《言語記号の恣意性》に対する反証例
もくじ→言語記号の恣意性はただしいか。(小論) - caguirofie040921
まずは仮説から
音素( phonème )が意義素( sème )を兼ねていると思われる日本語の事態を 次のように考えました。
音素/ n / = みずからの意義素として 《同定相》 を持つ
という想定です。
たとえば 《 na =な(名)》 これは ふつうに一般的に 或る対象に《同定》して 成り立った語だと捉えます。
《 nä =ね(値)》 これは やはり一般的なのですが 数値として・数量的な価に限って 《同定》した結果というかたちです。母音は いま別として 子音/ n /が 《同定》という意義をもつから そういうことばの成り立ちだと想定してみるものです。
日本語では子音だけでは 語を形成しないので 語をつくる形態素( morphème )をとりあげます。そしてさらに日本語の形態素として うえの 《 na =名》や 《 nä =ね(値)》のようにいわゆる一音節語のごとく 《一子音(C)+一母音(V)》の形態を想定します。その上で初めに結論づけたのが 次の語例です。母音は 措いたままで考えていきます。
1.対象一般の同定 = na (名);nä(値); na-ru (成る); na-su(為す)
2.対象間の類似関係としての同定 =ma-na-bu (真・似・ぶ=学ぶ);ma-nä(真・似); ni-ru(似る)
3.聴覚対象の同定 = na(音?)/ nä(音); na-ru (鳴る)/na-ku (泣く)
4.自然環界たる対象の同定 = na (地/ 中); nä(根/嶺); ni (土); no(野)
仮説の説明
たとえば(1)《 na 名》は 一般的なその対象(モノ・コト・サマ)を表わしており その対象が 自然発生(=子音/ r /)する動態を 《 na-ru 成る》が表わすという捉え方です。もし対象を 人為的(=子音/ s /)におこなう場合は 《 na-su 為す》となるという恰好です。
《成る;為す》について 《名‐る; 名‐す》という分析が成り立つのではないかという仮説です。所有格と言われる属格助詞《 nö =の》 も その《所属関係》という意義は 音素/ n /の同定相ゆえに成り立っているはずだというものです。
(2)は 同定相の中でも 《類似 あるいは 比定》に特化したかたちです。《真似manä》の《 nä=ね(似)》も 同じ部類の例になります。
(3)は 聴覚の対象となるモノゴトを同定した場合であり (4)は自然環界の対象です。
ここでまた あたかも両極はあい通じるかの如く この同定相が 反対の否定相に転化したと考えられる語例が見出されます。
5.対象一般の否定 = na (無); nu (ぬ=打消し法); na (な=禁止法)
などです。いわば否定相で 同定したということになるかも知れません。
この(5)の一現象は 次のように解釈されます。たとえばAという人の代わりに留守番する人(=Bとします)のことを もともとは 留守と言ったはずなのに 従ってこの留守という語は 留守番係であるBの存在を同定していたはずなのに そのことが Aの不在つまりその存在の否定をも 含意することからなのか Bの同定が 即 非BたるAの否定を意味するようになった このような事情例によって 説明されうるかと考えます。
《 na 名》というふうに同定していたところ どういうわけか その《名》で表わされるもの以外の対象が 同定されて さらにそのあと この初めの《名》としての対象が 否定されるかたちで 同定された それが 《 na 無》であると。
ただしたとえば 《そうだ‐ね》とか 《いい‐なぁ》というときの 《ね ne》 や 《な na》 は もともとの同定相によるものと考えられます。同定して いわば相手や自分に対して 念を押している相を表わす だから 念押し法の《な・なぁ na; ね・ねぇ ne; の・のぉ no》 だと考えられます。(その対極の 疑問法の用法にもなります)。
仮説のまとめと さらなる説明
これら(1)ないし(5)の基本的な例示を ただちに さらに ふくらませて 表1の結果を得ます。
- 表1 同定相およびその転化としての否定相を意義素とする音素/ n /の事例
母音別 | 1.対象一般 | 2.対象関係 | 3.聴覚対象 | 4.自然環界 | 5.否定一般 | |
---|---|---|---|---|---|---|
na | 名; 成・る;為・す; な・り(断定法); な(属格); な・なぁ(確認法) | 真・似・ぶ=学ぶ | 音; 鳴・る;泣・く; な・り(伝聞法) | 地; 中; 地・ら=奈良? | 無・し; な(禁止法) | |
nä | 値; ね・ねぇ(確認・念押し法) | 真・似 | 音 | 根;嶺 | ・ | |
ni | に(与格) | 似・る | ・ | 土; 丹 | に(打消法) | |
ne | ・ | ・ | ・ | ・ | ね(打消法) | |
nö | の(属格) | 似・る | 宣・る | 沼 | ・ | |
nu | ・ | ・ | ・ | ・ | ぬ(打消法) | |
no | の・のぉ(確認法) | ・ | ・ | 野; 野・ら | ・ |
《時は金‐なり》と断定する助動詞の《なり》は もとは《名‐り》だという仮想です。
《だそうな》という意味を表わすやはり古語の伝聞法の助動詞《なり》は 《音‐り》だという仮定です。
類似関係(2)の同定相としては 《のる(乗る・載る)・のせる(乗せる)》また 《に(荷)》なども 候補に挙がると考えています。
《真似》のばあい 本物(A)と模倣(B)とが重ね合わされるときのように あたかもAがBに《載る・乗る nö-ru 》というコトが 相を共通のものとしているようですから。《に(荷) ni 》も そのつてで 台の上に重ね合わされます。すべて 子音/ n /=同定相のしわざだという経験的な法則性のことです。
《奈良》は 《な(地)ら》だとすれば ただ 《大地》と言っている。つまり子音/ n /で陸地に同定しているだけだとも 見られます。《ら ra 》は 子音/ r /の自然発生相が 親愛称の相をもったものだという想定です。《野→野ら》という如く。
もっとも 《なら》は 朝鮮語でも タミル語でも 《地・国》の意だそうです。《な na》 という語が アムール川流域ないしハバロフスク州あたりに住むナーナイ人のことばにあり 同じく《地・国》の意だといいます。民族名が 《ナー(国の)ナイ(人)》ということだとか。
《ののしる(罵)》のは ことばではなく 音だという感覚なのでしょうか。もしこの仮説に従うなら。
吟味を少しく
ここから いま 関連する語例を二つ そして(5)の否定相の例示 という課題を取り出して いくらか考えてみたいと思います。
なほ(直)
たとえば対象一般への同定(1)にかかわって 時間の過程に対する同定があるかどうか。それは あるとするなら 《なほ(直)》ではないかと疑っています。
- na-hö 直・尚・猶 (変わったこともなく 物事が時間的に持続していくさまをいうのが 原義。〔大野晋〕)
- →nahö-ru/nahö-su 直る・直す
- →nahö-si 直し(形容詞)
ね・な(寝)
もうひとつの課題としては 《横たわる》という意味の
- na-su 寝・す/ nä 寝
という語があることから 《na-ra-su 平らす・均らす》 は 《na 地》と関連しているのではないかとも疑われます。
- na-ra-su 平らす・均す・馴らす・慣らす
- na-ra-hu 慣らふ・習ふ・倣ふ
- na-rä 慣れ
あとの二例(narahu/narä)は 単に 一般的な同定相(1)もしくは 対象間の類似としての同定相(2)がかかわっているだけだとも思えるものの この場合 精神的にも 技術的にも 凹凸や障害をなくして(つまり否定相(5)でもある) 平らな状態にする(つまり 平らす)といった捉え方も出来ようかとも疑われます。
否定相の例示
最後に 否定相としての例示を試みます。
形態素として 《nV + kV もしくは nV + gV 》を取り上げます。 この場合 音素/ k /もしくは / g /の意義素が何かについては 触れずに置くとしますが 否定相を帯びた / n / は 《対象の不在》を基本的に表わしつつ ここでは 進んで 《障害としての対象の除去 あるいは 邪魔な対象の消滅 (つまり 無論 それらの過程や状態)》を示すかのごとく捉えられます。
- na-ki 無き
- na-gi 薙ぎ・凪ぎ・和ぎ (順に 切り払うべきもの・波風・心の動揺などといった障害のそれぞれ否定へと移行する過程もしくはその結果の状態)
- →nagö-ya-ka 和やか
- →nagö-mu 和む
- →nagö-sa-mu 慰む
- na-gu 投ぐ (障害なく 延びて行かせる)
- →naga-ru / naga-su 流る/ 流す(同上)
- →naga-si 長し(障害なく伸びた状態)
- ni-kö にこ(和・柔)(障害や邪魔がなくなっている状態)
- ne-gi 祈ぎ・労ぎ (障害の消滅を希求)
- →nega-hu 願ふ(同上)
- nö-kV 抜(ぬ)き・退(の)き / 抜け・退け(障害・邪魔の除去・離脱)
- nö-gV ( nö-kV) 脱ぎ / 脱げ (同上。以下も同じく)
- nö-ga-rV / -sV 逃がれ / 逃がし
- ni-gV / ni-ga-sV 逃げ / 逃がし
- nö-gö-hV 拭(のご・ぬぐ)ふ
- nö-kö-rV / -sV 残り/ 残し(以下に註)
最後の例(nökö-残り)では 《消滅したもの・除去されたもの(B)のほうではなく 以前のままにとどまったもののほう(非B)》に焦点が移ったかたちです。
子音組織の簡単な説明
なお簡単に言って 音素/ n /は 歯の先端が上の歯茎あたりに接触する度合いにおいて たとえば音素/ t /よりは濃くねちっこいかたちで 調音されることから 同定相を帯びると推測したものです。
音素/ k /は 喉の近く・口むろの奥あたりに緊張点を作って 息の音/ h /を遮りつつ調音されるゆえ 《反出・反定》の相そして《反省・思考・疑問》の相さらには 《変化・移行過程》の相だと捉えたものです。その有声音/ g /は 母音の如く声を出現させることによって 無声音の持つ相(この場合 / k /の反逆相など)に継続の相を与えるように考えられます。
日本語における子音の相認識(仮説)
/ r /=自然発生の相・自然発生と想定する相・親愛称の相・一般代理の相など
/ s /=人為の相・指示の相・使役の相
/ h /=順出・順定相;中心主題相・〔対極として〕周縁主題相
/ k /=反出・反定相;疑問思考相・変化過程相
/ n /=同定相・〔対極として〕否定相・・・・・・・・・・・・・・・・な=名
/ m /=認定相・〔対極として〕推定相・・・・・・・・・・・・・・・・ま=真
/ t /=不定相(不定として一定だとする相)隔定の相など・・・たれ=誰