caguirofie

哲学いろいろ

押韻ということ

最近 湯田豊という人の名前を知って いかにも

   yuda
   yutaka

韻を踏むように凝ったものだなぁと思ったことがあった。ペンネームでは なだいなだ氏のような名前が挙がります。

韻を踏む場合 頭韻や脚韻に限らず 音韻・つまり同じ子音や母音の連続という事例もある。

例の人麻呂のうたの中に次があります。

 ▼ (万葉集 第3巻 266番歌) 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  http://infux03.inf.edu.yamaguchi-u.ac.jp/~manyou/ver2_2/manyou_kekka2.php?kekka=03/0266

  柿本朝臣人麻呂歌一首

 原文:淡海乃海 夕浪千鳥 汝鳴者 情毛思<努>尓 古所念

 訓読:近江の海 夕波千鳥 汝が鳴けば 心もしのに いにしへ思ほゆ

 仮名:あふみのうみ ゆふなみちどり ながなけば こころもしのに いにしへおもほゆ
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 まづ 《み》の音で同じものの連なりを感じさせます。
 
 ▼ あふ M I の M I ゆふな M I ちどり

 次に その《み》の音とは別の音をも持って来て 或る種の対位法の効果を出します。

 ▼ ゆふ NA みちどり NA が NA けば

 そしてそのあとは 母音のつらなりを これでもかというほどに演出しています。

 ▼ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  k O k O r O-も
  しのに
  I n I s I-へ
  O m O h O-ゆ
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
つまり
 ○  オオオ‐ォ イオイ イイイ‐ェ オオオ‐ゥ