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哲学いろいろ

わたしの受けたいぢめ(2)


変わった事例をと思って・・・
小学同級生・α さん(女性)の懐かしい話。


結末は 運がよかったというお話。


わたしは 小学四年のときから人前が苦手になりました。それでも 六年のとき 生徒会の役員に立候補せよと勧められて 従いました。α さんは 最高当選で会長となり わたしは 何位だかで 書記を言い渡されました。この立ち場が決まったとき α さんは 突然 態度や表情で わたしに好意を持つという表現を示し始めたのでした。

これには驚いて――ただただ 驚いて―― わたしは 感性の船が氷を割って進もうとするかのように あたかも海賊船から逃げようとするかのように 扉を閉ざしました。理屈も何もなく 目も合わさないようにとさえ 振る舞うことになります。


郊外(田んぼの中)の中学校に進むと 時折り出会うたびに かのじょは ぎこちない態度を わたしに隠そうとはしなかった。


高校も なお同じだったのですが そして二年生の一年間は 同級でさえあったのですが もう 以前のぎこちなさは消えていました。


これが 二十五から三十歳のあいだに 時折り街の中で遇うことになるのです。大学もちがったし その後なんら気にもかけていず お互い 自分の道をあゆんでいるということだったのですが そうではなかった。


たとえば この偶然の〔ではなかったかも知れない〕出会いのとき あたかもキャバレーのホステスと見えるかのような自由奔放な服装です。実際そうではないと判断しうる程度の誇りを見せていました。五年ほどの間に十度近く遇った感覚ですから 一年に一・二度だったのでしょうか。


最後のとき かのじょは 隙を見せていました。余裕がありました。これに誘われるように わたしは 《 α さんですよね?》と声をかけます。かのじょは するりと体を翻して 何も言わず 去って行きました。


この出会った街は 高校時代までの故郷とは違うところなので――つまり わたしの家族がそこへ引っ越したということですが―― 出会うことじたい やはりまた驚きだったのです。


ですから わざとかのじょは この場所にやってきたのだろうかと 時には 不気味でした。


小学生のときかのじょが突然 態度を変化させて以来の わたしの気持ちと態度を さらに 守りとおしていたということで これが よかったのでしょうか。

いぢめは書くのがむつかしい

ここでは わたしの意見を述べることも しようとしていますし また さらに 書いている過程で あらたな見解が生まれるといいなとも思っています。


そして 事例について述べるときは できるだけ 事実のみを記し そこでは逆に 自分の意見を控えるようにしようと思っています。努力目標ですが。


これまで ほとんど書いたことがなかったし 人に話すことも少なかった。そして わたしの考え もしくは むしろ 感覚は 人とちがっているかも知れず それにもとづくわたしの意見は 直截な表現を交えているかも知れません。


そのあたりは 注意しますが ここブログとしては 率直なところを表に出していくかとも思います。その点では 寛容のほどを みなさんには 願っておこうと思います。