人間関係ということ(ただし恋愛の)〔 μ‐2〕
高校一年生の初夏。例の μ さんのお話し。
わたしがかのじょを好いているとの噂が校内に広がったころ。部活の仲間が 輪転機(旧いですね!)のある部屋で 印刷をしていたとき。μ さんが そのクラブの顧問の先生を伴なって あとから入ってきた。
顧問は 一節 自分の学生時代を 勉強のことを中心に語ったあと 一枚のレコードがあると言って それをわれわれに聞かせました。
《 Greensleeves 》という英国民謡で μ さんは さもおとなしそうに(入って来たときから そうでしたが) そのレコードの歌詞を追いつつ われわれのほうをも時々 見やります。歌詞は 先生が見せてくれたもので
♪ Alas my love, ye do me wrong to cast me off discourteously.
♪ For I have loved you so long delighting in your company.
♪ Greensleeves was all my joy and Greensleeves was my delight.
♪ Greensleeves was my heart of God and who but the lady Greensleeves?
という失恋の歌でした。
その顧問が説くように言うには こういうことは 人生によくあることだ 人はみな このような試練に遇い 乗り越えていくものだ とか。
どうも なにゆえ この歌なのか?とみな(つまり後から入ってきた μ さん以外の数人のわれわれ)は いぶかっていました。
ようやく 皆にも歌詞の中味がしっかり分かってきたころ 顧問は それとなくわたしの方に関心があるという様子を見せ μ さんは やはりそれとなく わたしの反応はどうなのかという風な様子です。
なんのことはない。かのじょは 乗り換えます よろしいですか?と言おうとしていたのです。わたしから この顧問の教諭に。
皆は知らん振りを決めました。わたしは まづ自分が 好きだという噂のことだけで 乗り換えられるべき恋愛の相手となっていたのかと いぶかります。まだ 口も聞いたこともなかった。(部活の事務的な話を除いて)。だけど 待ったなしです。
わかった ただし もう元に戻ってくることは無しという条件で どうか?――これが 咄嗟に出したわたしの答でした。
言っておきますが――昨日の話に関連しているのですが―― これらすべては つまりレコードを聞かせるという出来事のほかすべては 暗黙のうちに 一種のテレパシーによる会話です。以心伝心ともいうようですが。
μ さんは このわたしの返事に対して 諾とも否とも 一言も返さないまま その場は お開きとなったのでした。