caguirofie

哲学いろいろ

この経験世界を超えたところ

――非経験の場と呼びますが――は 想定し得ますか
Q&Aのもくじ:2011-03-26 - caguirofie


1. ≪絶対≫は この経験世界には無いと言う。その概念は有ると言う。

2. では この経験世界を超えたところというのは 想定することができるか?

3. と言うよりも その≪非経験の場≫を≪絶対≫としてすでに想定したゆえに
この≪絶対≫だとか≪無限≫といった言葉≒概念が持たれているのではないのか?



4. 経験世界を超えているとは どういうことか? 

5. 絶対なる非経験の場は 経験世界を覆い包んでいると帰結される。非経験
として経験世界に あまねく存在(非存在)しているということだ。

6. これが 神の遍在として――初めの想定から辿り着て――理解されている
コトである。

7. つまり この非経験の場なる神は 経験事象としては 存在するとも存在
しないとも 人間が知り得ず 決めることの出来ない想定じょうのナゾである。

8. これが ≪絶対≫である。

9. そこから しばしばこれを擬人化して≪絶対者≫と呼ばれることがある。さ
らにはチカラないしそのハタラキに着目して ≪創造主≫と仮りに表現された。ま
た ただ表現の問題である。

10. それだけのことであり すべては 想定の問題である。




11. 経験世界を超えたところについて それは存在しないとわれわれ人間が
証明し得ないゆえに この想定があるのだ。

12. これが 人間の――生きる・そして共に生きる――条件である。天与ゆ
えに仕方がない。

13. したがって 想定を承けて神を捉えるならば それは ただひとつの普
遍神であらざるを得ない。≪絶対≫が 二つも三つもあっては困る。

14. 普遍神は 有るか無いか。人それぞれにどちらか好きなほうをえらんで
――想定じょう――受け容れられている。

15. 有神論も無神論も どちらも≪神と我れとの関係≫を示している。互いに
同等である。

16. 有る神としては さらに人(民族)によってそれぞれ互いに異なる名が
つけられている。

17. それだけのことだ。これが 神のからくりである。

☆ 初めに戻って あなたのお考えになるところを述べてください。