caguirofie

哲学いろいろ

#21

――やしろ資本のおもろ――
もくじ→2006-09-17 - caguirofie060917

第三章 日本国由来記

第一節b ヤシロロジとしてまず 《日本》が単位である

まず 沖縄において 基本的なセヂ連関として 国家のオモロは 形態確立の以前に 存在していたのではないか 土壌がそうであった。しかしこの点は 形態的な国家が まだ 一部族国家にすぎないとするなら 措いて考えなければならない。
そして もう一点 前提として考えられることは ユダヤ人の国家の場合である。かれらのヤシロでは その古代市民の国家が滅亡してからも 今日ののイスラエル国を確立するまで 人びとが世界中に散っていたかたちで オモロとしての国家は存続していたはずだ。もちろん この場合も 部族国家 原生的な国家であってもよいのだが その初めにいわゆる旧約の時代に ユダヤでは 国家構想のオモロが 必要であると自覚されたとき 必要に応じて持つことができたし 持った。おもに 国際関係じょう これを持ったのである。
北と南 つまり イスラエル王国ユダヤ王国とに分かれた時を含めて この構想としての共同主観としての国家は はっきりとユダヤ全体としてのオモロが 歴史的に生起し 成立し 自覚されることになった。

  • わづかに 同じ民族の中にあって どういうわけか サマリア人だけが この国家から疎外される恰好となった。

次の第二節以降において論議するにあたって 言えることは したがって ちょうど沖縄やユダヤの歴史的な例にかんがみて――このばあい 部族国家であるにすぎないかどうかの問題を問わないが―― おそらく日本も まず最初に 国家構想の共同主観オモロが生起したあと 形態的な国家の実現へと――つまり もちろん原生的な国家という形態的な国家のばあいを含むが―― 向かったということだ。そういう仮りの想定としてもである。
言いかえると この初め(原理)の共同主観に立つと わたしたちは このとき カグラ歌をうたって 《われ韓神の韓招ぎをせむや》とは 重ねて・またそれを転変させて オモロしないのである。逆に言って これは タカマノハラ思想による・相互核分裂的な・火の神の遷却のオモロを基盤とした 形態的な国家の さらにその観念の資本制的な共同主観(――したがって もはや そのような一つの共存形式は 個体の主観を離れた観念の共同性となっている――)のもとに あらたに発生して来るのだと。
これが 必要であったのは 国家なるオモロが必要であったことに由来し 国家なるオモロが必要であったことは 核分裂(または 仲違いとか敵対)の思想がどうしようもなく身に迫っていたことに由来し この限りで ユダヤの場合は明らかに――文献じょうも――このことをオモロしており これに対して 一方で沖縄はわづかに事後的に成ったオモロが その事前的な由来をも いくらかは示しているであろうと見られる。もう一方で日本の場合は 事前的にも事後的にも書かれた歴史としてほとんど何も このような由来に関して明らかにしないのだが ただもし もう少しのちに事後的に ノリトやカグラ歌をうたわなければならなかったとするなら――これは 明らかな歴史であるから―― この限りで 日本のヤシロ全体として その初めの由来をつねに そのように 説いて明らかにし 形態国家の中で密教的にしろ共同主観しつづけなければならなかった このことに由来すると考えうる。

  • 皇神たち(原日本人)と皇御孫たち(《日本人》の形成される段階)との問題。前者は 《荒びたまひ健びたまふことなくして〔構想を共同主観した〕》と考えることが出来る。そう読み替えるのであり もちろん試みとしてである。ということは ここですでに オモロとしては 一般日本人も成立していたとさえ考えられることにもなる。

また 日本のばあい 日本の外からであれ内からであれ のちに形態的な国家を実現したというのは その一挙なるタカマノハラ圏単独分立だと――はじめの共同主観の想定に立つなら―― 見ることも出来る。第三のスサノヲたる騎馬民族が 農耕民族に《同化した》と言うなら この史観の基本がおそらく保たれるであろう。なぜなら単純に言って そうでない場合には まだかれらは《同化して》おらず むしろ自分たちのタカマノハラ思想に 農耕民族を《同化》させたというもう一つの史観をオモロするのが 事の筋(科学的な認識)であるから。
おそらくわたしたちは もう一度 火の神の共同主観なる世界史的な基盤 これを――その原始心性の部分を揚棄して――よみがえらせることが出来る。つまり カグラ歌や祝詞など そのうたわれた大前提がこれであり この大前提をいま 再認識することが出来る。そして上の議論で 第三のスサノヲが 同化していなかった場合としても かれらは この大前提に立った。
だれも タカマノハラのためにタカマノハラを強調することはない。それは アマテラス予備軍の仕事であり 近くは 帝国主義のオモロ連関に立った場合の大日本帝国陸軍の仕事である。それは 公アマテラス化した各赤口やぜるままはなしの発展のためである。アマテラス社会科学主体が 市民政府であって 各スサノヲによって構成され 日本ではアマテラシテ象徴である天皇にあっても 一人の市民であるとともに――このばあい 氏名の氏がないことが 残念であるが―― スサノヲの生活をつねにオモロされていると言われる。核分裂=統一 祭神の遷却=摂り込みが それ自身のために オモロされるべきではない。赤口やぜるままがなしの共同自治のために 韓神との共存があって 時に法治やしろとしては 祟り神の遷却――摂り込みではない――が 一定の犯罪に対する罰として 過程される。法律による共同自治は 罪を 一定期間 遷却するかも知れないが 人を排除=その意味で取りこもうとするのではない。セヂ連関――はじめの共同主観オモロの連帯と言ってもよい――を守り 過程させるのである。動態的な解決へと進める。
この動態が 愛だとわたしたちは言った。見えないセヂ ヤシロ資本推進力をおもうべきであろう。それは あかぐちやぜるままがなし そのものではないが これをアマテラス語観念化した天・タカマノハラ・オボツカグラそのものでもない。
もう一度言いかえると 中国やインド オリエントやヨーロッパなどでは 国家の成立の事情がちがうと思われる。おそらく一挙に アマテラス社会科学主体が主宰する共同自治形態としての国家が現われた。一挙にというのは この国家成立のあとに タカマノハラなどのオモロがおもわれるようになった。しかし うたわれる必要は それほどないのではないか。効験神授説なるノリトは 平時においてではなく むしろ国家形態のそのものとしての危機に際してうたわれた。タカマノハラ主義のオモロは 日本に比べれば それほど根強いものではない。日本では――仮説的に―― 先にあらかじめ主観されたオモロにかたどって 国家が形成されたのであり そうして このとき まだ基盤としては同じオモロ(むしろ古いものだが)を持っていた東日本との関係から あらためてタカマノハラ・オモロが 大々的にうたわれ 観念共同化されなければならなかったのである。
この要因――したがって はじめの大前提――が いまに 根強いのだと思う。これが 日本のやしろの秘儀であり 日本国由来記の仮説的な結論である。なお 沖縄なるやしろも 歴史的にそうだと見るのであり このばあい 部族的な国家にしろ かれらは その固有のオモロ共同主観において 形態国家としての核分裂・核拡散とはついに無縁であったが 貿易という経済的な活動では 南から北にかけて東アジア一帯に やしろセヂ連関形成を求めて資本過程しえたということを 歴史的に 見逃すべきではない。かれらは この限りで 騎馬民族なる《雇われマダム》を必要としなかったのであり その後 さまざまな経緯があるにせよ みづから欲して われわれ日本のやしろオモロの中に 入ったのである。
以下の論議は この第一節ないし 第一章からの論述を敷衍するものというよりも 神秘的な宗教の白雲境に――しかも 積極的に――のがれて いくらかのオモロを展開させていくものである。第四章の終わりまで これが続く。
(つづく→2006-10-09 - caguirofie061009)