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哲学いろいろ

たゆたえど沈まず

たゆたえど沈まず( Fluctuat nec mergitur. )


     水晶球の中のコップの中に入った私の中のパリ


花の都 パリ 朝まだき
曙の 初日のいまだ
届かぬ頃 層を成して居並ぶ
石の蔵が 処々に四角く
斑点の 灯りを仄かに
浮かべる頃 どぶねずみらの
走り去る ヴァンドームの
暗窟の 天井高く
ひとり立つ 円柱の上に
ひとり立つ 英雄の像 絶頂悲しき


簡素にして 単調を避けて
造りたる 広い暗窟
アルドアン・マンサールの名を
この国の 趣向とともに
留めおく 簡潔の美
ジラルドンの 王の騎馬像も
今は喪く 世紀を閲し
英雄の オステルリッツの
戦勝碑 青銅の砲は
いや高く 円い柱と 今変わり果て


幻の歩兵 騎馬兵は
列を為し 広場の門(かど)に
さしかかり 向こうの門には
市民の群れが 十四世の
像を持ち去り その名を世界に
轟かす その名を歴史に
轟かす 右に左に
揺れ動き 熱く大きく
揺れ動き 世紀を跨ぐ
民族の 大革命の 姿が蘇えり


腐敗する 旧き封建に
憤り 第三身分は
今起って 無でありすべての
火を掲げ ヴェルサイユへと
燃え迫る 暗窟を抜け
大空が ほの薔薇色に
染まる頃 河の畔の
コンコルドの 革命広場に
出てみれば 王も王妃も
早や刎ねられて ただオベリスクが 天を仰ぐのみ


西北の 女神の像の
片隅に 囚人車から
降り立って《余は無実の
罪で死ぬ 人民よ 余の
血 故国の 礎たらんことを・・・》
東寄りの 台の階段で
執行人(くびきり)の 足を踏み 今
その美貌も 白髪の中
《ごめんなさい わざとしたんでは
ないんですの・・・》 王は一月 王妃は十月

血しぶきを 水しぶきに代えて
方尖の 石塔の上に
三千年 太陽神(ラー)の眼差しは
静やかに 流れを見守る
ミラボーが逝き マラーが襲われ
ダントン ロベスピエール
露と消えて 恐怖の餌食の
マダム・ロランは 最期の叫びを
象形の 碑文に留める
《ああ自由 その名の下に 多くの罪が・・・》


ラーの前に 断頭のドラマを
広げる前 七月十四日(ル・キャトルズ・ジュィエ)
バスチーユに 砲弾が降るとき
この砲火が ガリアの地から
膝元に 飛び散るのを恐れ
諸国の王は 都に向けて
その花を 摘み 根絶やそうと
旧き時の 栄えある魔手を
忍ばせれば 今遥かに見る
凱旋門が 友軍を送る 九十三年


浄土が原(シャンゼリゼ)・大通りを行き
この門(アルク)に たどり着けば
進軍の マルセイエーズの
勇姿が浮かぶ 《起て祖国の
友よ今 栄光の秋(とき)は
近づいた 専制の軍は
血まみれの 旗を押し掲げ
野戦場に 暴虐がどよめく・・・
武器を取れ 友よ市民よ・・・
進みゆけ 我れらが田野を 血に染めても・・・》


月日は経ち 霜月(ブリュメール)の殴打も
今は昔 執政を経て
皇帝の 十年も過ぎて
バイロンも 見放し離れ
諸民族に 自由解放の
火も消えて ワーテルローから
遠島の 失意もさらに
形喪く 王ルイ・フィリップ
イギリスより 引き取り受ける
遺骸が一つ 軍服を纏って 凱旋帰国


千八百四十年の
年の暮れ 十二月の
十五日 粉雪の舞う
肌寒い この冬の日に
砲車に乗って 大凱旋門
潜り抜け 哀しみ迎える
幾万の 市民の群れに
大軍団(グラン・タルメ)は 皇帝の歩みを
静かに 廃兵院(アンヴァリッド)まで
付き見守る 大革命の パリの光彩


ヴィクトール・ユゴの国葬
戦さのとき 第一次には
連合軍の 勝利の行進
第二次の 勃発とともに
陥落の 苦悩を味わい
アルマンの 鉤十字(ハーケン・クロイツ)が
門をくぐり レジスタンスの
勇士は起ち 解放の日へと
火を燃やす やがて朝陽を
面に受ける 栄光(トリオンフ)は 再びアーチをくぐる


朝陽の刺す 浄土が原を
行進の 中に再び
引き返し コンコルドを過ぎ
チュイルリ ルーヴルに着く
右正面に ノートルダム
ゴチックが見え またオベリスク
返り見る 《臥せる女(ラ・ファム・クーシェ)》と
顔伏せる《女(ラ・ニュイ)》の見守る
彩色の カルーゼルの門の
浮彫りに 三帝会戦を また喚び起こす


石を踏んで ドゥノン門から
宮殿(ルーヴル)に 足を入れる
光の刺す 大踊り場に
サモトラケの 勝利(二ケー)の女神を
横に見て 上がり進めば
大構図の 戴冠式
参列する ダヴィッドとともに
ピオ七世 僧侶 議員ら
将軍ら 列席と共に
英雄の ノートルダムの 戴冠式


厳かに 英雄は今
中央に 立ち横に向き
帝冠を 目の前に高く
捧げ持ち ローマの帝国
皇帝(カエサル)の 後を遥かに
今襲う 旧い慣例は
火にくべて 法王庁
赴かず パリの寺院に
皇帝(アンプラール) 自らの手で
冠を こうべに戴く 戴冠式(クーロヌマン)


ヴァルミーの 解放の成った
農民の マルセイエーズの
歌による 撃破に始まり
馬に乗る 世界精神は
征服の 中に現われ
征服に 自らを保つ
帝冠は 名誉にかかり
名誉は 戦勝にこそ
天上より 降り来たった炎は
戦いに 燃え戦いに 悲しく沈む


式を終え 隣りのギャラリー
モナリサは 微笑みの中に
コルシカと セントヘレナ
バスチーユ そしてウィーンを
結ぶ糸を 魅惑で包む
宮を出て 岸辺沿いに行けば
シテ島は セーヌに浮かぶ
パリの船 すべてを織りなす
パリの糸 カエサルは逝っても
波に揺れ 船はたゆだえど ここに沈まず


舳先より 新橋(ポン・ヌフ)を渡り
パリの船 シテ島に乗り
鈍い青の 流れをながめ
船縁に 歩を進めれば
幽愁の コンシエルジュリは
二つ黒く 三つ重たく
円塔の マストを突き出し
ギロチンの 夜を浮かべて
フランスの 史を遡る
艫(とも)に来て 聖母寺の前 に時を遡る