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哲学いろいろ

秋津遺跡 大型建物群跡発見 

ヤマト王権の重要祭祀施設か
毎日新聞 11月24日(水)20時6分配信

奈良県御所(ごせ)市の秋津遺跡で、古墳時代前期(4世紀前半)の大型建物群跡が見つかり、県立橿原考古学研究所が24日、発表した。珍しい構造の塀で囲まれた国内最大規模の区画の中に、4棟が規則的に並んでいた。同研究所は、ヤマト王権の大王か有力豪族が重要な祭祀(さいし)を行う施設だった可能性があるとみて、文献の少ない「空白の4世紀」を考える上で重要な成果だとしている。

 昨年5月から約1万8500平方メートルを調査し今年1月、方形区画の一部を確認したと発表。これまでに区画が六つ見つかり、いずれも杭(くい)を打ち並べた溝の内外を、2〜3メートル間隔で打った丸太で押さえる特異な構造の塀で囲まれていた。最大の区画は南北50メートル、東西48メートル以上と国内最大規模で、内部に南北13.5メートル、東西7メートルの同じ大きさの大型建物跡4棟が、方位をそろえて規則的に並んでいた。掘っ立て柱建物跡と竪穴住居跡も計52棟確認された。


 区画内からは生活に使われる土器がほとんど出土せず、北側の川跡に供物を置く高坏(たかつき)など祭祀用具が大量に捨てられていたことから、橿考研は「内部を清浄に保ち、祭祀を行った施設の可能性がある」とみている。


 中国の歴史書魏志倭人伝」は3世紀の卑弥呼(ひみこ)、「宋書倭国伝」は5世紀の「倭の五王」について書かれているが、4世紀の記述はなく、古代史上「空白の4世紀」とされる。


 この施設で誰が祭祀などを行ったかについて、学者の間からは▽ヤマト王権▽5世紀に大王(天皇)の外戚(がいせき)として栄え、この地域を支配した葛城(かづらき)氏につながる豪族−−などの見方が出ている。