caguirofie

哲学いろいろ

#9

もくじ:2010-09-17 - caguirofie100917
2010-10-05 - caguirofie101005よりのつづき)

 少し詳しい議論に立ち入るなら。
 大岡は 一九七六年十二月の《ユリイカ》誌(これは 大岡信を特集している)に かれの代表作の一つとされている《青春》の初形を披露している。これは 後の改稿(=決定稿)と見比べることによって はじめの短歌作詩の層雲を突き抜けて 近代・現代詩の気圏へと飛び出たその瞬間の経緯をよく示している。一部を示せば次のようである。両者とも 《青春》という題名であり 変わりない。


   あてどない夢の過剰が、ひとつの愛から夢を奪った。驕る心の片隔(原文の
  ママ)に、少女の額の皺のやうな、いたましい翳りがあって、見つめると、侘
  しい思ひをさそふのだった。ゆすれて見える街景に、いくたりか幼い頃の顔も
  あったが、記憶はすでにみすぼらしく、眼つむれば、街かどで、吹きつける風
  に頬はひび割れ眼球は北に飛んだ。
    (《青春》初形)


   あてどない夢の過剰が、ひとつの愛から夢をうばった。おごる心の片隅に、
  少女の額の傷のような裂目がある。突堤の下に投げ捨てられたまぐろの首から
  吹いている血煙のように、気遠くそしてなまなましく、悲しみがそこから吹き
  でる。


   ゆすれて見える街景に、いくたりか幼いころの顔が通った。まばたきもせず
  いづれは壁に入ってゆく、かれらはすでに足音を持たぬ。耳ばかり大きく育っ
  て、風の中でそれだけが揺れているのだ。
    (『記憶と現在』所収 1956)


 改稿において 《まぐろの首》あるいは《壁に入ってゆく》あたりの表現に 《具体感》がある。
 この詩が 詩作品として必ずしも成功しているとは思わないが 旧新二編(そのほぼ前半部分である)の対比においては 大岡の引用している赤彦の言葉を用いれば 《抽象的言語が具体感によって特殊化される》次元を目指すものが まづ《象徴主義》であったということを想起すれば 十分であろう。あの(A)から(B)への移行を この改稿によって大岡は行なっていると見られる。

 
  (つづく→2010-10-07 - caguirofie101007)