caguirofie

哲学いろいろ

N*** J*** ― 美○ ○○恵

瀬○香さん、
あなたはわたしの友達であるという。そして同時にわたしを蔭でせせら笑っている二人の友でもあるという。
わたしに付いていたってあなたには何の得にもならないでしょう。
わたしがあなたに「わたしを鞭打つ彼らの友」という意識で憎しみの感情を抱く前にわたしたちの友達関係は解消したほうがいいかもしれないと思い始めています。。。

美頭 ○○恵

やめてくれよ。

美○ ○○恵

損得なんか関係ないのが友。
困っているときに
そこにいるのが友。

わたしはあの二人の人間性自体を悪く言うことはしないだけ。でも、わたしの友であるあなたを彼らが傷付けるときは、喧嘩は売るし賈う。

今はあなたの味方だと
言っているではないか。

美頭 二美恵

↑すまん。わたしがあなたの友でいたいだけ。

美○ ○○恵

でも世界中を敵に回すことがわたしにはできないだけ。わたしは臆病者だから。

N*** J***

ぼくなりに考えながらお話しします。瀬里香さんとの友達関係の解消というのは、なにも「坊主にくけりゃ袈裟まで憎い」といったものではありません。AさんBさんの友達はつまりぼくの敵だ!と言っているのでもありません。

これは、一度きりの、短い人生に対してのそれぞれの価値観・人生観の違いです。

知らずに人を傷つけてしまうことって誰にでもあります。ぼくだって当然例外ではない。人に足を踏まれていても「痛い!」と言えない人もいる。
そして踏んでいる人が気づかなければその人は相手の足がどくまで痛みに耐えていなければならない。

けれども普通の人の感覚なら、「痛い」といえば足をのけるものです。
仮に「ごめん」がなくても、

痛いと言っているのに、困っていると言っているのに止めようともしない人たちと「ともだち」であるひとと、「友達」でいるということに疑問を持っているのです。

Bさんは雪山さんをブロックしています。そして雪山さんが必死の思いで書いたであろうブログへのコメントにも全く反応しようとしません。

わたしはああいう自信たっぷりで自分は決して間違ってはいないと信じている人たちが嫌いです。彼らにしてみれば、ぼくも、あほなも、ニャンポコも、更にはハコブルも猪突もサイコロも「馬鹿ども」でしかないのでしょう。

わたしはAさんBさんは間違っているのだから友達を止めるべき、とも、わたしか向こうかどちらかを選べともいうつもりはありませんし、言わないだけではなく思ってもいません。

だれを友達に選ぶかは全くきみの自由です。そしてぼくにもその自由があります。

そして向こうはなにを言っても足をのけませんよ。だって「言葉で人が傷つくことはない!」のだから。。。

N*** J***

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追記

>わたしはあの二人の人間性自体を悪く言うことはしないだけ。

ゴメン、あの二人の人間性をどうしても認めることができません。