caguirofie

哲学いろいろ

#35

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付録 アウグスティヌスはどう読まれてきたか

§42(まずアウグスティヌス自身)

わたしの思想はすべて アウグスティヌスの請け売りである*1アウグスティヌスがどう読まれてきたかという観点から これまでの議論を補足することができる。ただし ボルケナウが取り上げたものに限る。
   ***
ボルケナウは 《自然法》の思想を捉えるところから 議論を始める(§2自然法則の概念)。
自然界ないし宇宙をつらぬくという法則も然ることながら かんたんに言って 《自然法》とは 人間主体にあてはめてみれば その存在が 《自然の本性》としてある この自然本性が 思考の論理性にも行為の道義性にも(けっきょく 意志の自由選択ということを この道義性でも 言いたいのだが) 理性に合った必然性の連関を――その意味での法を――持ちうることを あらわす。人間は 自然法主体である。――つまり ボルケナウは その人間学を この自然法の概念把握から説き起こそうとしている。

古代後期 すなわちストア主義および新プラトン主義のうちに われわれの近代的な自然法〔則〕概念の萌芽が見いだされることは 疑いない。
(ボルケナウ:封建的世界像から市民的世界像へ§2・〓 pp.46−47)

そして

それを 中断したものは 明らかに なによりも古代末期のもっとも強大な神学的潮流 すなわちアウグスティヌス主義であった。
(同上 p.47)

と。ちなみに キリスト教という語は クリスティアニスムすなわちキリスト主義といった語に 対応しうる。宗教という語を広くとれば (1) 主観動態の信仰・つまり信仰動態と (2) その理性的な認識たる主観基礎が 《おしえ》と受け取られたもの あるいは(3) このおしえが ある種の仕方で生活態度としても 習慣化するゆえ そのような 人びとに共通の 概念整理された理論(思想)になりえ さらに(4) 社会習慣上の権威・権力によって おきて・慣習法ないし法律とされたもの(つまり狭義の宗教)となることができる あるいは(5) けっきょく(1)と不可分であろうけれど 聖書のことば・文章のことを言う場合もある。つまり なになに主義といったときには これらのうち (1)からそして(5)から 意義内容がひろがっていくことを意味させている。特には(4)のことである。念のため このように整理しておきたい。
そして この付録ではさらに できる限りわたしは 引用魔となる。ボルケナウは  《いずれにせよ 歴史的に決定的なことは いかにアウグスティヌスが理解されたかということである》(p.48)と 議論の課題を設定しているが 《アウグスティヌスが どう言ったか》も重要だと思われる。ボルケナウが 《ストア的見解によれば 世界は意味深い秩序の組織であり そのなかに自己を組み入れるのが 人間理性のつとめであるとされるのに対して アウグスティヌス〈主義〉は 世界をもっぱら堕落の場所としているから / ストア的法則概念を不可能にした》(p.47)と言う点にかんして アウグスティヌスはこう言っている。

ところで 個々のものが〔母胎に〕宿り 生まれ 始められるときにあるような もろもろの星の位置をではなく 生成するすべてのものがそれにもとづいて生成する一切の諸原因の連結と筋道とを 《運命 fatum 》という言葉で呼ぶ人々がいるが これらの人々と言葉の上で絶え間なく論争したり張り合ったりすべきではない。実際 彼らはもろもろの原因の秩序やいわば連結そのものを至高の神に帰しているからである。・・・
ストア派の〕アンナエウス・セネカの手になる〔詩〕。

至高の父にしていと高き天の支配者なるかたよ
心のままにいずこなりとも我を導きたまえ。
我ためらうことなく従わん。
我み前にて怠ることなし。
わが欲せざることをなすべきならば
我呻きつつも従い行かん。
我愚かなれども 善き者に許されしことを忍びて行なわん。
運命は自らすすんで従う者を導き
従わざる者を引きずり行くなり。

彼はこの詩の初めに《至高の父の意志》について述べたことを 最後の節で《運命》と呼んでいることは明瞭である。
アウグスティヌス神の国 1 (岩波文庫 青 805-3)5・8)

かんたんな例証であるが これによってアウグスティヌスは《ストア的法則概念を不可能にした》と言うとき 《法則概念をストアの論法で把握するのを 批難した》すなわち《〔自然法のなぞの至高なる〕神と 運命とは 別であると言った》ことでなければならない。
ここからわれわれは 自然法主体である人間の存在について もう少しくわしいその世界の中でのあり方が わかる。
人間の自然本性は それが持つ理性によって言いうるところの法が 至高のなぞとしての法(神の法・永久法)と 人間学基礎としての自然法と 《運命》とも呼ばれうる社会偶然の中でこの自然法(ないし合理必然)を人びとが打ち出していくときのその人定法との三つに いちおう分類されること。
《一切の諸原因の連結と筋道と》は 合理必然の連関として社会必然である部分を含むが 大きくは非合理ないし不合理の非必然的な因果関係――つまり社会偶然――によって成り立っていると考えられる。自由な意志の選択による合理必然としての人定法(道徳・倫理慣習をも含めよ)が 法則的だといっても これが 上の社会偶然の領域(また 時代の問題)にあるとき その人定法じたいには倫理性もあり自明でもあるであろうが 具体的なあれこれの人定法が なぜ このとき・あのとき もたれているのかは 偶然(ないし偶然必然)の要素も残る。それらは 変遷していくものである。(現代のものだが 早い話しが 自動車の通行側面が 右か左かは どちらでもよく変遷しうる。)
もしこれに対して 経験科学こそが 歴史じょうのすべての社会経験の習慣偶然を 合理思考で解き明かし 実際にも 合理必然の行為関係からすべてが成り立つように 実現させうるとすれば それは もはや《運命》を語らないストア哲学自然法実践だということになる。それは 望ましいことかも知れない。ただ いま言えることは 主体としての・主観動態としての自然法と 社会習慣領域の人定法または経験科学的な法則とは とうぜん 互いにつながりがあるが つながりがあるということは いちおう 区別することができるものだということである。
アウグスティヌス《主義》によって  《熱情的な徹底性をもって遂行された 地上と天上 肉体と精神 肉欲と恩寵との分離と対立は ストア的法則概念を不可能にした》(p.47)かも知れない。《主義》が形成されてしまったときには そういうことになったのかも知れない。《地上 / 肉体 / 肉欲》の系列は 法則的ではないところの社会偶然(および 経験心理の偶然)である。それらは 《天上・恩寵(つまり神の法) / 精神(自然法)》と 分離する(つまり一定の距離がある)し対立もすると見るが この《分離と対立》を《熱情的な徹底性をもって遂行する》アウグスティヌス主義は アウグスティヌスその人ではないであろう。
あるいは ストア哲学のほうが 一面で 《わが欲せざるところ〔でも 至高の父にしていと高き天の支配者なる神の導きであるならば これ〕をなすべき〔と採り そう〕ならば 我れうめきつつも従い行かん》と言っているのだから この 《地上と天上との分離および対立》を熱情的な徹底性をもって遂行しようとしたと むしろ 考えられるし 他面で この《導き》を《運命》と 同時に 呼んでいるからには むしろ地上の社会偶然の力に従おうととったもののようなのである。
上に触れた現代の 経験科学派もしくは経験科学主義のばあいは 一般に 《神》とか《運命》とかを 基本的に 用いない場合である。(必ずしも きちんと 識別・判別されるとも思わないが。つまり 人は一般に ひじょうにあいまいである。) 《偶然と必然との分離および対立を ともかく徹底的に究明し 合理必然のほうを実現させていこう》という考え方である。
《カリスマによる支配》が一つの類型として言われると これも 合理必然の形態だと取られる場合もあり あるいは文化人類学などは 必然には 合理的なものだけではなく 非合理なあるいは不合理なものもあってよいと言っているかも知れない。
《神的なものと自然的なものとのあいだには 一致のかわりにもっとも苛酷な対立が生じるばあい 自然法則の概念は萎縮せざるをえない》(pp.47−48)のではない。ボルケナウは 社会偶然・習慣・思想的な社会闘争の領域で  《自然法が萎縮する》かも知れないと言っているのである。つまり  《膨張する》かも知れない と言うのと同じである。
《神的なもの》を言うときには――とりたてて言うときには―― 人間の自然本性(自然法を含む)の なぞの根拠として言っているのであるから したがって《なぞ》であるゆえに それが《自然的なものと 一致のかわりに 苛酷な対立が生ずるばあい》もありうる。ありうるけれども ありうるということは 《根拠》としても もともと《一致》していると捉えた(信じた)と考えなければならない。そうでない場合は 《神的なもの》を ストア哲学のように 《天なる支配者》であると同時に《地上の運命》でもあると考えていなければならないか それとも もう一言もこの《神的なもの》のことを言わないかである。

  • わたしは ストア派について またそれに関連してボルケナウをも含めたところの・アウグスティヌスに対する誤解について そうとう皮肉って言っているつもりである。

ただし 後者の――つまり現代経験科学の立ち場の――場合には 地球上から この《神的なもの》ということばを語る人が 一人のこらずいなくなるまでは その言葉を耳にしたときには 聞かなかったことにしていなければならない。そのとき・その場から セラドンが消えるわけである。

  • ラドンの身を投げるという行動またその考えかた これは もう旧いものとして廃れてもよいかも知れないが セラドンという存在(主観動態の原点) これは 人が消してしまうことはできない。

地上の――その意味での自然的な――社会偶然の領域は 自然法主体である人間の経験的な合理必然とさえ すベてが 一致するのではないのだと思われる。(もしくは 一致していても わからない部分を残す)。だから まして 自然法の根拠である神の法とも 一致しないか 一致していても わかるわけがない。――この点は 抽象的で退屈であるかもわからないが わたしの表現のおよぶ限りで 説明しなければならない。
すなわち 一致しないことと 支配されていることとは 別である。支配といったのは 神が永久法であると捉えられる限りでのことである。永久法=真理が 表現上 人間・社会を支配しないというのは 自同律に反する。永久法とその支配――ただし それが目に見えると言ったのではない――を言わないとすれば 人間が自然法主体だということを じつは 言えない。つまり 人間が自然法主体であるということは 神の真理をこの人間が分有するということである。そうでないと 人間は 合理必然的な自然法(ないし人定法)を持ち実行しうるが これを実行しないでいることも 自由であるばかりではなく なんのとがめも受けないで 自由でなければならない。というよりも 自然法を持った部分と持たない部分とが 人間に 同時に同等に 存在するということになる。
つまり 《自然法どおりに社会偶然の中の行為がすんなりと行かない》ことと 《行く部分と行かない部分とが 同時に同等に存在していて 人間は たとえばその人格の半分だけが 自然法主体であると言う》こととは 明らかに別である。後者は ここで必ずしも ナンセンスだと言って批難しないのだが そうではなく 後者だと こうやって 人間が議論しあうことじたいが ナンセンスとなるはずである。

  • ほとんどつねに人は 人格の半分(つまり 自然法と無縁な部分)のせいにすることができるようになる。

思想および良心の自由は これを侵してはならない。
日本国憲法第十九条)

これは 条文として人定法であるが とうぜん 自然法の応用である。つまり 主体としての人間にかんがみれば 意志の自由と合理的な思考とについて 応用し人定している。だから こういう法の取り決めじたいは 人間が一人格の全体として自然法主体でなかったならば 気休めかお遊戯である。いな そうとも言えず この憲法を発布せしめた天皇の支配のもとに――すなわち 《朕は 日本国民の総意に基づいて 新日本建国の礎が 定まるに至ったことを 深くよろこび 枢密顧問の諮詢および帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し ここにこれを公布せしめる》(憲法;前文の前文)という限りで かんたんに言ってこの天皇の支配のもとに―― われわれ・つまり《主権が国民に存することを宣言し》(同・前文)たわれわれは その天皇がこれを《公布せしめ》たそのことのゆえに 守らしめられているということになる。
《支配》ということに関して言うならば 世の中を この人定法が・また自然法が 支配しているのではない。世の中は そのものとして 社会偶然である。この自然史的な過程の偶然領域に対しても 自然法主体が人定法を取り決めあっていくのは(または 経験科学をもって 客観認識を基礎として獲得し活用しあっていくのは) 表現じょう 《永久法の支配》によると言いうる。ただし だれも この実体を見たのではない。
言いかえると 表現の問題で争わないとするならば ストア哲学は 神=真理を 《運命》と言いかえていたとしても この運命を 見たとか 見えるものだとして 言わなかったら よかった。その運命の語である《 fatum 》は 《言ったこと / ことば》の意味だから。ただし アウグスティヌスにあっては――だから わたしにあっては―― この真理が人間となって 歴史(社会偶然でもある)に現われたというその真理じしんの語ったことばを 信じているところから出発している。この点は――つまりドグマの部分であって 論証しえず―― 言うべくもないけれど いちど言わなければならないかも知れない。

§43(初期スコラ哲学のアベラール)

アウグスティヌスの思想が一個の《主義》となったことがらについての議論が ボルケナウにおいて つづく。

〔このあと中世に入って〕初期スコラ学は 本質的には アウグスティヌス主義の世界像と用語とに固執している。それは あらゆる生活領域における峻烈な禁欲の時代である。アウグスティヌス主義の現世拒否がひきつづき綱領となっており したがってまた それに照応した法則概念が存続している。法則 すなわち理性的秩序は 諸事物のうちには存せず そとから――神からか あるいは現世からかにせよ―― それらにおしつけられた命令である。
自然法〔則〕 lex naturalis 》としての良心について時に語られることがあっても それは 道徳を人間の本質からみちびきだそうとする試みを意味するのではなくて 人間の地上的本質からまったく切り離された声として 人間のうちに語りかけるところの 直接的な神の掟である。
アンセルム アベラールおよびかれらの同時代人にあっては 法は外的な掟にひとしい。
(ボルケナウ:封建的世界像から市民的世界像へ§2・〓 p.48)

以後の議論でも 持ち上がるであろうから 長く引用した。つまり ボルケナウは アウグスティヌスが 主義となって どう理解されたかに 焦点をあてているから その意味での継承者たちの習慣行為――つまり少なくとも 表現された文字としての思想――を取り上げ そしてそれは 問題ないわけだが しかしながら そこで 神が表現されているとき その神(またその掟・法)が直接 あらわれていると採るかのように 読んでいる。ボルケナウ自身は そう取っていないようだとしても アンセルムやアベラールらは そうであったようだと読み取っている。
アベラール(1079−1142)にかんしては ボルケナウの指摘する証拠の文章とはちがうが 同じ証拠となるような文章は 次である。

・・・私はすでに自分をこの世における唯一の哲学者のように思い もはやいかなる攻撃も恐れる必要がないと考えた。そしてこれまでは最も節制的に生活して来た私が 情欲の手綱を緩め始めた。哲学または神学において進歩すればするだけ私は生活の不純さにおいて哲学者または聖者から遠ざかって行った。・・・今や私は全く傲慢病と放縦病とにかかりきった。・・・
《知識はたかぶらず》(コリント人への手紙第1 (ティンデル聖書注解)8:1)と使徒の言葉にもある通り 私の傲慢は 主として学問・知識の副産物なのであるから 神は私の最も有名な著書を焼却することによって私を屈服させて下さったのだ・・・。
私はもともと遊び女との不潔な関係は嫌悪していたし 貴婦人たちのところへ出入りすることは研究に忙しくて出来なかったし 世間一般の女性との交際にもよく通じていなかったので 外目には私をあまやかすように見えて実は意地の悪い《運命》が 別に適当な機会を捕らえて 私をこの高さの絶頂から易々とたたき落としたのであった。いやむしろ《神の愛》が 恩寵を忘れた傲慢極まる私を 謙譲に立ちかえるようにして下さったのであった。
(〈アベラールより一友人へあてた書簡〉――アベラールとエロイーズ―愛と修道の手紙 (岩波文庫 赤 119-1)

これで ボルケナウの見解の証拠となると思われるのだが その《アベラールにあっては 法は外的な掟にひとしい》ことが証されたというのは やはりことばの表現においてであって 《法》が動き変化した――つまりたとえば 神の法あるいは自然法が アウグスティヌスの理解と 別のものとなった――というわけではないであろう。あるいは《法》が 《外的な掟》として アベラールにやって来たのではあるまい。動いたのは アベラールであり かれの生活経験である。それをとおして アベラールは 神の法を理解したか または 神の法という表現をつかって その経験生活ないし自己の主観動態を 説明したまでである。

  • 信仰動態として かれが神を信じ また表現にもそのことを表わすことはまったく自由である。

アベラールは ここで《運命》のしわざかな という理解と表現とを持ったし これを いやむしろと言って そのまま《神の愛》のしわざと 言いかえたかに見える。そうとったまでである。神の法が 運命のしわざそのもの(こちらは つまり しわざの方は 経験的であり見えるものである)として 見えたということではあるまい。そう表現した 説明したまでである。神の法は見えないし 運命は出来事として見えるし この見える運命をとおして 神の法にかなった自然法つまり自己の動態を とらえたし これを 《神》の語を用いて表現したまでである。自己の存在の動態が 主観的でないことは ありえない。
主観的でいけないと言うのなら ただ そう指摘するだけである。そこまでは 内政干渉ではない。自由な議論である。
なるほど 《そとから――神からか あるいは現世からかにせよ―― それら(諸事物)におしつけられた命令》ではある。アベラールにとっての《法則 すなわち理性的秩序》は である。と同時に しかしながら この《おしつけられた命令》をアベラールは 受け取った。《理性的秩序》としてである。つまり《法則》は かれの主観の内にある。
これは 手品でも魔法でも 詭弁でも なかろう。
アウグスティヌス主義が ストア的法則概念を不可能にした》とボルケナウが言うのは――同じ《自然法の理性的秩序》である以上は―― 議論が空回りしているように思われる。《神》イコール《われわれ人間の外なるもの》といった思い込みが支配しているように思われる。《神》は 表現である。あとは その人の主観動態である。すべては《わたし》が判断しているのである。判断が《外から来た あるいは 内からである》といった議論は 不毛である。判断の内容を吟味すればよいだけのことなのである。 
すなわち譲歩して言って 《なぞの永久法》という意味で《外的な掟にひとしい》ものとアベラールは 表現上だけではなく とったかも知れないのだけれど そのどこに 《現世拒否という綱領》があるのであろうか。《むしろ神の愛が 謙譲に立ちかえるようにしてくださった》とアベラールが言うのなら それは――現世経験の問題であり―― アベラールという一個の自然法主体のことばであり声であり それでしかないと同時に 《人間の地上的本性からまったく切りはなされた声として 人間のうちに語りかけるところの 直接的な神の掟である》というのは これもまた 同じく アベラールのそのような 習慣行為の中の 主観動態とその判断であろうと これを ボルケナウが解釈し とくに《神》の語にからませて 表現し説明したものにすぎない。それ以上は 信教の自由を侵すことである。どうして これらが 《綱領としての現世拒否》と 直接むすびつくのだろうか。ボルケナウが むすびつけていないのと同じように アベラールも そうしていない。アベラールは 《現世拒否》を拒否しているはずである。
自然法としての良心について(あるいは 良心の内容として)時に語られることがあっても》というよりも アベラールは むしろつねに 良心の問題として 語っている。《自然法の概念が 膨張》し アベラールは 高ぶりにおちいったと言っているけれど そして へりくだりに立ち返らせられなければならなかったとしているけれども 《現世拒否として 萎縮せざるをえない》こととは 無縁である。現世にふつうに臨んで 自己の自然法にもとづく合理必然をとおそうと思ったところ 譲歩しなければならなかったとしても。ふつうの自然法主体としての謙虚に立ち帰ることができたと――神の愛をたたえて―― 言ったまでである。また 運命のしわざとも呼びうるような社会偶然の領域は あくまで――それに対して 人定法や合理思考を手段として用いていくけれども―― 習慣行為として 社会偶然である部分が残るかも知れないと 言外に 言ったまでである。
ボルケナウは かれ自身このことを わかっていると思われる。故意に 習慣行為の領域をとりあげ これによって 初期スコラ哲学を判断しておき 中世後期あるいは近代へと 急いだのだと考えられる。《人間のうちに語りかける声(すなわち 〈耳のいい愛〉)》をとらえて言っているのであれば 《神の法 / 自然法 / 人定法》の またこの意味での 信仰/ および主観動態/ そして生活態度の 人間学基礎は ちっとも変わっていない。
生活態度の 習慣行為は 偶然として 外にあるし 《人間のうちに語りかける声》は 主観動態の理性・良心でもあるし これがとらえているところの信仰動態のなぞ(明確ではないが 寓喩として確認しうるもの)でもある。外の偶然領域に対しては この内なる声・それにもとづく良心や合理必然を打ち出していくことができる。このことは アウグスティヌスの理解と 変わっていない。おそらく当然のことがらである。
この点 スコラ哲学では はっきりしていないとするならば むしろボルケナウが はっきりさせるべきである。させておくべきである。これが アウグスティヌスの理論の継承(少なくとも それとの関係具合い)をとらえるときの 課題である。
《あらゆる生活領域における峻烈な禁欲の時代である》というボルケナウの規定は 不用意である。《知識(自然法認識つまり人間学基礎)は高ぶらず》というのは 萎縮もする必要のない普通の謙譲・節制であって その意味での《禁欲》と言ってわるいわけではないだろうけれど それが《熱情的な徹底性をもって遂行される時代》だと その規定が言っているのだとすれば それは いったい どこから言うのか。ボルケナウは 見てきたわけではあるまい。
自然法概念は アウグスティヌス以来――使徒パウロ以来―― すこやかである。アベラールは 習慣領域で――つまり人間は この地上で習慣行為をおこなって生活するからには―― 《傲慢と放縦》その他その他の病いにかかりうると 言ったまでである。ボルケナウは 少なくともこの書の到達点で そのことを知っている。デカルトパスカルらの近代人を えこひいきした。

§44(トマス・アクィナス

《それゆえ〔ボルケナウは〕 トマス・アクィナスを 〔自然法概念の〕説明の出発点とする》(§2・〓 p.49)。中世のアウグスティヌス主義への・射程の短い把握と批判を済ませた後 トマスの議論へとすすむ。

いずれにせよ 事実は 十三世紀のあるきわめて深刻な転換期において 世界をたんに罪悪の場所としてではなく 神の世界計画の美しい秩序の一要素として評価しようとする努力が つらぬかれたのであった。この努力は トマス・アクィナスの哲学において その頂点に達する。ここに われわれは 初期スコラ学にくらべてまったく新しい法則概念を すなわち近代的発展の出発点をなしている概念を見いだす。
(ボルケナウ§2・〓 p.49)

おそらくこれは――まず――ボルケナウの言うように 《アウグスティヌス的考えかた〔が〕やがて 別のもっと現世にたいしてひらかれた考えかたに 道をゆずった》(p.49)こととしてではなく 同じ《自然法》が 人間学基礎として 合理的・論理的な認識を与えられていく展開としてであるだろう。
ボルケナウは へールズのアレクサンダーおよびボナウェントゥーラの名を挙げ かれらを経て このかれの言う《転換》がトマスへ用意されていったと考えている。だけども 前節に名の挙がった初期スコラ哲学のカンタベリーのアンセルム(1033−1109)にしても 《知解を求める信仰》を言ったし それは――ボルケナウが見るには―― デカルトの神の存在証明のしかたと同じく 護教論ではなかった(p.361 / p.401)のだとしたら アンセルムにおいて すでに《転換》は始まっている。つまり われわれの見解としては アウグスティヌスにおいて すでに《現世に対して開かれた考えかた》が 明らかにされたと言わなければなるまい。
ボルケナウは アウグスティヌスがどう読まれたかの観点と側面とで議論しているから アウグスティヌスその人には 深入りもしないし ほとんど何も触れていない。《現世拒否》とか《世界堕落説》とか そのようにのみ触れていると見られる。
こうなると わたしの議論は アウグスティヌス弁護論になりかねないが かれを顕揚したいとき 弁護もしなければならないとすれば 進めなければならない。主観動態(いや この頃では特に 信仰動態)について 自然法(その主体)を言って 主観基礎を自覚していることと これを合理的・論理的に人間学基礎として究明していることとは そのこと自体は変わらないが 内容に もちろん進展がある。ただし 主観基礎および人間学基礎と 時代習慣の問題とは 両者を混同しないでほしいということを ボルケナウに対してはわざとでも いまいちど明らかにして この議論(付録の部分)を終えるはずである。
時代習慣の問題とは トマスらのスコラ哲学で 人定法(要するに 法律)の――あるいは それの活用の――問題であり じつは 近代にいたれば デカルトパスカルらにおいて スコラ哲学(および神学)とはちがった意味での〔神学および〕人間学一般のことだし さらにやがて 経験科学による経験法則の認識の問題でもある。デカルトらにおいて 中世スコラ学とはちがった意味というのは もちろんルネサンス宗教改革を経て 世の中が ローマ・カトリック教会による社会秩序として 成り立つものではなくなったことである。このパスカルらの人間学基礎と 時代習慣の問題とを 混同しないでほしいということが さらに新しい経験科学の時代における生活態度に対しても くどいように言っておきたいというのは ほかでもなく ここでボルケナウ自身がめざしたことだと考えるからである。
ボルケナウはむしろ そのために 現代思想の一つの淵源を求めて トマスにまでさかのぼって 研究した。十七世紀またはパスカルで これを終えたのは すでにそこで 生活態度の人間学基礎――つまりまたは 時代習慣に向かい相い対する出発点――を 明確に把握することができたからであろう。
人間学基礎は 自然法の概念をめぐって いま たたかわされている。

まず トマスが法則の概念そのものを詳細な研究の対象としていることは まったく新しいことである。

初期スコラ学にとっては この概念は まったく問題とする余地のないものであった。

  • かも知れないが

法則は ある個人 すなわち神 あるいは支配者の命令であって それ以外のなにものでもなかった。

  • と言うのは 腑に落ちない。

これに対して トマスにとっては 法則は 多数の諸事実の整合をなすものである。

  • ということは 自然法認識としての人間学基礎にもとづき その合理思考にもとづき 社会偶然の中で合理必然的な人定法を 整合性のあるものとして 打ち出していこうという新しい動きである。

(ボルケナウ§2・〓 p.49−50)

過去との対照の側面から トマスをとらえたのだが こうして時代習慣そしてそれに対する出発点の性格――けっきょく習慣的な性格のことだが――は変わって来ており そして 人間は・つまり自然法は 基本的に 変わっていない。この視点を――もし有効なのならば―― どこまでも つらぬくべきだと考える。
そうして これを言ったならば あとの詳細は ここでの課題ではない。特に人定法の方面で 新しくなっていくことに間違いはないから。
議論をよびそうな論点だけ――そして一論点のみ――取り上げる。

かれ(トマス)の自然法則の概念 自然における合理的秩序の存在にかんするかれの学説は 社会の自然的合理的秩序を定義しようとする試みに由来しているのである。・・・だが ここでさらに 一つの問題がおこる。トマスは 人間社会を秩序づけている合理的尺度 について語っているのではあるが それを規定しようとはどこでも試みていない。むしろ かれは 各個人に自然法 すなわちそのときどきのかれの義務が 神によって心のうちに書きこまれているとおしえている。
(§2・〓 p/pp.55−56)

この議論の延長線上には ルネサンスの人文学としての人間学基礎 および宗教改革による現世のカトリック社会秩序への批難をとおしての人間学基礎(自然法主体)の固有の場の確立(社会習慣の制約からの解放) これらを経て たとえばデカルトの《わたしの存在 および わたしによる合理思考の活用》が 確認され そのトマスのみぞを生めていくといったことが 考えられる。だが ここでも 自然法の位置――《神の法(なぞ)←→自然法(理性)←→社会偶然の領域とそこでの人定法》の構造――が あいまいである。
くりかえしになるが 新しい知見を求めるようにして この点なお はっきりさせておきたい。
ボルケナウの用いた《義務》ということは 自然法主体の内での理性・良心・合理必然(それらに合致した人間関係)のことでもあるが 社会偶然の中での人定法的な倫理規範と解される場合もあるということ。あるいは逆に――というか もう一つ別個に―― 《神によってこの義務――つまりこの場合 自然法――が心のうちに書き込まれている》というとき おしえの内容としてそうだとするならば それは 心の内なる眼で見られるところの理性・良心また愛(存在を愛するという 自己の自乗)そのもののことではない。ボルケナウは 《神》の語を かんたんに使いすぎる。あるいは トマスならトマスが使ったまま 説明にも用いる。議論とか理解が 平面的なものとなるか 読者は 想像力をもってその都度その平面の背後を 推し測らなければならない。理性・精神・人間の愛(意志)等は まだ《神の法の書き込まれる場(主体)》である。そして《命令》とか《書き込まれる》とか言っても それは そう説明しているだけであって その具体的な命令・《そのときどきのかれの義務》――たとえば《盗むなかれ》等々――も その文字じたい・文句じたいが 神の法なのではない。

  • ただ 律法――《盗むなかれ》も律法である――は 聖であり霊であるから 《書き込まれる》といったことを それに合わせて この具体的な命令ないし義務は 神の指として 神の法であると言えるかも知れない。ところが この律法つまり自然法は これを守ることによって 人が 神の法のもとにあるというものではない。神を信じる――キリスト・イエスを受け容れる――ことによって 主観動態は 自然法主体として 自然法を守っていると言えば言えるかも知れない。
  • あるいは イエス・キリストの出現以降の歴史では もう人はそのまま 自然法主体であると言えると思われる。

心の眼に見える・聞こえる・読まれる具体的な理性・良心の声・自然本性の法――その意味での《義務》――は だとしたら それはすでに 自然法主体の有つまり人間のものである。
《人間社会を秩序づけている(――そのようにトマスは見たかも知れないところの――)合理的尺度》とは むしろ《自然法》つまり理性の論法でいえばそれであるとすればよいのだと考える。社会習慣のほうの秩序の《尺度》も 主観動態の出発点として 自然法(生活態度となっている義務といえば義務)でよいのだと思われる。
これによって トマスにおけるボルケナウの言う《一つの問題》が――それはつまりデカルトの発展を待たなければならなかったかも知れないものが―― なくなっていると言おうとするのではない。近代市民の自然法概念からすれば《問題》とされるトマスの学説は そうではなく 時代の問題である。時代の問題だということは アウグスティヌス自然法理論が デカルトにいたっても なお 健在だということである。あたりまえのようだし どこか詭弁のようだしするのだが この点 はっきりさせるべきだと考える。
《人間社会の偶然を秩序づけていくところの合理的尺度 これについて語っているというだけではなく 規定しようとする》のは デカルトまで俟たなければならなかった。
ところが デカルトの《人間的な論法で言うところの最終的な存在たる――〈合理的な尺度〉たる――〈わたし〉》は アウグスティヌスのそれに他ならない(§28など)。

アカデミア派は言う 《もしきみが欺かれているとしたらどうか》と。しかし もしわたしが欺かれるとすれば わたしは存在する。なぜなら 存在しない者が欺かれることは まったくありえないのだから。
それゆえ もしわたしが欺かれるとすれば わたしは存在するのである。

  • これが 社会を秩序づけるところの合理的な尺度である。もしそう言うとすればである。具体的な義務は――これももしそう義務とか命令とかと言わなければならないとしたら―― この《存在》に書き込まれる。ただ 書き込まれた具体的な義務とか良心とかは もうすでに 人間のものになっていると思う。
  • なおここに引用したアウグスティヌスの理論は 捨て身の《わたし》なる存在理論である。

それゆえ わたしが欺かれるとすれば わたしは存在するのであるから どうしてわたしが存在するというそのことについて欺かれるだろうか。というのも わたしが欺かれるとき

  • 社会偶然の中でわたしたちは しばしば いな到るところで 欺かれるそのとき

わたしが存在するのは確実なのである。したがって 欺かれるわたしが たとい欺かれるとしても存在するのであるから わたしが存在することをわたしが知っているというそのことで わたしが欺かれていないことは疑われない。
アウグスティヌス神の国 3 (岩波文庫 青 805-5) 11・26)

《きみは わたしをだましたな》と言ってやればよいし 法律の保障する限りで もし弁証を請求すべき性質の詐欺であるならば 訴えることも自由である。あるいは 論内の論外として 対処すればよろしい。だたし 論内のということは わたしの自由な主観動態であるゆえ その論外の人間に対して わたしは まだだましたいか なお欺き足りないかと向かい合っていくという意味あいで わざとではないが・つまり欺かれるためにではないが・そしてまた生存の抵抗権はとうぜん保持してだが さらにおつきあいしていくことが 自由である。右のほほをぶたれたなら 左のほほをも向けてやるのである。
これは――この《わたし》は―― なぞの論法で言うところの最終的な(または 初め=原理の)存在である神の法のもとに 主観動態して 社会偶然の領域(現世)において 意志による自由な合理必然の選択を打ち出して 生きる。このことは 疑われない。
長くなるけれども。――

同様にまた わたしたちが《われわれは欲するとき 自由意志によって欲するのは必然である》と言うときも わたしたちは正真正銘真実なこと(主観真実・合理性)を言っているのであって そのゆえに自由選択そのものを 自由を否認する必然性(ないし運命とも呼ばれうる社会偶然のそのような流れ)に 従属させない。
したがって わたしたちが欲することによってすることを すべてしているのである。わたしたちが欲することによってすることは もしそれをわたしたちが欲しなければ 起こらないのである。また各自が意志していないのに他人の意志によってこうむるものはすべて たとえ当人の意志ではないにせよ それでもなお人間の意志がそこにあるから 意志が力を発揮しているのである。
神の国 1 (岩波文庫 青 805-3)5・10)

このあとアウグスティヌスは 《だが意志の力は神に由来する。(というのはもし意志が存在するだけで 欲することを〔なしとげることが〕できなければ それは〔他人の〕より強い意志によって妨げられるであろう。それでも意志は意志として存在しているのであり 他人の意志ではなく たとえ欲することをなしとげることができないとしても とにかく欲する者の意志が存在しているのであるから)。したがって人が自分の意志に反してこうむることは何であれ 人間あるいは天使 あるいはなんらかの造られた霊の意志に帰すべきではなく むしろ意志しているものに能力を与えるかたの意志に帰すべきである》(同上)と言っている。これは ボルケナウの言うように 《外からの掟・命令》であると読める。これは じっさいには 信仰動態としての人間の その自然法を超えた力 また 社会偶然をも大きく《支配》するその力を 説明したものである。これは 眼に見えない。
ただし そうは言っても 《帰すべきである》と結んでいることは 単に説明ではなく また だから眼に見えると言おうとするのではないにもかかわらず 自然法主体の内なる良心の義務(そして外からの倫理規範)であるかのように 語っている。アウグスティヌスは 矛盾しているであろうか。
おそらく 先に取り上げたアベラールの論法と同じものだと考えるが――だから まずは 《現世拒否という綱領》になるものではないと考えられるが―― アウグスティヌスは さらにつづく文章で こう言う。

したがって 神がわたしたちの意志の中で将来起こることを予知しておられたゆえに まさしくわたしたちの意志の中には何もない( nihil )のではない。というのは そのことを予知しておられたかたは 無( nihil)を予知しておられたのではないからである。・・・
神の国 1 (岩波文庫 青 805-3) 5・10)

したがって  《社会偶然の中で人がこうむることは何であれ むしろ意志している人間に能力を与えるかたの意志(神の法)に帰すべきである》ととらえるのは やはりどこまでも 目に見えない《神の法の支配》のことでしかない。この《支配》――つまり眼に見える限りでは 社会偶然の自然史的な過程――は 《人間の意志の行為の無が 外からの掟として 命令されている》のではなく まさしく《何もないのではないところの人間の意志の自由選択にもとづいて 人間的に合理的に 社会をつくる》ということでしかない。

  • 萎縮――だから反対に 膨張――していくことは 基本的に(主観動態の原点として)ありえないと言おうとすることだと思われる。

この自然法基礎――人間学内容――が トマスにあっても 《〔神によって〕心のうちに書き込まれている》。トマスはこれを さらに 論理的に理解しうるように知解していこうとした。
そうすると デカルトでやっと人間の歴史は アウグスティヌスに戻ることができたと言うべきであろうか。そうではない。そしてそれは 時代の問題なのである。時代の問題として歴史が推移するそのことを 神に帰すべきだと言うべきだろうか。そう言ってもよいが 言いふらすことは――宗教とすることは――不可能である。つまり 可能であっても 無効である。

  • 予言者の時代は過ぎたから。

そうではなく 時代の問題 また習慣の問題でわたしたちが欺かれたとしたなら それでも 自然法主体としてのわたしたちは つねに存在していると言おうということを 人間学基礎の内容としているはずである、デカルトパスカルがこれを継ぎ そしてかれらを乗り越え われわれは この内容である新しい生活態度を獲得したと言うべきである。また ボルケナウは そう言おうという線を打ち出したのだと思われる。

  • トマスは確かに いま内容はどうであれ 経験的な合理思考と必然性の点で 中世の初期から比べると 新しい人間学の推進者となったし その点の限りで 近代人にこれを つないだ。

(つづく→2005-10-29 - caguirofie051029)