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哲学いろいろ

#40

もくじ→2006-12-23 - caguirofie061223

Dominus Flevit Church

Built in 1955 to commemorate the Lord's weeping over Jerusalem, Dominus Flevit features a beautiful view of the city through its distinct chapel window. Excavations during construction of the church uncovered a number of ossuaries (bone boxes) from the time of Jesus with numerous inscriptions.

第二部 ヤシロロジ(社会科学)におけるインタスサノヲイスム

第二十三章a アマテラス予備軍批判は インタスサノヲイストの《井戸端会議》によって 基本的に達せられる

――アウグスティヌスの《唯物論》――


関与不可能者が 《とりもち》のようにべたついて甘えてくるのです。これに対してわたしたちは いかなる危険もなく あの《追い詰められた弱い者のためいき》をつくことができる。《嘆くならば ますます嘆くに値いしないものとなり 嘆かないならば いよいよ嘆かわしいものとなる》と見えるからです。
きわめて幼稚な言い方で述べています。

しかもあなたに飢えていた私に供された食台は あなたのかわりに日や月を盛ったものであり たしかにそれらはあなたの美しい御業(みわざ)であるにしても あくまで御業であってあなたご自身ではなく 御業のなかでも第一等のものでもありません。霊的な御業のほうがこれらの物体的な御業よりも たとえどんなに天上的な輝かしい物体であるにしても すぐれているのです。
しかも 私が飢え渇き求めていたのは それら第一級の御業でもなくて そのうちにいかなる変化も回転の影もない真理 おお真理よ あなたご自身でした。
さらにまた 食台にのせて供せられたのは ぎらぎらした幻影でした。そのような 目をとおして見る人の心を欺く虚偽のものを愛するよりは すくなくとも見る目にとって真実なあの太陽を愛するほうが むしろよかった。にもかかわらず私は それがあなただと思ったので 食べていました。しかしがつがつと食べたわけではありません。それは自分の口に あなたのような味わいのあるものではなかったし――あなたはあの空しい作り事ではなかった―― 私は食べて養われるどころか ますますおとろえていったのです。
(告白3・6・10)

これが滞留であり したがって どこにも 停滞はなく ただ あのマルクスは これを嫌った。そもそも 滞留なるものを 嫌った。
(つまりむろん このことは 方法の質的な相違を意味しない。エートス=くせの問題であるが また 歴史的な社会事情と関係するであろうが ここに 法則性はないだろう)。つまり しかし マルクスは 滞留しようとして溜息こそつかなかったが あの弱さ・愚かさをむしろ その方法とした。
ウェーバーは ほんとうは この同じ方法を捉えつつ しかし 弱さ・愚かさを 強さ・賢さに変えてしまう。そこで ヴェルトフライハイトに思い到ったのである。同じアマアガリの方法を捉えつつ これの滞留を対自化しようとして みづからはアマガケリした所でその地点から 価値自由に学の対象とした。アマテラス語客観抽象の雲の上をただよう。《神の弱さは 人間の弱さよりも強い》(コリント前書1:25)(これは 価値自由的には あまり 意味がない)と言われるのに しかしその点では《価値解釈》性を留保しその自由に立ち また そのように《滞留》を《学》の中に摂り込み 実際の学の研究・表現としては あらゆることがらに対して 《価値観からの自由》を大前提として説いて 停滞してしまった。
すなわち 信仰(共同主観形成)を――暗示しつつも あるいは暗示に終始することを信条としつつ―― 学の外に置いた。《ライン河が海に至ってからも その航行の自由》を確保したが これを 信仰(動態)そのものとしてではなく 一歩引いて 学の対象とした。言いかえると 学的研究また明晰を 信仰への準備領域とした。
これは 信仰によって 共同主観形成をおこなっているようで 実際には 二元論に立ち――たとえば《学》者とまだそこに到達していない者という二元論に立ち(なぜなら 《学》の任務が 信仰への準備でありその前提領域であるとして 分立してしまうからである)―― 《明晰》が 実際に《学》的な地図の作成者の水準にまで到らない場合には やしろの一員ではないと想定しているかのようである。まだ ひとりの資本主体であるに至っていないと言うかのようである。分立した《学》なる前提領域を通らなければ 一人前の人間ではないという少なくとも風潮をかもし出す。――そんなことはない。信仰は 学の有無に関係ないと知らなければいけない。
言いかえると ヤシロロジ(社会科学)におけるインタスサノヲイスム または インタスサノヲイスムに立つヤシロロジではなくなり インタスサノヲイスムをわざわざ価値解釈する・また価値解釈だけはするヤシロロジのためのヤシロロジとなる。単純には 《学問至上主義》(水田洋:新稿 社会思想小史 7・3)のことである。



第一部の最後・第十六章で見たように インタスサノヲイスムは 単に《個人もしくは家》の相互の関係に対する視点のみでは 立ち行かないものとなるが

  • つまりこの点は よく言われるように アダム・スミスにおいて 初期の・個人的なインタスサノヲイスムに近い《同感 Symapthy 》の原理が のちの《国富論 1 (岩波文庫 白105-1)》においてあたかも百八十度転回してのように 《自由放任》によるゆえのむしろヤシロロジ観点のみのほうへ移ったと見られがちな問題と かんれんしている。そしてこの点 ここでは詳論しないが 一つだけ付言しておくとするならば スミスは あるいはスミスも 要するに インタスサノヲイスムを ヤシロロジとのつながりにおいて 滞留させなかったのだと言ってよいと思われる。しかもマルクスとは違って これを嫌ったからではなく 必ずしも滞留させる必要が――この点では 初期キャピタリスムという社会情況とのかんれんで―― なかったからだと思われる。逆に言うと その存在の歴史的な重要性に反して ここでは必ずしも引き合いに出す必要があまり生じないと思われた。

もう一度繰り返すと インタスサノヲイスムは 単に個人や家の視点のみでは 立ちゆかないものとなるが
同時にそれは やしろ全体に対する視点を提供するヤシロロジなる学に関しても同じくその現実の動因であり ヤシロロジの動態も このインタスサノヲイスム(生活)の中にしか見出されない。(スミスは この方法を最後まで――動揺しつつ――つらぬこうとした。)またヤシロロジストは 現実にインタスサノヲイストであることによってのみ その理論が 生かされると――前提事項におけるいわば類型的な形式として――考えられる。(だから ヤシロロジとインタスサノヲイスムとの両視点の統合をただちに言うのではなく 両視点はおそらく 完全に一個の人間に統合されるということが難しいとまず前提してのように そのうえで 上のように言っていなければならないのだと思う)。
つまり 個人の心構えに還元しないと言った上で 生活(主観)として初めに生きることによって 生きたヤシロロジストとなりうるとは 言っていなければならないのだと考える。
こうなると このあたりまえのような認識は すでにそこにおいて やしろの現実の編成形態への〔批判的な〕視点を含んでいることになる。やしろの編成形態には 二種の領域があって 一つには 単純にスサノヲ者として生活するS圏の領域であり もう一つは その中で単独でもっぱらのヤシロロジストとしても生息できるというA圏の領域とである。
A圏におけるもっぱらのアマテラス者としてでも生活できるという条件の中で 社会科学が成立するとしてそれが形成されるなら それは・つまりそのヤシロロジは あたかも人形使いのようなものである。地図の作成者と地図に従って生きる者との二者が 現実に存在すると仮定するようなものである。そこで 真実を愛し地図を作成するなら――それを《真理の探究》とよんできた――学問は とうといものであり このヤシロロジには従うべきであり このような《昼》とそしてそれ以外の世界である《夜》との二領域があり この二つが二元論として捉えられる。すぐさま この二元論が 《人生の真相》であると説かれ またさらに信じ込まれるところとなる。
《地図=理論》的にはこうなるはずだという一個の信念が 共同自治の第一原因(動因)とされる。唯物史観者は こう見ている。すなわち このように説かれてくる学問至上主義は 時代の支配体制またその支配者であるA圏の解体期において その崩壊を阻止するために 生まれてくると見ている。(前掲《新稿 社会思想小史》など)。(だれもが そう見ている・あるいは言っているのではなく 昔の時代の歴史的推移にかんして そのような視点に立って分析しているので 現代という時代についても そう見るだろうと一応 推測したもの)。
わたしは そうではなく むしろ このようなアマテラス予備軍の新しい傾向は 解体的にしろ そのように新しいヤシロロジとしての・ヤシロロジのためのインタスサノヲイスムをともあれ用意することによって 古いA圏体制がたとい解体するにせよ また次のA圏体制の用意を用意することによって 実際には解体をまさに準備しつつ 一般的な或る種の意味で時代と関係のない《A者》そのものを保守しているのだと考える。なぜなら 人は 容易にこの古い体制の崩壊が実際であるなら これに際して それまでのA圏によるS圏やしろへの侵略が 阻止された・また元のやしろが 回復されたと 幻想するに到るからである。
唯物史観また階級闘争史観に立つなら このA圏統治体制つまり基因として言って階級支配体制は ただ新しい別種のそれへとすすむ以外に または そうすすむのを傍で見ていることになる以外に ないと考える。つまり いづれは そのような変遷のあかつきには 階級関係がなくなるであろうと。けれども この意味での唯物史観がすでに問われなおされているように 経済的に 報酬の平等 機会の均等などなどといった新しいやしろシステムの実現と もう一方で このA圏統治体制からの――つまりアマテラス予備軍からの――解放とは 別のことであると考える。
また A圏によるS圏やしろの侵略がもし存在するとして それからの解放は もっぱらのA者当事者のいわゆるデモクラシによるリコールであるとかA圏の新しいA圏への交替であるとかによってではなく A者予備軍とその思想のとりもちからの解放によって成就すると考えられた。
人間の中に もっぱらのアマテラス者が現われるのは 不可避であるかも知れない。しかしこの空中の客観共同によって やしろの罪の共同自治をおこなう方式 これじたいは 変えられ得ると思う。それは たとえ現行の《A圏(支配主導)‐S圏の連関体制》の中でも そこに暗躍するアマテラス予備軍が――本心から真実を アマテラス語精神において 探求するゆえに むしろ真理を暗示し 暗示に終始しつつ まわりまわって 暗躍するアマテラス予備軍が―― 解放されたなら 変革されて実現可能だと考える。

  • 空中の客観共同といえば それこそ エートスになってしまう。社会的な心理共同あるいは風潮を言っていたのだが。エートスになっても かまわない。

しかしこれを インタスサノヲイスム(生活)を基体として ヤシロロジにおいて 追究しなければならない。むろんわたしたちは 《S圏(連合主導)‐A圏連関制》を 提案したのだが そのインタスサノヲイスムは むしろつねに 次のような譲歩・滞留・ためいきが 生きたヤシロロジ原点において――したがって A者予備軍の解放の原点である――聞かれていてもいいと言いたい気持ちにかたむく。

夢にみる食物(――夕鶴つうのイメージ――)は さめている人びとの食物にいかに似ていても 眠っている人びとは夢の食物で養われるわけにはゆきません。なぜなら眠っているのですから。
しかもそれらのものは いまあなたが語りたまうたように あなたに少しも似ていませんでした。それらは物体的な幻影(――与ひょうが つうを助けてやったというのは むしろ身体の運動であり これを つうが《恩》と感じ受け取ったのは《物体的な幻影》*1――)で 偽の物体でした。それに比べれば 天上のものであれ地上のものであれ 肉眼で見るこの世の真の物体のほうが確実です。(――与ひょうまたはサマリア人の隣人愛は そのように第一次的である。むしろ身体(S者)の運動である。――)。肉眼で物体を見ることは私たちも けものや鳥と共通ですが。また想像する場合よりも確実です。
しかし それらのものから それとは別の絶対に存在しない無限に大きなものを推測する場合にくらべれば 想像する場合(――《恩》と思い しかもそれのみの場合*2 )のほうが確実です。当時の私が食べさせられ じつは食べさせられていなかったものは そのようにむなしい幻影でした。
(告白3.6.10承前)

《恩返し》をするということが 《むなしい》のではありません。それも はじめの恩なら恩を受けたという行為と同じように 第一次的なことであるなら。しかし これを《想像する》素朴なインタスサノヲイスムから出発しても さらに 《それとは別の絶対に存在しない無限に大きなものを推測する場合――これを説く人びとは それを神とする――》のヤシロロジなるアマテラス語客観共同は 単なる心理心情による観念共同の理論であって 時に 幻影です。
あえて言うならば ここでアウグスティヌスが 《唯物論》を言っていないと誰が厚かましくも反駁するでしょう。
(つづく→2007-02-02 - caguirofie070202)

*1:恩が物体的な幻影?:与ひょうの無償のやさしさを後生大事に抱き それをさらに あとで裏切られたからというので 自己のアマガケリ去ることの理由にまでするなら 単なる幻影を 自己の神としていることになる。

*2:《恩》と思い しかもそれのみの場合:上の註の内容は《それとは別の絶対に存在しない無限に大きなものを推測する場合》である。