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哲学いろいろ

哲学的論理学(英: Philosophical logic)は有用ですか?

https://oshiete.goo.ne.jp/qa/9671941.html

No.2
回答者: stomachman 回答日時:2017/03/15 10:59


質問2
 ブール代数は命題論理のモデルなので、モデルを命題論理と同一視できる。
曖昧論理や様相論理、量子論理も、結局は(集合論上の)数学でモデルを作
って意味論を与えるんだと考えれば、同一視できるでしょう。

そもそも集合論は、「等号を含む一階述語論理」に「集合論の公理」を追加
したものなので、「集合論の公理」を使わずに(等号を含むor含まない)一
階述語論理で言えることは、当然、集合論で全部言える。


 さて、 集合論の公理は、無限個の公理から成る。これを有限の体系に収
めようとすると、二階述語論理で記述する必要がある。このように、高階論
理は一階述語論理では言えないことが言えるのが値打ちなのだから、集合論
では扱えない。

しかし言いっぱなしではなくて高階論理で妥当な推論ができるように適当な
制限を加えようとすると、またしても集合論上で表現されるモデルに帰着し
そうであって、「いや、高階論理で妥当な推論ができるように制限を加え、
しかも(集合論に乗っかった)モデルでは表せないものがあるんだ」という
話は知らない。

1.
★ ブール代数は命題論理のモデル
☆ このときその命題論理についての真偽は 何が判断するのか?

つまり 哲学一般〔の論理〕か。それとも ブール代数〔を用いている人間〕
の論理か?

《モデル化》することと 命題について判断しておくこととは 別だと考え
られる。

そのあとなら つねに:
★ モデルを命題論理と同一視できる。
☆ らしい。


2.
★ 高階論理で妥当な推論ができるように適当な制限を加えようとすると
☆ このときにも 《妥当な推論をおこなうこと》と《適当な制限を加えたり
してその論理演算の文法に合うように演算すること》とは 分けて捉えられる
ように思える。


3.
★ 「いや、高階論理で妥当な推論ができるように制限を加え、しかも(集合
論に乗っかった)モデルでは表せないものがあるんだ」という話は知らない。
☆ つまり 《(集合論に乗っかった)モデルでは表せないもの》はないと言
っていると採るとき そのモデルは 命題としての真偽が固定したものになっ
たまま 演算の最後まであり続けるのだろうか?


つまり 初めの命題の真偽について――ふつうの哲学なら 再考し時には訂正
すると思われるが―― 最後まで最初に決まった判断のままであるのだろうか?


元に戻って モデル自体の訂正をおこない 最初からやり直すのだろうか?




▲ デジタル大辞泉の解説:ひ‐てい【否定】
https://kotobank.jp/word/%E5%90%A6%E5%AE%9A-7845#E3.83.87.E3.82.B8.E3.82.BF.E3.83.AB.E5.A4.A7.E8.BE.9E.E6.B3.89
[名](スル)
1 そうではないと打ち消すこと。また、非として認めないこと。「うわさを否
定する」「暴力を否定する」⇔肯定。
2 論理学で、ある命題の主語と述語の関係が成立しないこと。また、その関係
を承認しないこと。⇔肯定。
ヘーゲル弁証法で、発展の契機の一。→否定の否定
4 文法で、打ち消しの語法のこと。


5 論理演算の一。入力と出力を逆にする演算のこと。入力が「真」または「1」
ならば出力は「偽」または「0」となり、入力が「偽」または「0」ならば、出力
は「真」または「1」となる。
NOT(ノット)。コンピューターでこのような演算を行う論理回路においては、電
流が流れる場合を「真」、流れない場合を「偽」と対応させ、NOT回路などと呼
ぶ。

つまり:
▲ 入力と出力を逆にする演算
☆ をおこなう前に 命題について推論しその結果の真偽の判断をおこなう。そ
のことは 論理演算とは切り離して別の作業として成されるのではないか?

ねむりねこ 2017/03/21 12:17

こんにちは。


☆ このときその命題論理についての真偽は 何が判断するのか?
つまり 哲学一般〔の論理〕か。それとも ブール代数〔を用いている人間〕
の論理か?
◇「その複合命題が(論理学的に)真であるか偽であるか」を判断する、真偽値を計算するだけですよ。

☆ この《真偽値を計算する》の具体的な中身は 何か? が知りたいですね。
《真偽を判断する》という表現なら ふつうに一般的である。つまり ふつうの哲学である。のでは?

◇ 命題は真(1)か偽(0)か一方のだけの値を持っているので、これらの真偽値を持った命題を組み合わせて作った複合命題も真偽値をもつ。
この計算をするのがブール代数です。
命題間を∧(and)、∨(or)、¬(not)、⇒(ならば)などの関係(論理的な演算子)で結びつけ、これを演算規則に従って機械的に計算するというもの、その複合命題の真偽値を計算し、複合命題の真偽を判定するもの。

☆ ということは 《単純(?)命題》についての真偽は ふつうに哲学として判断し その結果を
真(1)か偽(0)か一方の値に置き換える・・・というだけのことなのですか?


◇ gooの教えての中には出てきませんでしたが、
ブール代数、ブール論理は、数ある古典的な命題論理の1つに過ぎませんよ。ですから、ブール論理はなにか新しい特別なものではないです。

書かれているもの、発言などに、論理展開に過ちがあるかどうか、その論理的構成が正しいかどうか、推論が論理学的に正しいかどうか
といったことの解明には役立つかもしれませんが、哲学的には、それほど重要なものだとは思わないですね。
 ――他人(ひと)の揚げ足とりには役立つ(^^ゞ――

☆ そうなんですか。だとしたら ブール演算であろうかなかろうが 命題を構築する・つまりその
真偽を判断する作業は 哲学一般だということになるようなのですが。


◇ そもそも、哲学を含めて日常語で語られるものは論理学になじまないですし、われわれの主張、言明などは、確定的に真偽が定まっている、論理学でいうところの命題ではないですから。

ですから、
大切なのは、結論、推論を過たないように、論理的であろうとする書き手、話し手の態度なんだと思いますよ。
そして、これは、文章のわかりやすさに通じるのではないでしょうか。

ちなみに、私は、論理ではなく、レトリック(修辞)を多用します。
論理が理性の説得術であるとすれば、レトリックは感性や魂に直接訴える説得術に違いないですから(^^ゞ

☆ ふむ。このくだりには ええとお応えすることになります。


〜〜〜〜〜〜
★ 高階論理で妥当な推論ができるように適当な制限を加えようとすると
☆ このときにも 《妥当な推論をおこなうこと》と《適当な制限を加えたり
してその論理演算の文法に合うように演算すること》とは 分けて捉えられる
ように思える。
〜〜〜〜〜〜
ブール論理は、(一階)述語論理以前の古い論理学ですから、基本的にブール代数は述語論理を扱えません。
ですから、
ブール論理で扱えるように、述語論理に制限を加えたり、ブール論理で扱えるように書き換えたりしないといけない
といった話だと思いますよ。

☆ ふむ。そうなんですね。


〜〜〜〜〜
★ 「いや、高階論理で妥当な推論ができるように制限を加え、しかも(集合
論に乗っかった)モデルでは表せないものがあるんだ」という話は知らない。
〜〜〜〜〜
☆たとえば、ラッセルのパラドクス。
http://mathtrain.jp/russell

http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%BB%E3%83%AB%E3%81%AE%E3%83%91%E3%83%A9%E3%83%89%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9

何でもかんでも集合とすると、パラドキシカルな事態に陥ってしまいます。

集合の上のメタ集合、さらに、メタ集合の上位のメタメタ集合・・・
といった具合で、本当に、メタメタになってしまいます(^^ゞ

☆ ここは まだ歯が立たない。(ほかでも そうですが。そもそも 高校で集合論を習わなかった)。
課題とします。


いつもですが ありがとう。