caguirofie

哲学いろいろ

ロビンソンの方舟

ロビンソンの方舟 
   ――à Simon Bolivar――



ロビンソンの孤島に波が立ち
帆がはためいている まだ
三日月だというのに


ロビンソンの孤島に雪が降り
帆柱は雪にうづまってしまった
太陽が山羊座に入って さらに
南へ 黄道をそれたのだ


北東の貿易風がはるか氷舌を運べば
オリノコがプロテスタントの流氷を
吐き出し 目前に戦陣を張る


ぼろぼろの方舟は
ゴンドワナランドのクレヴァスに
赤道海流に洗われて為すすべもなく
漂っている


バルロベントの列島は
白いロザリオとなって
のろまなリャマがその上を
蟹たちの合理に追われて
逃げ惑うのが見える


城に閉じ籠もる
ロビンソンの足元へ
砂漠が四肢を伸ばして凍結の
時間が流れゆく 氷塊の
ように大洋を


フライデーは失意のうちにうづくまって
カリブの歌をささやいて


オウムよ
インディオの寡黙よ
この雪の下で
私と一緒に冬を越すのだ
旋風も流氷もエクアドルを越えることは
あるまい

   *


魔法に蝕まれた孤島に
中世の虚構を刻んでいた


その刹那は一切の対極が
はなばなしく放電している


砂糖の中にブレンドされた
奇妙なコーヒー詩編


叙事とあまたの瞑想のカルナヴァーレ
ときにエロティシスムと威厳


雪の降る熱帯の占星師のように


禁欲を装った島が中年に達して
北緯九度の山頂に横断幕を張った
一変して砂のベッドに横たわり
波が奏でる娼婦のおしゃべりを聞く
隣の大陸のニュースをさすりながら


イングランドに残してきた架空の妻を
想う 今ごろは脚気で入院
しただろうか
空の化粧をながめながら横断幕の
PR文を考えるに
この倦怠も今日はこれで
暮れるだろう



ある昼下がり 娼婦の波音が止んだとき そっと 丸木舟を
出してみる フライデーの歌に促され島を発って この世で
ただひとりくどいた女と結ばれると信じた男 海は べた凪
のテーブルクロスをまとい ゆったりとタバコをくゆらせてい
る 遠くに氷塊がはねた


痛ましい あまりにも痛ましい
煙を呑み込む白い空を見上げながら ひとりふとつぶやくと
ぼくは 波に揺れる方舟を後にする
倦怠の鎖がはづれたようだ


それは一瞬のできごとだった 背後のアマルガムを砕かれた
鏡ながらも ちょうど鏡面を表返すかのように飛び交う流氷
をはねのけていた 櫂を持つ手に力が入る オリノコの蛇が
大きく口を開けて 大陸の内臓をむき出しにしていたそのと
きだ この河をのぼらねばならぬと思ったのは トリニダー
ドを流し目で見遣り過ぎていたのだ


オリノコのデルタを漕ぎ行くのだ
迷宮の流れをのぼり ぼくは 一頭のガリヴァーに変身する


   *


時折り 自転にはじかれた
河岸にもやっている難破船に出会う
彗星のように大西洋を回遊してきたらしい
双つの焦点にもはじかれながら


滅ぼそうとする者が
同時に
滅ぼされる者である世界
アンティリャスを根城にしてきたクレオールの難破船が語っ
た舵を夕飯の火にくべながら


  ――《彼はもう待たない》ですか?


とぼくの横断幕を見て船長がつぶやいた


  ――矛盾の血に帰るべきなのですかね?
  ――いや その日までここで待つために戦うためにです


と答えた
船長はたそがれの仮面を脱ぐと 三人の騎士に化けた
櫂をひと掻きすると
ひと掻きの水の抵抗の中へ河面へ
騎士たちは互いに争いながら
消えていった


ぼくは
新しいページをめくったのだ
難破船を越えオリノコをのぼりながら
月が西日のように傾いて舟の影が
長く水面に伸びるとき