て 木陰にまどろみ
蝉の声 再び聞くとき
風に乗る 経文誦む声
途切れ聞き 交じる木魚に
我に帰る 森の頂に
松涛の さわさわさわと
耳かすめ 蝉網かつぎ
目を凝らす 松のうろこの つくつくぼうし