caguirofie

哲学いろいろ

cf.2005-02-06 - caguirofie050206(もくじ)2005-03-08 - caguirofie050308

ファースト・キスの物語

リルケの詩?批評?

それは 夏だった。八月だった。しばらく振りの電話での応対*1があった。
どちらから掛けたか いまは さだかではない。リルケの詩についての小さな評論があるという。面白いという。わたしは リルケが好きでなかった。適当に受け応えていた。この適当さというのは ポーラとのあいだで わたしにとって 初めてである。コピーして送るということになった。
現代詩手帖》なる雑誌に掲載された小論で ドイツ人の研究者がフランス語で書いたものを日本語に翻訳してあった。この訳者は わたしの大学時代の恩師だよと 次の電話で ポーラに言ってやった。そこらあたりで 話が続かなくなった。中味については わたしは何もまだしゃべっていないのだが ポーラはもう自論を引っ込めにかかった。

初めての誘い

その年の暮れに 新年にかけてわたしは ヨーロッパへ 初めてのパッケージ旅行を思い立った。その留守のあいだに ポーラから自宅へ電話があった。夏以来である。
旅行から帰ると 早速 電話した。K市に来いという。ポーラの引越し先の町である。ポーラからの誘いなど 初めてのことである。わたしは 特に高速道路で車にチェーンが必要なことから 乗り気でなかった。車で来て とまで言って来た。(リルケの件は わたしが 応対の適当さ*2を初めて見せたそのことが この誘いにつながったかという一つの推理から。)

冬の古都

一年以上の空白がある。それ以上に最初の誘いに応えてきたのだから 緊張感がある。わたしにも増して はじめは ポーラが緊張していた。古寺へ行ったが 昼近くになったので まずご飯である。ところが もりもり食べた。しっかり食べようと言葉でも言いながら 平らげた。(わたしは いつも残らず食べる習慣だが。)
とはいうものの 寺の中に入って 見てまわり始めてからは ポーラは もう 何もなかったようだった。わたしは 最初のポーラの様子を見たときから 緊張がほぐれていた。

そう言えば プロポーズもしていた。

茶店に入った。いつしか 英語でしゃべろうということになっていた。ポーラは わたしが 人見知りをし はづかしがり屋なので こう聞いてきた。教壇に立てるかと。I can manage.と答えた。(つまり この英文を覚えている。)冬の観光地には 客は ちらほらとしか いない。茶店は 貸切りであった。借景もきれいだった。Would you marry me?と尋ねた。ゆっくりゆっくり 答えようとしていたが I don't know.と返ってきた。そう言った。好きではないのかと尋ね返した。記憶をたぐって 想い出すその返答は 以前の高校時代よりは 好きではない だったか。Yesも Noも あたまにつけなかった。I don't know.以外に答えはなかった。

以心伝心??

わたしは そろそろ ポーラにとっての連れ合いの候補の位置を降りるときが来たと思った。
どこへ行くともなく 寺をあとにして 車に乗った。
ここからが 世にも奇妙な物語である。以心伝心という言葉があるが 暗黙のうちに会話が成り立って 事が運んだ。街から遠くへ行きたい 自宅を離れて遠くへ行こう というメッセージを運転席のわたしは 助手席から 受け取った。目的地も決めずに 帰路とは反対側の道を選んで走った。山の中へ進んだわけである。
かなり奥へ入った。引き返そうという信号。あまりにも道が狭くなってきたのだった。引きかえす途中に 車のすれ違いのための割りあい広い空閑地があって わたしは 自分から ここに休憩をとろうとした。

なぜかファースト・キス!?

相当深い峡谷に沿ったところで 向かい側には 杉の林が茂っていた。外に出て のんびりしていたが なんとはなしに キスの問題が現われた。
車にもたれたポーラに近づいたところ 笑っている。抑えて 小さく 下品にならないようにして。くすくすは 止まらなかった。一たん場を離れた。時間を取った。静まるまで待った。言葉はかけなかった。それで駄目なら 駄目でよいと考えた。
さらに抑えるようにしたようだが ついにくすくすは止まらなかった。強行すれば 口づけだけなら 出来た。強行せず。ヘイ!ポーラ物語は ここで一巻のおわりだと思った。

以心伝心???

そのまま運転席に坐ると ポーラもさあーっと車に入ってきた。古寺の近くまで戻って来て山道に別れると 一直線でポーラを自宅へ送るという作業に徹した。
ポーラも おとなしいものだった。助手席で 怒った様子もなければ 不平も文句も言わない。何かを言いづらそうにしているわけでもなければ おかしい・分からないという素振りひとつもない。そして その底力を見せつけられるのに 無言の行の五分とかからなかった。
運転するわたしが 途中で三叉路をまちがえて左の道へ入ってきたと気づいたのは むしろ 隣りのポーラが 下向き加減に わたしに合図を送っていたからだった。
なにか気を感じて横のポーラのほうを振り向いたあと たしかに その目で周囲を見ると 様子がちがう――行き交う交通もなく 古びた景色が広がり 明らかに走っているべき幹線道路ではなかった。

こわあーい!!

ポーラは済まなさそうにしている気配があり 三叉路を間違えさせたのはわたしですと言っていた。(すでに 断言のかたちをとることにする。)オソロシイと思ったかどうか。そう思うことにも言うことにも 踏み出す前にわたしは Uターンして 引き返していた。幹線道路に戻りつくまでに ポーラは どこへでも付いていきます 連れて行ってくださいと言っているとの感覚があった。無視した。

べらぼう話きわまる

幹線道路は 二車線だが 幅広く まだ山の中とはいえ 運転は楽だった。前を走るトラックがいやにのろかったのは事実で これを追い抜こうとする。この動きが 助手席からの指示によるのか はっきりしない。どういうわけか 対向車線にかかった追い越しのかたちになっても だめサインは出なかった。ただ まだ遠くながら 一台大きなトラックが対向車線を来るのが見えた。
ここで速度を落として 車線に戻ろうとすると まだ なお 行けという感覚が残っている。それが 隣りから出ているものと すぐに分かった。つっきって この追い越しを敢行する。わたしは じゃじゃじゃじゃーんと口走っていたはずだ。

愛している?????????

送り届けた自宅の前で 別れ際に 愛しているという無言のメッセージを受け取るという感覚を持った。
first kissの話完了)
 

*1:互いの間に新幹線を利用して二時間弱かかる距離あり。

*2:わざと 適当に振る舞ったのではない。ポーラが 面白いというその内容をきちんと明らかにしようとしなかった。読んだあとのお楽しみと言おうとしていたのか。