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哲学いろいろ

第七章b

全体のもくじ→序説・にほんご - caguirofie050805

第七章b 子音組織の生成(§24)

音組織の生成 もくじ
§23 日本語における子音=意義素なる仮説:→2005-09-14 - caguirofie050914
§24 例証1:→本日
§25 例証2:→2005-09-16 - caguirofie050916

§24 子音が相認識を帯びているという仮説を いくらか例証してみる。
24−1 音素=意義素という仮説は 片や母音が用言の法活用(その基本六類Ⅰ〜Ⅵ)を決定し 片や子音が 語をその意味内容にまで関わって決定するというオソロシイ議論になっているかも知れない。
24−2 このときもちろん 周辺の言語や漢語ないし西洋語などなどの借用語は 別である。
24−3 日本語の系統論で タミル語起源説がある。これとの関連でいえば ここではタミル語渡来以前の先住民の原日本語について この音素の問題を扱っている。タミル語が 形態素を CVCとするのに対して 先日本語では CVであり タミル語を受け容れた後の日本語でも CVC形態はCV形態に変わったとすれば そこに先日本語の音韻傾向からの影響がある。これらのことは タミル語起源説においても 捉えられている。なお 原日本語をアイヌ語だとは ここで考えていない。
24−4 たとえば 子音/ n/ =同定相;否定相だという仮説にもとづけば 次のような語例が提出されうる。同定する対象を ①対象一般 ②関係性(対象どうしの関係)という対象 ③聴覚対象 ④自然環界 ⑤否定(否定としての同定)一般というふうに分類してみたとき――

  • 同定相かつ否定相の子音/ n /の語例
①対象一般 ②対象関係 ③聴覚対象 ④自然環界 ⑤否定一般
Ⅰna 名・ナ;成ル・為ス 真似(な)ブ 音;鳴ル・泣ク 中・地;地ラ=奈良 無・ナ(禁止法)
Ⅱnä 真似(ね) 根・嶺
Ⅲni ニ(与格) 似ル 土・丹 ニ(打消し法)
Ⅳne ネ(〃)
Ⅴnö ノ(属格) 似(の)ル 告(の)ル 沼(ぬ) ヌ(〃)
Ⅵnu
Ⅶno 野・野ラ

24−5 このとき この仮説とは別様に タミル語との比較でも 次の語例が得られている。(大野晋日本語以前 (岩波新書)1987)

Jpn. Tamil (意味) Korean (意味)
鳴ル nar-u ňar-al
成ル nar-u ňāŗ-u 成ル
成ス nas-u nāţţ-u 成ス
似ル nir-u nēr 似ル
na;naka na an
大地 na;no ňal-am 大地 nara
ni nil-am
numa nwb
ヌ(打消し) nu an 打消し語

24−6 ちなみに韓国語にも 似かよった語が見られるので 前項の表に触れておいた。
24−7 このとき たとえば 奈良の語源が

  • 地ラ nara
  • Tam. ňal-am
  • Kor. nara

の間で 争われる。
24−8 ここでは 上のような言語の比較対照の問題については 別種の議論となるので すべて保留してのべることになる。そうお断わりして いまの仮説じたいで行けるところまで 進めておこうというつもりである。
24−9 もう一つの但し書きは 次のような反論をめぐってである。
/ n /=同定・否定相を想定して ①対象一般:na =名 ②対象関係うんぬんと説明するのはよいとしても なぜ ③聴覚対象:na・nä=音や ④自然環界:na=地;no=野などとの同定が 導かれるのか この疑問である。つまり なぜ 視覚対象ではなく また生物環界ではないのかといった疑問である。
24−10 これは 言語習慣の過程の中から決まって来たと見るよりほかないと思われる。(鄯)いくつかの可能性をほんとうにあたかも人びとが試していた ということは まずないとしても (鄱)小さな地方ごとに語彙として異なったものが 一定の地理的な範囲の中で 政治経済文化的に ある程度において統一されていったと見るのか。その結果を見てみると あたかも子音/ n /で何を同定したかに関して さまざまな可能性がためされていたという状況があったかも知れない。
だが いづれにしても そこには一種の確かに恣意性がうかがわれると言わざるを得ない。言語習慣による決定には もしくは あたかも先験的な決定には 広く恣意性がはたらいていると見られる。
24−11 そういう意味での恣意性は 否定できないであろう。そして 民族言語ごとの語彙や文法のちがいについても やはり大きく恣意性がはたらいていると考えられる。しかも その結果において 必ずしも恣意的なわざではなかったという物語もありうるかも知れない。
24−12 もし大地( na )の上に生える草を食料とするとき それを同定して na=菜と言ったと仮定すれば この na=菜の用言化として たとえば ni-ru煮ルが派生したと説明できないことでもない。つまり ni=煮が どうして同定相の/ n /のもとにありえているのかという疑問に対しては そのように解こうと思えば できるのかも知れない。
24−13 けれども――次の問題として―― naは 自称の na己であり 対称のna汝でもある。しかも 自称や一人称代名詞が二人称に転用される例(オノレ;ワレ)があるので この場合 自称のna己のほうが先だと説かれている。それでは / n /=客体の同定相という仮説に反するではないか。na=汝が先だというのなら まだしもであるのに。
24−14 これは 朝鮮語のna己と同源だという見方によっていると思われるのだが だとすれば 仮説の崩壊を回避できるかも知れない。それに na-rä 汝レ;na-mudi汝‐貴>ナンヂとしての用法は伝わるが 一人称のna己は あまり残っていない。
24−15 すなわち 子音の相認識についての仮説は 中で説明困難なものに出会うけれど ひととおり仮説として提出しておこうと思う。
24−16 具体例に進もうと思うのだが たとえば子音/ n /にかんして次のような語は いづれも《あるものが別のものと類似している相 もしくは 並列・接触・付着の関係にある相》で同定されていると思う。
(1)類似としての同定相

  • na-zo-hä / na-zorahä 準へ・擬へ・比へ
  • na-zi-mi 馴染ミ

(2)類似・並列としての同定相

  • na-mi 並ミ
  • na-ra-bi 並ビ

(3)接触としての同定相

  • ni / nö 荷
    • nöri / nö-sä 乗リ・載セ
    • ni-nahi 荷ナヒ>担ヒ
  • na-dä 撫デ
    • nada-mä 宥メ
    • nada-ra-ka ナダラカ
  • na-bu-ri 嬲リ
  • na-mä 嘗メ・舐メ

(4)接触・付着としての同定相

  • na-su-ri 擦リ
  • nö-ri 糊
  • nu-ri 塗リ
  • nu-rä / nura-si 濡レ /濡ラシ

24−17 / n /=同定相・否定相の例をさらに続けよう。/ r /=自然生成相(また R‐派生活用)や/ s /=指定相・人為相を伴なって。

  • na-ra-su 均ス・平ス・馴ラス(語義①《物の表現を幾度も叩いたり削ったりして凹凸をなくする。平らにする。・・・》)

ここで 《表面を叩いたり削ったりする》ことは 接触関係としての同定相である。《凹凸をなくする》ことは 否定相である。また《平らにする》にかんしては na地 / nara地ラ・奈良=平城の語が 関わっているかに思われる。
24−18 《平ら》という相認識にかかわっては。

  • na-su / nä 寝(な)ス / 寝(ね)=《横たわる》

あるいは 同じく nara-su 均ス・平スにかかわって

  • nara-hi 慣ヒ・習ヒ・倣ヒ
    • narahasi 慣ハシ
  • narä 慣レ

すなわち 《学習》とは 接触( n )を繰り返し( h )手本との類似( n )に近づき( r ) 精神上・技術上の凹凸をなくする( n )ことだと捉えられる。あるいは 端的に 倣ヒは 接触の問題ではなく 精神や技術としての同定相を表わしている。
24−19 順定相/ h /を従えたばあい→《同定したものの順出・順定の相》

  • na-hö 直・尚・猶(《変わったこともなく 物事が時間的に接続していくさまをいうのが原義。変わりもなく同一であるから 〈事もない / 非凡〉また比較に使って〈ちょうど同じ〉の意。さらに時間の持続延長の観念から発展して〈加えて / その上〉の意。》大野)
    • nahö-si 直シ
    • nahö-ru / -su 直ル/治ス
    • -nahu ‐ナフ〔荷ナフ; 心(=裏)ナフ=占フ; 秋(収穫物)ナフ=商フ〕
  • nabi-ku 靡ク(元が支えられて同一にとどまりつつ k =反出相で 先端部分の揺れ動きを示すか。)

24−20 反出相/ k /を伴なって派生するばあい その/ n /は否定相を帯びる例が多い。

  • na-ki 無キ
  • na-gi 薙ギ・凪ギ・和ギ(切り払うべきもの・波風・心の動揺など障害の否定+移行→消滅の相)
    • nagö-ya-ka 和ヤカ(障害の消滅の相。障害としての相認識は 子音にはない。語としての生成に際して帯びた相である。)
    • nagö-mu 和ム
    • nagö-sa-mu 慰(なぐさ)ム
  • na-gu 投グ(障害なく延びさせる)
    • naga-ru / -su 流ル / 流ス(同上)
    • naga-si 長シ(障害なく延びている)
  • nö-ki 抜(ぬ)キ / 退(の)キ
  • nö-ki( nögi 脱ギ)
  • nöga-rä / -si 逃(の)ガレ / 逃(の)ガシ
  • nigä / niga-si 逃ゲ /逃ガシ
  • nökö-ri / -si 残リ / 残シ(消滅したもの・除去されたもののほうではなく 以前のままにとどまったもののほうに 焦点が移っている。)

24−21 / t /=不定指示相・完了相を従えると さまざまである。
(1)/ n /=対象一般(na 名)+/ t /=不定指示

  • na-dö 等(など)

(2)接触関係の同定相( n )+不定指示相( t )

  • na-tu-ku 懐ク
  • na-dä 撫デ
  • na-du-mi 泥ミ・阻ミ(《水・雪・草などに足腰を取られて〔=接触・付着〕先へ進むのに難渋する》)
    • na-du-sa-hi ナヅサヒ(《水にひたる・漂う・・・〕)

24−22 重ねて/ n /=同定・否定相を従えるばあい
(1)

  • na-ni 何(《名ニ(同定与格)》ではなく あたかも ナヌッ!?と言うかのごとく 後の/ -n- /には 否定相つまり否定しようとしつつの疑問相をおびさせたものか)
  • nani-sö / -zö 何ソ/ ゾ > nanzö > nazö 謎

(2)

  • na-nö-mä / nanamä 斜メ(《日本人は垂直・水平であることを きちんとしていてよいこととしたので ナノメは 〈いい加減/ おろそか / どうでもよい扱い〉の意となった》(大野)。・・・・・・/ n /=否定・疑問の相?

(3)

  • na-na 七(わからない。《満州語 nadanと同源》という。)

24−23 認定相/ m /を従えるばあい
(1)

  • na-ma 生(《①生きていること。火を通したり乾かしたりしていないこと。②中途半端。不完全》)
    • nama-si 生シ
    • 〃 -kä 怠ケ
    • 〃 -mäki 艶メキ
    • 〃 -ri 訛リ・鈍リ

(註)客体の同定( na )と自体の認定( ma )とで この(1)の意か。認定のあまり 思い込みに到って 確言するばあい 生半可な推定相となり 次の(2)の意か。
(2)

  • na-mu . nö-mu 祈ム〔自体の認定( m )が効いていると思われる。〕

(3)

  • na-mä 嘗メ・舐メ(既出§24−16)
  • na-mä 並メ(同上)

(4)

  • na-mi 波(わからない。トゥングース系か?→次項)

24−24 満州語もそれに属するトゥングース語族のうちのナーナイ語では 次の語例が見られる。

Nanai Korean Jpn.
namu pada wata;〔umi〕
vata 〔mul-gyö水‐木目〕 nami
mue mul midu
tokse thokki usagi
dyolo tol 〔isi〕
na nara na/nara
  • ナーナイ na-nai=《土地の‐人・国の‐人》は アムール河流域に住む人びとである。

こう見ると ナーナイ語と日本語とでは 水 mue / midu を同じくし 海namu / wataと 波 vata / nami とを あたかも入れ替えているかに見える。
24−25 ナーナイ文と日本文との類似を二点のみ挙げておく。
(1) 同時相・付帯情況相の論述条件詞(ないし文条件詞) -mi がある。日本文で次のミにあたる。

  • 山高(=山高く;高いので)川 雄大(とほしろ)シ 野ヲ広(=野を広いとして)草コソ繁シ(万葉4011)

(2) また 否定(欠在)動詞 e がある。(=Kor. öps-ta)これが 上の付帯条件相 -mi と組み合わさって 否定法の補充用言の一部となる。

  • e + -mi > emi > em

となって これを

  • em + 動詞語幹+否定詞(=〜しない)

の形で用いる。つまり この形態は日本文で

  •  言ハ‐
  • ヨウ 言ワ‐

に当たる。つまり仮りに em は 日本文で em > e エ または > eN (eng) > eu > yô ヨウ(たとえば 漢語の葉=エウ > ヨウ)となりうる。
24−26 子音/ n /の無格体言( nV )が 称定・実定相の子音/ y /を従えると 次の一群の語として n=否定相だと思われる。

  • na-yä 萎エ(《手足の力が抜けて 正常にはたらかなくなる》)
    • naya-su 萎ヤス
    • naya-mu 悩ム > 悩マス > 悩マシ
    • nayö-nayö ナヨナヨ
    • nayö-bu ナヨブ

24−27 nV + rV は既出(§24−4; §24−16−18)。
24−28 nV + CV について 一定の範囲で検討しえたと思う。




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