caguirofie

哲学いろいろ

#42

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Nahal Arnon

The Arnon is a two-mile-wide valley that divides the land between the Israelite tribes to the north and the land of Moab to the south (Num 21:13; Deut 3:16).

第二部 ヤシロロジ(社会科学)におけるインタスサノヲイスム

第二十四章a インタスサノヲイストは井戸端会議を普遍化・理論化して唯物史観する

――アウグスティヌス 《強くなる》――


《告白》第三巻第六章第十節は つづいて語ります。

しかし 私の愛よ 私は強くなるためにあなたに向かい 力つきはてるのですが 〔あなたは 何であれ天に見られるような物体ではありません。そこに見られない物体でもありません。・・・〕
(告白3・6・10)

括弧を付したところは インタスサノヲイスムが 史的唯物論に還元されるのではないことを物語るはずです。言いかえると インタスサノヲイスムは 《質料主義(人間にあっては身体の運動のみ主義)――つまり マテリアリスム――》に立つが 主体的なキリスト史観である。主観を言う。唯物史観は その理論また対象に即した理論である。
《わたし》と言って了解する自己と このわたしが身体を持った存在でありその要素は質料である〔と認識する〕こととは ちがうと考える。そのまま 後者の質料主義・唯物論が 史観の根底であるということにはならない。(身体は 《わたし》の基体であり 質料は 身体の構成要素である。)《わたし》=自己が 質料=身体の運動を捉えるのであり この認識し行動するわたしと 身体・質料とは ただちに同じであると言わない。それらは わたしのもとにある。また《わたし》と その質料主義なる認識あるいは唯物史観とは ちがう。それらの理論ないし観点とも ちがう。《わたし》は 唯物史観そのものではあるまい。

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