caguirofie

哲学いろいろ

#10

――遠藤周作論ノート――
もくじ→2005-11-03 - caguirofie051103

§18 《日本と申す泥沼》(?)

 ――パードレ(ロドリゴ)は決して余(イノウエ筑後守)に負けたのではない――筑後守は手あぶりの灰をじっと見つめながら――この日本と申す泥沼に敗れたのだ。

  • と作品《沈黙 (新潮文庫)》は さらに議論をつづけています。または議論を提供しています。

 ――いいえ私が闘ったのは――司祭(ロドリゴ)は思わず声をあげた。――自分の心にある切支丹の教えでござりました。

  • というふうに。これは わたしたちの問題です。遠藤さんとのおつきあいをつづけます。

 ――そうかな。――筑後守は皮肉な笑いをうかべた。――そこもとは転んだあと フェレイラに 踏絵の中の基督が転べと言うたから転んだと申したそうだが それは己が弱さを偽るための言葉ではないのか。その言葉 まことの切支丹とは この井上には思えぬ。
 ――奉行さまが どのようにお考えになられてもかまいませぬ。
司祭は両手を膝の上にのせてうつむいた。
 ――他の者は欺けてもこの余は欺けぬぞ。――筑後守はつめたい声で言った。――かつて余はそこもとと同じ切支丹パードレに訊ねたことがある。仏の慈悲と切支丹デウスの慈悲とはいかに違うかと。どうにもならぬ己の弱さに 衆生がすがる仏の慈悲 これを救いと日本では教えておる。だがそのパードレは はっきりと申した。切支丹の申す救いは それと違うとな。切支丹の救いとはデウスにすがるだけでのものではなく 信徒が力の限り守る心の強さがそれに伴わねばならぬと。してみるとそこもと やはり切支丹の教えを この日本と申す泥沼でいつしか曲げてしまったのであろう。
基督教とはあなたの言うようなものではない と司祭は叫ぼうとした。しかし何を言っても誰も――この井上も通辞も自分の心を理解してくれまいという気持

  • この《気持》は あくまで《想像において》である。

が 言いかけたことを咽喉に押しもどした。膝の上に手をおいて 彼は目をしばたたいたまま 奉行の話をだまって聞いていた。
 ――パードレは知るまいが 五島や生月(いきつき)にはいまだに切支丹の門徒宗と称する百姓どもがあまた残っておる。しかし奉行所ではもう捕える気もない。
 ――なぜでございます――と通辞が聞くと
 ――あれはもはや根が断たれておる。もし西方の国々からこのパードレのようなお方が まだまだ来られるなら 我々も信徒たちを捕えずばなるまいが・・・――と奉行は笑った。――しかし その懸念もない。根が断たれれば茎も葉も腐るが道理。それが証拠に 五島や生月の百姓たちがひそかに奉じておるデウスは切支丹のデウスと次第に似ても似つかぬものになっておる。
頭をあげて司祭は筑後守の顔を見た。微笑は顔と口との周りに作られていたが眼は笑っていなかった。
 ――やがてパードレたちが運んだ切支丹は その元から離れて得体の知れぬものとなっていこう。
そして筑後守は胸の底から吐き出すように溜息を洩らした。
 ――日本とはこういう国だ。どうにもならぬ。なあ パードレ。
奉行の溜息には真実 苦しげな諦めの声があった。
菓子を賜わり 礼を申しのべて通辞と退出をした。
沈黙 (新潮文庫) Ⅸ)

この限り 奉行は かれの真実を述べていると思われる。《Aの女(女のウソ)とBの女(男のウソ)》の区別を設定する限り 《日本とはそういう国であり どうにもならぬ》と。パードレは この区別の設定に輪をかけたのではないかと。《胸の底から吐き出すように溜息を洩らし》て。
どうでもよいものを どうでもよいと見る・だから このどうでもよい事柄に対して その越えるべからざるところを越えることへの恐れが伴なう これが 弱さです。ところが 自分は弱い者であると称して強い人びとは あの善意の強さを――つまりそれは 慣習の強さでありこの強さを――固く守って そのとき どうでもよい事柄の中に 或る美的世界を想像するのです。また さらに その事柄の中に越えるべからざる一線があるから これをどうしても越えてしまうときには そのこと自体に 同じあるいは別個のしかも延長線のうえの倫理的な美を 想像します。しかも これが《復活》(またその強さ)であると言って。
すべては どうでもよい心理的・経験的な出来事として 推移する。善意の強さの中から生まれた或る地位や声望の権威によって これを 泥沼に咲いた美しい復活の像であるとするようなのです。これに従う善意の人びとは 兎のようなAの女であり そうでないなら 異邦人であると。
わたしたちの弱さは この強い安全の道の力に対して 弱いところにある。しかしこの弱さが 強いと聞いたことになります。想像をとおして 生きるからです。人間を凝視しているからです。そのとき 罪はおおわれていると聞いたのです。踏み絵を踏んでもいいのです。踏むこと自体は 個人の信仰ゆえの仕事とは関係なく 集団や社会の慣習としての宗教との闘いの過程としてあるものです。踏もうが踏むまいが 個人の仕事はつづくのです。弱いままで。つまりこの弱さが 強いゆえ。
キリスト教の日本あるいはアジアにおける受容の歴史は このことを語っていると思います。キリスト教がこのことを明るみに出したのであり この明るみに出されたことを わたしたちは キリスト宗教との闘いによって われわれの有(もの)として行きます。われわれは たしかに為すことを為すのであり たしかにロドリゴや遠藤さんも このことを それが口実であれ 語って生きたのです。遠藤さんも語るように この人間凝視の道は 《ヴァイオリンのソロではなく言わばオーケストラ》のようであり だからと言って Aの女とBの女との区別をしないのです。異邦人の問題は 想像において区別するなら 存在しますが 人間凝視のオーケストラとしては(社会的関係の総体としては) 存在しない。だから この仕事はつづきます。罪への快活な恐れをもって。
《自分の心をだれも理解してくれない》と言ってはいけないのであって――なぜなら心とは どうでもよい事柄に属している―― この心を超えて 仕事がつづくのですから。ロドリゴは 遠藤さんによって この心の中の《復活》の想像をもって 停止してしまったとわたしたちは見ます。または 想像においては 停止せず 想像の中で つづくことを確認しているのだと思われます。かれらは この心の創造者となったようです。奉行は 《その言葉 まことの切支丹とは この井上には思えぬ》と真実を述べたと見られます。
切支丹とは  《想像倫理という支えを切る赤(丹)きもの》であります。キリスト教の教義はわかりませんが 人間凝視の義務はこのことを語ると考えます。
どうして 想像において心において あの矛盾構造を閉じてしまうのでしょう。自分の心をだれも理解してくれないと甘えるのでしょう。少なくともあの奉行は まだ開いています。閉じることに抗しているのです。
《いつぞや こう申したことがあるな。この日本国は 切支丹の教えは向かぬ国だ。切支丹の教えは決して根をおろさぬと》(Ⅸ)と言うのであれば 《教え》が 根をおろさぬのであるから 教えが根をおろさぬ分 あの仕事はほんとうにつづくと思われます。あの矛盾構造は 人びとのあいだに そのうちに 開いている。人びとは まことの切支丹であります。ヨーロッパや他の国々の人びとと同じように そこには 異邦人はいないということが 社会の歴史的な伝統だと考えられます。これは 隠れたところで点検されていたから いま明るみに出したいと思うところです。
いままで 安全の道という想像倫理を顔覆いとして かぶっていたにすぎないのではないだろうか。この顔覆いが 伝統であったとするならば この奥の秘密の顔も れっきとした伝統だと考えられる。これに異を唱えること また時代とともに新しい別種の顔覆い(一般に思想です)をかけようとすること これは――もう一つの伝統ではあっても あの奉行がじっさいには 隠れた伝統に対して その心が閉じていない また顔覆いの下に確かにそれを見ていたということを考え合わせるならば―― すでに安全の道という名の死んだ道であったものと捉えられます。
この総体的なオーケストラの歴史的な伝統を見ない人 見ようとしない人は それこそ異邦人であります。というと 優雅さをなくしてしまうでしょうか。

§19 動態 動態 動態

キチジローについて考えておかねばならないでしょう。
マカオからロドリゴを日本へみちびいたこのキチジローのように 日本への最初の宣教師フランシスコ・ザビエルを伴なった(十六世紀半ば)のは ひとりの日本人ヤジローでした。かれについて フロイスは 次のように記録しています。

パウロ・デ・サンタ・フェ(弥次郎)が最後にどのようになったかを知りたいと思うのも当然である。それは 人知の及ばぬ 計り知れないデウスの御さばきについて私たちの心に少なからぬ驚嘆と怪訝の念を生ぜしめずにはおかぬものがある。パウロ(ヤジロー)は この未開墾の葡萄園(日本のこと)の発見者であるメストレ・フランシスコ師に日本の諸事情について知識を与えた最初の人物であった。彼は司祭たちをインドから日本へ導いた人であった。彼は彼らにこの国の言語や習慣について教えたその人であった。彼はまったく変身し 信仰に関することどもを十分教育されてインドから戻って来 人々がその円熟みと知識に期待していたとおり あの当時 実際に良い模範を示した。ところが後になって幾人かは彼について 譬え話としてこんなことを言ったのである。
彼は賢人たちを東洋からよく導いて来たが 彼らといっしょにベツレヘムで厩の中へ入らなかった星のようだ と。
なぜならば 彼はその妻子や親族の者にキリシタンになるように勧め そして事実彼らはキリシタンになったが その数年後 彼は信仰を棄てたのか キリシタンであることをやめたのか判明しないとはいえ いずれにせよ異なった道をたどるに至った。というのは かの〔ヤジローの故郷である〕薩摩国は非常に山地が多く したがって もともと貧困で食料品の補給を他国に頼っており この困窮を免れるために そこで人々は多年にわたり八幡(バハン)と称せられるある種の職業に従事している。すなわち人々はシナの沿岸とか諸地域へ強盗や略奪を働きに出向くのであり その目的で 大きくはないが能力に応じて多数の船を用意している。したがって目下のところ パウロは貧困に駆り立てられたためか あるいは彼の同郷の者がかの地から携え帰った良い収穫とか財宝に心を動かされたためか判らぬが これらの海賊の一船でシナに渡航したものと思われる。そして聞くところによれば そこで殺されたらしい。おそらく彼は死に先立って自らの罪を後悔し 立派に死んだのであろう。だがそれは不確かなことであるし 私たちは彼の最期について以上の情報以外のことは何も知っていない。
(第一部六章)

キチジローは このヤジローと同じようであろうと言うつもりで これを引いたのではありません。現に ヤジローは 迫害の時代に属しておらず キチジローが回宗したように棄教したから同じようだとは言え いちおう別に考えなければならないと思われます。また これらの異同を超えて キチジローの最期が このヤジローのようであるかも知れないといった憶測を立てるためでもなく 立てるつもりもありません。
それは わからないのですが すべて言わば人の霊の内奥で起こっていることは わからないのですが このヤジローの例を出した理由は ヤジローやキチジローの経験的な生涯 これは その限りで どうでもよい世界のことである こう見ようとするためにほかなりません。どういうことか。
けれども すでに言ったように どうでもよいから 取るに足りないと 反対の極へ揺れていくためでもありません。また ヤジローやキチジローの棄教をなじるためでもありません。
要するに このような経験的な生涯とその大前提――矛盾構造――をとらえた上で はじめて キチジローやヤジローの生涯 その経験的な生きかたが われわれにとっても 意味を持ってくる。こう言おうとしたからです。
どういうことか。
かれらは 過去の人ですから 或る意味でその生涯が完結しており その足跡を捉えるなら 何がしかの存在をイメージとして想像することが出来ます。だが このイメージとそれについての思惟とは かれらの復活という問題 あるいはまた われらの現在におけるそのような問題に対する視点から 捉えたものでなければならない。それが ここでの課題である。
言いかえると このキチジローのイメージは 逆に 過去の人であろうとなかろうと その完結のあとからこれを捉え思惟するのではなく つまりそれだけではなく 現にその時どきの行為に応じて われわれは この過去の人とつきあっているものでなくてはならない。
経験的な生涯 これはまず どうでもよいこの世の出来事である。しかも そうであるがゆえに この生涯を全体として どうこう思惟しイメージするというよりも むしろ そのつど今度はその時どきの行為関係に応じて どうでもよい出来事のなかで かれにつきあって行かねばならない。これが われわれにとってのキチジローの持つ意味である。だから なにか総論として 人間によるあたかも裁断があるとは思えない。それは なぜなら あの仕事の――あの仕事の――かれらは 専従者ではなかったから。
逆に もし総論として捉えることがあるとすれば それは フロイスがヤジローについて指摘しているように考える以外にあまりない。かれについての情報の多寡に応じて その細部では変わった批評がさらに聞かれるかも知れないが ヤジローの総論としては そうなのである。つまり 生涯の経験総体は どうでもよいことであり なおかつ その存在がいたということである。この後者は またとうぜんのごとく動かし難いものである。キチジローについても まず全体として そういうことになろうかと思われるのです。
これは じっさい われわれ読者としての一人ひとりと同じことなのであり むしろ しかるがゆえに おのおのにあの仕事が与えられている。また これが自覚されていなくとも 存在の尊厳がわれわれに捉えられ 見とおされる。または そこにわれわれは到来している。こういった矛盾構造であろうかと思うのです。
この上で今度は われわれが 復活との関係において 矛盾構造の中で かれとそのつど どうつきあうか。これには いくつかの議論がなされるであろうし なされてしかるべきである。


キチジローが あのモキチやイチゾウとともに おそらく 踏み絵を踏まされることによって回宗を迫られるべく長崎へ行かねばならなくなったとき まず行く前に すでに見たように かれら三人は パードレ・ロドリゴに相談したところ かれから 《踏んでもいい 踏んでもいい》との言葉を受けました。しかしこれを聞いて

キチジローはまだ泪ぐんでいました。
 ――なんのため こげえ責苦ばデウスさまは与えられるとか。パードレ わしらなんにも悪いことばしとらんとに。
私(ロドリゴ)たちは黙っていました。モキチとイチゾウも黙ったまま虚空の一点を見つめていました。我々はここで声をそろえて最後の祈りを彼等のために唱えました。祈りがすむと三人は山をおりて行きました。霧の中に消えていくその姿を私とガルぺ(=もう一人の司祭)はいつまでも凝視していましたが 今にして思えば これがモキチとイチゾウを見た最後だったのです。
沈黙 (新潮文庫) Ⅳ)

パードレ・ロドリゴは 《沈黙》の意味をこのあとになって 悟ったという設定ですから このとき このキチジローの問いかけにこたえることは出来なかったかも知れない。けれども 去って行くその姿を凝視するなら 別のことばが聞かれても不思議ではなかった。つまり それが そのつどのつきあいでなくてはならない。
わたしは かと言って そこに何か正解の言葉を想像において問い求めようというのではありません。ロドリゴは 《〈踏んでもいい 踏んでもいい〉 / そう叫んだあと〔私は〕自分が司祭として口に出してはならぬことを言ったことに気がつきました。ガルペが咎めるように私を見つめていました》(Ⅳ)というのですから たとえばその事をキチジローに伝えればよい。また 口に出して言わなかったとしても お互いに察しあって キチジローにもこれがわかったとするならば 作者・遠藤さんは その点にも触れることがよかったのではないか。作品に対する自由な議論はこのような点にも及ぶとおもうのです。
あるいは 同じ議論として やはり別に何か教訓につきあたり これを 日本人信徒三人とポルトガル人司祭二人のあいだで 討論してもよかった。司祭二人は 引用文にあるように 《声をそろえて最後の祈りを彼等のために唱えた》ということですが 人間を見つめる仕事としては その前にももう少し何か言葉が 聞かれるべきかと思うのです。あるいは そのときにこそ 《沈黙》です。
なぜなら ロドリゴも実際 なんらかの形で キチジローの疑問を持っていたからです。《もはや時間がなかった》とは書いてありません。たとえそうであったとしても。
このことは わたしの考えでは 重大な点だと思うのです。
復活の像を各自 想像せよということにはならず またたとえなったとしても そう言うことしか出来ないと思うと――これなら これで――やはり口に出すべきだと思います。
さらにまた 逆に ここでこそ想像すべきなのだと考えたとしますと ちょうどもはや最後なのだとみなが思ったというようにして パードレたちを守るか守らないか 村を守るか守らないか そのような議論に達しているとおもうのです。極端に言うと 出来事じたいとしては 基本的にどうでもよいことなのだから そこまで 沈黙は人間の言葉によって埋められるべきです。逆に言うと パードレたちはこのとき この経験世界をどうでもよい事柄とは思っていなくて まだ想像すること自体が――つまり 想像(意見)を出し合って 沈黙を埋めていくことではなく そのような情況つまり矛盾構造を想像してみることじたいが―― たいせつだという考えに捕らわれていた。
矛盾構造が 動態としてではなく 静態的なある種の美を持つ そこにこの美を咲かせることができると考えていたのでしょう。倫理的な心の美は 咲かせることが じっさい出来るはずですが この心も なおどうでもよい事柄に属していると言わなければなりません。そういう構造と情況だとおもいます。
《神はなぜ沈黙しているか。なぜ こげん責苦ば与えられるとか》というキチジローの問いにこたえられなくとも 情況を人間は動態化してゆくことが出来 その意味で 矛盾構造を矛盾構造として 各自が生きたものとして捉えてゆくことが出来る。
こういう現実だとおもうし しかもこういう現実へ進まずその手前で人びとが 想像を繰り広げていると見えます。こう考えることを 唯物論の見方だと言ってもよいのですが それは どうでもよいのではないもの・つまり復活に関係づけられて いわば唯物論も成り立っていると考えられるからです。ただし 唯物論という言葉でこの見方をとらえること また それに立って 情況を想像してゆくこと これらは 心において・心をとおして 問い求められていることに変わりはないわけです。
キチジローと 具体的な場面でつきあうとき そういう議論が考えられるとおもうのです。(つづく→2005-11-13 - caguirofie051113 )