わたしが受けたいぢめ(5)
いじめをしかける者のこころは知らないが 仕掛けられたとき わたしは まず鈍感である。(《鈍感力》だとは思っていないが)。感づいてからは 相手と 相い対峙しているというのが よくある形態である。
幼稚な中にも 精一杯 対峙した事例を述べよう。
いつ頃から κ くんを意識したかは さだかではない。小学六年間を一緒に過ごしたのだが おそらく四年生頃からだと思う。わたしが 引っ込み思案になったのとかかわっているかと思う。
と言っても わたしは 足が速かった。飛び抜けてでは決してない。しかも つねにトップ・グループにいて 結局は運動会などで わづかの差ででも 一番だった。
年に一回ほどだったろうか 冬に 長距離競争がある。3キロかそこら走ったのだろうが 相当ながい距離に思えたものだ。そして この通称《マラソン》では トップ・グループは 二番手とは比べものにならない差を示していた。そのグループというのは κ くんとわたしのただ二人だった。
じっさいには κ くんがわづかに速かった。話を端折るけれども スタート地点に戻ってくるコースだったが ゴール直前で 行きとは別のコースを走る決まりであった。このとき わづかに先を走っていたκ くんは 間違えて元来た道を走っていってしまった。わたしは 知っていたが 何も言わなかった。この結果 決まりのコースを走ったわたしが 一等になった。
それからというもの かれは わたしに対立した。時には敵意を見せるほどだ。殴り合い・つかみ合いに発展しかねない様相を呈している。
このときから ふたりは 相い対峙するようになった。
なにもなかったが とうとう 卒業式の日 いざ 皆が家に帰ろうというとき かれは わたしの靴を外へ放り出した。それだけ鬱屈したものがあったのであろう。さいわい 友だちがその靴は取り戻してきてくれて κ くんも それっきり何もなかった そして 終わったというお話である。