caguirofie

哲学いろいろ

ことばの生成!?

ことばの生成をめぐって

少しは実態を掠めるような論考を 重ねてになりますが ここらで掲げます。話題があちこち移動しますが。

   

 奈良(ちなみに na-ra=地‐ら⇒奈良。cf. no-ra=野‐ら)の三輪山あたりの地で のちに《たたなづく 青垣 山隠(ごも)れる》と形容されたその風景を見て われらが祖先の誰かが 

  HA.....

 と発出した。この場合 ただ ハアーッという息の音を出しただけかも知れない。溜息をついただけかも知れない。でも その主観の内には何らかの心の動きが あったはずです。

  HA.....SI。

 というふうに続けて 舌や口の筋肉のはたらきにものを言わせて さまざまな形にして発声した。音で いま目の前の世界の風景を切り取ったわけである。また その心の状態を 取り立てようとしたことになる。

  HASI . / はし。

 こうなると 心の状態が あたかも意味をもって表わされたかに思える。

 ――愛(は)し。

 つまり これは 中心主題相の子音/ h / と指定相・断定相のそれ/ s /が働いたと《あとづけ》して捉えられる事態ではある。ここに 自称相 の子音/ ’(=ア行子音)/で

   ’u = う。 
   'u-ru = うる(⇒裏・裡・心)。

 と作って これを添えれば

   うる‐はし。(心愛し・麗しい)

  とつなぐ。いまの心持ちをそれとしてさらによく取り立てて表わすことができた。

 ところで はじめの《 HA.....》は 主観内面のことでもあれば その心の動きを感じさせてくれる目の前の山々の姿でもある。つまりここで 一気に文として扱えば それは 主題の表明になる。
 そのための語彙を考えよう。《山》のことを どういうわけで《やま》と言ったか分からないが 人はこれを得る。そして さらに 《所》の意味の《と》を得て これらを 合成すれば 《やま‐と》のかたちに つくった。
 文としては 主題(問い)と論述(こたえ)から成る。つまり

   やまと(山‐処)‐は うるはし。

 人間は その思いを 表わさずにはいられない(!!??)。その内容を充実させようとする。

   やまと‐は・・・・・ほ・・・・・うるはし。

 と表出する。《ほ》は 突出したものの相を表わし 《穂・帆・秀》であろう。ここにさらに《ま / ろ / ば 》をも添えて

  やまと‐は ま‐秀‐ろ‐ば〔なり。 それゆえ〕うるはし。

 と来る。こうなれば 意思表示としての言語は 文による表現を基軸として さらに文法規則としても やがてその現在にまで至る姿を現わしてくるものと思われる。