国境
架空の国境線の様な枠組みを設けますと、『ルサンチマン』の様な排除…。
★ 架空の国境線の様な枠組み
☆ もともと 隣りのムラとの境はあったわけですが 或る日或る時 ムラムラを束ねて 一方ではおそらくさらに向こうの敵になりうる人びとに対する安全保障政策のために そして他方では 人びとやムラムラを寄せて束ねるという仕事が根っから好きでその支配欲を満たすために名乗り出たお山の大将が号令をかけて その境は 何々国の国境であると言い渡した。
戦争がおこなわれたかどうかを別として そのように国境線が天から降って湧いた。また お山の大将に対して ムラムラがどう対処したかには ふたつの場合があるようです。
ひとつには 学力優秀で品行方正なアマテラス大将に対しては あまりにもその人徳ゆえに国なる広域の経営をまかせてくれと拝み倒すものだから これに根負けしてゆづった。社会に神棚をもうけて そのような第二階に住んでもらうことにした。《くにゆづり》の場合。
あとは 力づくで決めた場合です。でもたいていは おなじ同胞(はらから)ですから まんざらよそよそしい間柄でもない。
かくて 社会の形態は 一階に生活する市民たちスサノヲとそしてやがてお二階さんとなるアマテラス公民とに分かれて 二階建て構造となった。
この国という家の形態は あんがい居心地がよかったのか わるくても何も抵抗しえなかったほどひどかったのか まだまだ世界史において つづいています。
さて話を端折ります。
おそらく
★ 『ルサンチマン』の様な排除
☆ あるいは排除というよりは不信感やたしかに敵対心を持つのは――持ってもおかしくないと思われるのは―― むしろ頭がいいからと言って ふんぞり返っているアマテラス公民に対してなのではないか?
そのような《アマテラス‐スサノヲ》連関制なるあたまでっかちな逆立ち構造があるからこそ 《国境線》についても もめごとが起きる。のではあるまいか?つまり スサノヲ市民どうしは 国境の線引きを忘れるならば 仲がよい。取り立てて敵愾心をむき出しにする謂われはない。はずです。
国境にいっしょに住めばよいはずです。
つまり 国家と国家の境ではなくなる。はずです。
というひとつの見方を提示します。どうでしょう?