caguirofie

哲学いろいろ

#30

もくじ→2005-09-23 - caguirofie050923

市民が社会をつくる

33(デュルフェ:《アストレ》の問題)

かのじょは腹に考えをもった。目の前にいる男に向かって軽蔑をあらわにしなければならない。案の定 その心の火は激しく燃え出してくれた。男は口を開こうとしたが かのじょは かれの最初の声の出るのをさえぎって 言うことができた。
――羊飼いさん あなたのあだし心がそんなに悪辣なのでしたら いくら剛情を張ってわたしをだましつづけようとしても もう 無駄です。あなたに自由に誘惑させようとしたのは このわたしです。わたしがだまされたとでも思っておいでですの?いいほどわたしに逆らっておいて まだ わたしの初めのはかりごとを つづける気ですの?顔色ひとつ変えずに 誓いを破った心を隠しながら よくもそこに突っ立っておいでですのね。あんたなんか ほかの女のとこにでも 行ってしまいなさい。
心のあだもわからないような女がいいでしょうね。でも わたしにはそれが見えないなどと思わないこと。うらぎりの心も結果もみんなわたしは自分の犠牲をはらって いまとなっては 買い取ってきたにすぎないってこと。
この忠実な男はどうなるのかしら。
よく愛した者こそが かれをとらえることができる。こんな咎めのことばを 理由もなく吐き出したときにも。男は膝からくずれて 顔はあおざめ 死人のようにだが おののいた。
――それは それは あなたは あなたは わたしをためしているのか さよならを言ったのか?
――いいえ いいえ どちらでもありません。ほんとうのことを言ったのだわ。こんな見えすいたことを試す必要などないでしょう。
――ああ わたしの生涯からこの日だけは取り除いてほしい。
――ふたりのどちらにも かなったことでしょうね。もし この日だけではなく あんたに会った日々のぜんぶが あんたの生涯からもわたしの一生からも取り除かれたなら。もし わたしたちの間に起こったこと それはぜんぶ ぬぐいされるものならそうしたいけれど ただ想い出が わたしにちからを残してくれているのなら うらぎり屋さん 行ってしまってよ。わたしが仮りにも命じる前に わたしの目の前にけっして姿をあらわさないように よくおぼえといて。
ラドンは やりかえそうと思ったが 耳がいい《愛》は わざわいにも 自分に立ち返ったかれの耳をふさいでしまった。女はもう 立ち去ろうとしていた。かれは 女の服をつかんで 言った。
――自分に覚えのないあやまちをゆるしてくれというのではない。きみがそれほど嫌いだといったものを この世から取り除くために わたしが何をしようとするのか ただそれだけは 知らせたいのだ。
かのじょは すでに怒り狂っていた。眼は向き直りもせずに あらわにした怒りで振りほどこうともがきながら 男がふとつかんだリボンが取れて離れたのをさいわいに 立ち去った。リボンは いつも服の前の襟にくっつけていて そこに できうれば季節ごとにときどき花をさしていたものであった。このときには 父親からもらった指輪をつけていた。そしてたしかに かのじょは去った。かのじょの残した怒りの激しさに 羊飼いは じっと立ちつくしていた。目を下に向けて見ているのだが 手の中に何があるのか 見えなかった。やがて長い息をつくと 何も考えられない考え事をうっちゃって リボンに気づいた。
言った。《リボン。おまえが 証言になって 見とどけてくれ。わたしは自分の愛情のもつれの一つでも切り裂くよりは この生を失ったほうがよい。そうすれば 死んで そのむごいものがおまえを見たなら おまえはわたしの上で この世には わたしに愛されるのにまさって愛されうる者は誰もいず わたし以上に誤解された愛する人間もいないことを証明してくれるであろう》。指環に口づけし リボンを胸の上におき また言った。
《おまえは 完全な友情の愛のすべてのしるしだ。どうか わたしが倒れても わたしから離れず わたしに愛情をちかったひとより取った差し押さえとして おまえは 残ってくれ》。言い終わらないうちに アストレの去って行った方向から向き直り 腕を組み合わせて河に身を投げた。
(オノレ・デュルフェ:《アストレ》1・1.1610−27)

かれとかのじょ すなわち二人とも羊飼いであるセラドンとアストレとは 市民であるが 資本志向の社会一般化しつつある時代の人物ではない。作者デュルフェは 資本志向の時代の市民(また一人の公民)である。
生活態度一般における経済行為の形式として 資本志向(合理必然的な所有関係のもとにある経済生活への志向)の現われる時代に そうではない旧い時代として 小説(つまり一編の虚構における何がしかの議論)の舞台を設定したということは まず その具体的な内容を別として やはり新しいその時の現在に立ち その現在たる時代(また人間)を 問題としているのである。
これを われわれの現代に立って 議論の対象とすることができる。じっさい この短い断片的なひとまとまりの文章について これまでに見てきた論点を含めて いくらかの事項を――相当な数の議論事項を――取り上げることができる。
第一点。まず デュルフェは 《尊貴な人びと》の系譜に属する。表現されたものも そうであろう。ドゥ・スキュデリ嬢の《気取った文体(プレシオジテ)》と それほどかけ離れていないと言っていいであろう。かれらは ことばを洗練し優雅な表現を普及させようとして 鏡のことを《美の相談相手》といったり ろうそくを《太陽の補い》といったりするところまで進み つまりあるいは そういう類いの表現の問題に腐心するようにまでなったので モリエールが 《笑うべきプレシユーズ》という劇を書くまでにいたった。この点を別にして あるいはこの点を含めて 生活態度の全体として かれらが何を・どういう方向を 目指していたか これを 考察する。
第二の事項。ラシーヌのフェードルや ドゥ・ラファイエット夫人クレーヴの奥方やの 激情の問題。一般に 偶有的な経験心理の問題。フェードルも クレーヴの奥方も 悲劇に終わるか悲劇をともなって終わる。セラドンも そしておそらく同時にアストレも そうである。どう ちがうか。
かんたんには ラシーヌたちの〔つまり世紀後半の〕時代には すでに フェードルらが 虚構のなかの単なる登場人物としてではあれ すでにみづからが 激情の行き着く先の悲劇的な結末を 少なくとも合理思考している。言いかえると 経験心理は かのじょらにあって 主体ではない。主観動態のなかの 単なる経験的な要素 それに飛びつくとしても偶然的な要因である。もし作品《アストレ》においても そうだとしたならば そのときには それは むしろ作者デュルフェにあっては そうかも知れないが 作中の人物としては そうではない。
つまりセラドンもアストレも その主観動態が 経験心理と 結びついてしまっているのを見る。作者(社会をつくるひとりの人)の主観動態が すでに新しい生活態度を持っていたとしても その点を 悲劇の起こったあとに・または その悲劇的な結末をとおしてこそ 想像裡のかなたのものとして えがかなければならなかった。
ただし アストレもセラドンも 激情は激情にすぎないという視点を自覚することを 萌芽としては示している。フェードルらもやはり この自覚がまだ萌芽でしかなかったと見なければならないとするならば おそらくそれでも ちがいは この萌芽が フェードルらにあっては すでにその主観動態の内に入っているし アストレらにあっては その外にえがかれているか もしくは 主観動態じたいの確立の萌芽である。
だから後者では 主観動態へ自己が到来するのではなく その自己到来を 素朴な主観動態が 彼岸において想像し また作者も この想像じょうの生活態度を えがくという段階をしめしている。表現されたものの限りでは。
しかも ある種の仕方で あのドゥ・スキュデリの《やさしさの徳への旅程》がそうであったように 人間学の枠組みそのものは すでに持っている。これは ルネサンス宗教改革の成果であると同時に それを超えて しかもこの二つの事業が復興しようとねがった古代市民の生活態度ないし人間学の一系譜である。両事業において 同じ古代市民としての内容が描かれていたのではないとしても。
第三の事項。この人間学は ここでは愛を一つの焦点とする。合理思考ないし合理必然の問題も この愛の側面・観点から 議論といえば議論されている。セラドンとアストレとの関係において ここでは 愛における合理必然が破られている。

  • 破られることこそ 合理必然かも知れないが。

悲劇のあとの想像のかなたで また 合理必然の愛が 議論(ないし主張)されようとしてもいる。ドゥ・ラフォンテーヌ(1621−95)やルウソ(ルソー1712 - 1778)も セラドンを 《変わらぬ愛の人》として 賞讃したそうである。そういう意味での 合理必然(――もちろん なぞをなくして ではないが――) あるいは自由意志による生活行為としての 偶然(また激情)の克服 これが 《えがかれた》とは言うことができる。
これは 経済行為の所有の問題が はっきりとは デュルフェによって 思索されていなかったからとも 推理としては 言えるし その前に――つまり経済的な所有行為に 先行するものとしてのように―― 萌芽・りんかくとしての人間学にもとづくやはり自己じたいの所有 これの問題として デュルフェは思索しその成果を発表したものとも考えられる。この二つの見方は 両立もするだろう。
第四の事項。自殺の問題は 《〈わたし〉が存在していなければ 何も 事は――歴史は・社会は――始まらない》のだから その《わたし》を――あるいはだから 他者の《わたし》を―― 亡き者にするという行為として ここでは 議論の外である。セラドンの投身自殺そのことは ここでは かれの主観動態をとらえる上での 虚構の中のその歴史の一端として 思索の契機となる材料として デュルフェがこしらえたものと判断することによって議論をつづける。次の章にひきつぐ。
(つづく→2005-10-24 - caguirofie051024)
Astrée.http://labastie.chez.tiscali.fr/web-labastie/honored.htm