caguirofie

哲学いろいろ

騎馬民族の社会文化面における影響

(1) 遊牧騎馬民族が国家を持つのは ほかの民族の国家をかっさらう場合だと言って済ましていることに関して。

 例によって江上波夫にしたがって補います。

彼らの騎馬民族国家の本質は 現実の利益追求を目的とした人々が そのために自ら組織した すぐれて人為的な 政治・経済的な性格の強いものであった。・・・

 多数の遊牧民を比較的狭い範囲内に集め 彼らを比較的強い紐帯で結びつけて 集団化・組織化するということは 彼ら本来の 遊牧的あり方に矛盾するわけである。
 したがって 軍事上の要請で 彼ら遊牧民を集団化・組織化しなければならないとすれば それは遊牧的生産よりも より多くの経済的利益が予想されるところから 人々が自らのイニシアティヴで各自の遊牧的生産をある程度犠牲にしても すすんでその集団・組織に参加するというばあいか あるいは その集団・組織の主体をなすものが 兵力か権力か なんらかの強制力をもって 人々を集団や組織のなかに投入するという場合かの いづれかであろう。(p.18)

 ☆ ここには 《より多くの経済的利益が予想される》そのオイシイものを狙ってみづから組織化するという《良いとこどり》の特徴も見られます。

(2) 遊牧生活から遠いと思われる日本に遊牧民の思想が入ってきているのではないかに関して。

 いくつかの事柄があるわけですが 二点触れます。
 (2−1) 家系が 男系継承でかつそのことを記録するかたちでこだわるということ。
 つぎの二つの事例を挙げます。

  • 《稲荷山鉄剣銘文》に見る系図の記録例

ヲワケの臣 上(かみ)つ祖(おや)の名はオホヒコ。其の児〔の名は〕タカリのスクネ。其の児の名はテヨカリワケ。其の児の名はタカハシワケ。その児の名はタサキワケ。その児の名はハテヒ。
 その児の名はカサハヤ。その児の名はヲワケの臣。世々 杖刀人(たちはき)の首(をさ)となり 事(つか)へ奉り来りて今に至る。・・・(埼玉古墳群で出土した鉄剣銘)

  • 聖書:マタイによる福音書 冒頭 

 アブラハムダビデの子孫であるイエス・キリスト系図
 アブラハムはイサクをもうけ イサクはヤコブを ヤコブはユダとその兄弟たちを ユダはタマルによってぺレツとゼラを・・・もうけた。(以下略)


 (2−2) 記紀神話に伝える王(天皇)の即位儀礼に関して 遊牧騎馬民族の風習と似たようなことが見られる。

  • 護雅夫:遊牧騎馬民族国家
  • 真床追衾(まとこおふふすま)

さて わが国の天孫降臨神話では

   時に タカミムスヒのミコト 真床追衾(まとこおふふすま)を以て
  皇孫(すめみま)アマツヒコヒコホノニニギのミコトに覆(おほ)ひて
  天降(あまくだ)りまさしむ。

 と見えています。・・・
 この《真床追(覆)衾》の《真》は美称 《床追》=《床覆》は 《床を覆う》をしめし 《衾》は《伏す裳(ま)》つまり寝るときに身をおおうものです。
 神の子が何かにつつまれて 上天から降臨するという主題(モティーフ)はまた 南朝鮮加羅国の建国神話にも見えています。すなわち そこでは 神の子は 紅幅(あかいきれ)につつまれて天降り 酋長我刀の家にもちかえられて かつ 榻(しとね)の上におかれています。(p.101)

 

 まづ 華北北魏を建てた モンゴル系またはトルコ系の鮮卑の拓跋における即位儀礼について

    黒い氈(フェルト)で七人の人間をおおい 新しい君主は その氈
   の上で 西方に向かって天を拝する。

 と言われています。またジンギスカンの即位の際にも

    七人の首長が ジンギスカンのすわっている黒いフェルトを持ち上
   げた。

 と伝える史書もあります。さらに カルムク族について

    部族の首長は 部族の一般的集会でえらばれた。この選任の結果は
   えらばれた人物を 一枚のフェルトの上にのせることによって知らさ
   れた。

 とか キルギスでは 新しくカンになるものを 《薄くて白いフェルトの敷物に載せて 何度も高くほうり上げては落とす》儀式が行なわれたとか 伝えられています。(pp.99−100)

大嘗祭のとき 御殿の床に八重畳を敷き 神を衾でおおって臥させ 天皇も衾をかぶって臥し 一時間ほど 絶対安静のものいみをします。これは死という形式をとっているのですが そのあいだに神霊が天皇の身にはいり そこではじめて天皇は霊威あるものとして復活するわけです。・・・(あとは割愛します)(p.102)