#101
もくじ→はてな061223
第四部 ヤシロロジとしてのインタスサノヲイストの形成
第五十七章b もう一度 前史と後史ということ
――告白7・4・6――
ウェーバーの文章について考えます。
最後の一文 《神の力は巨大なもの 唯一神教的なもの にまで高められる》というのは ウェーバーの見方である。《ねたむ神》を そのまま実体であると思いなすことによって――つまり はじめに《やしろ資本推進力として 唯一のちからである》かれが あのアブラハムに始まる信仰が 共同主観されたとき ただいわば前史として 表現じょう そのように(《ねたむ神》というように)語り合われたにすぎないものであるのに―― ただ人間的な推論によって この共同主観が 人びとのあいだのおきてなのであり やがてそれは つまりヤハウェが 《巨大なもの 唯一神教的なもの にまで高められる》と見て説いたのである。