caguirofie

哲学いろいろ

#10

――源氏物語に寄せて または 観念の資本について――
もくじ→2006-07-08 - caguirofie060708

章一 《光源氏‐空蝉》なる対関係――ナルキッサ空蝉批判――

・・・《身分の差異は すなわち 対関係の不成立》という一観念が 提示され 確認を求められる。一般に このことは――すでに触れたように―― 《自らの境涯をわきまえた自己抑制の精神》として 肯定的に 評価されている。このような反論の立ち場である。
しかし われわれは まず この観念ほど 自己抑制の精神からほど遠いものはないと考える。それは 従って 市民社会の動態性に抗するものだとさえ考える。なるほど 市民社会の動態性――その階級関係の新たならせん状の発展――は 共同体関係もしくは社会形態の次元において 政治的な手続きを経なければならないであろうが 一定の共同体関係(社会体制)のうちにおいても 対関係の領域(スサノヲ圏)は 本来何ものにもまさって活動的な過程が展開されると言わなければならない。そのために 政治――共同自治――はあるのだから。既存の共同体関係を突き破るのは この対関係の形成へのモメント以外にないとさえ言わなければならない。このモメントは しばしば 偶有的・偶然的である。 

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