caguirofie

哲学いろいろ

#110

もくじ→2005-05-13 - caguirofie050513

第三部 キリスト史観

第三章 日本人にとってのキリスト史観

第三節b 神の国と地上の国

しかしこのことは 我田引水と見られようとも 偽の使徒と見えようとも わたしたちは あの十字架上のわたしたちの魂の死からの転生 すなわちキリストの聖霊によるバプテスマを受け取ることによって――なんなら ほんとうのミソギによって―― ただちにその虚偽の病患は 根源的に 癒されたのだということでないなら これにもとづく時間的・段階的な病いの治癒も まったく空しいものとなるであろうことを指し示しています。
これは 第二のアダムの時代として すでに生起した歴史であり 《日の下に新しきものない》と告げる言葉も この常住の神の国の不可変性・不可死性・不壊敗性を物が立っていないなら 人間はその歴史の歩みの中において もっともみじめな生物ということになるのではないだろうか。これは 倫理や道徳ではないはづです。

続きを読む