caguirofie

哲学いろいろ

こころの折れるとき

https://oshiete.goo.ne.jp/qa/9926876.html

回答

神話の目的、神話の成立についてなにも知りません。


賢い姉と思慮に欠けるが行動力のある弟の関係について考えることは許されるのですか?

この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。


★ 賢い姉と思慮に欠けるが行動力のある弟の関係について考えること
は許されるのですか?
☆ 許されるのか? ――哲学に禁忌もご法度もありません。完全に自
由なのが 哲学です。


ただし 実際の世の中は そういう理論どおりには行かないところがあ
ります。

昔なら――明治憲法のもとなら―― 不敬罪になります。


いまでも その《余韻》があって 人によって アマテラスの批判は
KY だと見なすことがありましょう。

昔の《非国民だ!》という非難が なお聞こえて来るのかも分かりませ
ん。



その上で 哲学は 自由に立って真実をもとめます。

帝国憲法の基礎にも 《広く会議を興し 万機公論に決すべし》という
考え方もありました。


補足コメントにこう書きました。
☆☆ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
すなわち このアマテラスとは 天上天下唯我独尊というキャラクター
なのでしょう。

このキャラクターに相い対する人間で 〔免疫の出来る以前において〕
心の折れない人はいない。

――こういう見方であり それについて問うています。

社会としてどう処理するか?
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
☆ 記紀神話のこの姉弟の物語をどう読みどのように哲学として――ま
た人間論や国家社会論として――読み取るか? これについてなお議論
があるはずですが 質問者としては 趣旨説明に述べた解釈とこのコメ
ントをもって みなさんに問うています。どうでしょう。

★ 賢い姉
☆ とのことですが そのアマテラスに よき人間性を見出すことが出
来ますか? かのじょの振る舞いに 人間性としての整合性があります
か?

わが弟 スサノヲよ。おまえがわがタカマノハラを奪いに来たとうたが
ってわるかった。ゆるしたまえ。――とひと言言えば済むことではない
ですか?