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哲学いろいろ

タカマノハラとトヨアシハラとの共生について


タカマノハラとトヨアシハラとの共生について
 どういうすべがありますか? 〔=(α)〕

 昔は 互いに贈与と婚姻を繰り返すというすべがあった。さもなければ どちらかが相手につき従い 相手はほかの者を取り仕切る。
 アマテラス国とミズホの国とは 後者の前者への《くにゆづり》によって 支配従属の関係として成ったと伝えられている。
 ほかには 単純に武力の関係として成った場合も考えられる。

 現代においては 経済生活上の交通という関係が大きな位置を占めている。
 定期的な贈与を互いにおこなうことだとか 政略的と言われる婚姻をつうじての交通を絶やさないことだとかをすでに超えて モノの有無を融通する貿易交通が日常的となっている。
 思想も互いに行き交う。
 さて 
 (β) 世の中に中華思想という意味での《タカマノハラ》が 国家として君臨しているとすれば 世のトヨアシハラミズホの国ぐには その《高天の原》類型にしたがってこそ 思想(=生活態度)をかたちづくらねばならないのだろうか?
 言いかえるなら
 (γ)  雲の上の国家が 核戦力を持っているなら ほかのミズホの国々は やはり核武装をせざるを得ないだろうか? 
 (δ) その軍事力を背景にしてこそ 経済・政治・文化の交通を互いに自由におこなっていけるということだろうか?
 (ε) かくなる上は 国家の次元を外して ムラ(市町村)を主体としてもろもろの交通をいとなんでいくしかないのではないか?
 (ζ) あらためて国家とは何ぞや? 必要悪と言うならば その必要性とは何か?