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哲学いろいろ

#51

もくじ→2006-12-23 - caguirofie061223

Église de l'Annonciation;Nazareth

Une église byzantine fut élevée à l'endroit où il est cru que l'ange Gabriel annonça la naissance de Jésus à la vierge Marie. En 1966 l'église catholique romaine commença la construction d'une nouvelle basilique en dessus des ruines, qui aujourd'hui est la plus grande du Moyen Orient. L'église orthodoxe grecque fut bâtie au-dessus de la source d'eau de la ville.

第二部 ヤシロロジ(社会科学)におけるインタスサノヲイスム

第二十八章b ヤシロロジは 具体的な行為としてのインタスサノヲイスムに始まる

――この点にかんするアウグスティヌス――



世の中には 《夜》の世界で不法行為をおこなっている人もいれば この人びとと互いに頼りながら 自分は 《昼》の世界で 社会的に高い地位に就き立派に生きているという人びともいる。そのような指導者たちを批判しつつ いわば同じアマテラス圏に住む人びともいる。そして これら全体の社会を捉えようとする地図を描く人もいる。地図に説明をつけ その内容としては 利害関係およびエートスといった動因・起動力を摘出する。かんたんに言って 夜と昼とに対応させている。
エートスについては そこに人間の知力あるいは精神の徳と美とを捉え ひいてはこの精神の共和国を描こうとする場合もある。この精神を讃える説では そのエートスを 利害関係と対立させ 果ては それらで二元論を構成させる。お金の世の中のことが分からないとするエートス論では あまりにも一面的だと考えられるからということで その主人公を けっきょくにおいて 向こう側へ・天のかなたへ アマガケリさせ そのことによって 現実性を確保しようとする。こころの美しさというものが ますます浮かび上がると思ってのことであろう。
さらに その全体観・綜合論は 行くところ限界はないかのごとくである。この二元論をさらに あたかもアマガケリした空中の地点から見下ろして けっきょくのところは 《運あるいは守護神(デーモン)に従う――もう少し品よく言えば 日ごとの要求に従う》という結論に達する。支配の類型学を説き明かすならば もはや すべてが・誰もが この大エートス論の説く社会の中に生きていくのだという寸法であるらしい。
エートス論は スサノヲ者の素朴な信仰(共同主観)が 素材を提供していると考えられる。そこから 客観抽象アマテラス語によって やはり観念の一大体系を描き尽くし やはり精神の王国を 人びとのあたまの中にすり込もうというかに思われる。
これを アマテラス予備軍とよび これの批判に進んできた。
内村鑑三の《不敬事件》を内田芳明が取り上げ整理している議論について われわれの立ち場と見解を明らかにしていた。内田見解の第三点に移る。

(3)他方 天皇制絶対主義の確立と勝利を社会体制と思想の両面からマークすべきはずの 明治二十二年(1889)の帝国憲法と翌年の教育勅語とは その後の排他的唯一絶対的国家信仰にまで高められつつ昭和時代のファシズムの形成にまで発展をとげていく原動力の一つであったことを考えると 彼らの勢力が キリスト教の普遍精神の中に重要かつ根本的な敵対物を看取して これに挑発し その力を無力化させようとする傾向が生ずることも必然であった。
(内田芳明:内村鑑三集 〈解説〉)

)だから なんと言いたいのか。

〔(3)つづき〕《不敬事件》は この二つの根本的に対立するはずの思想的立場の鋭い衝突であったがゆえに それは 内村鑑三を犠牲として審判台に引き出しつつ キリスト教攻撃の広く根強い与論形成へと発展していったのである。《不敬事件》は 一度は公的にあらわされるべきこの根源的衝突に点火したのである。〔第三点は 以上。つまり《指摘》終わる。〕
(内田芳明:同上)

)教頭の良心の自由とのかかわりあいを 拒否したのなら これは《事件》であった。やしろの資本形成への参加を自分から拒否したのであるから。第一高等学校の職を辞めたいのなら こんなかたちで その意思を表明すべきではないであろう。自分からかれは 《かごめ》となっていったのではあるまいか。これは 《余の耐えられぬ事》である。
)教頭がもしどうしようもなく 誤った思想的な立ち場にいる者であったと仮りに せよ。しかし かれとても 一面では 自分の良心の自由を傷つけられたことにより もう一面では 人間としての良心より 《事件》とせざるを得ない。《石をふりあげる》かどうかを別として。
このようなともあれ良心による資本(人間関係)形成は たしかにその人が悪人であれ用いられるというようにして 《神の恩恵に由りて》すなわち やしろ資本推進力によって 促されるものだ。
)このように後世の観点ないし時点から 《内村鑑三を犠牲として》見なすことは もう一人の《つう》をつくり上げたことになる。
)当時の人びとには 《キリスト史観》がまだ 明確にはどのようなものか分からなかったかも知れない。クリスチャンの一指導者が やしろの資本連関(人間関係)から 自分から降りるなどということを 平気でやるなら その《キリスト教攻撃の広く根強い与論形成へと発展》させようとするのは 素朴に人間的であり 当然である。
)《〈不敬事件〉は一度は公的にあらわにされるべきこのウェーバー学徒との根源的衝突に点火したのである》。


けれども 人がみづから やしろの愛から降りてゆくということは 出来っこない。(吉本隆明は 《異数の世界に降りて行》ったのであって やしろの外へ出かけたわけではなかろう。――これは ただ価値自由な認識にすぎないが)。内村は ただ《高等中学校の教師》から この時点で 身を引いたにすぎないと言われるべきである。だから 弟子の一人 矢内原忠雄は この師の《前史》をとらえて こう述べた。

かくて先生は社会改良運動に身を寄せずして 聖書の研究に身を投じました。果たして世人は之を以て先生の退却なりとして 嘲り且つ攻撃いたしました。
当時先生は《聖書の研究と社会改良》と題して 左(下)の如く演説して居られます。曰く

若しマーシャルの経済論が現時の社会改良に益があり カール・マルクス資本論が労働問題の解決に効がある といへば世人は誰しも肯(うべな)ふであろう。しかし 古き聖書が社会改良に力があるといへば 荒唐無稽に聞えるであらう。
故に自分が専(もっぱ)ら聖書の研究に従事して居るのを見て 多くの人は之を嘲弄し 或る人は自分は世に当たる勇気がないから古典の背にかくれるのであるといひ 又或る人は之を骨董的なる閑事業として今や国家滅亡に瀕して居る際 《今は聖書を捨てて起つべき時である》と評した。云々。(明治三十五年三月)。

かくの如き状況の下に 先生はマーシャルに行かず マルクスを取らず 声を揚げず埃をあげざる静かなる(イザヤ書42:1−4;マタイ12:18−21)聖書の研究をば其の生涯の事業として選んだのであります。
矢内原忠雄:内村先生対社会主義

アウグスティヌスは 説きます。たしかに 説きます。

けれども もろもろの醜行や悪行 じつに多くの不義にならんで 徳にむかって進んでゆく人びとの犯す罪があります。このような罪も 正しい判断者たちは 完全に掟に照らして非難しますが 其れと共にちょうど青草の萌え出が収穫を期待させるように そこに豊かな実のりを期待して賞讃するのです。
また醜行や悪行に似てはいるが じつは罪ではないこともあります。というのは それらの行為は われらの神なる主 あなたにさからうものではなく 人間社会にさからうものでもないからです。たとえば誰かが 生きるに必要で そのときにふさわしいものを獲得し それが所有の情欲によって行なわれたか否かはっきりしない場合や 秩序のもとにある権力によって 矯正の熱心にかられて罰するとき この処罰が加害の情欲によって行なわれたか否かがはっきりしない場合などです。
このように 人びとの目には非難すべきものと見えても あなたの証しによって是認される行為が多々ありますが その反面 人びとからは賞讃されながら あなたの証しによって断罪される行為もたくさんあります。というのは 行為の外見と 行為者の内心 われわれに知られない当時の事情はしばしば別様だからです。
しかしながら 何か異常で思いかけないことを かつては禁ぜられたにもかかわらず 突然あなたが命ぜられる場合には たとえその命令の理由が当分のあいだ隠されていて ある人びとの社会の掟に反する場合でも 行なわなければならないことを だれが疑いましょうか。じっさい 人間の社会は あなたに仕えている場合においてのみ 正義の社会となるのですから。
けれども それを命じたのがあなたであると知る人びとはさいわいです。まことに あなたに仕える人びとによってなされることはすべて 現在必要なことをはっきりと示すことか あるいは 未来におこるべきことの予告を目的にしているのです。
(告白3・9・17)

この章は まさに引用だらけですが 言わんとするところを察してくださいますか。
(つづく→2007-02-13 - caguirofie070213)