caguirofie

哲学いろいろ

A.ランボー(つづき)

もくじ
1 縁覚(Sensation)
2 黄金時代(Age d'or)
3 谷間に眠る者(Le Dormeur du val)
4 陶酔の船(Le Bateau Ivre)
5 酔いどれ船(Le Bateau Ivre)(以上→[詩]アルチュール・ランボー - caguirofie041102)
6 音楽につれて(A la musique)(以下 本日)
7 水から出るヴィーナス(Venus anadyomene)
8 地獄の季節(Une Saison en Enfer)
9 邪悪な血筋(Mauvais Sang)
10 地獄の夜(Nuit de l'Enfer)
11 うわ言Ⅰ / 狂気の処女 / 地獄の花婿(Délires Ⅰ/ Vierge Folle / l'époux infernal)

6 音楽につれて A la musique ――シャルルヴィル駅前広場(=写真) Place de la Gare, à Charleville――

安っぽい芝の広場の一画の
花も樹もきちんと並ぶ辻公園に
暑さのせい咳き込む町の者たちが
木曜の夕べはいつもやっかみ半分


――兵隊のオーケストラがまん中で
横笛のワルツを鳴らし軍帽(シャコ)は揺らゆら
――聴衆は最前列にしゃれ野郎
頭文字飾った時計の公証人や


金利生活者たち(ランチエ)は調子はづれを鼻眼鏡
でぶどうしサラリーマンは夫婦お揃い
世話好きの解説婦人群がって
スカートのひだの飾りは人目引くため


ベンチには隠居連中クラブ成し
ステッキで砂掻き回しまじめな顔で
条約を互いに論じたばこ入れ
匂い嗅ぎ《つまりそのお・・・》と続き始める


太鼓腹光るボタンのフラマン人
他のベンチでっかい腰をどっかりと据え
くゆらせるそのすき間からぱらぱらと
ご存じのたばここぼれる密輸入品


あざ笑うよた者たちは芝のうえ
歩兵らはトロンボーンに気分がつられ
おずおずと薔薇の香りをちらつかせ
赤ん坊あやし子守女(こもり)を口説きにかかる


学生のぼくはと言えば不恰好
マロニエの陰の小娘(むすめ)に急を知らせる
かのじょらはちゃんとご存じ歯を見せて
ぼくに向け慎み忘れ流し目送る


ひとこともぼくはしゃべらず娘らの
乱れ髪白い襟首ながめるばかり
まろやかな肩の線降り胴に沿い
装飾を突き抜け聖(きよ)き背筋に到る


靴をとり靴下脱がせ進むぼく
――いまぼくは美の熱を浴び裸形象る
娘らはぼくをいぶかりささやいて
――唇に接吻の味僕は感じて

7 水から出るヴィーナス Vénus anadyomène

まるで緑のブリキの棺の中からたっぷりと
油のついた褐色の髪の女性の頭がひとつ
間の抜けるほど緩やかに古びた浴槽から現われ出る
欠けたもののぎこちない繕いを見せながら。


次に鼠色の太い頸と大きく突き出た肩甲骨とが
迸り出た。小さめの背中は一旦沈みまた浮かび上がる。
その次はぽってりとした腰が今にも飛び出すよう。
皮下の脂肪は平たく葉っぱを敷いたよう。


脊柱は赤みを帯びて全体に妙に
ぞっとする感じ。とくに気づくのは
ルーペではっきりと見てみたい奇矯なところ。


腰にはふたつの言葉が刻まれている――クララ・ウェヌス(輝くヴィーナス)と。
そこで身体が動き出しただれた肛門の
大きな見事な臀部を前に突き出した。

8 地獄の季節 Une Saison en Enfer / 昔のことを・・・Jadis...

昔のことを想い浮かべるとすれば 私の生は そこでは私の心情という心情が外に向かって開かれたままの 葡萄酒という葡萄酒が漏れ流れるままの ある祝宴に等しかった。
ある夜 私は美の女神を膝の上に抱いた。――が私にはそれが苦いものに映る。――と私は それに罵りの言葉を浴びせていた。
私は裁きに対してわが身の防御を固める。
そして 逃亡。ああ 魔女たちよ 母なる困窮よ 父なる憎悪よ この時私が わが宝を 信頼して預けたのはお前たちにだったのだ。
私は 人間の抱く希望という希望を自らの精神の内に閉じ込め消滅させるに到る。それらを絞め殺す度に味わう歓喜に 私は獰猛な獣のように鈍く跳ね躍るのだった。
私は死刑執行吏(ブーロ)を呼んだが結局は みづから非業の死を遂げようとしながら 私はかれらの銃の床尾を齧り切っていた。懲罰を下す神を招いて 砂で 血で 私を窒息させようとした。永遠の禍いこそが私の神だった。私は堕落の泥の中に長々と身を横たえ 罪悪の大気にさらされながら わが身を涸らす。私は狂気をもてあそび かわいい悪戯をしていた。
やがて春が来ると 私の口元には 思わずぞっとするあの痴者の笑いが住み着いていた。
さて最後に私は とっておきの烏のひと鳴きをする秋を感じ それによって多分再びあの欲望の扉が開かれると思われた昔の祝宴の鍵を探すことを夢見た。
愛徳がその鍵である。という啓示を受けて私は 自分がやはり夢を見ていたと その啓示自体によって証明された。
《おまえは再びハイエナに戻るのだ・・・》 その時 今まであんなに愛すべき芥子の花冠を私に戴かせてくれた悪魔がひときわ高く叫びかけてきた。《おまえはその欲望のすべてを叩(はた)いて死を獲るのだ おまえの利己主義と七つの大罪すべてを持って。》
ああ 私は余りにも貪り過ぎた。――私の魔王よ 瞳の怒りも いくらか静まり 貴方のほうの返済の遅れているいくらかの小さな卑劣を待ち受けながら 私は貴方を祓い除けよう 作家の中に叙述する能力や教訓の能力の欠如を好むという貴方 私はその貴方から私自身の地獄行き回数券のうち数枚でもいい その醜悪なまでの紙片を捥ぎ取って捨てることにした。

9 邪悪な血筋 Mauvais Sang

私は祖先ガリア人から 青い目と窮屈な頭脳とけんか下手を受け継いでいる。服装もやはりかれらと同じく野卑だ。ただ私は 髪にバターを塗ったりはしない。
ガリア人といえば その時代にもっとも無能な 獣皮を剥ぎ 草を焼く民だった。
そこから私の継いだものは 盲目的信奉と冒涜の愛だ。――ああ 悪徳のすべて 瞋恚 淫蕩(ああ淫蕩はひどい) そしてとくに虚言と怠惰。
私は仕事がすべて恐ろしい。親方に職人 百姓など 卑しく映る。が筆を持つ手は鋤を引く手に値いする。――何という時代にめぐり合わせたことか!――私は決して自分の《手》を持つまい。まして 馴化のさまがあまりにも行き過ぎたのだ。乞食の境遇の律儀さが私の心を痛め 犯罪人は禁欲者のように嫌悪を催させる。それは この私が 元の無瑕疵のままなのだから。しかもそんなことは私にとってどうでもよい。
ただしかし私に不実の言葉を吐かせ 今まで私の安逸を導き護ってきたのは一体誰だ!生きるためにさえも自分の身体を使うことをせず 蟇蛙のように無為に過ごした私は 遠ち近ち到るところに生を永らえてきた。私の知っているヨーロッパの名門の者とて一人もいない。しかも私には 人権宣言のすべての事項を自由に享受する名家は 私自身の家系のようにその気持ちがわかる。私はその家門の子孫一人ひとりを知ったのだ。

 ――――――――

もし私にフランス王家の歴史の中でどこでもいい その一点において過去の行跡を持っていたとしたならば・・・。
もちろん実際持っていない 皆無だ。
私には自分が常に劣った種族であったことが明白である。私には一揆というものが理解できない。私の種族は財物の略奪のためでなければ決して蜂起などしはしない。そいつが殺したことのない獣に対する狼のように。
私はローマ教会の長女であるフランス王家の歴史をたどる。私なら 賤民ながら聖地への巡礼に出かけていたであろう。私の頭の中にはスワビアの平原を通る行程や ビザンティウムの眺めや ソリム(Solyme)の城砦がはっきりと描かれている。マリアの信仰や磔刑を受ける者への憐憫の情が 俗界の中にも及ぶ妖精の国の間で私の中に目を覚まさせようとする。――私は 癩者となって 太陽の齧った壁の根元で壊された壷と踊子草の上に坐る。その後 ドイツ騎兵となって私は アレマーニアの夜を野営の中に過ごしたろう。
ああそして再び 私は年寄りの子供たちとともに森の中の赤い空き地でサタンの夜宴を踊った。
私にはこの世とキリスト信仰を超えたところでは記憶がない。私はこの過ぎし世のうちに再び自分を見出すことを止めないであろう。ただ いつも独りで。家族の者もいない。私の話している言葉が何語であるかさえもわからないまま。私は キリストの神慮の中に自分をおくことは一度も無い。同じく キリストを代表する支配者たちの思慮の中にも私はいない。
前の世では私は何であったのだろう。今は今日にしか自分を見ない。もはや放浪などやめよう。漠然とした争いもするまい。劣った種族は いわゆる大衆 理性 民族 そして科学のすべてを包み隠した。
科学! 私たちはすべてを奪い取った。肉体と魂のために――臨終の聖餐――私たちは医学と哲学を持つ一老婆の薬と編曲された流行歌とを。諸公の余興とかれらの禁じた賭博とを。そして地理学 宇宙形状誌 力学 化学・・・。
科学は新興の貴族。進歩。世界は歩む。しかし何故踏み誤らないのだろうか。
それは多数人の幻想だ。私たちは《精霊》へと歩を進める。私の言っていることは 神託に比すべく確かなことだ。私にはわかっている。異教の言葉なしでは自らを表現しえず 私は沈黙を守ろうと思う。

   ――――――――――ー

異教徒の血 これが再び顔を出す。精霊は近づいている。なのにキリストは なのにその人は何故私を 私の魂に気高さと自由を与え 私を救わないのか。その間に ああ! 《福音》とやらもよぎって行ってしまった。《良き便り》! 《良き使者》とやら!
私は 神を待つ。飢える者がその食欲を満たそうとするように。ただしかし 私といえば 詮ずる所 久遠に渡る劣った種族の一員だ。
私は今この地 アルモリックの海岸にあって 夜闇の中に街の灯りを点もせと願う。私の旅は極まり 私はヨーロッパを去ろうと思う。海の潮風は私の肺をひりひりさせ 僻地の風土は私を鞣してしまいそうだ。泳いだり 草を押しつぶしてみたり 狩りに出たり どこででも煙草を吹かしながら 沸き立つ金属の強い酒を飲む――私の祖先も炉を囲みそうしたように。
私はもう一度立ち返って来よう。鉄の手足と黒ずんだ皮膚 怒りのまなことを持って。この私の仮面を見てそこで人は 私を有能な種族の者と思うだろう。そうなれば私は 黄金の山に囲まれ やがて無為と野卑さが現れるだろう。女たちは酷熱の国から帰ったこんな獰猛な不具者どもの面倒を見るのだ。私は政治の事件に巻き込まれるだろう。そして救われるだろう。
いま私は 呪われており 祖国には恐怖を抱く。最高のものは 砂の上でほどよく酔って眠ることだ。

  ――――――――――−

私は立ち去らない。私の悪徳――物心のついた頃からその苦悶の根を私の横腹に伸ばしてきた悪徳 天にものぼり 私を打ち負かし 狂わせ 引きずって行こうという悪徳――の満ちた道をここから再びたどろうと思うが・・・。
人に許される最後の無邪気さ 最後の臆病さ。すでに事は始まっている。私の嫌悪感と叛逆とは世間に持ち込まないこと。
さあ行こう。歩み 世の重荷 砂漠 倦怠そして憤り。
私は誰に身を任せればよいのか。どんな獣性を崇めるべきか。どの聖像を攻め襲うのか。どんな虚言を貫くべきか。どんな血筋を負って歩むべきか。
むしろ 義を身につけること。――辛い生 単純な禽獣状態――干からびた拳で棺の蓋を持ち上げて そこに坐して 息を詰まらせること。このようにすれば老廃も 危険も全くないだろう。恐怖はフランス人のものではない。
――ああ 私は完徳への跳躍を神の像なら何でもいいからその像に献げようというほど見捨てられてしまった。
おお 私の献身 すばらしき愛徳 ただしこの世のみ。
《主ヨ 深キ淵ヨリ》私は獣だ。

  ―――――――――――――

まだ子供の頃に私はその上にいつも監獄の扉が再び閉ざされる手に負えない徒刑囚を見て感服するのだった。私は かれがその滞在によって聖別するという宿屋や貸間を訪れたことがある。私はかれの頭をもって青い空や野外の花咲く労役を眺めたものだ。街の中でのかれの宿命というものを私は匂いを嗅ぐように感知するのだった。かれは 聖者より強い力を 旅人より広い良識を備えていた――かれが かれ一人が 自らの栄光と理性の証拠としてあるという。
冬の夜など 道中で宿もなく衣服もなくパンもない私の凍える心を とある声が締め付けた。《無力だとか力だとか おまえはこうしてそこにいるではないか それが力だ。お前はあちこちを彷徨うが どこへ行くのか何故行くのかわかっていない。すべてに応えるのだ。おまえがもし死骸同然であるならば もはや誰もおまえは殺すまい。》 その朝私は眼差しは虚ろで顔付きは死に絶えていた。私を通り過ぎていく者も おそらく私を見なかったろう。
町に入って泥が私には 灯りが隣りの部屋を徘徊する時の窓ガラスのように 森の中の財宝であるかのように 突然赤くそして黒く見えた。いい機会だ と私は叫び 炎とそして空に煙の昇る海を見るのだった。そして左に 右に 幾千もの雷のように燃え上がる財宝のすべてを。
しかし女たちの狂喜も友誼も私には禁じられていた。一人の伴侶もだめなのだ。《司祭よ 教授よ 親方たちよ 貴方たちが私を裁判にかけることは間違いだ。私はここにいる人々と同じ人間ではないのだから。私は全くキリスト信徒ではなかったのだから。私は拷問を受けながら歌を歌っていた種族の出だ。私には法律などわからない。道徳といった感覚も持ち合わせない私は自然のままの獣なのだ。貴方たちは間違っている。・・・》
そう 私は貴方たちの光には眼を閉ざしている。獣であり黒人奴隷だ。それでも私にも済度があるのだ。貴方たちは偽りの黒人だ。偏執狂で獰猛で貪欲な貴方たちは。商人よ おまえは黒人だ。司法官よ おまえは黒人だ。将軍 おまえは黒人だ。皇帝 老いたむずがり屋よ おまえは黒人だ。おまえは魔王の醸造する税の課されぬ酒類を飲んだのだから。――これらの輩は熱病と癌腫によって霊感を受けるのだ。病弱者と老人は自ら煮られることを求める故に尊ばれるべきである。――最も邪悪なことは そこでは狂気がこれら哀れな者たちに抵当を与えようとして彷徨しているこの大陸を離れることだ。私はハムの子孫の真正な王国に足を踏み入れる。
私はまだ自然を知っているだろうか。私は自己を知っているか。――もはやそれについて言葉は尽きた。私は自分の腹の中に死者たちを葬ろうとする。叫び 太鼓 踊り 踊り 踊り 踊り!私には白人たちが上陸する頃 自分が虚無に陥ろうという時が見えない。
飢え 渇き 叫び 踊り 踊り 踊り 踊り!

  ――――――――――――−

白人たちが上陸してやって来た。大砲! もはや 洗礼を受け 衣服を着け はたらくことを肯んじなければならない。
私は心臓に恩寵の一撃をくらっしまったようだ。ああ こんなことは予想だにしなかった。
私は悪事などひとつもしていない。毎日が私にとって軽快に過ぎ行く。後悔が私の中に蓄えられてゆく。私はその中で厳しい光が葬儀の大蝋燭のように昇ってゆく。魂の 良くてもほとんど死に絶えている魂の苦痛を受けなくて済んでいたろう。一家の長子の運命。澄み切った涙に覆われた早くから用意された棺。確かに放蕩は獣性だ。悪徳は獣性だ。もはや腐敗物は脇に放り捨てるべきだ。しかし 時計は純粋な苦痛の時のみを告げるようにはやって来ないだろう。私は幼児のようにつかみ上げられて すべての不幸を忘却して天国に遊ぶことだろう。
早く! それは別の生なのか。――富に囲まれた眠りは能わない。富は常に公共のものであった。神の愛のみが科学の鍵を許し与える。自然は慈愛の芝居にすぎないように思える。妄想よさらば 理想よ 過ちよ。
天使たちの筋道立てた歌が救助船から湧き起こる。それは神の愛だ。――ふたつの愛! 私はこの世の愛のために死ぬこともでき 献身のために死ぬこともできる。私は その罰が私の出発の時から増長する魂を放ってしまった! 貴方は難破者の中で私を選んで下さるのか。後に残る者 かれらは私の友ではないのか。
かれらを救いたまえ。
理性が私に生まれた。世の中が良く映る。私は人生を祝福しよう。私の兄弟を愛しよう。それはもう幼児の約束ではない。老成へとそして死へと逃亡する望みでもない。神が私の力を創った。そして私は神を讃える。

   ――――――――――

倦怠はもはや私の愛人ではない。憤怒 放蕩 狂気 それらの跳躍そして敗北のすべてを私は知った――私の重荷は全部降ろされた。眩暈にわずらわされることなく 私の無垢の広がりを測定してみよう。
私にはもう笞刑の慰めを要求することはできない。私はイエス・キリストを義父とする婚姻のために乗船したとは思わない。
私は理性の捕虜ではない。私は《神》と言ったのだ。私は救いの中に自由を欲する。どのように貫徹すればよいのか。浅はかな嗜好など私から去った。もう献身も神の愛も必要としない。私は鋭敏な心の時代を悔いはしない。誰でも 隣人への軽蔑と愛 その自己の道理を持っている。私は自己の位置を良識の天使たちの階級の頂上に保つ。
心のあるいはそのほかの確かな幸福については・・・いや私はそれを確立などできない。私はあまりにも放埓で 無力だ。人生は仕事によって花開く。昔からの真理だ。私の人生はそれほど重くはない。それは飛び立ってゆき 行為の上空高くこの世の大切な一点に浮かぶ。
私は何と死を愛する勇気を欠いた。老女になったことか。
神が私に天上の空中の平穏 祈りを許したまうことを――いにしえの聖者のように。聖者 力強き人々 隠者 たとえ偉大ではなくとも芸術家!
延々と続く笑劇! 私の無垢は私を泣かせる。人生は人をどこにでも連れてゆこうという笑劇である。

  ―――――――――――――

もうたくさんだ! 今はここに処罰を受ける。《進め!》
ああ 肺が燃える。時がごろごろ唸る! 夜はこの太陽を受け 私の目の中で回る!心臓・・・手足・・・。
どこへ行こうというのか。戦場へ? 私は弱い者だ! 他の者たちが前進する。武器 白兵・・・時!・・・
火が! 私に火が! そこだ! あるいは私は降伏する。――卑劣!――私の自殺! 私は馬の足元に倒れる。
ああ!・・・
――私はこんなことにも慣れるだろう。
それがフランス人の人生 名誉の小径であろう!

10 地獄の夜( Nuit de l'Enfer)

私はたっぷり一杯の毒を飲んだ。――私に届いた勧告に三倍も幸あれ!と思う。――私の内臓は燃える。毒液の激しさが私の手足を捻じ曲げ 私を畸形にし 私は地上に倒れてしまった。私は渇きで死にそう。息が詰まる。叫ぶこともできない。これが地獄だ。無間の罰だ。業火の燃え起こるさまを見てみたまえ。私は見事に火焙りに処される。去れ 悪魔よ!
私は健全への幸福への回心 その救済をすでに垣間見たことがある。私がその幻を表現できたとしても 地獄の風が讃歌を許してはくれない。そこには 無数の魅惑的な創造物がおり 甘美な精神の合唱 威力と平和 気高い野望 そして何やかや。
気高い野望!
そしてそれは再び人生だ。――もし堕地獄が永遠であるなら!自分の手足を切ろうとする人間は十分地獄へと呪われている。そうではないか。我れ地獄にあると思う 故に我れそこにありだ。それは公教要理(カテシスム)の刑執行である。私は自分の洗礼の奴隷だ。両親 あなたたちは私の不幸を作ったのだ。あなたたち自身のそれをも。哀れな幼児よ。さらにのちに堕地獄の魅力はより深いものになろう。人間の手になる法律による私が無に帰す罪を早く。
だまれ。おまえは黙るのだ。・・・それはここでは恥辱だ。非難だ。業火は卑しいものだ。私の怒りはひどく愚かだという魔王。――もうたくさんだ。・・・誰かが私に過ちと 魔術と 偽りの香料と 子供じみた音楽をささやく。――私は真実を守る。私は正義を見る ということ。私は健全でしっかりとした判断を持ち 完徳に対して用意が出来ている。・・・高慢!――私の頭の皮が涸れる。情けを 主よ 私は恐れおののいているのだ。私は喉が渇いた。もうからからだ。ああ! 幼年時代 草 雨 石の上の湖 鐘楼が十二を打つ時の月の明るさ・・・悪魔はこの時間には鐘楼にある。マリア! 聖処女!・・・――私の愚鈍の恐怖。
その下の方にいるのは 私のことを思っている正直な魂ではないか。・・・来たまえ。・・・私は口に枕を当てているから それには私の声が聞こえまい。それは 幽霊である。それから 誰も他者を考えることは決してない。人は近づかないでくれ。私は異教の匂いを感ずる。それは確かなことだ。
幻覚の状態は無限である。それはまさしくいつも私に起こっていたことだ。歴史への信仰はもはやない。根源の忘却。私はそれは口にするまい。詩人や幻想家たちは嫉むであろう。私は以前より千倍も豊かになった。海のように貪欲でいようではないか。
ああそれか。人生の時計は先ほど止まった。私はもう世にいない。――神学は厳格だ。地獄は確かにこの下にある。――そして天はこの上だ。――忘我 悪夢 炎の巣の中の眠り。
戦場における注意の中の悪意とは・・・魔王のフェルディナンが 野生の種子をかかえて走ってゆく。・・・イエスは緋色がかった茨の上をそれを曲げることなく歩く。・・・イエスはいら立つ水の上を歩いたのだ。燈火が私たちにかれを見せてくれる。鮮緑色の波の横腹に白く立っている。茶色の髪を編み上げたかれだ。
私はすべての神秘を暴いてくれよう。死 生誕 未来 過去 宇宙開闢 無 宗教上のあるいは自然の神秘を。私は 夢幻術の師なのだ。
聞きたまえ。
私はすべての才能が備わっている。――ここには誰一人いなくて 誰かいる。私は私の宝を分かち与えたくはない。――黒人の歌 回教の天女の踊りは望まないか? それとも私が消え失せること 私は指環の研究に没頭することをお望みか?お望みか?私は金から薬を作り出してみよう。
だから私を信用したまえ。信じることは荷を軽くし 導き 癒すものだ。皆 来たまえ。――小さな子供たちも――私はあなたたちを慰めよう。あなたたちに対して心を打ち明けよう。――見事な心を!――哀れな人々 はたらく人々! 私は祈祷を要求しはしない。あなたたちの信頼のみで私は幸せだ。
――そして私のことを考えようではないか。それは私がこの世を悔やむことを止めてくれる。私は運良くこれ以上苦しむことはなくなる。私の人生は甘い狂気でしかなかった。それは悔やまれることだが。
構うものか。想像しうるあらゆる気取りを見せようではないか。
確かに私たちはこの世の外にある。もう何の音も聞こえない。私の触角はなくなった。ああ 私の城館 私のザクセン 私の柳の森。夜 朝 夜 昼中・・・私は何と疲れたことか。
私は怒りのために私の地獄を 高慢さのために私の地獄を持つはずだ。――そして愛撫の地獄を。地獄の音楽会を。
私は疲労で死にそうだ。そこに墓がある。私は蚯蚓に向かって行く。恐怖の中の恐怖。笑劇役者の魔王よ。おまえはその呪縛で私を解体させたいのだろう。私は反抗する。私は反抗する。股鋤(フールシュ)の一撃 業火の一滴。
ああ 人生に再びのぼる。私たちの畸形さに目をやって見たまえ。そしてこの毒物 千回も呪われたこの接吻。私の無力さ。世の中の残忍さ。私の神よ。後生だから 私を隠してくれ。私はあまりにも行儀が悪すぎる。――私は隠されていながら そうではない。
この堕地獄者とともに再び燃え起こるのは 業火である。

11 うわ言 Ⅰ / 狂気の処女 / 地獄の花婿

( Délires Ⅰ / Vierge Folle / l'époux infernal)
地獄への連れの告白を聞いてみよう。


おお聖なる花婿よ 私の主よ おまえに仕える者のうち 最も悲しい告白をどうか拒まないで欲しい。私はもう駄目だ。酔いつぶれてしまった。私はけがれてしまった。何て人生なんだ。
許してくれたまえ。聖なる主よ どうか。ああどうか許したまえ。どれだけの涙 このあとどれだけの涙を流せばいいのだろう。私はそうしよう。
後になって私は聖なる花婿を知るだろう。私はかれに従う娼婦として生まれてきたのだ。――私を殴っても構わない。
いま私は地の底にいるのだ。おお私の愛する人たち!・・・いや この人たちじゃない。・・・こんなうわ言も苦しみももう決して・・・獣だ!
ああ 苦しい。叫びたい。本当に苦しい。しかし 私には最も軽蔑すべき心の持ち主の軽蔑を背負いながら 何でも許されている。
最後に二十回でも繰り返しても構わないから こんな憂鬱な こんな下らない打ち明け話をしてみよう。
私は地獄の花婿の奴隷だ。かれは狂気の処女たちを堕落させた者だ。実際それはこの悪魔なのだ。そいつは幽霊でもなく 幻でもない。私は思慮をなくしてしまった者 地獄へ落とされこの世では死んでしまった者だ。――私は殺されることはない存在――何と表現すればいいのだろう。私はもう口のきき方もわからない。喪に服し 泣き恐れている。どうか主よ いま少しの微風をどうかお願いだ。
私は寡婦になった・・・――いや私は寡婦だったのだ。――そうだ 確かに私は以前はまじめだった。私は骸骨などになるために生まれてきたのではない。・・・――その人はまだ子供だった。・・・かれの繊細さが神秘的で私は魅かれてしまった。私は人間としての務めを何もかも放り出してかれに付き従った。何という人生なんだろう。本当の人生は欠如していたのだ。私たちはこの世にはいなかった。私はかれの行くところに付いて行った。そうしなければならなかったのだ。時々 かれは私に対して突っかかってきた。この哀れな魂の私なんかに対して。悪魔だ。――あれは悪魔だ。いいかい あれは人間ではないのだ。
かれはこう言った。《ぼくは女は好きじゃない。愛はもう一度創るべきものだ。わかるだろう。女どもは安定した地位を望むほか能はない。地位が得られれば 心も美しさもどこかへ行ってしまう。もう今は冷たい軽蔑と妻への別居手当のことしか残っていない。さもなければぼくは女を幸福のしるしを持って見るだろう。女と ぼくは良き友人関係を結んでいる。
それより先に火刑の薪の山のように敏感な畜生どもに喰われてしまっているだろうが。》
私はかれの話を聞いて汚辱を栄誉に 残酷さをひとつの魅力にしてしまう。《ぼくははるか遠くの種族の者だ。父方の祖は スカンディナヴィア人だ。かれらは脇腹を互いに突き刺して その血を飲んだものだ。――ぼくは自分で体中に切り込みをしてみせることもできる。入墨をなしモンゴル人のようにぞっとするような恰好になってやることもできる。いいかい ぼくは街の中で唸ってやる。怒り狂って見せてやる。ぼくに宝石なんかちらつかせないでくれ。ぼくは絨毯の上を這ってのたうちまわってやる。ぼくの財産は すべて血で染めてやる。絶対ぼくは仕事なんかしないんだ。・・・》
多くの夜は かれの悪鬼が私に取り憑いて 私たちは殴り倒し合った。私はかれと喧嘩をした。――夜は時々酔っ払いながらかれは街の通りでも家の中でも待ち伏せをして私を死ぬほど驚かすのだ。――《ぼくはきっと頸をはねられるだろう。厭な気持ちだろうなあ。》おお かれが罰の風を浴びて歩く日々よ!
時折りかれは優しそうな方言を使って後悔に追いやられた死について 実際存在している不幸な人々について また骨の折れる労働や心の引き裂かれる別れについて話した。私たちが淫売屋で酔いつぶれるとかれは 私たちを取り巻く困窮の家畜といったような者たちのことを考えて 涙を流していた。暗い通りに飲みつぶれた酔っ払いを抱き起こしたりもした。かれは 幼い子供に対する意地悪い母親の憐れみを持っていたようだ。――かれはかわいらしい娘と連れ立って教会のカテキスムにも行った。――かれは何にでも通じている振りをした。商業 芸術 医学なんでも。――私はかれに付いて行った。そうするより仕方がなかったのだ。
私はかれが頭の中で 自分を飾ろうとしたものをみんな知っている。衣裳 敷布そして家具など。私の拳銃や別人のことも かれのせいである。私はかれの好みそうなものをすべて知っておりそれをどのように作りなせばかれが喜ぶかもわかっていた。かれが気力のなさそうにしている時は私はかれのために善かろうが悪かろうが関係なく奇抜で込み入った行動に付き従った。ただ私はかれの世界に分け入ることができるとは決して思っていなかった。寝ているかれのそばについて幾夜となく起きたまま何故かれがこんなにまで現実から逃避しようとしているのかを考えたものだった。男は一人として同じ願いを持たない。私は――かれの将来を気遣うことなしに――かれが社会の一危険人物たりうることを認めていた。かれはもしかすれば《人生を変え》ようという願いを密かにおこなっていたかも知れない。いや やはり私は かれはただその願いを探そうとしたに過ぎないと言い直さねばならない。遂にかれはその愛徳も魔法にかかったものとなり 私はその魅惑の虜となったのである。他のどんな人もその魂にこれだけの力を持ち合わせていないであろう――絶望の力ともいうべきもの――その絶望を支え それによって守られ愛されるべき力を。他の点でも 私はその力を他の人の魂の内には想い描けない。人はかれの中に天使を見ても 他の者の中には決して見ないであろう――と私は思っているから。私はかれの魂の中にあって宮殿にいるかのように思いしかもその宮殿にあなた方のような貴からぬ魂の持ち主は二度と見たくないと言って全く空っぽになってしまっているのである。全くこのことに尽きてしまう。何としたことか。私はたっぷりとかれに寄りかかってしまった。と言って私のような生彩なくだらしの無い存在をかれはどうしようと言うのでもあるまい。この存在は消滅させないとしたら かれは何をしたことにもならないであろう。私は悲惨なくらい癪に障ったとき言ってやった。《おまえのことはようく分かる》と。肩をすくめるのがかれの返答だった。
こうしていつも私は苛立たしさが募り自分の目から見て――つまりもし私が如何に非難を受けていても人々からまだほんの少しでも忘れられておらずかれらがじっと目を据えて私を眺めたとしたとき以上に――取り乱してしまったとき私は 徐々に自分がかれの優しさに養われてきていることを知った。かれの接吻と狭い友人関係の中で結構天に上ったようだった。それは薄暗い天であり私はよくそこに立ち入り その時私は身を任せるがままに貧しく聾で唖で盲人の状態でいたかったことは事実だ。もうそれを常習としていた。私は私たちのことを二人の人のよい子供のようで自由に悲しみの天国を散策していると思えた。二人とも折り合いは良かった。結構感動を伴ないながら二人は 一緒に仕事をしたこともある。しかしある時 深い愛撫ののちかれはこう言うのだった。《きみにはきっとそれがおかしく映ることだろう。ぼくがもういなくなったとしたら きみが経験してきたこのことは。きみがもうぼくの腕を頸の下に見なくなる時 またぼくの心がそこにきみの休息を保証しなくなる時そしてきみの目のうえにはこの口もなくなった時のことだ。だっていつかある日ぼくは去っていかなければならないのだ。それはぼくの義務なのだ。あまり気の進む話じゃないかもしれないが。親しい人よ・・・。》 すぐさま私はかれがぞっとするほどの暗闇の中に沈殿していて眩暈に悩まされている私の姿が映った。《死》にほかならない。私はかれに私を見放さないよう約束をさせた。かれはこの恋人の契りを二十回も繰り返した。《おまえのことはようく分かる》などと言う私も同じくはすっ葉だった。
ああ私はかれのことで嫉妬を感じたことはない。かれは私から去ることはないと思う。どうしようというのだろう。かれは一人として交友もなく 仕事についたこともないのだ。ひとりそのやさしさと愛徳だけによってかれはこの現実の世界に留まっていられるのではないだろうか。時々私は自分が落ち込んだ《憐憫》を忘れてしまうことがある。かれがそこで私に力をつける。私たちは旅に出 砂漠の中に不精にも楽々と眠ってしまう。私は目を覚ますと法律と習慣が――かれの魔力のおかげで――変わってしまっており 世の中は同じものに留まりながら私を欲望の命ずるがままに喜ぶがままに 無頓着のままに放っておくようになっている。ああ子供たちの本の中の冒険の生涯というもの 私は自分の償いをつけるため これを十分苦しんできたのだが おまえは私にこれを与えようとするのだろうか。かれはそれは出来ない。私はかれの理想は知らない。かれは私に悔いるように 希望を持つようにと言った。自分を見つめることは必要でない。かれは神に向かって話そうというのだろうか。もしかすると私が神の前に出向かなければならないのかもしれない。私は深淵の極めて奥深いところにあって もはや祈る術も知らない。
もしかれがその悲しみを私に説いて聞かせてくれるなら私はその冗談などよりもっと深く理解できるだろうか。かれは私を傷つけ時を過ごしながら 私を世の中に接するようにさせうるものすべてについて私が恥づかしさを感じるようにさせる。そこで私が泣くならかれは憤慨した態度を見せる。
――《あそこに綺麗で落ち着いた家に入っていく上品な若者が見えるだろう。かれは デュバルというんだ。いや デュフール アルマン モーリス そんな名前だ。ある一人の女がこのつまらぬ間抜けを献身的に愛した。そしてかのじょは死んだ。今は確か天にあって聖女である。おまえはぼくをちょうどこの男がかのじょを死なせたように死なせようとしている。それは互いの運命でもある。ぼくら慈愛に満ちた心にとっては。・・・》
ああ長い日々の間にすべての活動的な人々もかれにとってはグロテスクなうわ言のための玩具と見えてきたであろう。かれはぞっとするような笑い方をした。いつまでも。――次には再びかれは若い母親や姉の態度をとった。かれのはにかみがもういくらか少なかったら私たちは救われていたかもしれない。しかしかれの柔和さもまた致命的であった。私はかれに降伏してしまっている。――ああ私は狂いそうだ。
いつかおそらくかれは素晴らしい形で消えてしまうだろう。ただ私はもしかれがどこか天に再び上るなら私のかわいい友の昇天をちょっぴり見届けなくてはならない。
奇妙な夫婦だ。